Scienece Fiction
2010.08.05
SF奇書天外REACT【第4回】(2/2)[2010年8月]
●大好評企画、第4弾! 北原尚彦先生蔵書より古書を1名様にプレゼント!(2010年8月31日締切)【ここをクリック】
その訳文の一部を、実際に比較してみよう。アランがウラシマ効果について思いをはせるシーンだ。
ときどき、見張当番に当ってヘールと研究したり、あまり思考の要らない常例の仕事でぶらぶら歩いたりしているとき、時間方程式のことが彼の念頭をかすめて浮びあがってくる。それはあんなにも正しく精密な事柄であった。アインシュタインにもローレンツにも妥協ということがなかった。(『宇宙航路』90ページから91ページ)
ときどき、見張当番にあたってヘールと学習したり、あまり思考の要らない常例の仕事でゆっくりと歩いたりしているとき、時間方程式のことがアランの念頭をかすめて浮びあがってくる。それはあんなにも正しく精密な事柄だった。アインシュタインにもローレンツにも妥協ということがなかった。(『トゥ・ザ・スターズ』99ページ)
いかがだろうか? ここだけを見ても、偶然似た表現になったというレベルではないことがお分かり頂けるだろう。
新たに出すのなら未訳の作品を選んで欲しかったところだが、もしかしたら「既訳があるから一から訳すより簡単」ということで、本作が選ばれたのかもしれない。
さすがに、『宇宙航路』のイラスト(水島爾保布)や、巻末に付された相対性理論に関する解説「時間・空間の相対性について」(野尻貞雄)までは、『トゥ・ザ・スターズ』には収録されていない。かわりに、巻末に「用語解説」が加えられている。
裏表紙には様々な評が掲げられており、「物語芸術の傑作」はロバート・シルバーバーグ。「L.ロン・ハバード著作の『トゥ・ザ・スターズ』は史上最高のSF小説に数えられる」と評した〝ジェリー・ポアネル〟は〝ジェリー・パーネル〟のことでありましょう(〝ポアネル〟のほうが原音に近いのですが)。
また本書は「日本語の本」ではあるけれども、正確には「日本で出た本」ではない。奥付を確認すると、発行所は Galaxy Press となっており、住所もアメリカはカリフォルニア、ハリウッドなのだ。我が国での普通の書籍販売ルートに乗っていないのも不思議はない。
発行年は二〇〇五年。定価の表記はどこにもない(円でも、ドルでも)。
奥付には更にシールが貼られていて、そこに「日本販売代理店:ニュー・エラ・パブリケーションズ ジャパン」と記されている。まてよ、本書以外にもハバードの小説(の日本版)がこっそりと出ている可能性も否定できないな……と、えいやで同社に連絡をしてみた。その結果、教えてもらえた訳書は把握しているものがすべてだった。残念。
その際、念のために『トゥ・ザ・スターズ』について確認したところ、なんとまだ在庫があるというではありませんか! 欲しいという方は、直接ご連絡をどうぞ。千五百円だそうです。
本作の原作は、一九五〇年〈アスタウンディング・サイエンス・フィクション〉誌に発表されたもの。一九五四年にはエース・ブックスから一冊にまとまった。この際のタイトルはReturn to Tomorrowで、元々社版も原題表記はこれになっている。
『トゥ・ザ・スターズ』にインスパイアされて、ジャズピアニストのチック・コリアは同題のアルバムを発表している。ちなみにチック・コリアもサイエントロジー信者のひとり。
折角なので、ハバードに関する本をもう一冊ご紹介しておこう。入手したのはまだわたしが専業作家になる前のことなので、今から十数年前。今はなき渋谷の東急文化会館の屋上には、プラネタリウムのドームとゲームセンター以外に、古本リサイクルの店があった。何かのリサイクル団体の出店で、商売というよりあくまで〝リサイクル〟が目的とされていた。それゆえ不要の本を持ち込むとポイント評価してくれて、このポイントで古本を買うことができるシステムになっており、わたしは結構愛用していた。しかもあくまでリサイクルの店なのでレア本にもプレミア価格が付かず、掘り出し物が見つかることもしばしばだった。ロシア帰りだという銀髪のおばあちゃんが店番をしていたけど、その後、あのおばあちゃんはどうしたのかなあ。
『L.ロン・ハバード プロフィール』
こんな本、見たことない! と購入したわけだが、それ以降、二度と売っているのを見かけたこともなければ、持っているという人に会ったこともない。
奥付がないので発行年ははっきりしないが、コピーライト表記が一九九五年、購入したのが一九九七年一月なので、九五年か九六年の発行だろう、と思っていた。今回、国会図書館のデータベースで確認したところ、やはり一九九五年の発行となっていた。
発行所の表記はなく、問い合わせ先としてこれまたカリフォルニアの L. Ron Hubbard Personal Public Relations Office International となっている。国会図書館のデータベースでは、カッコ付きで〔サイエントロジー東京〕となっているので、これまた発行はアメリカだが取り扱いは日本の事務所というパターンだろう。
