Science Fiction

2014.10.21

高島雄哉「H+H」【第5回創元SF短編賞受賞記念エッセイ】

高島 雄哉 yuya TAKASHIMA


 出会いという事象は、複数の主体が――互いに存在すら知らないところから――未知なる相手を認識するところから始まる。そして複数の認識には一般に時間差が生じるだろう。一瞬にしろ、二十年にしろ。
 一九九五年、高校三年生だったぼくは、将来について何も決められずにいた。理系クラスにいたものの、そのためかもしれないけれど小説にますます惹かれていって、この頃はハインラインと漱石とポーを代わる代わる読んでいた。
 朝起きて自転車に乗って高校へ通い、放課後にはゲームセンターと近所の本屋に寄ってから帰宅する、わかりやすい日々をおよそ二十年前のぼくは繰り返していた。このループから始まる宇宙論的なSFも可能かもしれない。でもちょっと難しい気がする。
 先日久々に帰省すると、幹線道路沿いにあったその本屋はなくなっていた。文庫本や参考書と共に『寄生獣』『風の谷のナウシカ』を買い続けたことを思い出す。それぞれの最終巻の発売日前後には毎日通いつめたし、とくに目当ての本がないときでも義務のように立ち寄っていた。
 そして、ぼくはその店で一人目の秀明氏、瀬名秀明さんのことを知ったのだった。当時は敬称を付けるはずもない。別世界の人だからだ。ニュートンやガウスをさん付けで呼ぶ現代人はかなりの少数派だろう。
 その本屋はさほど大きくはなかったが、書籍や文房具の他にもCDやビデオテープそれからゲームソフトやプラモデルも扱っていた。最新のものに混じって、日に焼けたものも多く、ぼくが幼い頃から棚に置かれていたに違いなかった。大人向けの商品もあったが、高校生のぼくはカッコをつけて、興味津々のくせにその一角に近づきもしなかった。本格的なものよりは穏当なものが多かったように思う(見てないけど)。棚の間隔は狭く、照明は薄暗かった。今ではほとんど見かけなくなった種類の、方針もない、ただただ雑然とした本屋だったけれど、ぼくのお気に入りの場所だったのだ。
 そしてぼくはその秘密基地みたいな本屋で瀬名さんの『パラサイト・イヴ』に出会い、理系で小説を書いている人の存在を知った。あるいはそういうことができるのだと教えてもらったのだった。星新一や安部公房、クラークやホーガンは読んでいたが、著者の人生に興味を持ったのはこの頃だったから、そういう生き方の可能性を初めて知ったと言っていいだろう。瀬名秀明さんは以後の指針になった。
 もう一人の秀明氏を知ったのは、厳密には一九九五年よりも少し後のことだ。前ではない。『ふしぎの海のナディア』は好きだったが、監督をチェックすることまでしていなかったから、実質的に認識したのはあの高校三年生のときということになる。
 ぼくの故郷である山口県宇部市ではテレビ東京の番組が放映されており、『新世紀エヴァンゲリオン』も流れていた。ぼくは今でもテレビやDVDを見ながら小説を書いているが、高校時代もテレビはつけっぱなしだった。そのおかげで新番組を調べていたわけでもないのに初回から見ることができたのだった。でもそれだけなら出会ったなどと言うのは大袈裟だろう。
 何週間か経って、いつものようにテレビをつけ、受験生としてアリバイ的に参考書を開き、鉛筆を持ちながら画面を眺めていると、〈山口県宇部市〉という文字列が映し出され、まもなく消えた。それはヤシマ作戦のために日本全国が停電になる、その告知の場面だった。庵野監督が同じ宇部高校の先輩だと知らなかったぼくは驚いて、作戦終了後にレイがシンジに笑いかけたあとも、文字列のほうに高揚していた。何か理由があるのか、単なる偶然なのか。しばらくのあいだぼくにとっての『エヴァ』は、他の人よりも一つ謎の多い作品だったのだ。
 ちなみに宇部高校の女子の制服は白線のない水色の襟のセーラー服で――当時はすべての女子はそういうものを着るのだと思っていたから、まるで気にも留めていなかったけれど――どうやらそれなりに独特のデザインらしく、その夏服がアスカたちの制服に似ているのではないかと思ったのだが、さすがに無関係かもしれない。
 もしもいつか監督にお会いすることがあれば伺いたい気もする。それよりも優先すべき話題が他にたくさんあるとは思いつつも、『エヴァ』の軽快かつ濃密な二律背反的なディテールと、日常から非日常への美しく激しい論理の飛躍は――ぼくの勝手な空想のなかで――母校と作中の二つの夏服こそが象徴しているのだった。それに混在性と不連続性は、ぼくが何かを考え、書くときの命題に他ならない。
 ともかくもぼくはこのようにして二人の秀明氏に一方的に出会い、現実的には何一つ変わっていないのに、ぼくを中心として高校やゲームセンターや本屋を包み込んでいたはずの直径数キロの半透明の膜はいつのまにか無限遠へと消え去っていた。
 一九九五年から十九年が経過し、来年には『エヴァ』の時代設定である二〇一五年を迎えるというこのとき、ぼくは瀬名秀明さんと本当の意味でお会いすることができて、さらにはお話しする機会まで得て、以上のことをひどく緊張しながら第5回創元SF短編賞の贈賞式でスピーチしたのだった。受賞作である拙作「ランドスケープと夏の定理」が、不勉強ゆえに未読の、瀬名さんの『ミシェル』と同じテーマになったのは単なる偶然だけれど、ぼく個人としてはまったく不思議ではない。なぜならぼくは『パラサイト・イヴ』以来の瀬名ファンなのだから。
 なお瀬名さんが言及しておられた小松左京の『虚無回廊』『ミシェル』同様、まだ読んでいない。それは、せっかくだから「夏の定理」の続きを完成させるまで読まないでおこうという、個人的なささやかな楽しみであり、ちょっとした試みのようなものだ。なるべく早く拙作を書き終えて、二作と拙作のあいだがどれくらい離れているのかを確認したいと思う。もしかしたら深いところでSF的な回路が繋がっているかもしれない。
 拙作をSFとして評価してもらえたことはとてもうれしいけれど、こうした出会いこそがSFだとぼくは思うのだ。
 世界はあらゆるSF的回路で満ち満ちていて、万物が出会うことを保証していて――こうしてこの文章をぼくが書き、あなたが読んでいるという事実は、その存在を証明するための補助定理の一つくらいにはなるのではないか。だとしたら、それはきっと宇宙論的に素敵なSFにもなりうるだろう。

(2014年10月21日)


■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ、36歳。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。



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