Science Fiction

2018.08.20

SF不思議図書館 愛しのジャンク・ブック 第4回(1/2)

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SF不思議図書館 愛しのジャンク・ブック
第4回 SFと料理の饗宴

小山 正 
tadashi OYAMA

【はじめに 不思議な海外SFを探したり読んだり】
【第1回 クイズに答えてSF博士になろう】
【第2回 超人作家シルヴァーバーグ】
【第3回 隕石衝突から始まるヒーローの系譜】

1 奇妙な料理本との遭遇

1.jpg  料理本が好きだ。特に映像作品や文学にまつわるレシピ本に目がない。私のような活字中毒で、映画マニアで、食いしん坊という快楽主義者には、この手の書物は「特別料理」である。欧米ではこの種の料理本が数多く刊行されており、だから洋書店で見つけると、ついつい購入してしまう。おかげで書棚が一杯になってしまった。
 その中から、まずはミステリ関連の変わりダネをご紹介すると――。

The James M. Cain Cookbook(ジェイムズ・M・ケインのクックブック)ロイ・ホープス&リンネ・バレット編(カーネギーメロン大学プレス刊・1988・未訳)

 これは、犯罪小説の古典『郵便配達は二度ベルを鳴らす』(1934)や、『殺人保険』(『深夜の告白』)(1943)、『アドレナリンの匂う女』(1965)等で知られるアメリカの作家ジェイムズ・M・ケイン(1892―1977)が、小説家としてデビューする前の1920年代から30年代に書いた料理のレシピや健康関連の原稿を没後にまとめた書籍である。
 ケインは30代から40代にかけて、雑誌・新聞に食べ物や酒の記事、フィットネス関係などのエッセイを寄稿するジャーナリストとして健筆を振るい、とりわけ食に関する記事を得意とした。
 例えば――「ハックルベリーの実のパイ」(雑誌「ハースト・マガジン」1925年7月14日号初出)。ハックルベリーはブルーベリーに似た果実で、アメリカではポピュラーな食材。それを用いたハックルベリー・パイは、アメリカ建国以来、誰もが食べてきた伝統的なお菓子だとケインは言う。
 「なまずのサンドイッチ」「なまずのフライ」といった「なまず料理」も紹介されている。ケインの好物だったようで、なまずの味は「ダーク・テイスト」とのこと。濃厚な味わい、とでも訳すのかな?(雑誌「ハースト・マガジン」1933年12月27日号他初出)
 「イグアナのスープ」。これは、彼の長篇小説『セレナーデ』(1937)に登場する調理シーンからの再録。生きたイグアナの肉にパプリカを加えて煮込むと、世界最上のスープが取れ、スッポン料理に並ぶ高尚な逸品ができるらしい。料理のシーンはグロテスクだがライブ感にあふれており、迫力満点。描写が詳細を極めるので、読んでいるだけで実際に調理している気分になる。さすが元グルメ・ライター!

 次は、著者が意外な人物。

Cooking Price-Wise(プライス風手頃なクッキング)ヴィンセント・プライス著、シャーミアン・ワトフォード&ボブ・マレー編(1971・コーギ・ブックス刊・未訳)

2.jpg  多数の怪奇映画に主演した俳優ヴィンセント・プライス(1911―1993)がホストを務めた英国の料理番組Cooking Price-Wiseの書籍化。1971年にイギリスの民間放送ITVでオンエアーされた30分の料理番組(全6回)を再録している。
 ヴィンセント・プライスは、映画『怪談呪いの霊魂』(1963)や『怪人ドクターファイブス』(1971)などの名作・怪作ホラーに主演した怪奇スターである。ギョロリと目をむき、高笑いで相手を威圧するエキセントリックな役柄が印象的だが、私生活では絵画や料理を愛する趣味人だった。
 アメリカで生まれ育った彼の祖父は、パン作りに欠かせないベーキング・パウダーの製造と販売で名を挙げた人物で、父親もアメリカでキャンディー会社を作るなど菓子業界で活躍。そもそも料理が身近な家庭環境だった。
 Cooking Price-Wiseの序文でプライスはこう書いている。
 「自分は俳優という奇特な職業ゆえに世界中を旅することが多く、色々な国を訪れては料理のレシピを集めてきた。それらを持ち帰って家で再現し、かつてA Treasury of Great Recipes: Famous Specialities of the World's Foremost Restaurants Adapted for the American Kitchen(偉大なレシピの宝物――世界の有名レストランの特別料理をアメリカご家庭のキッチンに)(1965・ドーヴァー刊・未訳)という本にまとめた。この番組では、制作スタッフの協力のもと、そうした世界中のレシピが近所のスーパーマーケットで手に入る食材で作れるよう試みた」
 そんなレシピを国別に並べるのではなく、「ポテト料理」「肉料理」「ベーコン料理」「米料理」「チーズ料理」「パーティー料理」「コーヒー」といった種別で構成しているのが、本書の特長といえよう。
 ポテト料理の項には、アメリカの「マンハッタン・ヴィシソワーズ(ジャガイモのポタージュ)」、イギリスの「コーニッシュ・パスティー」、ギリシャの「ポテト・ヤフニ(シチュー)」、カナダの「クレオール風ポテト」、イタリアの「サルデーニャ風ポテトニョッキ」等のレシピが並び、お国柄の違いがよく分かる。
 パーティー料理の項には、きゅうり、アーモンド、チーズを使って鰐を模したサラダ「クロコダイル・キューカンバー」や、チーズとパプリカを組み合わせて作る「メロン・モンスター」などの楽しいレシピも載っており、B級グルメ感も醸し出している。
 なんとも楽しい料理本だが、長い間手に入りにくかった。しかし昨年、アメリカのドーヴァー社から復刊され、電子版も発売された。名優プライスの意外な素顔を知るにはもってこいの一冊なのだ。

