ユニコーンの見る夢は
『ユニコーンの見る夢は』
 第二回のSF小説コンテストでは、前記の作品以外に「優秀賞」受賞作が出ている。それが岸田光『ユニコーンの見る夢は』(碧天舎/二〇〇五年)である。【画像(4)】『閉ざされた…』がハードカバーなのに対し、本書はソフトカバーである。(前年の最優秀賞『無意識…』も薄いながらもハードカバー。)
 火星や木星など、太陽系内の惑星までは宇宙船で行けるようになっている時代。主人公は、人の感情を読み取れる“マーブ”という特殊能力者の昴(男性)。その相棒は、更に強い能力を持ち、人の考えや感情に干渉することもできる“ウイーヴァー”の未来(女性)。
 二人は調査依頼を受けて宇宙ステーション〈アテナ〉へと向かった。しかし宇宙船「ゴールデン・アップル号」で、事件が起こる。航行中に機長が完全に正気を失い、副操縦士たちは意識を失ってしまったのだ。この宇宙船には、誰も正体を知らない伝説のウイーヴァー「マジシャン」が乗っていたのである。次々に起こる、予想外の出来事。マジシャンの目的は一体何なのか。未来と昴は、持てる能力を駆使して戦うが……。
 SFとしては、かなりレトロなテイスト。(あとがきで作者自身が認めているが)ヴァン・ヴォークトの『スラン』からの影響は明々白々だし、宇宙船の名前がブラッドベリの『太陽の黄金の林檎』から来ていることは説明する必要すらないほどだし。
 ただ、宇宙船内の重力の状況がちょっと気になった。最初の方では、船内では0・7Gだと説明されていた。これは推進力によるものと思っていたが、推進が停止しても船内が無重量状態にならないから、別になんらかのGがある模様。全体にせよ一部にせよ回転している記述はないので遠心力による擬似重力ではなさそうだから、重力発生勢装置とかがあるのか。……まさか、途中から宇宙空間と地上では重力の状況が異なること、忘れてたんじゃないですよね?
 奥付の著者紹介によると、「家族は夫、一男一女」とあるので、女性らしい。職業は英語教師。生年は記されていないが、「あとがき」の中で「日本ではSFの黎明期、翻訳本でもそれほど読んでいる人は多くなかった頃」、中学生だった作者は図書館でSFに出会ったと書いているので、わたしのちょい上ぐらいか。

 翌年の二〇〇六年三月には碧天舎が倒産してしまったため、第三回のSFコンテストは行われていない模様。それでも同社は、二〇〇六年に百点以上の本を出している。その中には、同年四月奥付のものもある。倒産ぎりぎりに刊行されたのだろう。まあ、刊行されただけマシな方で、お金は払ったのに本を作ってもらえなかった人がずいぶんといたらしい。
 碧天舎の創立年がはっきり判らなかったので、国会図書館に所蔵されている同社刊行物をチェックしたところ、二〇〇二年二月以降のものしかなかった。よって同年の創立か、二月刊行のために前年から作業をしていたとして二〇〇一年の創立、というところか。  版元についてもっと調べようと思ったが、もう存在しないので直接問い合わせて訊く訳にもいかない。そこでネット上に残っている情報を様々な検索によって掬い上げてみた。何か間違っていたら、情報を取りまとめたわたくしの責任です。
 碧天舎は、ビブロス(旧「青磁ビブロス」)の系列会社として創立された。ビブロスはやおい・ボーイズラブ系のコミックや小説を「ビーボーイ」の名を冠して多数出していた出版社。しかし碧天舎の倒産に連鎖する形で親会社のビブロスも倒産してしまった。
 青磁ビブロス(一九八八年創立)は、そもそも『メイドイン星矢』『シュラト グラフィティー』『サムライキッズ』などの同人誌アンソロジー・シリーズでヒットを飛ばした版元。しかし必ずしもBL&やおいオンリーという訳ではなく、SF者には御馴染みの『超人ロック』のコミックなども出していた。
 今回調べていて気づいたのだが、青磁ビブロスが出していた雑誌「MEGU」というのは、みのり書房の「月刊OUT」の後継誌だった。青磁ビブロスが『超人ロック』を出していたのも、それで納得。
 一九九七年にビブロス(BIBLOS)に改名。ちなみに今回、本稿を書くに当たって自分の蔵書をチェックしてみたが、青磁ビブロスの本もビブロスの本も見当たらなかった。まあ、BLメインの版元なわけですから勘弁して下さい。
 ビブロスのBL系出版事業は、アニメイト系列会社の共同出資により発足した「リブレ出版」に引き継がれている。「ビーボーイ」を冠した雑誌も、同社で出版されている。まあ、この名前はもうBL界ではブランド名なのでしょう、きっと。

