Science Fiction

2016.08.08

連載エッセイ 高島雄哉 『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』 第17回(1/2)

 ――パルタージュ partage とはフランス語で「分割」「共有」「分有」の意。
 小林秀雄は〈美しい「花」がある、「花」の美しさという様なものはない〉と書いたが、想像力というようなものはなく、あるのはただ、個々の想像だけだとも思う。
 それでもなお、想像力(を分有すること)をこの文章の目的に置いて、インタビューを含む取材を始めたい。予定しているインタビュイーはそれぞれの領域の最前線におられる方たちであり、そこはまさに想像と想像力の境界線なのだから。そしてこれまで同様、これからのSFの言葉もまた、その線の上に存在するに違いない。


『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』
第17回 極小の世界からコンピュータを作り出す――理化学研究所より【前編】

高島 雄哉 
yuya TAKASHIMA(写真=著者)

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 電子の質量は9.1×10^-31キログラム。人間的なスケールからは30桁以上の開きがある。
 そのような極小の世界に人間の知性が届き始めた十九世紀末、ニュートン以来の〈古典力学〉の限界が見えてきた。電子のような素粒子の物理は〈古典力学〉では記述できないのだ。それからおよそ半世紀、1930年代までに多くの物理学者の努力によって〈量子力学〉は確立された。
 古典力学との大きな違いの一つは、量子力学が非決定論的であることだ。決定論的である古典力学においては、ある時点の状態の情報がすべてわかれば、過去も未来もすべて〈計算〉できると想定している。いわゆる〈ラプラスの魔〉だ。もちろん実際には「ある時点の状態の情報がすべてわか」るような魔はおらず、古典力学にもランダム性はあって――〈決定論的カオス〉という――すべての未来が〈計算〉できはしないのだけれど。
 ところが量子力学では、いくら情報があっても物理状態を厳密に決定することはできず、どの状態になりやすいかという確率だけが〈計算〉できる。
 そもそも古典力学と量子力学では〈状態〉に対する考え方が違うのだ。古典力学では、ある瞬間の〈状態〉は一つしかない――それがぼくたちの「自然な」発想だろう――のだけれど、量子力学では複数の〈状態〉の可能性が重ね合わせられていると考える。〈量子状態〉は、人間の観測行為などがあると、複数の可能性から一つの状態に収束する。
 そして〈重ね合わせsuperposition〉というのは波の特徴であり、量子力学的な存在は――そうでないものは存在しないのだけれど――粒子性と共に波動性を併せ持っている。光と同様、電子にも波動性があって、複数の電子が強め合ったり弱め合ったりして縞模様を作るなど、波として振る舞うことが確認されている。
 一方、人間が波のように振る舞うことはない。量子状態は繊細で、巨視的なものの波動性は見えにくいのだ。では電子と人間のあいだのどのあたりに波動性が見える境界があるのだろうか、と考えたのがウィーン工科大学のアントン・ツァイリンガー教授だ。彼は1999年に炭素原子60個からなるフラーレンが波のように振る舞うことを実験で確認している。原子は電子よりも一万倍以上重い。これはちょうどぼくが物理学科にいた頃で、授業でも「次はウイルスで挑戦するらしい」と聞いたが、どうもまだ成功していないみたいだ。
 また、複数の粒子同士の関係についても古典力学では理解できない現象が幾つもある。その代表は〈量子エンタングルメント quantum entanglement (量子絡み合い)〉だ。いくつかの粒子を相互作用させるなどして、それらの〈量子状態〉をあたかも絡み合わせたように相関させることができる。この相関――量子エンタングルメントは、外的な介入がなされない限り、どんなに離れても継続する。このことを利用すれば、エンタングルされたうちの一つの粒子を操作することで、距離を問わず、他の粒子の〈量子状態〉を決定することができる。

