Scienece Fiction

2018.02.26

SF不思議図書館 愛しのジャンク・ブック 第2回(2/2)

5 ちょっと余談を……

 ここでちょっと余談をさせていただく。
 シルヴァーバーグがポルノを量産していた頃、やはり本名や別名義でソフトコア・ポルノを書いていたのが、《マット・スカダー》シリーズで知られるミステリ作家ローレンス・ブロックである。シルヴァーバーグほどの冊数ではないものの、彼もまたソフトコアのポルノや犯罪小説を、密かに上梓していた(その一冊、長篇『ダーティー・ラリー氏の華麗な陰謀』・別題『危険な文通』が、かつて三笠書房から翻訳されたので、マニアの方ならご存じだろう)。
 ブロックも書誌研究が進んだおかげで、別名義作品の全貌がほぼ明らかになっている。中でもおもしろいのが、架空の医学博士ベンジャミン・モース名義で書いた「医学書」。とはいいつつ中味は風俗リポートだったり性指南書だったりと、明らかに偽装したエロ本なのだが、なんと二冊がわが国で翻訳されているのだ。
6性の革命.jpg  一冊が、一九六三年に翻訳された『性の革命』(斎田武夫訳、ビデオ出版)。これは原題が The Sexual Revolution といい、原書は一九六二年に〈モナーク・ブックス〉から刊行されている。戦後アメリカの性に対する意識の変化を記した評論書である。
 もう一冊は『幸福な結婚生活』(江上照彦訳、現代教養文庫)。一九六三年に〈モナーク・ブックス〉から刊行された A Modern Marriage Manual を訳したもの(日本では翌年に刊行)。文字どおり結婚生活のノウハウを詳解した、教養文庫らしいタイトルの本なのだが、前戯や愛撫のテクニックや、「のぞき趣味」「露出症」がある場合の注意など、興味本位としか思えない変態ネタが一見マジメに叙述されている。訳された当時は、ブロックがバイトで書いた本だなんて、知るよしもない。
7幸福な結婚生活.jpg  ローレンス・ブロックのマニアの方、ぜひとも《マッド・スカダー》シリーズの隣に、『性の革命』『幸福な結婚生活』を置いてあげて下さい(注5、6)

6 森羅万象を描く作家

 話をシルヴァーバーグに戻そう。
 彼の作品はあまりにも多く、全部を読むことができないため断定はできないが、今回取り上げた別名義作品を読む限り、「小説工場」の異名はもつものの、「質より量を優先する乱作者」といった悪いイメージは感じられなかった。
 それどころか、超人的な職人作家としての顔のほうが、逆に印象に残ってしまったほどである。読み捨てられるポルノであったとしても手を抜かず、読者に対してメッセージを込める――そんなプロの作家としての職人性は、ポルノではない有名作家の代作を手掛けた場合でも、発揮されていたに違いない。
 例えば、シルヴァーバーグは『アスファルト・ジャングル』『リトル・シーザー』などの犯罪小説や、映画『大脱走』などの脚色で知られるW・R・バーネットのゴーストライトを二冊担当している。
 そのひとつ、Round the Clock at Volari's(不夜城のヴィラリ亭)は、〈ゴールド・メダル叢書〉から一九六一年に刊行されたペーパーバックで、地方検事ジム・チェイスが非合法な酒場ヴィラリ亭で起きた失踪事件に挑むハードボイルド。
8Round the Cloock.jpg  もう一冊の The Winning of Mickey Free(ミッキー・フリーの勝利)は、〈バンタム・ブックス〉から一九六五年に刊行された作品で、黒毛の名馬ミッキー・フリーと家族の物語。
 個人的に気になるのは、軽ハードボイルド作家カーター・ブラウンの長篇をこの時期に代作した、というシルヴァーバーグの証言だ。しかし実際に出版されたかどうかは、彼自身もわからないらしい。原稿が残っているならば、〈ハード・ケース・クライム叢書〉あたりから発掘して欲しいものだ。
 また彼は、ノンフィクションの分野でも健筆を振るった。わが国では、本名で書いた『世界をゆるがせた発明発見の謎』(1965)、『埋れた古代文明』(1966)、『地上から消えた動物』(1967)の三作が翻訳されているけれども、未訳の中には、中国の「万里の長城」の二〇〇〇年の歴史をまとめた The Great Wall of China(中国の巨大な壁)(チルトンブックス、1965)、世界の橋の歴史と新旧の巨大橋を紹介した Bridge(橋)(マクリー・スミス社、1966)といった、建築探偵のはしりみたいな書物もある。
 そのフィールドは、科学はもちろん歴史、地理、伝記、宗教、地理にまで広がっており、まさに森羅万象に及んでいる。
 ノンフィクションの中には、ローレンス・ブロックが書いたような怪しげな性医学物も存在していた。90% of What You Know About Sex Is Wrong(セックス知識の九十パーセントは誤り)(パーラメント、1962)、Sadism(サディズム)(ランサー、1964)といったナンチャッテ医学書が十六冊あり、すべて医学博士L・T・ウッドワード名義。もちろんそんな医師は実在しない。どれもエロ目的の読者向けに書かれたポルノ・ノンフィクションなのだ。
 かつてはどれも二束三文の読み捨て本だったシルヴァーバーグの別名義作品。しかし今では書誌研究の成果もあって、稀少なヴィンテージ本として珍重されている。古書価が高い時はあるけれど、近年はオンデマンド本や電子書籍で入手可能なタイトルも増えてきた。
 でも――やっぱり昔の作家でしょ? 確かに彼はキャリアが長く、そのため旧世代の作家というイメージが強い。しかし、シルヴァーバーグは近年もSF専門誌やアンソロジーに新作を発表しているし、二〇一三年には《マジプール年代記》シリーズの作品集 Tales of Majipoor(ROC、2013)も刊行し、ファンを喜ばせた。新旧の作品をまとめた短編集も陸続と刊行されている。まだまだ現役バリバリの作家なのである。
 しかも彼の場合、まだまだ隠された顔がありそうに思えるのだ。例えば、映画『エクソシスト』の監督ウィリアム・フリードキンが映像化を企画した長篇SFホラー The Book of Skulls(髑髏の書)(スクリブナー、1972)。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアに影響を与えたと言われる長篇 Son of Man(見よ、これが人の子だ)(バランタイン、1971)。これらのニュー・シルヴァーバーグ時代の頂点とされる伝説の作品群は、わが国では依然として未訳のままである。
9The Book of Skulls.jpg  「SF不思議図書館」の精神は「温故知新」。今こそ、稀代の職人作家の真の顔を再発見するチャンスかもしれない。

