作者の澤渡吉彦(「沢渡」とも表記)は、山形県出身の作家(一九一一~九二)。著書は『ジョン万次郎』(新泉社/一九四六年)、『天からおりてきた大男』(佼成出版社/一九七七年)など。
 山形出身ゆえだろう、東北関係の著書『北の國の昔ばなし』(青少年社会教育会/一九四九年)や、編書『日本の民話 6 出羽篇』(未来社/一九五八年)などもある。
 童謡「赤いサクランボ」「リックサックしょって」「春はどこからくるの」の作詞家としても知られ、『吉彦童謡集』(山形保育社/一九五九年)も出ている。
 そのような、割と「真っ当な」作家が、どうしてロストワールドSFを書いてしまったのかは、謎。いっそ、東北の奥地にロストワールドがあって――という小説を書いて欲しかった気もする。
 『沙漠の下の海』の版元は、昭文社。地図で有名な出版社の名前と同じだが、地図の昭文社は東京の会社、『沙漠の下の海』の昭文社は大阪の会社である。
 大阪の方の昭文社からは、他に児童向け小説として浜中弘『新世界島』(一九四七年)、小西茂木『小さな曲芸師』(同)、松野清『鉄仮面』(一九四八年)、南洋一郎『密林の冒険王』(同)、小西茂木『幻のQ』(同)などの刊行が確認されている。
沙漠の鬼
『沙漠の鬼』
 澤渡吉彦は他にも児童向けの仙花紙本を書いてないだろうか、と考えてネット検索していたら、『沙漠の鬼』(一九四八年)という本の存在が見つかった。版元も、同じ昭文社。ならば、もしかしたら同じキャラクターたちが登場する「沙漠シリーズ」第二弾か――と、ちょびっとだけ期待して更に調べてみる。すると、国会図書館の近代デジタルライブラリーを経由して、自宅のパソコン画面で読むことができるではないか。なんと便利な世の中だろう。
 砂田鉄三は、三井権太の誘いで加田勇作、山野太助との四人で、ゴビ砂漠にあるという「砂金の原」探しの探検旅行へと、ラクダに乗って出発する。妻を亡くした砂田鉄三は、ひとり娘の不二子に楽をさせたかったのだ。
 旅の途中、彼らがとある村に泊めてもらった晩、蒙古人の匪賊に襲われる。なんとか撃退し、砂田鉄三はひとり(実は匪賊の頭目)を撃ち倒した。砂田は、その匪賊が身につけていた、小さな仏像を手に入れる。その仏像は両目にダイヤがはめ込まれていたのである。
沙漠の鬼 口絵
『沙漠の鬼』口絵
 しかしその後、三井権太はその仏像を奪い、加田と山野を連れ、砂田鉄三を砂漠にひとり置き去りにした(途中、砂田に同情的だった山野を殺害)。砂田鉄三は、ラクダも残されていなかったので、死を待つばかり。
 そして後半、舞台は数年後の東京に移ったかと思うと、がらりと変わってミステリ的展開を始める。秘境探検小説だと思ってたのに!
 十六歳となった不二子は銀座でデパートガールをしていた。アパート住まいで、隣の部屋には桜井純三・純一という兄弟が住んでおり、仲良くしていた。(「純三」の方が兄で、「純一」が弟。ちょっと変わってますな。)
 三井権太と加田勇作は、仏像を売り払った金を元手に、デパートの経営を始めていた。それこそ、不二子が勤めているデパートだったのである。
 やがて、桜井純三がかつて学友とゴビ砂漠探検に行っており、偶然にも砂田鉄三と出会っていたことが判明。
 そうこうするうちに、三井権太のもとに「仏サマヲカエセ 沙漠ノ鬼」という手紙が届く。砂田鉄三が生きていたのだと三井権太は慄く。
 そして遂に、怪人「沙漠の鬼」が三井権太の前に姿を現わす……。
 『沙漠の下の海』の続篇どころかSFですらなく、どちらかというと古本系ミステリファンの喜びそうなシロモノでした(それはそれで楽しめましたが)。なので、核心には触れていません。読んでみたいという方は、わたしと同じく近代デジタルライブラリーでどうぞ。

謎の大密林
『謎の大密林』
 実は今回、日下恭介『謎の大密林』(同盟出版社/一九四八年)を同じロストワールド物の児童向け仙花紙本(しかも同時期)としてカップリングして紹介しようとも思っていたのだが、これが読んでみてがっかり。秘境探検物ではあるものの、SF性はほぼゼロだったのだ。
 これをどうしてわたしはロストワールドSFだと思い込んでいたかというと、翼竜らしき怪物が口絵に描かれていたからだ。しかし実際に読んでみると翼竜も恐竜も登場せず。例の怪物は、主人公たちを襲う吸血こうもりだったのだ(よくよく見たら口絵のキャプションにも「あッ、吸血こうもりだ!」と書いてあった)。ホントの吸血こうもり(=チスイコウモリ)は空を飛ばず、地上移動をするので、空飛ぶ吸血こうもりが出て来る時点でSFだと強弁できないこともないが、これは世間一般的には「でたらめ」と言いますな。
 それにこの『謎の大密林』、お話もひどい。基本的には、行方不明になったヘレンという少女を探して、ロレンスというジャックという二人の青年がボルネオの密林を探検する――というストーリーではあるのだが、ヘレンはどうしてボルネオの密林にいるのか(そしてそれが分かったのか)、どうして親族は探しに行かないのか、どうしてロレンスとジャックは見ず知らずのヘレンを探しに行くのか……などなどがほとんど説明されないのだ。密林でも、ロレンスとジャックは猛獣と出会っては戦う、を繰り返すばかり。最後にはヘレンと巡り合って助け出すけれども、それも偶然の産物。どこまでもご都合主義、いきあたりばったりの連続なのだ。
 それでも怪獣の一匹でも出てくれれば「一応SFだった!」と自分を言い聞かせられるのだけれど、それもなし。大蛇とか鰐とか、そんなのばっかり。
「怪物出現」とか「地底の怪種族」とかの章見出しにちょっと期待してたら、前者はただの黒豹、後者はただの穴居民族だったし。がっかりだよ。
 まあ、これと比較することによって、澤渡吉彦の『沙漠の下の海』がいかにきちんと書かれているかが実感できた――ということでよしとしようか。
(2012年3月5日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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