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 人間やウイルスの波動性は見え難いものの、量子力学は極小の世界だけの物理学ではない。古典力学を拡張し、より精緻にした理論が量子力学なのだ。理論的にも、量子力学のなかに古典力学は含まれている。宇宙を考えるときにも――時空の究極の構造を知るためには――量子力学は欠かせない。
 世界が量子力学に従うなら、科学的思考の根幹たる〈計算〉を量子力学的なものに拡張すること――〈量子計算〉を考えるのは当然だと言える。〈量子計算〉やそれを実行するための〈量子コンピュータ〉が考えられ始めたのは、1930年代からさらに半世紀後、1980年代のことだ。
 ぼくたちが使っているパソコンや、あるいは最上位のスーパーコンピュータは、計算の仕方――〈アルゴリズム〉の面でもハードの面でも古典力学に基づいているため、古典コンピュータと呼ぶことがある。
 一方、量子力学に特有の非決定論的な〈確率論〉や状態の〈重ね合わせ〉や〈量子エンタングルメント〉を利用したアルゴリズム――〈量子アルゴリズム〉は、ハードとして量子状態を利用するため、〈量子コンピュータ〉と呼ぶ。一部の問題については〈量子アルゴリズム〉のほうが〈古典アルゴリズム〉よりも圧倒的に早く解くことができるとわかっている。
 ただ〈量子状態〉を安定的に維持するのは非常に難しく、まして操作するなんてことはほとんど不可能だった。それゆえこれまで量子コンピュータの研究は理論的なものでしかなかったのだ。  ところがいわゆるナノテクノロジーの研究が進み、ついに量子コンピュータは現実のものになろうとしている。
 今年はVR(仮想現実)元年と言われているが、AI(人工知能)やAR(拡張現実)そして量子コンピュータと、多くの技術がいよいよ顕在化してきた年と言っていい。
 そこで今回はこの分野の若手研究者であり、物理学科の後輩でもある大塚朋廣さんにインタビューさせてもらった。
 大塚さんは東大物理学科から大学院で博士号を取得し、コペンハーゲン――量子力学のメッカだ――などでの研究を経て、三年前に理化学研究所に研究員として着任した、非常に優秀な研究者だ。
 後輩と言ってもちょっと離れていて、ぼくの同期に最近紹介してもらった間柄なので、互いにさん付けで話は進んだ。
 もちろんインタビュー場所は埼玉県和光市にある理化学研究所だ。理研のウェブページによれば和光キャンパスの敷地は「東京ドーム6個分」。カタカナの「ム」のような形をしていて、中央にはANF(American Forces Network、米軍放送網)のアンテナがある米軍の敷地もある。都内池袋から急行電車で十分ほどの距離ではあるが、丘や池があり、緑も多く、静かに研究に専念するための空間になっている。
 大塚さんは理化学研究所内の創発物性科学研究センターの研究員として〈量子コンピュータ〉にも応用される〈量子ドット〉を研究している。研究室と実験室は理研の本館にある。地上六階地下一階、長い廊下の左右に部屋が並んでいる。さすが理化学研究所というべきか、研究室も実験室も、ぼくが見てきたような大学の研究室よりもはるかに広いスペースが確保されていた。大塚さんに見せてもらった地下の実験室は天井まで三メートル以上はあっただろうか。円筒状の大型冷凍機が吊り下げられて設置されている。