【好事家のためのノート】
注5
ドン・エリオットやローレンス・ブロックの別名義作品を徹底的に調べ上げたリン・モンローの書誌の存在は、ミステリ作家で翻訳家の木村二郎氏に教わった。この場を借りて御礼申し上げます。ウェブサイト〈リン・モンロー・ブックス〉内の、ローレンス・ブロック書誌ページのアドレスは次の通り。
http://lynn-munroe-books.com/list65/Lawrence_Block.htm

注6
シルヴァーバーグの別名義本を渉猟する際、ブレイクリー・セント・ジェイムズという作家を知った。クリスチーナ・ヴァン・ベルという女性キャラクターが主人公のエロティック・シリーズを書いていて、『明日なんかいらない』と同じフランス書院から、シリーズ第三長篇『女友だち』(篠ひろ子訳)が翻訳されている。実はこれ、SF研究家で作家のチャールズ・プラットの別名義作品。原題は A Song for Christina(プレイボーイプレス、1976)。プラットのポルノ作品というと、富士見ロマン文庫から出た長篇『挑発』(1971)がよく知られているが、ブレイクリー・セント・ジェイムズ名義で三冊の長篇を上梓している(翻訳は一冊のみ。しかし、訳者の名前が「篠ひろ子」って? これまた別名義?)。

【主要参考文献&URL】
・“Sin-A-Rama: Sleaze Sex Paperbacks of the Sixties”edited by Brittany A. Daley, Hedi El Kholti, Earl Kemp, Miriam Linna, and Adam Parfrey(Feral House, 2004)
・“Dames, Dolls and Delinquents: A Collector's Guide to Sexy Pulp Fiction Paperbacks” edited by Gary Lovisi(Klause Publication, 2009)
・“The Paperback Fanatic 34”by Justin Marriott (2016)
・The Quasi-Official Robert Silverberg Web Site
http://majipoor.com/index.php
(2018年2月26日)



■ 小山 正(おやま ただし)
1963年、東京都新宿区生まれ。ミステリ研究家。慶應義塾大学推理小説同好会OB。著書に『ミステリ映画の大海の中で』(アルファベータ刊)。共著に『英国ミステリ道中ひざくりげ』(光文社)。編著に『越境する本格ミステリ』(扶桑社)、『バカミスの世界』(美術出版社)、他。





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