Scienece Fiction

2017.08.08

連載エッセイ 高島雄哉 『想像力のパルタージュ 新しいSFの言葉をさがして』 第24回(2/2)

 始まりの〈記憶〉――初心とは、ほとんど何も知らないままに生まれた思考だ。それゆえ誤った〈見当〉による勘違いも含まれている。ぼくたちは現実を知ることで、初心から離れていく。たぶんそれはしかたのないことだし、必要なことでもあるのだろう。
 とはいえ初心には、その分野に入るまえの――その分野の〈常識〉を知るまえの――自由な思考の〈記憶〉が含まれている。初めての〈記憶〉には、その分野に対する〈見当〉は含まれていない。ベルクソンが批判した、過去を現在に延長するような〈時間の空間化〉とは違うのだ。むしろ初心は現在を過去から解き放つ。
 丸山先生の話を聞いていて、ぼくが藝大に入学した日のことを思い出した。入学式のあとで芸術学科のガイダンスがあり、学科長が「いま自分がどういうものが好きなのかを忘れないで、好きな作家や作品を覚えておくように」と語った。
 学んでいくうちに、どうしても学問的な潮流を意識するようになって、初めに好きだったものを――それは大抵メジャーなものなのだけれど――否定してしまうこともある。学問的な潮流を知ること自体は必要なことではあるけれど、それにただ流されるだけでは研究者としてオリジナルの研究をすることはできない。入学時点での素のままの感性、〈初心〉のなかに、自分だけの関心を見出すことができるのだ。
 だが自分の感性を信じ続けることは難しい。学べば学ぶほど、新しい知識が増えて、ぼくたちの初心を揺さぶってくる。
「新しい作品をつくっているときはいつも、こういうものをつくっても良いのか、わかってもらえるのかという疑念との闘いです。ただ、〈go for broke(当たって砕けろ)〉の姿勢は大事だと思います」
 ベルクソンはその主著のひとつ『創造的進化』で、〈エラン・ヴィタールelan vital〉という概念を提案している。生の跳躍、生命の躍進力と訳されるそれは、あらゆる存在が偶然的な進化をするための根源的な力のことだ。
 進化は〈見当〉をつけて計画的に起こすようなものではないし、計算可能な必然性があって起きるものでもない。それは生物でも芸術でも同じで、一定以上の〈偶然性〉を引き受けなければならないのだ。
 むしろ〈偶然性〉は創作にとって歓迎すべきものだと言っていい。すべてがわかりきっている作品なんてまったく面白くない。
 藝大では学生に事細かなアドバイスはしない。芸術の進化の方向なんて、誰にもわからないからだ。〈go for broke〉でやるしかない。それが唯一〈偶然性〉に向き合う〈技法〉なのだ。
 丸山先生も常に新しい作り方を模索している。
「作品ごとに作り方は変わっていきますね。マケット(作品の模型)も、昔は針金で作っていました。それに型紙を当てて金属板を切っていましたが、今は粘土でマケットを作って石膏にして、それを参考にしながら自由に大きさを変えて作っています」

photo7_maquette.jpg  鍛金の基本技法である〈絞り〉についても――丸山先生は学生のときからもう三十年以上も絞っているわけだが――最近は最小限の回数で金属板を叩いて、あまり加工されていない素材の生(なま)な感じを出すなど、新しさを模索している。アトリエにはレーザー測量機があった。三次元データから、より美しい曲線を探るためだ。自分の鍛金作品を鋳造することも考えているという。
 何か変わらずに続けていることはあるのか訊いてみた。
「〈デッサン〉ですね。形を捉えるための基本ですから」
 良い作品を確実につくるための方法は――進化が偶然である以上――存在しない。とはいえ、最低限身につけるべき技法はあるわけで、藝大にも決まったカリキュラムはある。中でも1887年に東京美術学校として創立したときから重視されているのが〈デッサン〉だ。入試ではデッサンが合否を大きく左右し、入学後にもデッサンの講義があって、学生たちは藝大の隣の上野動物園でもどこでもデッサンをする。なおデッサン入試は世界的に珍しいようで、欧米の美術大学では小論文や面接で合否が決まるという。
 藝大の実技は平均四浪と言われる。それも高校生のときから美術予備校に通って、一日十時間で一枚のデッサンを完成させ、あるいは素早く対象を描く訓練を繰り返し、ようやく合格水準に到ることができるのだ。
 丸山先生にデッサンの重要性をうかがった。
「作品ごとに作り方は変わっても、造形作品である以上、形をとっていくことだけは変わらないですから。デッサンは今でもしていますし、作品づくりはずっとデッサンをしているようなものです」
 デッサンは、見たままを紙に写す転写の技術ではない。形を理解し、新しい形をつくり出す技法なのだ。
 金属板を思い通りに変形させ、新たな金属板を溶接して自由自在に曲面を広げていくことができるのは、鍛えられた〈デッサン力〉――形を把握する力によるものだ。丸山先生の作る人物像はデフォルメされているが、全体と細部が美しく変形されているために、違和感はまったくない。そのため鑑賞者はためらいなく作品に向き合うことができるのだ。「SWIMMING WOMAN」は2004年の作品(銅/銀箔 H 40×122×60cm)。