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 量子ドットとは何か。
 ドットとは「小さい点」という意味で、量子力学的な効果が出てくるほどの小さな領域を量子ドットと呼ぶ。1982年に東大の榊裕之と荒川泰彦によって提唱されたものだが、量子ドットは近年ますます進歩した半導体加工技術によって人工的に作ることができるようになっており、今や世界中で基礎研究を進めている段階なのだ。
 大塚さんたちが作る量子ドットは、数十から数百ナノメートルの太さの金属線で囲まれた、同じく数百ナノメートル四方の領域に、たったひとつの電子を閉じ込める。原子ではない。電子だ。電子の重さは原子の千分の一もない。ちなみに原子の半径が0.1ナノメートルほどなのに対して、電子は点粒子と考えられている。今のところ電子に大きさがあるという証拠は見つかっていない。
 「量子ドットでは面白いことが色々できるんです。電子がひとつの量子ドットの中に何個入っているかもわかりますし、量子ドットに電子を一つだけ入れてその状態を調べることもできますし、量子ドットを使って別のものの状態を調べることもできるんです。もちろん量子コンピュータで使う量子ビットのための有力な候補の一つでもあります」
 量子ドットは上述したように、物理的なモノとして存在する物理的な構造体のことだ。量子ビットを説明するためには、まず量子的ではないビットについて語らねばならない。
 情報は古典コンピュータ内で0と1の2進法で表現される。信号があるかないかの二択であれば区別しやすいからだ。2進数の(binary)数字(digit)を縮めて〈ビット bit〉といい、データの単位として用いられている。
 0と1で書かれたデータを読み取り、何らかの規則に従って書き換える。この一連の操作が古典的な〈計算〉であり、これを実行するのが有名な〈チューリングマシン〉だ。チューリングマシンは古典コンピュータを抽象化した理論モデルと言っていい。今のパソコンは32ビットから、徐々に64ビットが主流になりつつある。64ビットのパソコンは、2進数で64桁の数字を一度に計算できる。
 つまりビットとは情報の表現単位のことで、量子力学的に表現した情報が〈量子ビット quantum bit〉なのだ。こちらも縮めてキュービット qubit とも呼ばれる。
 では量子力学的な情報とはどのようなものだろうか。まず量子力学における量子状態は〈確率〉的に〈重ね合わせ〉られているのだった。それゆえ、量子ビットが示す情報とは0と1の〈比率〉ということになる。0と1の比率は合わせると100%で、比率を変えることで様々な情報を表現することができる。量子ビットが表す、0と1が重なり合った量子力学的な情報を〈量子情報〉という。量子ドットに閉じ込められた電子の量子状態は、後述するように、二つの状態――↑と↓――が重なり合っているため、これを0と1の重ね合わせと見なすことができる。すなわち量子ドットは量子ビットの物理的な実現なのだ。そして量子ビットは量子コンピュータの本質であり、量子計算実現に向けた大きな第一歩となる。
 大塚さんによると、量子ビットをどのように物理的に実現するかによって、量子コンピュータは分類されるという。
 量子ドットは情報を物理状態として一定時間保持できなければならない。しかもそれを計算するわけだから、操作可能であることも要請される。
 現在、溶液中の分子の集合や超伝導素子などを利用した、様々な量子ビットが研究されている。
 「量子ドットは、他の形式の量子ビットに比べて小型で、集積化に適していると考えています」
 と大塚さんは語る。量子ドット研究は、理化学研究所や東京大学が世界的にリードしている。量子コンピュータの最前線に大塚さんたちのグループは立っているのだ。

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 電子はスピン角運動量という物理量を持っている。これは観測するたびに、必ず同じ数値でプラスかマイナスのどちらかを示すので、それを慣習的にスピンが〈上向き〉〈下向き〉といい、矢印の↑や↓で表す。スピンは古典力学では説明できない、極めて量子力学的な物理量だ。
 古典力学では、質量はひとつの物体にひとつしかないし、エネルギーや速度は連続的に様々な値を取り得ると考える。ところが量子力学では――あるいは量子力学で記述される極小の世界では――物理量はこのスピンのように上か下かの二つしかなかったり、原子のエネルギーなどのように不連続で飛び飛びの値しか取らなかったりする。
 念を押すようだけれど、スピン↑の電子と↓の電子があるわけではない。同一の電子を観測するたび、↑か↓どちらかを示すのだ。
 そして観測する前は例の〈重ね合わせ〉によって↑と↓二つの状態が混ざっている。この状態を数式ではα|↑>+β|↓>と書く。αやβは――正確に言うとその絶対値は――観測されやすいほど大きい。たとえばαとβが同じ大きさなら、↑と↓という二つの状態が同じ比率で混じっているわけで、この量子状態の電子を観測すると、50%ずつの確率で↑か↓が観測される。
 図的に理解したほうがわかりやすいかもしれない。球の中心から球の表面を指すような矢印を考えよう。αとβは緯度と経度みたいなもので、矢印の向きを決めている。観測前、球の表面のどこか一点を指していた矢印が、観測後には――αとβで決まる確率に応じて――北極点|↑>か南極点|↓>を指すことになる。
 ↑と↓の〈重ね合わせ〉は、0と1の〈重ね合わせ〉と数学的に同義であり、0か1のどちらかしか表現できない古典ビットとは根本的に異なっている。さらに矢印が球の表面を差す方向を自在に操作できる量子ドットが実現すれば、それは量子ビットが実現できたことになる。
 ちなみに以上の話は、そのまま有名な思考実験〈シュレディンガーの猫〉に言い換えることができる。中身の見えない箱に、ある装置と猫を入れる。箱が開くと電子が一つ発射されて、その装置は↑か↓かを観測する。↑であれば猫は無事だが、↓なら毒ガスが出て猫は死ぬ。電子のスピンは一般的に|↑>と|↓>が混じり合っているわけだが、では猫の|生>と|死>も混じり合っているのか、という思考実験だ。様々な解釈はあるが、確立された答えはない。これもまた量子力学と古典力学の境界はどこにあるかという問題に関わっているのだ。

