Science Fiction

2017.03.01

連載エッセイ 高島雄哉 『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』 第21回(1/2)

 ――パルタージュ partage とはフランス語で「分割」「共有」「分有」の意。
 小林秀雄は〈美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない〉と書いたが、想像力というようなものはなく、あるのはただ、個々の想像だけだとも思う。
 それでもなお、想像力(を分有すること)をこの文章の目的に置いて、インタビューを含む取材を始めたい。予定しているインタビュイーはそれぞれの領域の最前線におられる方たちであり、そこはまさに想像と想像力の境界線なのだから。そしてこれまで同様、これからのSFの言葉もまた、その線の上に存在するに違いない。


『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』
第21回 おそるべき対称性――南部陽一郎の卒業論文【前編】

高島 雄哉 
yuya TAKASHIMA(写真=駒場寮同窓会、著者)

●これまでの高島雄哉「想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして」を読む 【第1回】 【第2回】【第3回】【第4回】【第5回】【第6回】【第7回】【第8回】【第9回】【第10回】【第11回】【第12回】【第13回】【第14回】【第15回】【第16回】【第17回】【第18回】【第19回】【第20回

 前回、新春1月公開分でインタビューした後輩、東京藝術大学美学研究室の教育研究助手の松永伸司くんは新入生歓迎会で「趣味は辞書を読むことです」と自己紹介していて、今もそうなのと尋ねると、最近はよくウィキペディアを見ているという(今年2月、戸澤義夫・松永伸司訳、ネルソン・グッドマン『芸術の言語』(慶応義塾大学出版会)が刊行された。松永くんによる解説をこちらで読むことができる)。
 彼に倣ったわけでもないと思うのだけれど、昨年末ぼくは大掃除を終えて、なんとなくウィキペディアの〈南部陽一郎〉の項を眺めていた。南部陽一郎(1921 - 2015)は東京帝国大学理学部物理学科を1942年に卒業していて、旧制一高時代には駒場寮に住んでいたとのことで、ぼくにとって遠い先輩にあたると言えなくもない。今回はさん付けで書いていく。

komabaryo1.jpg
 今となってはどうしてその項を見ていたのか思い出せないが、故のないことではない。南部さんは2008年にノーベル物理学賞を受賞しているし、その随分前から受賞は確実視されていて、学部レベルの教科書を読んでいても出会う名前だから――つまり物理学において価値のある、より基礎的な理論を作った人だから――なんらかの科学系ネットニュースから〈南部陽一郎〉に飛ぶのは珍しくもないことなのだ。
 南部さんの『クォーク』(初版1981年、第二版1998年、講談社ブルーバックス)は素粒子物理学を作った当事者の立場から書かれたもので、これ一冊で素粒子物理学の概要と発展史を学ぶことができる。物理学科のほとんどの学生が早い時期に読むもので、もちろんぼくも読んだ。高校時代に読んで物理学科に進学したという人も多い。
 南部さんの業績についてはあとで触れるとして、「紅白歌合戦」を横目で見つつ〈南部陽一郎〉の項を読み進めるうち、「卒論はウィリアム・ブレイク」という一節が目に止まった。ブレイクは十九世紀イギリスの詩人だ。
 ウィリアム・ブレイクの名はSFではアルフレッド・ベスター『虎よ、虎よ!』でよく知られている。この印象的なタイトルはブレイクの詩「虎」The Tygerの冒頭Tyger, Tyger, burning bright(虎よ、虎よ、鮮やかに輝いて(拙訳))から取られたものだ。ウィキペディアには〈虎よ、虎よ!〉の項もあり、この詩から影響を受けた映画や楽曲などが列挙してある。
 東大の理学部物理学科では、いつからかはわからないが、ぼくが在学していた2000年頃には卒論はなかったし、今もない(知人に訊いたところ京大の理学部でも卒論はないそうだ)。
 その代わり、四年生の前期と後期でひとつずつ研究室に配属される。物理の研究室には理論系と実験系があって、理論系の部屋では半年間で輪読をする。輪読というのは専門書か論文を選び、毎回数ページずつ交代で数式変形や論理展開を解説していくものだ。また実験系では輪読に加えて実験もする。もっとも、実験系の一部の学生は実験結果を論文にして学会誌に投稿するのだが、それも年に数人だったと思う(余談だが、ぼくが卒業後に進んだ東京藝術大学の卒論事情も。美術学部の芸術学科にいたのだけれど、そこは卒論があった。四万字以上といった条件だったと思う。その他の実技系の学科では卒業作品制作があり、毎年一月下旬に東京都美術館で展示される。音楽学部では、楽理科は卒論を出し、実技系は卒業試験公開演奏会がある)。
 帝国大学時代は制度も色々と違っていた。物理学科も昔は卒論があったのだ。1925年のことだが、雪の研究で有名な中谷宇吉郎が東京帝大の物理学科の卒論として「飛行船の球皮の放電の研究」を書いたことがわかっている。このときの指導教官は寺田寅彦だ。  翻って、その十七年後の卒論で南部さんがウィリアム・ブレイクをテーマにしたとは考えにくい。ノーベル物理学賞を獲ったくらいだから、南部さんの多くの業績は時代に先駆けたものだったが、それらはすべて物理学の王道を行くものだった。むしろ南部さんがその王道を指し示し、切り開いていったのだけれど。
 年末年始に何度かネットを逍遥したものの、結局南部さんの卒論の題名まではわからなかった。
 東大の卒業論文は、あるとすれば各学科の図書室が保管しているという。年明けから取材をするが、まだ数日あるしネット上でできるだけは下調べしておくべきだろう。それに物理学科の図書室のウェブページを見るかぎり、1950年代からの博士論文や修士論文は保管していて閲覧可能とあるが、卒業論文についての記載はない。それに学科の図書室は論文誌や最近の書籍がほとんどだったはずで、歴史的な資料を保管している可能性は低い。
 事実確認のための作業は続けつつも、「南部陽一郎によるウィリアム・ブレイクの卒論」の存在を仮定して、あれこれと想像してみるのは面白い。取材と想像のはてに、真相が明らかになればなお良しなのだけれど。

(2017年3月1日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。2016年『ゼーガペインADP』SF考証、『ガンダム THE ORIGIN IV』設定協力。twitterアカウントは @7u7a_TAKASHIMA 。





ミステリ、SF、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン|Webミステリーズ!
バックナンバー