巨大トカゲに襲われたり、人食い植物の餌食になりそうになったりしつつも、シムラ博士はソルミウム採集に成功した。しかしロケットのところへ戻ると……ロケットがない! どうやらロケットが刺さっていた恐竜の死体を食べに来た別な恐竜が、ロケットを動かしてしまったらしいのだ。いやいや、見張りも残さずに大事なロケットを放置しては駄目だと思います。
 暗くなったために一行は、翌日明るくなってからロケットを探すことにする。……ちょっと待った。金星の一日(自転周期)って、地球のおよそ二百四十三日にあたるはず。百日以上も、何もしないつもりですか? もう完全に、地球にいるのと同じつもりでいるなあ。
 一行は岩の割れ目で一晩を過すが、その時に謎の怪人に遭遇する。ボロボロの服を着て、ただ唸るだけの男だ。やがて、それは三年前の金星探検で行方不明になったロオレンス博士だと判明。どうやら記憶を失っているらしい。
 ……うーん、またここが金星だということを忘れているなあ。ボロ服ということは、宇宙服ではない。一行が使用しているような特殊マスクを付けている様子もない。気温も八十七度だ。食べ物も何を食べていたのだろう。一体全体どうやって、ロオレンス博士は生き延びられたのか? 謎である。
 翌日、ロケットは湖の浅瀬に沈んでいるのを発見。一行はそれを引き上げる……って、四人とはいえ人力で動かせる程度の重さなんですか、このロケットは?(金星の重力はおよそ〇・九Gなので、地球と大差はないし。)
 何はともあれ、ロケットは金星を出発。その際の衝撃で、ロオレンス博士も記憶を取り戻す。
 地球では、ロケットは日本に上陸し、シムラ博士一行は大歓迎を受ける……と、ようやく宇宙探検SFパート終わり。
 さて科学研究所に戻ったシムラ博士だが、ボディは鋼鉄製で、頭脳はソルミウム製の人造人間を造り始める。ソルミウムは三体分あった。ソルミウムで頭脳を造る際、刺激を与え続ければ善人の頭脳ができるが、刺激を途中で止めると悪人の脳ができてしまうのだ。
 それを聞きつけたのが、科学研究所の隣に住んでいるインド帰りの怪老人。彼はある国の王族だったが、王位を従兄弟に奪われてしまった。王位を奪還するために、怪老人は悪のロボットを手に入れようと考えたのだ。
 シムラ博士は、一体の正義のロボットを完成させる。名前は正義を意味する「ライト」君だ。顔は鋼鉄の上に石膏で笑い顔を造った。だから表情は変えられず、いつでも笑っている。……ちょっとコワイですね。
 しかしその後、シムラ博士は怪老人に捕えられた挙句、催眠術をかけられて悪のロボットを作らせられる。こうしてできたロボットが「X」と「Y」。区別がつかないからか、胸にX、Yと書かれる。裏表紙に描かれていたのは、Yだったんですね。消去法で、表紙の悪そうなロボットがXだ。
 博士がいないことに気づいた敏夫少年、老人が怪しいとにらんで隣家へ忍び込むが、捕まってしまう。やがて博士は解放されるが、敏夫少年は捕縛されたまま。このへん、悪人の行動の理由が全く謎である。二人とも解放するか、二人とも捕えておくか、役立つ博士だけ捕えておくならまだしも、少年だけ捕えておく理由は不明。説明もされないし。
正義のロボット・挿絵
『正義のロボット
挿絵』
 その頃、老人は二体のロボットに短剣を渡し、これから命令する通りに人間を殺せ、と言う。しかしこれは悪のロボットである。ここにいる人間、つまり老人から殺したい、と言って、ヒヒヒヒとかフフフフとか笑いながら、老人を刺してしまうのであった。まあ、当然の帰結ですよね。老人に必要だったのは悪のロボットではなく、「悪いことであろうとも命令通りに行動するロボット」だったのだから。
 助けに来たボッブ君が敏夫少年の縛めを解くが、そこに殺人ロボットがやって来る。ピストルを撃っても効き目ナシ。危機一髪のところで現われたのが、正義のロボット・ライト君。かくして正義と悪のロボットの対決が行われ、表紙に描かれているシーンが展開されるのだ。