 以上のことから量子コンピュータによる〈量子計算〉の本質が見えてくる。
 古典ビットでは0か1のどちらかしか表現できなかったが、量子ビットでは0と1――あるいは↑と↓――という二つの状態を〈重ね合わせ〉たまま保持できるのだから、見かけ上、1量子ビットの情報量は1古典ビットの二倍を持ちうるということになる。2つの量子ビットを〈量子エンタングルメント〉の状態にすれば、2量子ビットとなり、2古典ビットの4倍の情報を扱える。3量子ビットなら3古典ビットの8倍と、2のn乗で増えていくのだ。
 それゆえnが数千数万となれば、スーパーコンピュータを遥かに超えた並列計算をしているようにも思えてくる。
 しかしぼくたちは〈重ね合わせ〉られた〈量子状態〉を、そのまま観測することはできないのだった。〈重ね合わせ〉られた複数の状態のうちのひとつだけしか見ることができないということを再確認しておこう。
 量子力学を用いれば、↑と↓がどのように〈重ね合わせ〉られているのか、あるいは猫の生死の確率は、理論的にあらかじめ計算できる。実験装置を使って、↑↓の比率や生死の確率を自由に変えることもできる。しかしながら実際に目に見える結果は、結局は↑か↓かのどちらかであり、猫は生きているか死んでいるか、なのだ。
 これこそが量子力学の〈観測問題〉だ。
 複数の可能性のうち、一つだけが現実化して見えるのはなぜか。多くの物理学者が頭を悩ませ、今も結論は出ていない。アインシュタインは「神はサイコロを振らない」と言い、いずれ量子力学を超えた理論によって、なぜその一つが選ばれたのか理解できると考えたし、エヴェレットは〈多世界解釈〉を提案して、実際はすべての可能性が実現しているのだけれど世界が分岐したために観測者には一つの結果しか認識できないのだと主張した。
 いずれの〈解釈〉が正しいかはさておき、ともかく量子力学という理論を使う以上、あらかじめ起こりうる現象とその確率はわかるのだけれど、実際にどの現象が起きるかまではわからないのだ。
 ということで、量子コンピュータは量子力学の枠組みのなかでは並列計算をしていると言えるのだけれど、古典的あるいは人間的な意味での計算結果としては、そのうちの一つしか確認できないのだ。しかもランダムに。
 このような――使い勝手の悪いようにも見える――量子力学の性質をうまく活かした計算の仕方が〈量子アルゴリズム〉だ。量子力学による膨大な並列計算のうち――得られるのは一つしかなくても――意味のある計算結果が得られるようにアルゴリズムを工夫すればいいのだ。

(2016年8月5日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。2016年10月劇場公開の『ゼーガペインADP』のSF設定考証を担当(『ゼーガペイン』公式ページはhttp://www.zegapain.net)。





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