photo8_swimmingwoman.jpg  作品と鑑賞者のあいだには本来〈断絶〉がある。美術館やギャラリーは受付や展示空間によってその断絶を埋めて――あるいはあえて日常空間との断絶をつくり――作品と鑑賞者の空間をつなぎ合わせて、鑑賞者がなめらかに鑑賞できるように工夫しているのだ。  つながりを研究する数学を〈トポロジー(位相幾何学)〉という。
 アインシュタインの理論には微分幾何学が取り入れられたが、二十世紀末あたりからトポロジーが物理学で用いられ始めている。2016年のノーベル物理学賞は「トポロジカル相転移および物質のトポロジカル相の理論的発展」に対して、イギリス人物理学者サウレス、ハルデーン、コスタリッツの三氏に与えられた。
 トポロジーとは連続的に変形しても変わらない形の性質を考える幾何学だ。よく出されるのはドーナツとコーヒーカップの例だ。ユークリッド幾何学では長さや角度が変われば別の形だが、トポロジー(位相幾何学)では――穴は埋められないとして――ドーナツもコーヒーカップも〈穴〉が一つの図形として同じ形と見なす。穴のない皿は、ドーナツやコーヒーカップとは〈トポロジー〉が異なる。連続的に変形しても変わらない〈穴〉の数――〈トポロジカル不変量〉で図形を分類するわけだ。
 南部陽一郎さんの回で〈対称性の破れ〉に触れた。磁石のなかの電子の向きがそろっていれば磁力があり、電子の向きがバラバラになれば磁力は失われる。電子の全体としての方向性が〈対称性〉であり、対称性が破れているかどうかによって磁力の有無が区別できるのだった。
 サウレスたちが発見したのは、対称性ではなく〈トポロジー〉によって物質の性質を区別する方法だと言える。
 電子は方位磁石のような方向性、〈スピン〉と呼ばれる性質を持っている。ここで、〈スピン〉に見立てた方位磁石をたくさん用意して平面上に敷き詰めてみよう。NとN、SとSは反発し、NとSは引き合って、自然と向きを変えていって、最終的には互いにかかる力が最小になるような向きになって静止する。温度を上げると熱揺らぎによって方位磁石ひとつひとつの向きは変化するが、全体として特定の方向を向いているわけではないから〈対称性〉としては変わっていないということになる。
 そこで登場するのがトポロジーだ。敷き詰めた方位磁石を離れて見ると、何箇所かで〈渦〉を巻いているのがわかる。いくつかの方位磁石を適当に動かすと、周囲の方位磁石の向きが変わって渦の位置は変わるが、個数は変わらない。〈渦〉はドーナツの穴と同様、〈トポロジカル不変量〉なのだ。
 そしてこの渦の個数は、温度によって増減し――物体全体のトポロジーが変わり――絶縁体になったり超伝導体になったり、大きく性質を変える。対称性では見えてこない状態の変化が、トポロジーによって見えてくる。穴の数で図形のトポロジーを分類したように、渦の個数で物質の性質を区別できるのだ。
 サウレスたちの研究は物質の性質を研究する物性物理学に関するものだったが、他の物理学にもトポロジーは取り入れられている。たとえば素粒子物理学における〈超弦理論〉では10次元の時空を、それを統一すると目されている〈M理論〉では11次元の時空を、それぞれ理論的に要請する。他の次元では理論が破綻してしまうのだ。そのような時空のトポロジーはいま物理と数学の両面から調べられており、〈トポロジカル不変量〉から素粒子の数――正確には世代数――が導き出されるとする研究もある。理論物理学の様々な分野でトポロジーが基本的な言葉になりつつあるのだ。
 また物理学以外でもトポロジーは活用されている。タンパク質の三次元構造を解析したり、データのつながり方を分析したり、あるいはロボットや自動車がぶつからずに通行するためのルートを計算するなど、応用例は多い。
 金属板を連続的に変形させていく鍛金は、まさしくトポロジカルな芸術と言っていい。  ベルクソンが幾何学的科学的な時間像の代わりに提案した〈持続〉は、ぼくたちの〈記憶〉に基づいている。過去を覚えているからこそ時間を継続的なものとして認識することができるからだ。
 変形させた金属板にさらに新しい金属板を溶接していくのは、自分の記憶に新しい記憶を接続しているかのようだ。
 丸山先生の手が覚えている鍛金技法によって、金属はトポロジカルに変形していく。一枚の板からは――溶接しないかぎり――ひとつの穴(空洞の入口)しかできない。金属板と一口の花瓶はトポロジー的に同相なのだ。

