紀元55年のユートピア
『紀元55年のユートピア』
 続く第十四巻が、一番最初に入手し、「原爆児童文学集」のSFに気づくきっかけとなった梅原賢二『紀元55年のユートピア』。陽太少年は、深夜の怪音に導かれて怪しい秘密工場に到達するが、男に捕まったあげく、その記憶を消されてしまう。だがやがて、ふとしたことから秘密工場内での経験を思い出す。そこには巨大なコンピューターがあり、怪人物はそれを“世界の創造主”だと言い、一九四五年八月六日(広島原爆投下の日)に始まる紀元五五年(つまり西暦一九九九年)に「おまえたち」は地上から消え去って「われわれの世界」であるユートピアが完成し、地球は永遠に平和になる、と語ったのだ。――“紀元”とは西暦でも皇紀でも宇宙世紀でもなく、こういうことだったのです。それにしてもこの人物、一九九九年にこだわるってことは『ノストラダムスの大予言』信者か?
 陽太は信頼する野菜売りの若大将・山中と、その旧友で新聞記者の南村とともに秘密工場に潜入するが、三人とも男に捕まってしまう。男はコンピューターが神だと宣言し、機械の世界をもたらすために中性子爆弾によって不用な人類を抹殺すると言うのだった。いよいよ危機という際に、コンピューターが停止する。前回、陽太がここへ来た際に落とした種からツルが伸びて、コンピューター内部に絡み付いていたのだ……。
 ううむ。色々とよく判らないことが。秘密工場は、ベルトコンベアーや機械によって何かを作っているのだけれど、それが何だか判らない。工場には古い武器が山積みになっていたけれど、それはあくまで第二次大戦中のものだったし。もしかして、中性子爆弾を作っていたのか。作者は、中性子爆弾が工場の自動流れ作業で作られるのだと思ったのでしょうか?
 そして何より、「コンピューターが神」という意味が全く不明です。男が神だ神だという割に、神様らしいことをしていない。
 そもそも本当に神だったら、植物ごときで止まってしまう前に「オイ、オ前、ツルガ絡ンデルカラ、チョット取レヤ」って言うはずでしょう? 男が勝手に妄想しているとしか思えません。勝手にほかのコンピューターと接続するようになったとか、意志を持つようになったとか、銀行のコンピューターとつながって資金を手に入れたとか男は言っているが、男の言葉以外に証拠はないのだ。
 陽太の記憶を削除したのも「洗脳装置」のようなものではなく催眠術らしいので、コンピューター云々が妄想だと仮定すると、SF要素はなくなり単なるサスペンスになってしまう。うーん、どうしたものか。
 作者の梅原賢二は一九六〇年生まれの広島在住の作家で、塾の講師やテキスト作成と兼業。やっぱりヒロシマ作家ですね。一九九七年と二〇〇一年の二回、小川未明文学賞の優秀賞を受賞している。大賞だとNTT出版から単行本化されるのだが、優秀賞なので未単行本化のようだ。
 
地下別荘(シェルター)の十日間
『地下別荘(シェルター)
の十日間』
児童文学雑誌や同人誌では幾つか作品を発表している模様だが、商業出版の単行本は『紀元55年のユートピア』しか見当たらない。
 ――以上が、第一期で連続している巻のSF。そして少し飛んで、第二期分の第二十七巻へ。新宿京王百貨店・歳末古書市の二日目に見つけた桜井信夫『地下別荘(シェルター)の十日間』が、それである。
 こちらは登場人物の名前が出て来る際にあまり説明がされないため、最初は誰が誰だか覚えきれずに往生しました。結局、キャラクターを整理するために、自分で人物表を作成した次第。それを以下に掲げておきましょう。ご利用いただければ幸い。

【『地下別荘の十日間』人物表】

●田上邦彦・美由起(小学生の兄妹。主人公)
●田上大輔・美智子(主人公の両親。大輔はムコ養子。妻の父=栄太郎の会社の専務)
●田上栄太郎・美也子(主人公の祖父母。栄太郎は核シェルター建設の会社を経営)
●千鶴子(親族? 名前のみ登場)
●辻時子(田上家のお手伝い)
●岸本昭(田上家の執事頭・運転手)
●北村幸造(栄太郎の会社の設備課長)
●蓮見敏定(栄太郎の第一秘書)
●藤井和宏(主人公の家庭教師)
●石原博志・友里子夫妻(たまたま訪れていた来客)

