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 とはいえ、読んだ覚えのない話もある。それに、記憶と微妙に違うものも。そこで念のために、と両者をつき合わせたところ、幾つかの事実が判明。
(1)『怪談十五夜』に入っている話すべてが『箱根から来た男』に入ったわけではない。
(2)同じ話でも、タイトルが変わっていたり改訂されていたりする。
(3)『箱根から来た男』にしか入っていない話もある。
 わかりやすくするため、それぞれの収録作およびその異同を一覧にしておこう。

〔A〕『怪談十五夜』(友文堂書房/1946年)
1「白鷺の東庵」→B1
2「草履の裏」→B8
3「豆腐のあんかけ」→B3
4「兜鉢」→B16
5「深夜の葬列」
6「黄八丈の寝衣」→B14
7「鳥海山物語」→B4
8「離家の人影」(→B18「影二題」の前半「竹田の幅」同趣向だが細部に差異あり)
9「温泉寺奇談」
10「蛻庵物語」
11「二ツ人魂」(→B15「Nさんの経験」の前半と同趣向だが細部に差異あり)
12「下足番の話」(→B20「ある下足番の話」と同趣向だが細部に差異あり)
13「手相奇談」

〔B〕『彩雨亭鬼談 箱根から来た男』(椿書房/1962年)
1「白鷺の東庵」←A1
2「黄牛記」
3「豆腐のあんかけ」←A3
4「鳥海山物語」←A7
5「旅役者」
6「旅絵師の話」
7「扶桑第一」
8「草履の裏」←A2
9「名鶉」
10「箱根から来た男」
11「ウールの単衣を着た男」
12「痣」
13「節句村正」
14「黄八丈の寝衣」←A6
15「Nさんの経験」(前半がA11「二ツ人魂」と同趣向だが細部に差異あり)
16「兜鉢」←A4
17「後妻」
18「影二題」(前半「竹田の幅」がA8「離家の人影」と同趣向だが細部に差異あり)
19「夢の小布」
20「ある下足番の話」(A12「下足番の話」と同趣向だが細部に差異あり)
21「幽霊蕎麦」

 作者の杉村顕道(すぎむら・けんどう)は1904年(明治37年)、東京生まれ。すごく昔の人のように思えるが、意外なことに平成の世まで存命だった。没年は1999年(平成11年)。割と最近なのである。
 父は戸山脳病院(大正期に人体実験まがいの移植手術を実行したことで、その筋では有名)の創立者、杉村正謙。同病院を継いだのは、警視庁に勤務していたこともある杉村幹(杉村顕道の兄弟)。その息子(つまり顕道の甥)は国立がんセンター名誉総長の杉村隆。以上が、医学系の血筋。
 芸術系の血筋としては、まず顕道の兄で洋画家の杉村惇。その息子(つまり顕道の甥)は江戸手描き友禅の染色作家の杉村豊。
 顕道は、本名杉村顕(すぎむら・あきら)。教育者として長野、樺太、秋田、宮城など各地の学校に勤めつつ、作家としても活動した。
 その後、宮城県で精神障害者救護会の常任理事を務める。宮城県教育文化功労者、宮城県芸術協会理事長。
 「杉村顕道」以外には「杉村彩雨」の号も用いた。それで『箱根から来た男』には「彩雨亭鬼談」というツノ書きが付されていたんですな。
 著書は他に『日本名医伝』(擁光廬/1953年)など。杉村顕名義では『信州の口碑と伝説』(信濃郷土誌刊行会/1933年→郷土出版社/1985年)がある。杉村彩雨名義では『冬椿』(山鳴社/1961年)など俳句集多数。

