幼年冒険小説集
『幼年冒険小説集』
 安倍季雄のSFは、取り敢えずそんなところかな……と一旦は思ったものの、ハタと気が付いた。自分の本棚に、『幼年冒険小説集』(国民図書/昭和四年=一九二九年)が並んでいることに。本書は戦前の出版物であるため、戦後~世紀末という縛りのある『SF奇書天外』で安倍季雄を取り上げた際には、冒頭部分だけを読み、行方不明になった戦艦「畝傍」に関する話であることだけ確認してそのように紹介した。要するに、きちんと通読していなかったのだ(ゴメンナサイ)。
 しかし『SF奇書天外REACT』は、SF奇書であるということ以外、何の縛りもない。なので、今回こそきちんと紹介せずばなるまい。
 そもそもこの本、結構苦労して手に入れているのだ。本書がSFであることは横田順彌氏から教えてもらって知っていたものの、古書市場には滅多に出ないのである。
 そしてある時。横田氏宅に遊びに行った際、氏のところへ届いた古書目録を見せてもらっているうちに、『幼年冒険小説集』が載っていることに気が付いたのだ。だが函欠の裸本だったのに、それなりのお値段がした。それでもこの本は欲しい。もう一冊、気になる軍事小説も載っていたので、二冊一緒に注文してしまうことにした。結果的には正解で、その軍事小説は日露戦争開戦以前に書かれた日露戦争小説(つまり架空未来戦記SF)だったのである。
 それから二年後。神田の古書即売会で棚を眺めていると、函入りの『幼年冒険小説集』が売られているではないか。だが古本屋さんが付ける短冊に、何か書いてある。なになに……「落丁有り」。中身を確認すると、確かに結構な頁数が落丁している。だがわたしは本体は持っているのだ。しかも落丁のおかげで、お値段は超格安! かえって好都合だ。こんな僥倖は、後にも先にもこれきりである。
 出品した古本屋さんが、その本を手にしているわたしに気が付いて「ご注意下さい、それは落丁本ですので」とわざわざ声をかけてくれた。なので事情を説明すると「それはおめでとうございます」と言われた。いやほんとにめでたいです。
『幼年冒険小説「集」』というタイトルではあるが短篇集ではなかった。吉野幹男という少年を主人公とする、連続活劇だったのである。
 まずは「新造軍艦畝傍の巻」。明治十九年、日本がフランスに建造を依頼した軍艦「畝傍」は、日本に向かう途中、シンガポールを出た後で行方不明となり、その乗組員はおろか、艦の破片すら見つからなかった。(というのは、歴史上の事実なのです、念のため。)
 そして時は流れて、大正五年。貿易商だった父を失った吉野幹男少年は、畝傍の謎を解きたいと考えていた。そんな折、目撃された海賊船が畝傍に似ているという話が流れ、幹男少年は西井男爵に頼んで帝国軍艦「日光」に乗せてもらう。……普通だったらまずあり得ないことだが、児童小説の世界ではなんでもアリなのだ。
 次は「南支那海の巻」。香港で幹男少年は、海賊退治に向かう英国軍艦パイレート号に乗り換える。このパイレート号が、海賊たちに襲われ、窮地に陥る。そこで大活躍して勝利に導くのが、幹男少年だ。
 幹男少年は、海賊の大将・関張玄にほれ込まれ、家来にすることに。しかし海賊船は、どうやら畝傍ではなかったらしい。
「北京王城の巻」では、幹男少年は関張玄を連れて、清国から中華民国になったばかりの北京へ。幽霊屋敷では、死んだはずの光緒帝と出会う。
「南苑飛行大会の巻」では、北京城外で開催された大飛行会で宣統帝が何者かに誘拐されるが、これを幹男少年たちが奪還する。……と、ここまでは冒険物ではあるが、SF味はない。ほんとにこれSFなんですか、横田さん?
「敷島少年団の巻」から、趣がガラリと変わる。帰国した幹男少年は、“敷島少年団”に参加する。どうやらこれはボーイスカウト的なものらしい。以降、幹男少年ひとりの冒険ではなく、二十四、五人の少年団の冒険物になるのだ。
 だが、それより何より、この巻に入ってすぐのカラー挿画が気になった。そこには恐竜が描かれていたのだ。……ようやくSFになりそうなのはいいけど、これも恐竜ですか?
 南洋でまたしても海賊が出没しているという話を聞き、海賊退治に出かけたがる少年たち。また同時に、南米やアフリカ奥地で発見されたという前世紀の怪物の話題になる。
 そして「航空母艦赤城の巻」。少年たちは、海賊船の捜索に行くという航空母艦「赤城」に、ツテをたどって乗り込む。航行中、艦長の鶯巣大佐が、無線電信で受け取ったという情報を少年たちに教えてくれる。それによると、アウロラ丸という船が行方不明になったのだという。ううむ、どこかで聞いたような船名ですね。そしてこの船には、マンモス博士や、博士が発見した雷龍が乗っていたのだ。……って、ちょっと待って下さい! これ、『巨龍と海賊』の中で語られるのと、同じ話なんじゃないですか?