 更に検索を続けていると、ネット上のコンテスト情報ポータルサイト「登竜門」に、碧天舎の第二回SF小説コンテストの応募要領が残っていたので、そこから情報を引かせて頂く。まず、SFとは何か、というところから説明してくれている。

 SF小説とは、科学技術をベースとした空想小説のこと。現在、過去、未来、地底から宇宙の果てまで、時間と空間に縛られることなく、斬新でエンターテインメント性に富んだ作品を募集いたします。日本のSF小説が確立されてから40年以上、今、SF小説界は新たな担い手を求めています。

 まあ、ここからして色々とツッコミどころがある。「新たな担い手を求めて」いるという「SF小説界」というのは、どこのことなのか。
 それに、「日本のSF小説が確立されてから40年以上」と言い切っているが、何を基準にしているのか。二〇〇五年から四十三年前に発表された今日泊亜蘭『光の塔』(一九六二年)辺りでしょうか。
 賞の内容としては、最優秀賞(一作品)には賞状と企画出版、優秀賞(二作品)には賞状と賞金一万円が授与される。
 一万円って額はどうよ、という問題はさておき、優秀賞には賞金が出て最優秀賞に賞金が出ないのは、何故、と疑問に思われる方もおられるかもしれない。それは賞金の代わりに「企画出版」が行われるからだ。
 企画出版というのは、出版社側が出版費用を負担する出版形式。要するに、普通のプロの作家と同じ扱いであり、書き手はお金を出さなくても本を出してもらえるのだ。……つまり優秀賞は一万円もらえるけど、費用を出さないと本にはしてもらえない。
 ちなみに一般的な「自費出版」は書き手が全ての費用を負担するが、自費出版と企画出版の中間として費用を両者が折半する手法があり、碧天舎は「共創出版」と称していた(世間一般では「共同出版」または「協力出版」と呼ばれる場合もある)。もっとも折半と言っても、書き手が出版そのもののための費用を出し、出版社が書店流通や宣伝を行う、というパターンが多いようだ。
 自費出版社が小説コンテストを行うのは、応募者たちに「受賞はしませんでしたが、いい作品です。ぜひ本にしませんか」と、自費出版を勧める目的がある。優秀賞は二作品ということになっているので、もうひとり受賞者がいたけれども、その人はお金を出すのを渋ったのかもれしない。また、第一回の時にも優秀賞は出ていたのかもしれない。
 その一方で、受賞は逃したけれどもこのSF小説コンテストに応募した作品で碧天舎から刊行されたものがあるかもしれない。実際、募集要項の中に「優良作品は共創出版にて積極的に出版化を提案いたします。」という一文が見られる。
 枚数は、四百字詰め原稿用紙換算で八十枚以上。それで『無意識の底で』は短かったんだな。
 碧天舎の出版活動は二〇〇二年二月から二〇〇六年三月までの実質およそ四年間。倒産の際の出版社側の説明によると、当初から赤字体質だったとのこと。広告を多く打ち、それらの費用を回収できなかった。自費出版社として後発だったことが、最後まで災いしたのだろう。
 二〇〇八年には、『SF奇書天外』でも紹介した自費出版社の新風舎も倒産。立て続けの倒産に、自費出版商法ってどうなの、という疑問の声が投げかけられたりもしたが、今のところ他の自費出版社がどんどんつぶれていく、という様子はない。あくまで二社の経営状況の問題だったのだろう。
 そういえば、某自費出版社では、ミステリの新人賞に落選した作品をウチに送って下さい、本にします、ということをやっていたなあ。同じようなことをSF新人賞でされて本が出たら……買ってしまうかも。そもそも、新たな「○○SFコンテスト」が別な自費出版社によって行われたら……受賞作を買ってしまうかも。
 ……仕方ないなあ。

(2011年11月7日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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