Scienece Fiction

2018.06.06

春夏夏夏夏夏夏夏秋とうっ! 石川宗生の旅日記 第2回(2/2)

3.
 ホテルに生還。
 靴も脱がずに憔悴しきった身体をベッドに横たえ、目をつむる。だが、睡魔は近づくどころかむしろ遠ざかってゆく。
 なんだかおかしい。
 身体の下のほうから得体の知れぬ疼きがこみ上げてくる。アドレナリンないしは緊張の糸が切れたせいか、疼きはたちまちすさまじい痛みに変わる。
 床に足をおろしてみるが、立てない。
 靴下を脱ぐと、さっき岩に打った左のくるぶしあたりがこんもり腫れ上がっていた。
 不幸自慢。
 ぼくはこれまでにも海外で何度か怪我や病気をしてきた。
 下痢や高熱なんて当たり前、アメリカではバスケットボールをしていたときに足の骨にひびが入ったし、歯髄炎をわずらって鼻のあたりがお茶の水博士並みに腫れて抜歯した。グアテマラ・ケツァルテナンゴでは奇跡の二回目の歯髄炎をわずらって前歯の神経を抜いたし、つい数年前、スペイン・サンセバスチャンではビーチ・テニスをしていたときに足の小指の骨にひびが入り、片足を引きずりながらヨーロッパじゅうを旅するはめになった。
 そこここの場所は痛みとともに思い出せる。
 そういった経験が警鐘を鳴らしている。
 これはなかなかどうしてけっこうかなり、まずい。
 出発した早々日本にとんぼ返りか、なんて最悪の事態を思い描きながら片足飛びでようよう部屋を出て、オーナーを呼びに行く。
 オーナーはぼくを一目見るなり「イシカワさん、どうしたんですか」と微笑んできた。が、事情を説明するやいなや、色の濃いサングラス越しでも分かるぐらい表情が曇る。
「これはいけませんねぇ、イシカワさん」
 オーナーがうなっていると、ホテルの共同経営者だというマンチェスター・ユナイテッドのユニフォームを着たスキンヘッドのおじさんが近寄ってきて、どれ見せてみろと足をつんつん触ってくる。
 ひぃぃ。
「どうも良くないねぇ」
 顔を見合わせる共同経営者たち。
 するとなにか不穏な気配を感じ取ったのか、庭先でチャイを楽しんでいた人たちから向かいの商店の軒先で油を売っていた地元民まで集まりだし、現地語のワハン語で憲章でも決めんばかりの大会議が開かれた。
 いったいどのような決断がくだされるのか、こわごわ待っていると、「イシカワさん」とオーナーが一同を代表して口を開いた。「この村には病院もないし、きちんとした手当てを受けるにはとなり町まで行かないといけません。でも、そうするにはすこし時間が遅いです。そこで、どうでしょう。この村にはシャーマンがいるので、彼に見てもらうというのは」
「シャーマン? シャーマンがここに、パスーに?」
「そうです、彼ならきっと上手に治療してくれますよ」
 シャーマンというのはペルーのイキトスだとかメキシコのオアハカだとか、中南米の辺境にいるイメージしかなかった。それがまさかパキスタンの奥地にもいるとは。
 地理のみならず文化的にも奥深い、パスー。