2 料理本との親和性

 今回は「SFと料理」というテーマなのだが、もう少し余談をさせていただく。
 わが家の本棚を眺めるかぎり、文学と映像がらみの料理本は、SFよりもミステリとの親和性が強いように思う。アガサ・クリスティやドロシイ・L・セイヤーズといった黄金期の本格ミステリ作家の小説に秀逸な料理シーンが登場するのはいうまでもなく、特に近年は、殺人事件と料理趣味の融合を強く意図し、巻末にわざわざレシピを載せる料理系〈コージー・ミステリ〉が大人気だ。ミステリはリアルな現実を背景としているため、日常に根ざした料理が物語の題材になりやすいのだろう。
 したがって、ミステリがらみの料理本には、昔から名著・好著が多かった。例えば以下のような本である。

『シャーロック・ホームズ家の料理読本』ファニー・クラドック著・成田篤彦訳(原著1975・晶文社1981→朝日文庫2017)
 ホームズが住む下宿の女主人ハドソン夫人が書いたレシピ集という設定の料理本。レシピだけでなく、パスティーシュとしても楽しめる、この手の本の古典的な存在。著者ファニー・クラドック(1909―1994)は英国を代表する料理研究家で、BBCのクッキング番組の司会を長年務めた。

『メグレ警視はなにを食べるか?』ロベール・J・クールティーヌ著・菊池道子訳(原著1974・文化出版局1979)
 原題は「メグレ夫人の料理ノート」。著者クールティーヌ(1910―1998)は、『ラルース料理百科事典』の校訂や評論『味の美学』(邦訳は白水社・文庫クセジュ1970)で知られるフランスの料理研究家。この本は、〈メグレ・シリーズ〉の作者ジョルジュ・シムノン公認のレシピ集で、シムノンは序文でこう述べている。
 「ここに載っているのは、庶民的な家庭料理、いわゆる〈おふくろの味〉である」
『スペンサーの料理』東理夫&馬場啓一著(早川書房1985)
 日本にも優れたミステリ料理書は存在する。これは、アメリカのハードボイルド作家ロバート・B・パーカー(1932―2010)が生んだボストンの私立探偵スペンサーが愛した料理・酒・レストランを紹介した日本オリジナルの料理エッセイ集。二人の著者による含蓄あふれる解説と丁寧なレシピは、刊行当時ミステリファンを魅了した。巻頭にパーカー自身が推薦文を寄せている。

『煮たり焼いたり炒めたり』宮脇孝雄著(ハヤカワ文庫JA1998)
 名翻訳家・宮脇孝雄(1954―)によるレシピ付き料理エッセイ集。料理本のコレクターで、プロ顔負けの料理人でもある著者が、内外の料理書・ノンフィクション・小説の中から、奇想天外なエピソードを紹介しつつ、料理を再現している。ジョージ・オーウェルの「正しい紅茶の入れ方」や、ジェイムズ・ジョイスの「鮭ステーキ」、SF作家マイケル・ムアコックの「レタススープ」など、ユニークなレシピが満載。知る人ぞ知る料理エッセイの傑作である。

