Science Fiction

2016.05.09

酉島伝法/イアン・マクドナルド『旋舞の千年都市』(下楠昌哉訳)文庫版解説(全文)[2016年5月]

酉島伝法 dempow Torishima

テキストポロジーの迷宮都市、イスタンブール

 九年前の七月、イスタンブールの広大なグランド・バザールで、私は息を切らしながら、早足の若いトルコ人の背中を延々と追いかけていた。最初は何度角を曲がったかを覚えておこうとしたが、からかわれているのかと思うほど頻繁に右に左に曲がるので、すぐに位置関係が判らなくなった。しかも両側に軒を連ねるのは、土産物、宝飾品、色皿、香辛料、干し無花果(いちじく)などの似たような店ばかり。昔のダンジョンRPGさながらに同じ店が順序を変えて現れているようにしか思えず、その度に不安が高まっていく。発作的に逃げだしかけたが、来た道をひとりで辿り直すことは無理だと諦めた。
 このあたりに書店はありませんか、と柱にもたれていた若者に何の気なしに訊ねたのが発端だった。連れていってあげるよ、と若者は言い、ものすごい速さで歩きだしたので、後を追うしかなかったのだ。まさかこれほど遠くだとは。そもそも本当に書店などあるのだろうか。
「あの、まだ遠いのかな」恐るおそる私は訊ねた。
「もうすぐ着くよ」と若者は前のめりにぐんぐん進んでいく。また曲がった。
 このまま生きて戻れないのでは、と最悪の事態が幾度も頭をよぎった後、前ぶれなく書店が現れた。建築関係の洋書が多い店だった。「待っててあげるよ」と言ってくれたが特に欲しい本はなく……目についたブリュッセルの建築の本を買い、また若者の後について右に左に――とてもいい人だった。
 ようやく迷宮から逃れた私は、イスタンブールの起伏に富んだ街中を、汗でびっしょりになりながら延々と迷い歩いていた。四方八方からの喧騒に惑わされながら、入り組んだ路地を堂々めぐりしたり、現れるはずの横道を探して急な坂道を上ったり下りたり。足が疲れてもつれそうだった。
 地図は全くあてにならなかった。鼻先に記された道が断崖の上にあったりするのだ。
 本書の次の台詞を目にして思い出した、人生で最も道に迷った記憶。
“こいつは迷宮なんだよ。一生をまるまるかけて迷いこめるぐらいのね”
 道端でチェリー売りのおじさんが、売り物を頬張ってもぐもぐしていた。チェリーを半キロ買って、その瑞々しい果肉で喉を潤しながら歩き続けた。
 目的地のモスクがようやく視界に入ったとき、私は感極まりつつ寂しい思いに捉われた。
 最上の都市SF群像劇であり、言語的なイスタンブールと言える本書『旋舞の千年都市』を読了したときにも、同じような気持ちになった。かなりの分量があったというのに、まだまだ迷い続けていたかったのだ。
 私は読後の余韻に浸りつつ、自分の撮ったイスタンブールの写真や関連する本を引っ張り出したり、ネットで検索をかけまくったりして、物語の脇道に逸れ続けた。
“イスタンブールにはあまりに多くの秘密があり、あまりに多くの物語がある”
 そう。それらは豊饒すぎて収まりきらず、本の外にまで枝葉を広げている。
 単行本版が刊行された時には、本書を読んでトルコ旅行に赴いたという読者の方がいて嬉しくなった。『旋舞の千年都市』のテキストは、現実のイスタンブールと地続きなのだ。

 本書の冒頭、コウノトリの眼下で目覚める“都市の女王”イスタンブールは、ありとあらゆる喧騒で犇めきあっている。
 甲高いクラクション、ガスエンジンの悲鳴、線路を走る路面電車(トラム)や海峡トンネルをくぐる列車のうなり、鼓動に喩えられる船のエンジン音、サイレンと警告音、シャッターを上げるがたつき、ヴァンのドアを閉める音。朝のラジオから聞こえる音楽とお喋り、そして、発端となる爆発音へ――
 音を主体とした、めまぐるしく精緻な筆致にまず圧倒される。それらの音は、ジャン少年がEU加盟を祝う花火を目にする印象的な場面のように、囁きの世界の中で体感される。
 俯瞰から町中へと下りていき、次から次へと細部に迫っていく様は、アイシェ・エルコチュが画廊に飾る、スペイン・ポルトガル系のユダヤ人、セファルディの手による細書(原文ではmicrography)を彷彿とさせる。
 モーセ五書を写したヘブライ文字の周囲は、竜の頭に蛇の尻尾を持つ想像上の生物で装飾されており、その描線はルツ記にあるダビデ王の系譜を記した文字で描かれ、その文字もまた、さらに細かな文字によるマソラ本文で綴られている。
 ウェブ上でも十三世紀から十四世紀の、ほぼ同じ写本を見ることができる。(http://www.bl.uk/onlinegallery/sacredtexts/prophpent.html)ただしこちらの本文はルツ記で、周囲の描線はマソラ本文になっており、その文字の中に文字はない。
 "Lightspeed"誌の著者インタビューによると、ナノテクノロジーの発達したトルコを描くきっかけになったのは、大英博物館で目にしたセファルディの細書(さいしょ)の文字の中の文字のイメージだったという。
 作中では、こういった紋中紋(もんちゅうもん)的な構図が様々な場面で用いられ、変幻的な迷宮性を高めている。例えば、バルチン・ヤイラが追い求める、都市全体に秘められた七つの文字は、大きなものだと十キロメートルにも及ぶ。その文字を形作る荘厳なモスクの内部もまた、神の言葉を記したカリグラフィに満ちている。偶像崇拝が禁じられているイスラム世界では、書道が宗教芸術として多様に発達しており、書として飾られているものもあれば、壁やタイルの中に、一見絵や模様にしか見えない形で潜んでいることもある。さらに細部に迫ってみれば、モスクの中で祈りを捧げる人間もまた、DNAという微視的な言葉によって綴られた、自らも言葉を発する言語的な存在だ。