 さっそくオーナーがケータイで連絡を取り、彼のお兄さんだという愛想の良い垂れ目の男性がバイクに乗ってやって来た。彼がそのシャーマンのもとまで連れていってくれるという。
 ぼくを後部座席に乗せた救急車代わりのKAWASAKIバイクは、入り組んだ村の小径を走った。
 河原の石を積み上げたという背の低い石垣が連なり、鮮やかな民族衣装をまとった女性が水の入ったポリタンクを運んでいる。このあたりはイスラム教のなかでもイスマイリ派というという宗派が主流らしく、モスクとはどことなく趣の異なった小ぶりの礼拝堂もあった。民家の軒先で座って話し込んでいた男性らが好奇のまなざしをこちらに向けてくる。学校帰りと思しき子供たちが「ハロー、ハウ・アー・ユー?」と無邪気に手を振ってきたので、痛みを堪え精一杯の笑顔で「アイム・ファイン、サンキュー!」と大人の対応。
 バイクはゆるやかな坂道をくだり、川のほうへ徐行運転で進んでいった。数分後、バイクが停まったのは、こぎれいな白塗りの一軒家の前であった。
「彼がシャーマンだよ」
 お兄さんの指さす先には、畑仕事をしているくわを持ったおじさんしかいない。
 はて、と首をかしげながらお兄さんをもう一度見るが、彼はすべて知ったふうにこっくりうなずく。「そう、彼だ」
 シャーマンというからには、ひたいに大きな葉っぱでも巻いた仰々しいまじない師を想像していたが、パスーのシャーマンは人の良さそうな農家のおじさん。
 オーナーのお兄さんはぼくをバイクの後部座席に残し、シャーマンおじさんを呼びに行った。シャーマンおじさんは英語を話せないようで、お兄さんがワハン語で怪我の具合について説明してくれる。
 おじさんはにっこり微笑み、ぼくの前でしゃがむと、二本の指で患部を触診しはじめた。畑仕事による無骨な手からは想像できないほど繊細なタッチ。ときおり、ぼくの反応を確かめるように顔を見上げてくる。目が合って、にっと笑う。
 それからオーナーのお兄さんにワハン語でなにか言う。「大丈夫だということだよ」お兄さんが通訳してくれる。「骨には異常がないから、数日もすれば良くなるってさ」
 そしてシャーマンおじさんは、道ばたに生えていたなんの変哲もない緑の草を引っこ抜いた。「これを熱湯で一煮立ちさせて、患部にあてるんだ」ふたたびお兄さん。「そうすれば治るそうだよ」
 つまりおじさんは、シャーマンというよりも民間療法士みたいな人なのだろうか。いやしかし、そうだとしても……「ホントにそれだけで良いんですか?」
「彼がそう言うんだから間違いないさ」
「だって、それ、そこらへんによく生えてる雑草ですよね」
「大丈夫、大丈夫」
 言葉に合わせてこっくりこっくりうなずくお兄さん。
 ホントに、ホントに大丈夫なんでしょうね?
 温厚に微笑むシャーマンおじさんが見送るなか、いっさいの疑問を胸の奥底にしまいつつ、ホテルに帰還。
 さっそくオーナーらが緑の草を一煮立ちさせ、患部にあててくれた。かぎ覚えがあると思ったら、日本の薬局でも売っている市販の湿布に似たにおいがする。足に伝ってくる感触も、なまあたたかいながらもどこかすうっとしている。
 オーナーが包帯を巻いてくれているあいだ、野次馬はまたもやふくれあがっていった。  気づけば、スマホで一部始終を撮影しているおじさんまでいる。
 どこぞの馬の骨だと思って顔を見たら、なんと共同経営者のスキンヘッドのおじさんであった。いったいそれをどうするつもりですか、YouTubeにでもあげるつもりですかと訊いてみたら、それどころかぼくさえ良ければ地元のSNSニュースに掲載したいのだという。
「わたしはパスーのNPO団体みたいなものに属していてね、絶好のアピールになるからこうして撮影させてもらっているんだ。パスーはとても小さい村だし、世間にはあまり知られていないから、わたしたちがふだんこういう活動をしていることも認知されていない。予算もないから、救急道具とかも不足してるんだ。だからこういったことをきっかけに、すこしでも多くの人に知ってもらって、もし可能であれば寄付というかたちで救急道具とかを送ってほしいんだよ」
 なるほど。
 ならば不肖、石川宗生、せめてものお力になりましょう、このご恩けっして忘れません、わたくしとて筆耕家の端くれ、いまはまだよちよち歩きのひよっこですが研鑽に研鑽を重ね、かならずやいつの日かなんらかのメディア媒体でパスーNPO団体のことを書いてみせましょう。
 そして早くも、この旅行記で書けた。
 やったね。

 世紀の治療ショーが終了。
 共同経営者ふたりの肩を借りて、手負いの日本人観光客は部屋に戻った。ベッドに横になり、旅のお供として日本から持ってきた映画『落下の王国』のDVDをノートパソコンでくさくさ観る。
「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」
 夜半、オーナーが夕食を持ってきた。
 すこし話はそれるが、このオーナーの手料理は本当においしかった。彼は約二年前から故郷であるここパスーでホテルを経営するようになったが、かつては二〇年間ほどパキスタン各地で外国人の観光客を相手にガイドをしていたらしい。料理もそのとき外国人旅行者に振る舞うために覚えたのだという。
 とりわけ赤唐辛子のピリッとした辛さとトマトの酸味がきいたチキンカライが絶妙で、ぼくはこれをおかずにナンを三枚もぺろりとたいらげた。

