長期間眠っていた人間が未来社会において目覚める、という本作の設定はH・G・ウェルズの『冬眠200年』にインスパイアされたのかと思ったが、調べてみると『冬眠…』は一八九九年の作。 『復刻版 21世紀のゴルフ』 の方が、ウェルズに先行していたのである!
 作者J・マックロウについてはあまり多くは分かっておらず、「J」が何の略なのかもはっきりしない。判明しているのは、他にもゴルフについての本を書いているということぐらい。
 本作は発表から百六年後の一九九八年にラトレッジ・ヒル・プレスから復刊され、邦訳もそれに基づいている(訳題に『復刻版』と付いているのは、それゆえだろう)。二〇〇五年には初版本がオークションにかけられ、二千二百四十ドルでゴルフ記念品コレクターが落札したそうだ(当時のレートでおよそ二十三万円)。
 ゴルフとSFという組み合わせの妙からも、歴史的価値からもオススメだ。ウェルズの諸作や 『ヴィクトリア朝空想科学小説』 (ちくま文庫)収録作がお好きだという方には、特に。
 本作がすっかり気に入ったわたしは、その後も折に触れてはSF関係者に「実はこんなゴルフSFがあるんだよ」と紹介し続けたのだが、ある時、居合わせたSF&ファンタジイ書評家の三村美衣氏が「ゴルフSFだったら、日本人が書いたのもあるよ」と教えてくれた。それは是非とも読んでみるしかあるまい、と手に入れて読んでみたのが杉山英隆 『地球外動体視力ゴルファー』 (文芸社/二〇〇九年)である。
地球外動体視力ゴルファー
『地球外動体視力
ゴルファー』
地球外動体視力ゴルファー
『地球外動体視力ゴルファー』の帯
 主人公・宮本寛明は米国駐在のサラリーマン。最近ゴルフを始めたが、元野球部員のためパワーに自信はあるものの、コントロールがダメで超ヘタクソだった。そんな彼が友人の浩介とともに車でラスベガスへ向かう途中、腹を壊して砂漠で用を足していると、十メートルほど前に隕石が落下。細かな破片が、バラバラと顔に当たった。
 額に傷ができたものの、痕跡はホクロぐらいの大きさになった。それ以降、彼は特殊な能力を身につけた。ゴルフクラブを振る際、自分のスイングが超スロー映像で見えるようになったのだ。
 能力が及ぶのは、半径二メートルほどの範囲だけ……というそのシステムがよく判らない。スイングによってその現象が発動するにしても、発動したら視線を動かせばいいだけじゃないの? などとツッコミを入れても仕方がない。本作は「自分のスイングがゆっくりに見えたら」という前提から始まるお話なのだから。
 この能力を身につけたおかげで、寛明はクラブを振り下ろしている最中の微調整が可能となり、全力で打っても目標を外さないようになった。ただしこの力は軽く打つ場合には発動しないため、近距離でのアプローチやパッティングは下手クソなままだった。
 その力で寛明は好成績を収め、全米アマ大会に出場。そして遂に優勝してしまう。全米アマ優勝者に与えられる最大の栄誉――それはマスターズへの招待状だ。そう、寛明はマスターズにまで出場してしまうのだ。
 そして、ラストで明かされる衝撃の事実。次のパートでネタバレしますので、ご注意。
【以下ネタバレ】
 試合終了後、寛明はタイガー・ウッズから握手を求められる。その際、タイガーの娘目掛けてゴルフボールが飛んできた。それを例の動体視力で叩き落とそうとした時、先にタイガーの手が叩き落した。タイガーもまた、同じ能力の持ち主だったのだ。寛明が同類だと知ったタイガーは、ジム・フューリック(世界トップクラスのゴルファーのひとり)もそうだと教えてくれたのであった。
【ネタバレ終了】
 ……という部分はあるものの、基本的には素人ゴルファーがすんごい特殊能力を身につけたら、という夢物語。設定はSFだが、ストーリー自体にはSF性は少ない。寛明が上司に連れて行かれた京都のお茶屋で幻視するシーンがあって、それが伏線になっていたりはするものの、後半で明かされる幻視の正体はなんだか分かるような分からないようなものだった。
 全体にゴルフ好き、もしくはある程度ゴルフのことを知っている人でないと、あまり楽しめないだろう。わたしはゴルフはやらないけれど、「チャー・シュー・メン!」で有名な 『あした天気になあれ』(ちばてつや)や、「わいは猿や!」で有名な『プロゴルファー猿』(藤子不二雄A)などのゴルフマンガのおかげで最低限のゴルフ知識はあったので、理解できずに困ることはありませんでしたが。
 
ゴルフ奇譚集
『ゴルフ奇譚集』
腰巻には、女子プロゴルファーの横峯さくらによる惹句が、写真付きで掲げられている。
 作者・杉山英隆は、アメリカで映画やテレビドラマとコラボして広告を行う会社「S2C2」を企業した人物。著作は、今のところこれ一冊らしい。
 ちなみにゴルフ奇書といえば、ベルギーの作家ジャン・レイによるゴルフ怪奇幻想短篇集 『ゴルフ奇譚集』(白水社/一九八五年)なんてものも出ている。基本的には異色作家短篇集系の味わいだが、SFっぽい話もなくはない。「EG‐一四〇五号」には“オリハルコン製のゴルフクラブ”が登場し、思わず噴き出しました。
ゴルきちの心情
『ゴルきちの心情』
 勢いに乗って、P・G・ウッドハウス 『ゴルきちの心情』(創土社/一九八三年) まで読んでしまった。 作者が作者だけにあくまでゴルフ・ユーモア小説集で、創土社から出たとはいえ怪奇・幻想味は全くありませんでした。
 前回が合気道SFで、今回がゴルフSF。世の中には、ほんとに色々なSFがあるものだなあ。果たして次はどんなSFが見つかるだろうか。……セパタクローSF? カバディSF?
(2011年3月30日)

北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。


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