Scienece Fiction

2010.09.07

東浩紀「小松左京と未来の問題3」(3/4)



 遠藤の人工実存の開発は、アンジェラEのアイデアを統合するかたちで始まった。しかし、研究が進むにつれ、遠藤の道とアンジェラの道は少しずつ離れていく。遠藤が「『知能』ははじめから『生命』を超えている存在であり、『生命』という自然の条件が、この『永遠と無限』にむかってはばたく可能性を秘めている知能にあたえている制約からときはなしてやるのが、『AE』の目的だ」と考えていたのに対して、アンジェラは「知能は基本的に『生命』を基礎にしてうまれてくるものであり[……]『生命の可能性』そのものを高めて行くもの」だと捉えていたからである(注4)。
 そしてその齟齬は、二人の夫婦生活にも影を落としていく。遠藤がアンジェラの提案を退けて研究を主導し始めると、アンジェラはその欠落を埋めるかのように子どもを欲しがり出す。しかし遠藤は性的に拙く、子どもを作るなどまったく考えられない。アンジェラは結婚前の堕胎経験を告白するが、遠藤はその告白の意味をうまく理解できず、二人の関係には決定的な亀裂が入る。そしてしばらくして、アンジェラは、自殺を思わせる自動車事故であっけなく死んでしまう。アンジェラEの開発は凍結され、以後、遠藤は心の傷を抱えながら、孤独に人工実存の開発に打ち込むことになる。
 遠藤秀夫(HE)とアンジェラ・インゲボルグ(AI)の結婚は、「人工実存」と「アンジェラE(天使[エンジェル]の胎児)」という二つのAEを生み出した。『虚無回廊』の主人公であるAEは、じつはその二つのAEのかたわれにすぎない。この設定は、本作の想像力を支える性差の配置を読み解くにあたり、きわめて重要である。
 前述のとおり、小松の小説の多くは物語の駆動因として性差を活用している。『虚無回廊』においても同じように、性差は物語を動かすうえで重要な役割を担っている。
 しかしそれはもはや、旅する男と待つ女、苦しむ男と許す女という単純な二項対立ではない。小松はこの小説では、男女の差異を、それ自体自明のものとしてではなく、むしろ、その差異に対して鈍感な登場人物を苦しめるものとして、つまりいささか再帰的な働きのもとで利用している。遠藤とアンジェラの対立は男女の対立だが、人工実存とアンジェラEの対立は男女の対立ではない。それはむしろ、性差を無視するものと、性差を重視するものの対立である。
 遠藤はアンジェラのアイデアを退ける。だから人工実存は生命の限界をもたず、それゆえ性差をもたないものとして設計される。しかし小松はこの小説で、その選択に繰り返し疑義を挟み込んでいく。
 遠藤は開発が進むなかで、AEに性差をもたせるべきかどうか思い悩み、「ひょっとすると、〝実存〟という考え方そのものが、根本的にまちがっているのかも知れない」とまで考え始める(注5)。そして逆に、いちどは否定したはずのアンジェラの構想はしぶとく蘇る。遠藤は結局アンジェラEを放棄することができない。晩年の彼は、アンジェラEを搭載したヒューマノイド・ロボットを「お人形」として傍に侍らせ、疑似的な夫婦関係まで営むことになる(小説内では、まさにその関係に感じた「危険」こそが「自殺」の遠因であると示唆されている)。他方、巨大物体に送り込まれたAE――個体としては「HE2」というコードネームで呼ばれる――のほうも、地球との絆を断ち切り、生命の限界を超えて無限の知の探求に足を踏み出したはずにもかかわらず、地球外知性との接触においていくども性差の問題に出会うことになる。HE2は、探査任務の効率化のため自らの内部に作り上げた「サブ人格」に女性名を与え、「そもそも、この宇宙の中で、『雄』と『雌』の性差が何かの意味を持ち得るのだろうか」と問いかける(注6)。遠藤もHE2も、性差を拒否したはずなのに、どうしても性差から逃れることができない。