 わが国では未訳の本の中にも楽しい料理書は多い。いくつかをご紹介すると――。

Action Cook Book(アクション・クックブック)レン・デイトン著(ジョナサン・ケイプ刊・1965・未訳)
3.jpg  長篇『イプクレス・ファイル』『ベルリンの葬送』『10億ドルの頭脳』などで知られ、〈スパイ小説界のレイモンド・チャンドラー〉と称された英国の作家レン・デイトン(1929―)の料理本。前述三作の映画版で主人公ハリー・パーマーを演じたマイケル・ケインが推薦文を寄せている。前半は、スマートに料理するための実用的なノウハウ集で、後半は手書きマンガによるレシピ集。デイトンはイラストレーターを目指していただけあって、調理具の使い方や料理の手順を、プロ顔負けのマンガで愉快に紹介している。横長の造本もスタイリッシュだ。

The Nero Wolfe Cookbook(ネロ・ウルフのクックブック)レックス・スタウト&ヴァイキング・プレス編集部編(ヴァイキング・プレス刊・1973・未訳)
 探偵ネロ・ウルフが登場するミステリは、至福のグルメ小説でもある。作者レックス・スタウト(1886―1975)監修のもと、作品に登場する料理や食材を網羅したレシピ本の極北。読んでいるだけでヨダレが出るような食事シーンが再録され、そのレシピが並ぶ。「ブラジル風ロブスターのサラダ」「クルミ添えのラムチョップ」「グリーントマトのジャム」「ブルゴーニュ風ラムのキドニー(腎臓)」等々――おお、どれも旨そうだなあ。豪華なメニューだけでなく、シンプルな料理も載っていて、「キュウリとエビのサンドイッチ」「オニオン・スープ」なども、食欲をそそる。

Feeding Hannibal: A Connoisseur Cookbook(ハンニバルの食卓――風狂なるクックブック)ジャニス・プーン著(タイタンブックス刊・2016・未訳)
4.jpg  これは最近出たばかりの書籍。トマス・ハリス(1940―)の長篇『レッド・ドラゴン』『羊たちの沈黙』等でお馴染みの天才犯罪者ハンニバル・レクターの若き日を描いたTVシリーズ「HANNIBAL/ハンニバル」(2013―15)から生まれた料理本だ。
 人気俳優マッツ・ミケルセン扮するレクター博士がドラマ内で食する人肉料理の数々――例えば、「目玉と歯牙を模したカボチャのラザニア」「ケイジャンカエルの足のフライ」「脳みそ風トマトパイ」等々――が美しい写真で再現されている。グロテスクな食べ物ばかりだが、写真が非常に綺麗なので、どれもおいしそうに見えてしまう、というアンビバレンツな本である。

 以上のうちでも、レン・デイトンとレックス・スタウトの本は、食に対する著者の熱い想いが伝わってくるし、レシピの内容もヴァラエティに富んでいる。未訳なのが本当に惜しい。
 他にも、The Murder, She Wrote Cookbook(ジェシカおばさんの事件簿クックブック)トム・カルヴァー&ナンシー・G・アイランド編(シカゴレビュープレス刊・1997・未訳)や、Roald Dahl's Cookbook(ロアルド・ダールのクックブック)ロアルド・ダール&フェリシティ・ダール著 (ペンギン・ブックス刊・1991・未訳)や、The Mystery Writers America Cookbook(アメリカ・ミステリ作家協会MWAクックブック)ケイト・ホワイト編(クイークブックス刊・2015・未訳)等々、挙げていけばキリがない。

 そんなミステリ系に比べて、SFにちなんだ料理本はどれだけあるのだろう? 冊数は決して多くはないけれど、「SF不思議図書館」の書棚にも何冊か並んでいる。
 例えば――。

Star Trek Official Cooking Manual(〈スター・トレック〉オフィシャル・クッキング・マニュアル)マリー・A・ピカード編(バンタムブックス刊・1978・未訳)
5.jpg  TVシリーズ『宇宙大作戦』(1966―67)放送中と放送後に、陸続と刊行されたジェームズ・ブリッシュによる一連のノベライズ短篇集や、併せて刊行された何冊ものオリジナル長篇と同じバンタム・ブックスから発売されたペーパーバック・オリジナルのレシピ集。映画『スタートレック』(1979)から始まる劇場版シリーズやTVシリーズ『新スタートレック(ネクストジェネレーション)』(1987―93)よりも前に出た、コアなファン向けの書籍である。
 初代エンタープライズ号の乗員、看護師クリスティン・チャペルが執筆したレシピ集――という設定で、写真は一切無く、イラストと文章のみで綴られている。
 ヴァルカン人やロミュラン人、クリンゴン人の代表的な料理を地球の食材で再現したレシピや、カーク艦長やスポック、マッコイ、スールー(カトー)他の主要キャラクターの好物が載っており、カークがステーキ好きだの、スールーはアジア料理ばかりだのと、ややステロタイプな記述が散見される。が、作品世界とは別に、ジーン・ロッテンベリーやウィリアム・シャトナー、レナード・ニモイなどの個人的な料理趣味にまで記述が及んでいるのは、読み物として面白い。
 なお、本書刊行の約二十年後、『宇宙大作戦』から『ヴォイジャー』までを対象とした、二冊目の料理本Star Trek Cookbook(スタートレック・クックブック)が、ポケットブックス社から刊行されている(イーサン・フィリップス&ウィリアム・J・バーンズ著・1999・未訳)。