 DNAの描く螺旋は、スーフィーの一派であるメヴレヴィー教団の旋舞を思わせる。物語の中心となる建物「ダルヴィーシュの館」は、元々メヴレヴィー教団の建てた僧院だった。トルコの旅では、その総本山だった、コンヤのメヴラーナ博物館も訪れた。中には始祖ジェラーレッディン・ルーミーの霊廟があり、その周囲の壁は、眩い金箔塗りの絢爛な模様で埋め尽くされていた。見入っているうちに、それら複雑な模様の数々が、どれも文字だと気づいて驚かされた。まるで映画「攻殻機動隊」や「マトリックス」冒頭で無数の光の文字から世界が立ち上がるような幻惑的なイメージ。
 そういった紋中紋や迷宮的な構図は、空間だけにとどまらない。
  例えば、アイシェの探求する“蜜人(みつじん)”は、中国やエジプトの遠い過去に遡る来歴を持ち、それ自体、多様な記述や物語が畳み込まれている。澁澤龍彦の『高丘親王航海記』を読んだ方なら、親王が砂原で蜜人採りをする場面を思い浮かべることだろう。蜜人とはもともと元・明朝の陶宗儀が『南村輟耕録』に記し、明朝の李時珍が薬学書『本草綱目』に引用した蜜漬けの木乃伊のことで、一匙飲めば、骨折や怪我がたちどころに癒えるという。それらの記述を元に、老いた商人が蜜人になるまでを丹念に描写した本書の挿話は、「あなた」という二人称と、そこかしこに鏤められた博物誌的な蜜の記述が相まって、特筆ものの面白さだ。
 本書で詳細に描写されるイスタンブールの建築物の数々にもまた、蜜人のように長い変遷の歴史が溶けこんでいる。
 例えば、アイシェが訪れる知人の書店――
“《スルタン・メクテップ書店》の裏手におりるには、イスタンブール建築史を通過する旅をしなくてはならない。十九世紀オスマン風の店構えはその時代に使われたままの木材で、そこからオスマントルコ征服直後の時代からあるアーケードの一部へ開(ひら)けてゆき、続いて自力でぶち抜かれたところを通ると、ビザンティン時代の穹窿(きゅうりゅう)に続く”
 そこでは“ブラクがビザンティンにおりてきた”という描写にあるように、階段で移動するだけで時代を跨(また)ぐことになる。
 イスタンブールで、私が最も世紀の重なりを実感したのは、ありふれた町中から、地下深くへ降りた時だった。コリント式の大理石柱が無数に並び、黒々と水をたたえたその広大な空間は、バルチン・ヤイラがピンを打った場所のひとつ、六世紀頃に作られた東ローマ時代の大貯水池だ。柱のうち二本の基部に使われた、真横や逆さを向いた巨大なメデューサの頭像には圧倒された。
 精霊(ジン)を幻視するようになったネジュデットが、緑の聖人フィズルに語りかけられるのも、アイシェが探求の果てに辿り着くのも、地下貯水池だった。アイシェは心の中でひとりごちる。
“もし蜜人が魔法の時代から歩み出てくる場所があるとするならば、幻想と日常がありふれた邂逅をする場所があるとするならば、ジンが大地に降りたつ場所があるとするならば、それは確かに、イスタンブールしかありえない”
 かつて精霊(ジン)を使役してエルサレム神殿を建立したと言われているソロモン王(スレイマン)は、イスラム教では預言者の一人に数えられている。
 十七世紀の大旅行家エヴリヤ・チェレビの『旅行記』には、妻に宮殿を建てるよう請われたソロモン王が、それにふさわしい場所を探し求めて、イスタンブールの地に辿り着いた話が記されているという。イスタンブール誕生にまつわる伝説のひとつだ。

 最後まで読み終えた時、人通りの多いガラタ橋を渡った時のことを思い出した。アイシェの言うとおり、釣竿がずらりと並んだ様子はガレー船とよく似ている。
 橋の袂(たもと)には少年たちが集まってはしゃいでいたが、不意にその中のひとりが欄干を登り、柱の上に立った。人混みがざわめく。
 すぐ近くに立っていた私は、思わず声をあげてしまい、少年が振り向いた。私を見てにっと笑うなり、両手を広げて海峡へ飛び込んだ。はるか下方で大きな飛沫(しぶき)があがった。
 イスタンブールを読みたい。そう思ったとき、私はまたこの本を開くだろう。



補足:
作中に登場し、解説でふれられている場所のうちいくつかについて、酉島先生がご自分でトルコを旅行された際の写真をアップしてくださっています。こちらも是非ご覧ください。


■ 酉島伝法(とりしま・でんぽう)
1970年大阪府生まれ。大阪美術専門学校芸術研究科卒。フリーランスのデザイナー兼イラストレーター。2011年、「皆勤の徒」で第2回創元SF短編賞を受賞。第2作「洞(うつお)の街」は第44回星雲賞日本短編部門の参考候補作となる。13年刊行の第1作品集『皆勤の徒』『SFが読みたい! 2014年版』の国内篇で第1位となり、さらに第34回日本SF大賞を受賞。
http://blog.goo.ne.jp/torishima_denpo



ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
バックナンバー