写真2_チキンカライ.jpg  そのおいしさゆえに滞在中、面と向かって「パキスタンで一番おいしい料理ですよ」と褒めたたえたこともある。本心を述べたつもりだったが、オーナーは「そう言ってもらえて光栄ですが、イシカワさん、あなたパキスタン全土をまわったことないじゃないですか」とまじめに返してきた。
 クールガイしかり、初対面のオーナーはあやしさ満載だったので、その印象はもうずっと右肩上がり。もしかしたら人って、ある程度の期間付き合うならマイナス・スタートぐらいがちょうど良いのかもしれない。
 そんなことを思いながら手料理をもぐもぐ食べ終え、ベッドで安静にしていると、オーナーが食器をさげにやって来た。
 ついで、またそこらで摘んできたと思しきひと煮立ちさせたハーブを患部にあて、包帯を巻いてくれる。「さぁ、イシカワさん、これで大丈夫です。また明日、朝ごはんを持ってきますから、今日のところはしっかりやすんでください」
 就寝。
 朝になれば、約束通りオーナーがまたやって来る。「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」昼にもやって来る。「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」夜にも。「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」
「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」
「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」
 オーナーがごはんを持ってくるたび、患部の腫れは着実に引いていく。「イシカワさん、ごはん持ってきましたよ」がおまじないの呪文ではないかと錯覚するほどに。

 かくて三日も経たないうちにふたたび大地に足をおろせるようになったぼくは、ホテルの庭先でチャイを楽しむ地元民たちの前で、ちょっとしたパフォーマンスとばかりにてくてく歩いてみせる。するとさも学芸会で我が子の晴れすがたでも目の当たりにしたように、満面の笑みで良かったねと言ってくれる皆々様。
「サンキュー、サンキュー」
 村を散策すれば、地元SNSニュースに載ったせいか、足を怪我した日本人がいると誰かが触れまわったのか、いろんな村人が家に招いて、チャイや自家製ヨーグルトをごちそうしてくれる。日本のことを尋ね、パキスタンのことを教えてくれる。わたしには日本人の言語学者の知り合いがいてね、彼はこの地域の言語研究のために何度もわたしの家にも遊びにきてるんだよ、彼のイメージもあって日本人は大好きなんだ、などと微笑みながら話してくれる。わたしたちはこれで日本のことを知っているんだと、わざわざケーブルテレビのNHKまで見せてくれる。
「サンキュー、サンキュー」
 パスー・インで一緒になった、たがいを「やよいふん」「みさとふん」と呼び合うふたりの仲良し日本人女子。オーナーからぼくが足を怪我したことを聞かされ、もう大丈夫なんですかとさんざん心配してくれる。
「サンキュー、サンキュー」
 さきはバイクにのせられて走った未舗装路を今度はひとり堅実な足どりでたどり、シャーマンおじさんの家にうかがった。彼はまたもや畑をくわで耕しているところだった。あなたの腕をすこしでも疑って申し訳ありませんでした、お世話になったお礼になにかさせてください、左足を指さし、パキスタン・ルピー紙幣を見せ、そうしたニュアンスをなんとか身ぶり手ぶりで伝えてみるが、シャーマンおじさんは笑って首を振るばかり。
 だからぼくはせめて繰り返す。
「サンキュー、サンキュー」
 予定が狂いに狂って、一週間近く滞在することになったパスー。なごり惜しいが、いずれ旅立ちのときは来る。
 次の日の早朝、オーナーがタクシーを呼んでくれた。
 いつか旅先でお世話になる人がいるかもしれないと思って、そのときのお礼のために日本から持参していた四本の扇子をオーナーにプレゼントする。「これはお兄さんに、あとこれは共同経営者のあの人にあげてください。渡しそびれてしまったので、シャーマンのおじさんにも」
 オーナーはお礼なんて要らないよと言うが、ぼくはなかば強引にその手につかませる。旅の序盤で扇子をぜんぶあげることになるとは想像もしなかったけど、まったくもって悔いはなし。
「イシカワさん、また来てくださいね」オーナーが微笑みかける。「日本人の旅行者には桃の花が咲く三月や四月が人気ですが、実はこのあたりは紅葉の季節、一〇月や一一月ごろもとてもきれいなんです。きっとイシカワさんも気に入ると思いますよ」
 いつかまた紅葉の季節に戻ってくることを約束し、握手。
 国境の町スストに向けて走り出すタクシー。
 サイドミラーに映る、だんだんと遠ざかっていくパスーという標識を眺めていると、ぼくの口からはすっかりくせになってしまった言葉がこぼれ落ちる。
「サンキュー、サンキュー。サンキュー・ベリー・マッチ」

写真3_標識.jpg
(つづく)


石川宗生(いしかわ・むねお)
1984年千葉県生まれ。米大学卒業後、イベント営業、世界一周旅行、スペイン語留学などを経て現在はフリーの翻訳家として活躍中。「吉田同名」で第7回創元SF短編賞を受賞。2018年、同作を収録した短編集『半分世界』で単行本デビュー。


(2018年6月6日)



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