A Feast of Ice and Fire: The Official Game of Thrones Companion Cookbook(氷と炎の饗宴――ゲーム・オブ・スローンズ オフィシャル・コンパニオン・クックブック)チェルシー・モンロー&サリアン・レーラー編(バンタム・ブックス社刊・2012・未訳)
6.jpg  著者二人は、ジョージ・R・R・マーティンの大河群像劇〈氷と炎の歌〉シリーズの熱心なファンで、小説内で描かれる食べ物を実際に調理するブログを運営していた。本書はそこから生まれたレシピ本である。TVシリーズ『ゲーム・オブ・スローンズ』の放送が始まった2011年の翌年、タイミングよく単行本として刊行された。中世風の素朴な料理やデザートが、舞台となる地域別に分類され、美しい写真とともに掲載されている。
 『七王国の玉座』に登場する「レモン・ケーキ」や「アップルケーキ」、『王狼たちの戦旗』に出てくる「ポークパイ」や「クリーム・スワン」などが見事に再現されており、序文で原作者自身が「小説で出てくる料理よりもすばらしい!」と絶賛している。

The William Ashbless Memorial Cookbook(ウィリアム・アッシュブレス・メモリアル・クックブック)ジェイムズ・P・ブレイロック&ティム・パワーズ著(サブテラニアン・プレス刊・2002・未訳)
 ウィリアム・アッシュブレスは、〈スチーム・パンク〉の創始者として知られるジェイムズ・P・ブレイロックとティム・パワーズが共同で生み出した架空の詩人。ブレイロックの長編『リバイアサン』(1984)やパワーズの長編『アヌビスの門』(1983)などにも登場するが、どうやら時空を超えて生きているらしい。本書は、そんな謎の詩人アッシュブレスが生前に残した料理レシピを一冊にまとめ、それをもって彼を追悼しようという、風変わりな本なのだ。
 「アッシュブレス風煮込み」「パスタ・サラダとステーキ」「最高の〈牛ロースト・サンドイッチ〉」といった料理はどれも普通においしそうで、レシピも作り方も丁寧に記されている。料理好きだったという詩人の想いが伝わってくるなあ――そんな感想を抱きながら最後のレシピを読み終わると、なんとラストで意外な真相が明らかにされる(未読の方のために、この〈真相〉については、あえて伏せておこう)。しかし、ドンデン返しのあるレシピ本なんて初めてだぞ。
 ちなみに著者の一人ブレイロックは、実際に料理が大好きらしく、ジュブナイル長篇『魔法の眼鏡』(1991)には、ドーナツ狂の魔法使いが登場する。「お菓子ファンタジー」の傑作なので、こちらもぜひご賞味いただきたい。

 他にも、テリー・プラチェットの〈ディスク・ワールド〉シリーズ第三作『三人の魔女』に登場する魔女ナニー・ギザ・オグが書いたという体のレシピ集Nanny Ogg's Cookbook(ナニー・オグのクックブック)(テリー・プラチェット&スティーヴン・ブリッグス他著・ダブルデイ刊・1999・未訳)や、特撮ドラマの金字塔『サンダーバード』に登場する女性諜報員ペネロープが愛する50種類のカクテルの作り方を載せたドリンク・ガイドLady Penelope's Cocktails(レディー・ ペネロープのカクテル)(レディー・ ペネロープ著・オクトパスブックス刊・2015・未訳)など、さまざまな料理本が刊行されている。
 とまあ、イロイロとはあるのだけれど、大量に出版されているミステリ関係の料理本に比べると、SFのそれは総じて少ない。異世界や非日常を描くことが多いSFの世界にあって、料理に特化させた書籍の企画は、成立しづらいのだろうか。


(2018年8月20日)



■ 小山 正(おやま ただし)
1963年、東京都新宿区生まれ。ミステリ研究家。慶應義塾大学推理小説同好会OB。著書に『ミステリ映画の大海の中で』(アルファベータ刊)。共著に『英国ミステリ道中ひざくりげ』(光文社)。編著に『越境する本格ミステリ』(扶桑社)、『バカミスの世界』(美術出版社)、他。





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