キャラクターが出揃ったので、あとのストーリーは駆け足で。
 黄風先生は金角の依頼で、新たな発明を完成させる。それは、かけられた人間はその場で溶けてなくなってしまう、という薬「御破酸」だった。溶解液かと思ったが、後からの説明によると、どんどん小さくなって最後に消えてなくなるというから、「縮小薬」だった。『縮みゆく人間』ですな。
 孫太郎と菩提仙吉は、この薬をかけられてしまう。ところが黄風先生が方程式を間違えていたために、縮むどころが逆に二人の体はモコモコと大きくなってしまったのである。元々長身だった仙吉は五メートルに、孫太郎でも四メートルに。
 その二人も解毒薬のおかげで元に戻り、そして最後には全ての真相が明らかになるのであった……。
 結局、実質的に登場するSF的要素は「悪芽水」と「御破酸」のみ。三蔵善蔵が完成させていたという原子爆弾への対抗兵器はぜひとも出てきて欲しいところだったが、生憎と作中では登場せず。結論から言うと、SFを目的として書いたというよりも、奇想天外な明朗小説を書こうとしてSFにはみ出してしまった、という感じ。しかしそこに『西遊記』という要素が導入されたため、なかなか無茶な作品に仕上がっており、わたしとしては大いに満足でした。『醗酵人間』以上かどうかは――両方を読んだ方の判断にお任せいたします(って、森さんとわたし以外にいるのか?)。
 作者の織田竜之は、昭和期の大衆小説作家……ということぐらいしか分からない。これだけではあんまりなので、再び森英俊氏にご登場頂こう。お尋ねしたところ、『おんぼろ青春』(優文社/1957年→豊書房/1962年)、『敏腕記者』(豊書店/1959年)の単行本が判明しているという。前者は明朗小説、後者はミステリ要素の濃い快男児物だとか。
 ただ、森氏が「他に秘境冒険小説がありますよ」とおっしゃるので、その情報に飛びついた。しかし詳しく伺うと、雑誌に連載されていたけれども、おそらく単行本にはまとめられていないだろう、とのこと。しかもその雑誌は国会図書館にも収蔵されていない模様。で、「森さんはお持ちなんですか?」とお尋ねすると「全号ではないですが」とのお答え。一部でも持ってるだけ、凄いですよ!
 というわけで、森英俊氏宅をお伺いして、貴重な資料をお借りした。スッゴイ書庫を見せて頂いたとか、「ウチの近所の古本屋を教えて上げますよ」と案内して頂いたとか、それが気がつくと二人でバスに乗って西武池袋線某駅界隈の古本屋巡りをしていたとか、そういう話はここでは割愛。
別冊読切傑作集
「別冊読切傑作集」
 お借りしたのは双葉社発行の「別冊読切傑作集」の二十四集(1956年)から三十一集(1957年)までのうちの五冊。その二十四集から連載が始まったのが『暗黒大王』だ。早速読んでみよう。
 ……ええとその、困ったな。これ、言葉の言いかえをいちいちしていると、説明ができなくなってしまう。なので、作中に出てくる単語をそのまま用いさせて頂く。あしからず。
『暗黒大王』浪人象出現の巻
『暗黒大王』浪人象出現の巻
 第一回は「浪人象(ローグ・エレファント)出現の巻」。舞台となるのはアフリカ大陸、アルバート湖岸の大密林。そこに矮小人種の土人の部落があった。チャカは八歳だったが、頭は大きいのに体は小さいという半不具で、身長が一メートルにも満たなかった。しかも歯が狼のように尖っていた上、孤児だったため、鬼っ子と忌み嫌われていた。彼を唯一可愛がってくれたのが、美青年だが気の弱いカンボ兄貴(十五歳)だった。
 ある時、チャカは黒い巨大な象を見つける。間もなく成人式を迎えるカンボ兄貴の男を上げるため、チャカは二人で巨象を倒そうと持ちかける。しかしカンボ兄貴は巨象に殺されてしまうのだ。
『暗黒大王』鼠戦争の巻
『暗黒大王』鼠戦争の巻
 二十五集掲載の第二回「鼠戦争の巻」では、チャカがカンボ殺しの犯人と思われて、悪魔祓いのいけにえとして死ぬことになる。またいけにえになる前に、カンボの恋人だったルルウ姉さんに殺されそうになったり。だが部落をネズミの大群が襲い、そのどさくさでチャカは脱出。カンボ兄貴の仇である巨象を倒すため、ひとり旅立つ。その途中、落とし穴に落ちた大男に遭遇。……というところでこの回終わり。
『暗黒大王』吸血族の巻
『暗黒大王』吸血族の巻
 二冊分飛んで、二十八集掲載回は「吸血族の巻」。回数表記がないため、休載の有無は不明。とにかく話は飛んでおり、チャカはムンクというちょっと間抜けな大男と旅している。どうやら、第二回のラストで出会った大男らしい。しかも前回では化けガマ蛙が出てきたらしい記述が。うーむ、その回も読みたい。そして二人は、女だけの部族に捕まってしまう。
 またまた飛んで、三十集掲載の「女仇討の巻」。チャカとムンクは、「赤い羽毛の娘」と行動を共にしている。これは女部族にいた娘のひとりだ。彼女の手助けで、逃げ出したということだろうか。そこにチャカをカンボの仇と誤解しているルルウが登場する。また件の巨象が再登場。というか、タイトルの“暗黒大王”とは、この巨象のことなのだ。
 続く三十一集掲載分は「三角関係の巻」。ムンクは、美女のルルウに惚れてしまう。しかし赤い羽毛の娘はムンクに惚れている、という訳で三角関係。二人の娘が取っ組み合いの喧嘩をしているところで、一行は人食い部落の土人たちに捕まってしまう。いよいよ食われる、という寸前、雷のような轟音が。そして体中を白い衣で覆い、黒光りする筒を持った男が現われる。……要するに、銃を持った文明人が登場したのだが、ここでこの回終わり。森さんがお持ちなのも、この号まで。ああ先が読みたい。
 巨象は全身を黒い毛で覆われている、という設定なので、普通のアフリカゾウではない(大きさももっとでかいらしい)。もしかしたらマンモスということなのもかれしない。また未見の回には化けガマ蛙が登場するということで、SF要素もそこそこ散りばめられている。
 全体的な印象は、小栗虫太郎や香山滋的な秘境小説というよりも『少年ケニヤ』 (山川惣治)の大人向けバージョン、という感じ。イラストがふんだんに入って、それこそ山川惣治的な絵物語一歩手前、というページもあるし。『少年ケニヤ』の連載は1951年から55年。この『暗黒大王』の連載開始は1956年。何かしらの影響はあったと考えても的外れではあるまい。

 織田竜之については、古書即売会の会場で森英俊氏に遭遇しなければ、全く知らぬままだったかもしれない。正に運命である。そして今回、調べ物にあたってネットはほとんど役に立たなかった。あくまで、現物で確認するしかなかったのだ。――本の世界には、足を使って調べるしかないことがまだまだあるのである。
北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』(出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』『古本買いまくり漫遊記』(以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』『奇天烈!古本漂流記』(以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』(青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』(論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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