 ……こんな感じです。
 では物語を。邦彦(六年生)と美由起(四年生)は、祖父母や両親とともに、多摩川沿いの大邸宅に住んでいた。祖父が、大金持ちで社長だったのだ。二人が学校に行こうとしたところを、祖父から「地下の別荘」へ入れと命令される。これは核シェルターのことだった。そして前記人物表の人たち(「千鶴子」を除く)が入ったところで地響きが起こり、停電する。どうやら、核戦争が勃発し、日本に対しても核兵器が使用されたらしいのだ。
 彼らはシェルターに閉じこもるが、暇つぶしにビデオで映画を観たり、(大人は)ワインを飲んだり、碁を打ったり、(子どもは)パソコンでゲームをしたりと、ずいぶんとのんびりしているぞ。サバイバルするのに、こんなことでいいのか?
 翌日、発電機のエンジンの調子が悪く、吸排気口が原因と判明。そこで設備課長の北村と執事頭の岸本が、防護服を着て外に出ることに……って、そんなに早く? しかも出口は、トンネルの先にシャッターが一枚あるだけみたいだし。そんなので、シェルターとして役に立つのだろうか? 外気の出入りを少なくするためには、エアロック式(もしくは、せめて二重扉)にすべきでは?
 なのに二人が出て行った後、そのシャッターすら開けっ放し! それじゃ放射性物質を含んだ大気がどんどん入って来るよ!
 外は死体がごろごろしていた。やはり、核爆発が起こっていたのだ。吸排気口は、押し寄せた人々の死体でふさがっていた……って、すごく重要な部分なんだから、もっと考えて作っておくべきだと思う。
 これは後で判明するのだが、北村が外に出た際、防護服がすっぱり切れてしまっていた(それが原因で被ばく症になる)。その切れた原因については、「カマイタチ」がどうとか言っているのだ。核シェルターの話なのに、どうしてそこにカマイタチなんて非科学的なものが入り込むのか?
 結局発電機はエンジン自体の調子が悪いままで、途中で止まってしまい、空気がよどみ始める。こんなに重要なモノなんだから、二重三重に予備を確保しておくものではないのだろうか?
 最終的に、核シェルターでの生活は破綻していく。邦彦と美由起は、家庭教師の藤井とお手伝いの時子とともに、地上へ出る決心をする……。
 アレやらコレやらまだまだ疑問の点はあるが、これ以上は述べずにおくので、詳細は現物を読んでご確認ください。
 著者・桜井信夫(一九三一~二〇一〇年)は、児童文学者・詩人。太平洋戦争中の沖縄・波照間島における強制疎開の悲劇を描いた長編叙事詩『ハテルマシキナ』(かど創房)で日本児童文学者協会賞・赤い鳥文学賞・三越左千夫少年詩賞を受賞。オムニバスの児童向けホラー・シリーズ「怪談レストラン」(童心社)にも、二〇〇五年の三十八巻から参加していた。
 桜井信夫には、ほかにも国土社「創作子どもSF全集」『コンピューター人間』(一九七一年)というジュヴナイルSFがある。舞台となるのは二〇七一年、つまり作品発表時点から百年後の未来だ。テルオ少年は、特殊教育センターで検査を受ける。しかし過去のことを忘れられず、命令にもきちんと従うことのできない彼は、はじかれて再教育されることに。それでも矯正されなかったテルオは、収容所送りになった。この世界では遺伝子操作により唯々諾々と働く人間ばかりが生み出されていたのだ。だが「失敗作」であるテルオたちこそ、人間らしい人間だった……。途中、原子力社会の始まった時点ということで、広島の原爆投下の話も出てきます。

 というわけで、「原爆児童文学集」のうち、はっきりまるっと一冊SFなのは、前回紹介した三冊と今回紹介した三冊のあわせて六冊。SF慣れしていない児童文学作家による作品は、SF的に「?」なところが頻出したりするが、それだけ読者にツッコミを入れる楽しみがあるということで。完成度が一番高いのは、やはり前回取り上げた司修『魔法のぶた』だろう。一番SFらしくないタイトルなのに。

 以上の六冊以外にも、幾つか触れておくべき巻があるので、ざっくりと。
 第八巻『虹』(早船ちよ)は「タイム・トンネルをくぐって」という章があるのでSFかと期待したら、戦争経験者が紙芝居で自らの体験を語る、という話でした。
 第二十巻『短編集 おもいで箱』収録の「ユカの地球」(加藤幸子)は、透視能力や予知能力、動物や虫の言葉が分かる能力の持ち主である少女ユカの物語。
 第二十九巻『短編集 バオバブのゲンバク』収録の「秘密」(やまだともこ)は、全ての自動販売機から「1945年8月 ヒロシマ行」という切符が出て来るという、短いSF散文詩。
 その他、広義のファンタジイに属するものでは第一巻『ヤン一族の最後』(三浦精子)が、原爆によって被害を受けたネズミたちの物語。
 またSFではないけれども、第五巻『打出のこづち』(一九八五年)は、「日本陥没」「ゴジラ鳩」などSF戯曲も書いている劇作家の飯沢匡の作。戯曲二本を収録しており、表題作は時代物の狂言だが、何でも願いの叶う“打出のこづち”が登場する。「どこが原爆文学?」と思ってしまうかもしれないが、爆発を起こす道具としても使える打出のこづちが核のアナロジーとなっているのだ。

 本稿の準備をしている最中のこと、神田の古書即売会で「原爆児童文学集」の全巻揃いを見かけた。まだ持っていないSFの巻があったし、一冊当たりに換算するととても安かったのでちょっとだけそそられた。でもハードカバーの児童書三十冊となるとかなりスペースを取るし、そもそもわたしが欲しいのはSF系の巻だけだ。てなわけで、購入は見送りました。
 念のため、と版元に在庫が残っていないか問い合わせてみたが、やはり完全に品切れで、重版の予定なしとのこと。まあ、四半世紀前の叢書だからなあ。未入手の巻は、気長に探そうと思います。
 「原爆児童文学集」の他にも、SF専門でない児童文学叢書であってもSFを出しているものはあるだろう。おそらく、まだ見ぬSFがもっともっとあるに違いない。古書店はもちろん、図書館、新刊書店などで、それらしいタイトルの本があったら、今後ともチェックしていきたいものである。
(2011年7月5日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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