表紙に「ロンの友人たちによる編集。」とあるのは、副タイトルではなく編著者表記だろう……と考えてネット上にある原書の書影で確認したら、全く同じデザインで COMPILED BY THE FRIENDS OF RON とありました。やっぱり。訳者に関する表記は、どこにもナシ。
中身はというと、発行元が発行元だけにサイエントロジー関係の記述がメインとなっているが、それを概観するには便利だし、ハバードの生涯全体について知ることができるのは非常にありがたい。彼がまだ十代だった一九二〇年代に東洋へ行った際、日本に来たこともあったとか。最初のフィクション作品が発表されたのは一九三〇年代、ワシントン大学の新聞だったとか。 とはいえ、一番興味深いのは「フィクション作家」の章。ハバードが執筆していた古いパルプ雑誌の表紙がカラー図版でずらりと並んでいるところなどは、ビジュアル本ならでは。SF誌だけでなくウェスタン小説誌や戦争小説誌、探偵小説誌などで書いていたことが分かるのだ。文中には、フレデリック・ポールによる「彼の小説が売店に出回るとすぐ、ファン一人一人の文化的遺産となった」などという言葉もある。
ハインラインの「「ファイナル・ブラックアウト」は、これまでに書かれたSFの中で完璧と言うに値する作品である。」という評も。これ、日本語で読みたいものですなあ。
《バトルフィールド・アース》を中心に取り上げたページでは、世界各国語版の同書が並べられているのだが、その中にはサンリオSF文庫版もあります!
ハバードが主催したSF新人賞「未来の作家コンテスト」に関する章も。審査員たちは「ロバート・シルバーバーグ、ジェリー・ポーネル、ジャック・ウイリアムソン、アンドレ・ノートン、アン・マキャフリー」となっている。そういえば、ここには記述されていないけれども、スティーヴン・バクスターもこの賞の受賞者でした。
本当は、短篇に至るまでの詳細なハバード書誌があると良かったのだけれども、そこまではムリでしょうね。
それでも、SF関係のノンフィクションを蒐集しておられる方には、色々な意味でオススメの一冊です。
というわけで、もし関係者の方がここを読んでおられたら、是非ともお願い。次こそは、ハバードの未訳のSF作品、特に Final Blackoutを訳して下さい!
<PR>大好評企画、第4弾! 北原尚彦先生蔵書より古書を1名様にプレゼント!(2010年8月31日締切)【ここをクリック】
(2010年8月5日)
●北原尚彦「SF奇書天外REACT」の連載記事を読む。
【
第1回|第2回|第3回|第4回|第5回|第6回】
■ 北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』
●北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。
SF小説の専門出版社|東京創元社
- バックナンバー
- 北原尚彦「南沢十七は異星でもハチャメチャ!『天外魔境』」――SF奇書天外REACT【第18回】(1/2)[2011年12月]
- 松崎有理『あがり』収録作品の人気投票結果および著者からの「粗品」当選者発表[2011年12月]
- 【特別寄稿】高橋良平「墓碑銘2011年――岡田正哉さんの思い出に」(1/2)[2011年12月]
- 北原尚彦「知られざるSF新人賞受賞作『無意識の底で』」――SF奇書天外REACT【第17回】(1/2)[2011年11月]
- 北原尚彦「聞いたこともなかった児童SF『正義のロボット』」――SF奇書天外REACT【第16回】(1/2)[2011年10月]
- 松崎有理『あがり』収録作品の人気投票を実施します[2011年9月]
- 「平田真夫/森山安雄の挑戦――ゲームブック『展覧会の絵』から小説『水の中、光の底』へ」平田真夫/森山安雄×岡和田晃(1/4)[2011年9月]
- 高野史緒『時間はだれも待ってくれない 21世紀東欧SF・ファンタスチカ傑作集』(高野史緒編)序文[2011年9月]
- 北原尚彦「原子が少年になっちゃった『アトミーノは戦争がきらい』」――SF奇書天外REACT【第15回】(1/2)[2011年9月]
- 北原尚彦「知られざる静岡SF作家・杉山恵一」――SF奇書天外REACT【第14回】(1/2)[2011年8月]
- 日下三蔵『結晶銀河 年刊日本SF傑作選』(大森望・日下三蔵編)序文[2011年7月]
- 『異星人の郷』2011年度星雲賞受賞のことば[2011年6月]
- 北原尚彦「実はSF含有率が高かった「原爆児童文学集」(後篇)」――SF奇書天外REACT【第13回】(1/2)[2011年7月]
- 北原尚彦「実はSF含有率が高かった「原爆児童文学集」(前篇)」――SF奇書天外REACT【第12回】(1/2)[2011年6月]
- 北原尚彦「三種コンボ先取り! 科学博で刊行の『象昆鳥』」――SF奇書天外REACT【第11回】(1/2)[2011年5月]
- 堺三保/ロバート・チャールズ・ウィルスン『クロノリス─時の碑─』解説[2011年5月](1/2)
- 『原色の想像力 創元SF短編賞アンソロジー』人気投票結果を発表します!
