――パルタージュ partage とはフランス語で「分割」「共有」「分有」の意。
 小林秀雄は〈美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない〉と書いたが、想像力というようなものはなく、あるのはただ、個々の想像だけだとも思う。
 それでもなお、想像力(を分有すること)をこの文章の目的に置いて、インタビューを含む取材を始めたい。予定しているインタビュイーはそれぞれの領域の最前線におられる方たちであり、そこはまさに想像と想像力の境界線なのだから。そしてこれまで同様、これからのSFの言葉もまた、その線の上に存在するに違いない。


『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』
第19回 食べることの言葉――管理栄養士の現場から

高島 雄哉 
yuya TAKASHIMA(写真=著者)

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 時々このエッセイに登場するぼくの妻には、幼少の頃から世話になっている叔母がいる。東京で管理栄養士をしている宗像伸子(むなかた・のぶこ)先生だ。
 妻は物心ついたころから叔母を「おばちゃま」と呼んでいる。ぼくも最近は「おばちゃま」と呼ぶのだが、今回は少し距離をとらせていただいて、宗像先生とする。「おばちゃま」は管理栄養士の第一人者として、養成校で教壇に立ち、病院や企業で栄養指導をしていて、普段は「宗像先生」と呼ばれることが多いのだ。
 ぼくが宗像先生に初めてご挨拶したのは、十年ほど前、先生が主宰する〈ヘルスプランニング・ムナカタ〉だった。渋谷駅前の交差点から道玄坂を上がったところにあるオフィス兼キッチンスペースで、ここで料理教室も開催している。
 入り口のチャイムを押すと、スタッフの方と共に素早く出迎えてくださったのが宗像先生だった。先生は半分ほどの年齢の我々夫婦よりもよほど元気で、この日も雑誌か新聞の取材のすぐ後だったのだけれど、特に疲れた様子もなく歓迎していただいたのだった。
 このときぼくたちは結婚前で、確か妻の両親にも挨拶をすませていなかったはずだ。初めての親戚への挨拶ということで、緊張していたぼくはきょろきょろとあたりを見回しているうちに、通された先の事務所の本棚に飾られた色紙を見つけた。ワイングラスを持った鉄腕アトムとレオが描かれていて、手塚治虫とサインがある。
 なんと宗像先生は、手塚治虫先生と数年間にわたって親交があったのだという。

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 日付は1988年12月17日。手塚先生が亡くなったのは1989年2月9日のことだから、おそらく最後のサインの一枚だろう。
 手塚先生は亡くなる数年前から半蔵門病院に入退院を繰り返していた。当時そこに宗像先生が管理栄養士として勤務していたのだ。食事指導などで会話する機会は多く、その道の第一人者同士で話が合ったのか、当時立ち上げる直前だった〈ヘルスプランニングムナカタ〉のロゴマークを作ってあげましょうとも言われたという。
 それは手塚治虫先生が当時描いていた『ルードヴィヒ・B』『ネオ・ファウスト』『グリンゴ』と共に、描かれることなく終わったのだけれど、これらの作品の素晴らしさを考えると、さぞ美しいロゴマークになっただろうと想像してしまう。宗像先生はロゴはもちろんサイン色紙も遠慮したのだが、手塚治虫先生は病室で最期まで執筆をする合間に、薄墨まで使った豪華な色紙を描いてくれたのだった。
 さて、宗像先生は管理栄養士として、手塚先生の入院中の食事を一貫して担当し、毎日のメニューをすべて考えた。
 病院食は一般においしくないと言われている。宗像先生はその状況を変えるべく、味にも注意して献立を作っていった。
 病状も味覚も個人差が大きい。先生は病院食ではなく、《病人食》という言い方をする。患者一人一人に向き合おうという意図の言葉だ。
 たとえば腎不全になると、《タンパク質制限》が必要となることがある。タンパク質が代謝されると最終的に尿素になる。尿素を排出するのが腎臓なので、腎機能が低下してしまうと尿毒症となって、倦怠感や思考力の低下など全身に悪影響を及ぼすことになる。
 とはいえタンパク質は、糖質と脂質と共に三大栄養素のひとつであり、ゼロにするわけにはいかないし、カロリーは摂らなければならない。さらに腎不全では《カリウム制限》なども必要となるので、条件を満たすメニューを探すだけでも大変だ。
 だが、宗像先生は病人食にこそおいしさが不可欠だと考える。病に加えて、慣れない入院で食欲が減退しているときに、おいしくないといって食事を残してしまっては、病気も良くならない。
「お話をしていきながらヒントを探します。まったく食欲がないと言っていた人にバナナシェイクを出して全部飲んでもらえたりするとうれしいですね」
 その人もバナナシェイクが好物というわけではなかった。食歴や最近の体調などを聞いて、飲みやすいバナナシェイクだったらあるいは、と宗像先生は推理したのだ。
 《食歴》という言葉がある。何をおいしいと感じるかは個々人で異なるため、管理栄養士は職歴ならぬ《食歴》を尋ねてから献立を作り、毎日《残食調査》をして調整していく。《食歴》とは、その人がこれまで食べてきたものの履歴であり、好き嫌いの他に、食事量も明らかになる。残食とは食べ残しのことで、これも日々の献立作りには欠かせない情報だ。
 しかしそれだけでは十分ではない。病状や体調によって嗜好は変わり続ける。どのように他者の嗜好を探っていくのか、うかがってみた。
「想像力は管理栄養士にとって非常に大事な資質です。相手のことを慮って、できるかぎり想像することで、栄養的に体に良く、しかも相手がおいしいと思う料理が作れます。特に病気のときは心身ともに疲れていますから、こちらから寄り添っていくことが大切です」
 管理栄養士の仕事は食に関わるほぼすべての領域にわたっている。
 病院でなくとも、小学校や中学校における給食の献立を作るのは管理栄養士であり、思えばぼくたちは長年管理栄養士のお世話になっていたのだった。《食育》も重視されるようになり、管理栄養士が生徒たちにバランスのとれた食事の仕方や献立の解説などを話すことも増えているという。

 宗像先生は全国学校給食甲子園の審査員を長く務めている。先生の食育に関する講演内容はこちらで読むことができる。

(2016年9月6日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。2016年10月劇場公開の『ゼーガペインADP』のSF設定考証を担当(『ゼーガペイン』公式ページはhttp://www.zegapain.net)。





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