信濃怪奇傳説集
『信濃怪奇傳説集』
 杉村顕名義の『信州の口碑と伝説』はタイトルからもお分かりの通り怪異譚も収集されており、「琵琶池の龍神」「興禅寺の狐檀家」の話は『怪談十五夜』において「温泉寺奇談」及び「蛻庵物語」として書き直されている。
 『信州の口碑と伝説』の巻末には、同じ信濃郷土誌刊行会からの近刊として、杉村顕『信州百物語』の広告が載っていた。ハテ、そんな著書の情報はなかったが……と調べてみると、翌年の1934年に信濃郷土誌刊行会編で『信州百物語 信濃怪奇傳説集』という本が出ていることが判明。これも杉村顕の著書なのか。現物で確認してみたいが、どこかの古本屋に出ていないかなあ……とネットで検索してみたら、北原尚彦のサイトがヒット。自分で持ってるじゃないか!
怪奇伝説 信州百物語
『怪奇伝説 信州百物語』
 あわてて書庫を発掘することしばし。無事に同書を見つけました。確認すると、「はしがき」を書いているのも、奥付の編者も「信濃郷土誌刊行会 代表者 荻原正巳」としか記されていないので気付かなかったが、これが杉村顕道の著作らしいのだ! 自分で持っていて、その価値を判っていませんでしたよ。
 更にはごく最近、『信州百物語』の初版を入手した(所持本は重版だったのです)。初版はタイトルが微妙に異なり『怪奇伝説 信州百物語』であった。再版の際に改題したらしい。しかも序文が全く異なり、こちらでは『信州の口碑と伝説』出版後に執筆依頼を受けたものの、長野から樺太へ移り住んだために完成が遅れたことなどが書かれていて、文末には「顕しるす」とある。やっぱり、杉村顕道の作で間違いなかったんだ!
 この杉村顕道、今ではほとんど知られていない作家だが、怪奇小説アンソロジーには作品が幾つか再録されている。
 中島河太郎・紀田順一郎編『現代怪奇小説集1』(立風書房/1974年)には「ウールの単衣を着た男」を収録。
 紀田順一郎編『現代怪談傑作集』(双葉新書/1981年)及び三浦正雄編『怪談―24の恐怖』(講談社/2004年)には「白鷺の東庵」が収録されている。テキストはどちらも『箱根から来た男』バージョン。

 しかし『怪談十五夜』『箱根から来た男』も、かなりのレア本。読んでみたい、という方に申し訳ないなあ……と思っていたら、なんと驚くべきニュースが。杉村顕道の怪談作品集成が刊行される、というのだ! それも『怪談十五夜』『箱根から来た男』だけでなく、『信州百物語』も入るという。
 版元は、『X橋付近』を刊行して高城高再評価の機運を作った荒蝦夷(あらえみし)。荒蝦夷といえば東北の出版社なので、杉村顕道を出すのもナットクだ。
 というわけで、杉村顕道の怪談を読んでみたくなった方は、お楽しみに。

 それにしても今回は、どんなものでも「欲しいなあ」と思い続けていれば、いつかは手に入るのだな、とつくづく思った次第。他にも欲しい本はアレとソレとか幾らでもあるので、焦らずに探求し続けようと思います。

(2009年11月5日)

●北原尚彦「SF奇書天外REACT」の連載記事を読む。
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北原尚彦(きたはら・なおひこ)
1962年東京都生まれ。青山学院大学理工学部物理学科卒。作家、評論家、翻訳家。日本推理作家協会、日本SF作家クラブ会員。横田順彌、長山靖生、牧眞司氏らを擁する日本古典SF研究会では会長をつとめる。〈本の雑誌〉ほかで古書関係の研究記事を長年にわたり執筆。主な著作に、短編集『首吊少女亭』 (出版芸術社)ほか、古本エッセイに『シャーロック・ホームズ万華鏡』 『古本買いまくり漫遊記』 (以上、本の雑誌社)、『新刊!古本文庫』 『奇天烈!古本漂流記』 (以上、ちくま文庫)など、またSF研究書に『SF万国博覧会』 (青弓社)がある。主な訳書に、ドイル『まだらの紐』『北極星号の船長』『クルンバーの謎』(共編・共訳、以上、創元推理文庫)、ミルン他『シャーロック・ホームズの栄冠』 (論創社)ほか多数。

北原尚彦『SF奇書天外』の「はしがき」を読む。