- 北原尚彦「ウェルズの時代に書かれたゴルフSF『21世紀のゴルフ』 」――SF奇書天外REACT【第10回】(1/2)[2011年4月]
- 北原尚彦「二十二世紀なのに未来感ほぼゼロの武術SF『合気道小説 神技』」――SF奇書天外REACT【第9回】(1/2)[2011年3月]
- 「ベストSF2010」1位『異星人の郷』マイクル・フリン氏のメッセージ
- 軍人が書いた未来架空戦記SF『血の叫び』は××本だった!――SF奇書天外REACT【第8回】(1/3)[2011年2月]
- 創元社初のSF? 『笑の話』――SF奇書天外REACT【第7回】(1/2)[2011年1月]
- 地方色たっぷりの名古屋ご当地SF『アトランティス名古屋に帰る』――SF奇書天外REACT【第6回】(1/2)[2010年12月]
- 大森望・日下三蔵・山田正紀/『原色の想像力 創元SF短編賞アンソロジー』序[2010年12月]
- 大森望『逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成〈F〉』序 [2010年10月]
- 大森望『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉』序 [2010年10月]
- SF奇書天外REACT【第5回】(1/2)[2010年10月]
- 嶋田洋一/マイクル・フリン『異星人の郷』訳者あとがき[2010年10月]
- 東浩紀「小松左京と未来の問題3」(1/4)
- SF奇書天外REACT【第4回】(1/2)[2010年8月]
- 大森望『量子回廊 年刊日本SF傑作選』(大森望・日下三蔵編)序文[2010年7月]
- SF奇書天外REACT【第3回】(1/2)[2010年6月]
- SF奇書天外REACT【第2回】(1/2)[2010年4月]
- 東浩紀「小松左京と未来の問題2」(1/4)
- 東浩紀「小松左京と未来の問題1」(1/4)
- SF奇書天外REACT【第1回】(1/2)[2009年11月]
- 中村融『時の娘 ロマンティック時間SF傑作選』編者あとがき(1/2)[2009年9月]
- 『時間封鎖』が2009年度星雲賞を受賞![2009年7月]
- 日下三蔵『超弦領域 年刊日本SF傑作選』(大森望・日下三蔵編)序文[2009年6月]
- 発表! 創元SF文庫を代表する1冊は何か?――読者投票によるベスト20結果発表[2009年6月]
- 佐藤龍雄/ネヴィル・シュート『渚にて』訳者あとがき[2009年4月]
- 向井淳/ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』解説[2009年4月]
- 大森望『虚構機関 日本SF傑作選』(大森望・日下三蔵編)序文[2008年12月]
- 眉村卓『消滅の光輪』あとがき[2008年7月]
- 野田昌宏『風前の灯!冥王星ドーム都市』あとがき[2008年6月]
- 新井素子『ひとめあなたに…』あとがき[2008年5月]
- 夢枕獏『遙かなる巨神』まえがき[2008年3月]
- 眉村卓『司政官 全短編』あとがき[2008年1月]
- 山本弘『MM9(エムエムナイン)』[2008年1月]
- 新井素子『グリーン・レクイエム/緑幻想』あとがき[2007年11月]
- 菅浩江『プリズムの瞳』変わるものと変わらないものと[2007年11月]
- 堀 晃『遺跡の声』創元SF文庫版あとがき[2007年9月]
- 北原尚彦『SF奇書天外』はしがき[2007年8月]
- 鏡 明『不確定世界の探偵世界』創元SF文庫版あとがき[2007年7月]
- 川又千秋『幻詩狩り』創元SF文庫版あとがき[2007年5月]
- 菅浩江『シエラ』の頃[2007年3月]
- 堀 晃『バビロニア・ウェーブ』創元SF文庫版あとがき[2007年2月]
- 田中芳樹『銀河英雄伝説』創元SF文庫版に寄せて[2007年2月]
- 鶴田謙二〈キャプテン・フューチャー全集〉完結にあたって[2007年1月]
- 山岸真「グレッグ・イーガン全小説」[2006年3月]
- 中村融/H・G・ウェルズ『宇宙戦争』訳者あとがき[全文][2005年5月]
- 山岸真/グレッグ・イーガン『万物理論』訳者あとがき[部分][2004年10月]
- 創元SF文庫入門――歴史編
- 小隅 黎/完全新訳版レンズマン・シリーズ1 E・E・スミス『銀河パトロール隊』訳者あとがき(部分)[2002年1月]