photo9_work.jpg  丸山先生は闘う人物を作り続けている。作品を見る人のほとんどは格闘家ではないにちがいないが、しかし人はそれぞれの場で闘っているのであって、だからこそ作品のもつ〈物語〉を無理なく共有できる。造形的にも、人物はトポロジカルにデフォルメされており、誰でもないと同時に誰にでもなりうる、〈トポロジカルな共感〉が可能な形となっている。「BOXER」は2013年の作(銅/銀箔/漆/H 125×50×35cm)だ。

photo10_boxer.jpg  〈ロボット〉や〈タイムマシン〉はただ単に目新しい言葉ではなかった。ぼくたちの〈生活〉や〈人生〉あるいは〈記憶〉とトポロジカルに――つまり連続的に――繋がり合っている言葉なのだ。それゆえ、ぼくたちは〈ロボット〉や〈タイムマシン〉という言葉に〈トポロジカルな共感〉を覚え、想像力を刺激されて、ついには研究や開発をしたり作品を書いたりする。
 〈新しいSFの言葉〉もまたぼくたちとトポロジカルに繋がっていなければならない。丸山先生の作品が見る人の〈物語〉や〈記憶〉と繋がり合うように。
 だから〈新しい言葉〉を探す糸口は、ぼくたち自身ということになる。
 「コーラルDの雲の彫刻師」『J・G・バラード短編全集〈4〉』所収)をはじめ多くの芸術SFを書いたジェームズ・グレアム・バラード(1930 - 2009)は、〈インナースペース(内宇宙)〉こそを探求するべきだと主張した。1962年のことだ。当時は米ソの宇宙開発競争が激しい時代で、アウタースペース(外宇宙)に注目が集まっていた。そんなときにバラードは地球や生物学そして人間を重視するベきだと述べたのだった。
 そして今まさにバラードの〈インナースペース〉は開発されつつあるようにぼくには思える。
 世界中で開発が進むVR(仮想現実)やAR(拡張現実)そしてAI(人工知能)はすべて、人間と世界を繋げるトポロジカルな技術だ。その開発のためには、人間についての研究が不可欠となる。
 第6回7回でお話をうかがったAI開発者の三宅洋一郎さんはプログラミングや数学といった自然科学以外にも、認知科学や哲学などの人文科学も研究し、人間について考察し続けている。
 外宇宙開発にも〈インナースペース〉的な視点が導入されていると言える。第3回でお話をうかがった宇宙物理学者の須藤靖先生はいま地球外生命体の兆候――〈バイオマーカー〉を探している。地球外生命体の存在が単なる予想などではなく科学的に実証されたとき、ぼくたちの宇宙観や生命観は大きく変わる。そのときインナースペースは今よりも遥かに広く拡張され、その探求はより深いところまで進んでいく。
 バラードの主張から五十五年。もうとっくに〈内宇宙(インナースペース)開発競争〉が始まっているのかもしれない。
 〈インナースペース〉という広大な宇宙を探索するためには、そのための〈天文学〉が必要になる。
 宇宙における天体と自分の位置を見定める学問が〈天文学〉だ。天文学は〈幾何学〉を用いて宇宙の形を描き出す。  人間と世界の繋がり方――〈トポロジー〉を調べることで、インナースペース全体の形が見えてくるはずだ。その地図にはぼくたちが忘れていた、しかしぼくたちと深く結びついた〈記憶〉や〈物語〉も書き込まれている。そしてそれは〈新しい言葉〉として発見されるに違いない。

(※次回は10月5日頃に公開の予定です。)

丸山智巳(まるやま・ともみ/東京藝術大学美術学部工芸科准教授)
1964年神奈川県生まれ。1990年藤野賞。1992年東京藝術大学卒(卒業制作買い上げ)。1994年東京藝術大学大学院美術研究科修士課程鍛金専攻修了。2007年淡水翁賞。研究分野は「金属素材に於ける具象表現研究」「金工伝統技法研究とその新しい可能性と表現」。個展として2009年にTOMOMI MARUYAMA SCULPYURE Mobilia Gallery/Boston、2015年に丸山智巳展「Story」galerieH/東京ほか。展覧会は1997年に創立110周年記念 東京藝術大学所蔵名品展、2003年から2007年にかけてニューヨーク・シカゴ・フロリダにてSOFA exhibition、2011年に北京にて国際金属工芸展最優秀賞、2015年にボストンにてSNAG conferences、2016年に東京銀座LIXIL galleryにてLiving Thingsなど。ブログはhttp://tomomimaruyama.blogspot.jp

(2017年8月8日)



■ 高島 雄哉(たかしま・ゆうや)
1977年山口県宇部市生まれ。徳山市(現・周南市)育ち。東京都杉並区在住。東京大学理学部物理学科卒、東京藝術大学美術学部芸術学科卒。2014年、「ランドスケープと夏の定理」で第5回創元SF短編賞を受賞(門田充宏「風牙」と同時受賞)。同作は〈ミステリーズ!〉vol.66に掲載され、短編1編のみの電子書籍としても販売されている。2016年『ゼーガペインADP』SF考証、『ガンダム THE ORIGIN IV』設定協力。twitterアカウントは @7u7a_TAKASHIMA 。



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