 『虚無回廊』の物語は、男女の差異ではなく、性差を無視するものと性差を重視するものの対立という、より高次の差異によって駆動されている。そしてこの小説では、その再帰的な性差の問題が、知性とはなにか、宇宙とはなにか、時空とはなにかという、いかにも「小松的」な壮大な問いと繋がっていることが示唆されている。本作はこの点で、知的な思弁を男性的な営為としてのみ捉え、それゆえ壮大なようでいてどこか薄っぺらな、宇野常寛風に言えば「痛い」印象を与えるそれまでの小松小説から、明らかに大きな一歩を踏み出している。言い替えれば、一九八〇年代後半の小松は、宇宙と未来についての、セカイ系的ではない、別の語り方を編み出しつつあったのである。そこにはおそらく、一九七〇年代の創作の経験も活かされている。さきほど題名だけあげた短編集、『ゴルディアスの結び目』の表題作は、理論物理学の術語と性的隠喩を交差させて描かれた奇妙な悪魔祓い小説だった。
 残念ながら『虚無回廊』は未完である。小松がどのような構想を抱いていたのか、それは推測するほかない。しかし、既刊部分を読むかぎり、この小説が中断箇所からさき、HE2とアンジェラE、二つのAEの関係を中心に進むはずだったことはほぼ確実なように思われる。
 『虚無回廊』の序章(地球を舞台にAE開発の経緯を辿った章)は、遠藤の死から二〇年後、つまりHE2が地球との絆を断ち切ってから一四年後の場面で終わっている。アンジェラEは「夫」の死のあとも起動し続け、その時代には、アンジェラを模したヒューマノイド・ロボットの身体に収まりつつ、量産型AEの「基礎教育と人格形成のチューター」を担当している。その彼女は、いつか宇宙へ行きたいかと問われつぎのように答える。「私の最愛の夫であり父である遠藤秀夫は死にました。でも、その分身である“彼”は……いまも、五・八光年の彼方で――でなければ宇宙のどこかで、生きていると思います。いつかは、私も“彼”を探しに宇宙へ行き、彼とあいたいと思いますわ……」(注7)。
 小松はおそらくこの小説のどこかで、HE2とアンジェラE、「男性型」と「女性型」、より正確には「無性差型」と「性差型」の二つのAEを出会わせるつもりだったのだろう。実際に小説の別の箇所では、アンジェラEが訓練を施した新たなAEたち、いわば「娘」たちが「百体を数え」るまでに増え、移動する巨大物体に向けた長旅の準備に入っていることが示唆されている(注8)。小松は、無数に増殖したアンジェラEの「娘」たちが、いつかどこかでHE2の軌跡に追いつき、そこで無性の実存がふたたび性に出会う、その必然性こそが、巨大物体の謎、宇宙の謎と呼応するようなプロットを考えていたのではないか。
 遠藤もHE2も女=故郷を捨てている。遠藤はアンジェラを死に追いやり、HE2は地球との絆を断ち切っている。だから彼らには戻る場所がない。大きな思弁は小さな日常から切り離され、あてどなく時空をさまよい続ける。にもかかわらず性は残る。遠藤にもHE2にもアンジェラの亡霊が憑き続ける。そしてその亡霊が宇宙の謎への扉を開く。つまりは『虚無回廊』では、女は「待つ」のではなく、亡霊になり、増殖してストーカーのように不気味に男を追いかけ、その追跡によって男をさらに遠くの旅へと追いやる、そのような存在として描かれているのである。
 『果しなき流れの果に』が、虚空に足を踏み出した息子が結局は母に還る物語だったとするならば、『虚無回廊』は、虚空に足を踏み出した父が身に覚えのない娘たちにいつまでもつきまとわれ続ける、そんな物語として解釈できるのだ。


4 小松左京、『虚無回廊Ⅰ』、ハルキ文庫、二〇〇〇年、六四-六五頁。【本文に戻る
5 『虚無回廊Ⅰ』、一七七頁。【本文に戻る
6 『虚無回廊Ⅱ』、二三九頁。【本文に戻る
7 『虚無回廊Ⅰ』、一八四-一八五頁。【本文に戻る
8 『虚無回廊Ⅱ』、二三八頁。【本文に戻る



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