 次の「魔境探検の巻」で、マンモス博士が雷龍を見つけた経緯が語られる。これはやはり『巨龍と海賊』で高君と清君が読んでいたパンフレットとほぼ同じ内容だった。なんてことだ。
「印度洋活劇の巻」では航空母艦が海賊たちに遭遇し、戦闘となるが少年たちの活躍で勝利。だが海賊たちの親分は別にいた。そしてその親分の船“ドラゴン丸”は、最近“雷龍の首”と改名したとのことで、マンモス博士と関係があるに違いない、と推測される。
 でも……雷龍の首? それって、国際子ども図書館には所蔵されてなかった、〈子宝文庫〉の一冊のタイトルと同じじゃん。もしかしてもしかすると『雷龍の首』も同じ話なのか? 同じネタを三回も使い回したんですか、安倍季雄先生?
 何はともあれ、『幼年冒険小説集』を最後まで読んでしまおう。「雷龍最後の巻」で、海上に浮遊する巨大な動物の首を発見。これが雷龍の首だった。そして真相が明らかになる。海賊がアウロラ丸を襲った際、雷龍は海に沈む。海賊は、貴重だからと首だけは切り取って保存していたが、腐ってきたので捨てたのだった。航空母艦赤城は、マンモス博士救出のために出発する……。
 いやはや、参りました。やはり持っている本はちゃんと読まなければいけない、と実感しましたよ(何度目でしょうか)。それにしても、青い鳥は身近にいたのね、とは正にこのことでした。まさか謎を解く一冊が自分の蔵書の中にあろうとは。
 だが感慨に耽ってばかりもいられない。ペンディングにしてあった『雷龍の首』の確認も、絶対に必要となった。そこで改めて『雷龍の首』を所蔵する図書館をチェックしてみると、東京では三康図書館に蔵されていることが分かった。三康図書館というのは、三康文化研究所に付属する宗教・仏教系の図書館。だがその前身は博文館十五周年記念で明治三十五年に開設された「大橋図書館」のため、大衆小説・児童小説の単行本や雑誌がとても充実しているのだ。
 公営ではないので入場料がかかるが、たったの百円。タダみたいなものだ。わたしも名前だけは知っていたが、行ったことはなかったので、この機会に利用してみた。芝公園の増上寺の裏の辺りにあり、図書館自体がレトロな雰囲気でとても居心地がよい。
雷龍の首
『雷龍の首』
 さて、そこで書庫から出してもらった『雷龍の首』だが、同図書館には昭和十一年(一九三六年)発行のものと、昭和十二年(一九三七年)発行のものとの二種類が蔵されていた。奥付を確認すると、再版表記がないのでどちらも初版ということになる。……困りましたねえ。
 では物語を。海底に沈む宝物を引き揚げてお国のために役立てるのを目的とする「大日本海洋企業株式会社」が設立された。同社は、新造艦の海洋丸を、インド洋から南アフリカ沿岸に向けて派遣することを決定。その乗員メンバーに、船長付きのボーイとして桜田清・馨という双子の少年(十五歳)が加わっていた。この双子には、海賊のために父を失ったという過去があった。……おお、彼らが『巨龍と海賊』のトムとジムに相当するキャラクターですね。というか、幹男少年&敷島少年団→清&馨→トム&ジム、という流れですが。
 航行中、船長が清と馨に切抜き帖を見せてくれる。それはマンモス博士のアフリカ探検、恐竜発見に関するものだった……というのは、もうお約束。香港で「三?龍(トリセラトップス)」の骨を目撃するとか、シンガポールのゴム園で虎狩をするとかの、本作オリジナルのエピソードも挟まる。
 やがてインド洋で、海洋丸は海賊の船と飛行機に襲われるが、危機一髪のところで大日本帝国の飛行機が駆けつけ、海賊は逃走。
 海洋丸はダーバンに到着し、ここで船長らと共に海へ潜った双子は、恐竜の骨と木箱を発見。
 その晩に彼らのところへ忍び込んできたので捕えた海賊の手下の証言から、海賊の大親分が「悪魔の海蛇」と綽名される“ドラゴン”だと判明。また双子の父・桜田富士夫氏の乗った船を撃沈したのも、このドラゴンだった。
 一行は、木箱に入っていた手紙を手がかりに、鷲岩(イーグルロック)という小島に上陸。ここの岩窟で、衰弱した日本人を保護する。これがなんと、双子の父親だったのだ! 更にはマーシャル群島に監禁されているマンモス博士たちも救出されるのだった……。マンモス博士、バージョンによって助かったり助からなかったりするのですね。
 ――今回、比較のために粗筋が多めになりました。読みにくかったらすみません。
 さて整理すると、安倍季雄は『幼年冒険小説集』(昭和四年)→『雷龍の首』(昭和十一年)→『巨龍と海賊』(昭和二十四年)という具合に、話全体の枠組みだけは変更しているものの、その核となるマンモス博士と恐竜の物語を繰り返し再話していたのだ。
 タイトルはどれも違うし、〈子宝文庫〉の「緒言」では『雷龍の首』は新作だと記されているし、全ての現物に当たってみなければ判らなかった。
 もしかしたら、『龍宮城』についても『巨龍と海賊』についても、もっと異版があるかもしれない。あとはもう安倍季雄の全著書をチェックするしかない。しかも初出のことまで考えると、雑誌掲載のものまで……。今後の課題とさせて下さい、ほんとに。

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』『古本買いまくり漫遊記』(以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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