 当然ながら、結果はライト君の勝利。怪老人は命こそ取り留めたが、精神に異常を来たしてしまった。シムラ博士は悪のロボットたちを分解し、その頭脳は海底深くに沈めるのだった……オシマイ。
 タイトルはロボットなのに、全体の三分の二弱は宇宙探検SF。しかもロボットSFパートに入っても、悪人は怪しい老人(つまりただの人間)。まあ、昔のロボットアニメなんかでも、主人公はロボットでも敵はギャングだったりしましたが。
 ロオレンス博士などは、金星から助けられたものの、後半では全く登場しない。何かソルミウムに関係してくるのかと思っていたが、まるでナシ。完全に、助けられるだけのための役割だったのだ。
 また、時代設定は二十二世紀、(本作刊行の時点からだと)百七十五年もの未来であるにもかかわらず、未来感が薄い。特に後半は、ロボットが登場すること以外は現代(それも刊行時点)の世界とほとんど変わりがない。
 ストーリー展開にしても、先述のように、全篇ツッコミ所満載。とにかく、読んでいて楽しいの一言でした。宇宙探検、恐竜、そしてロボットと、子どもの好きなSF要素が詰め込んであるしね。
 内容以外の面で気になったのが、やたらと誤植が多いこと。エラーを分析してみると、原稿での間違いが訂正されずにそのまま活字になってしまっているものと、植字の際のミス(本当の意味での誤植)とが、混在しているようだ。
 例えば博士が怪老人の催眠術で言いなりになっているシーン。「敏夫は自分の意識を持たなかった。」とあるが、この場に敏夫はおらず、これは「博士は…」の間違い。
 今の部分は判りやすかったが、「どっちだ?」となってしまうのが、博士がさらわれ、敏夫も捕まってしまった後でのシーン。「実験室え戻って来ると、ライト君が死んだ様にぐったりしている敏夫を介抱していた。」という記述があるので、おや、敏夫はすぐに解放されたのか……と思っていると、すぐ次の行で「「やッ、先生だ、ライト君どこで先生をみつけたの?」」というボッブ君のセリフがある。結局、ぐったりしていたのは敏夫ではなく博士だったのだ。
 こういった間違い方は植字の際でのミスとしてはあり得ないので、原稿が既に間違っていたとしか思えない。
 更にはどちらのミスか微妙だか、おそらく植字の際だと思われるのが、後半で人造人間のことを「ロケット」と言っていること。これはもちろん「ロボット」を間違えているのだが、これが何回も繰り返されるのには参りました。タイトルがロボットなのに。
 作者の「伊藤憲司」については、色々と調べたが情報を得ることはできなかった。装丁画及び挿画を描いている画家に至っては、表記がないので名前すら不明。唯一判るのが、絵の中に残されている「y.」のイニシャルだけ。せっかくいい味を出しているのになあ。
 版元の「塔文社」については、同名の主に地図を出版している版元は現在も存在するが、本書の刊行がそちらの創業以前なので、別物らしい。国会図書館のサイトで調べてみても、本書と同時期に刊行された塔文社の本は、他に一冊しか見当たらなかった(児童書だったので、それに関しては同じ版元かもしれない)。
 とにかく、この作品に関する情報は、ほとんど見つけることができなかった。もしどこかで紹介されていたら、不明を恥じるばかりだが。何にせよ、万が一情報をお持ちの方は、是非ともお報せ下さい。
 ――これだけ奇想天外なSFが、埋もれていたりするのだ。きっと、まだまだあることだろう。古本研究は、いつまでたってもやめられそうもありません。

(2011年10月5日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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