Scienece Fiction
2010.03.05
東浩紀「小松左京と未来の問題2」(3/4)
さて、玲子と摩耶子の対立が、とりあえずは、日本の消失を前にした二つの選択肢、日本を捨てることと捨てないこと、西洋的原理に身を委ねることと沈みゆく国と「心中」することの二者の対立に重ねられていることは明らかである。『日本沈没』は、小野寺(戦後の日本人)が玲子(西洋)に惹かれつつも結局は摩耶子(日本との心中)を選ぶ、そういう物語だった。
そしてここで決定的に重要なのが、失われる日本への哀惜の情を象徴するはずの摩耶子が、決して貞淑な「ふるい日本の女」としても、また母としても描かれていないということである。
前述のように、『日本アパッチ族』には日本を「飛田で買うた初見世の女郎」に喩えた文章がある。摩耶子はまさに、その隠喩をもとに造形されたような「ちっこうて、かわいいて、やさしい」女性である。そして女郎は母とは異なる。実際に、この小説で小松が母のイメージに重ねて描写するのは、摩耶子ではなく玲子のほうである。「家に帰りついてから、母の膝で泣き出す子供のように、彼は玲子の体の傍で、ここ一年半の間のはじめての安らぎを感じながら、大声で泣き出したくなった。――おれは疲れているんだ。こんなに疲れていたんだ……」(注8)。にもかかわらず、小松は小説のなかで、玲子を殺し摩耶子を生かしている。
したがって『日本沈没』の「日本」は、言い替えればこの小説で鍵となる女性のイメージは、男性を包み込む「母」、『果しなき流れの果に』で野々村を待ち続けた佐世子のような人間像としては捉えられない。
小松がそこで選んだのはむしろ、安っぽいドレスを身に纏った、幼く愚かな女郎=ホステスである。小野寺はその女性を、まさにその愚かさゆえに捨てることができない。『日本沈没』の基底にある女性=日本への情愛はそのような屈折を抱えており、前述したような単純な「母性のディストピア」とはいささか質を違えているのだ。
しかもそれだけではない。さらにもうひとつ、きわめて興味深いのが、そこで玲子と摩耶子の対立が、「子を産まない女」と「子を産む女」の対立に重ねあわされていることである。
玲子はすでに述べたように、名家の令嬢で財産も教養もあり、性的にも自由でさばけている。彼女は初対面の小野寺に対し、「セックスが、けっこうみちたりてるうえに、いくらでも手にはいるのに、どうして結婚する必要があるのかしら」と疑問を漏らし、彼に将来の結婚の意志があるのかどうか、あるとしたらなぜかと問いかける。小野寺はその問いに「子供を作るため」と答えるが、玲子はそれに「呆気にとられ」るだけでうまく答えることができない(注9)。
他方で摩耶子は、小説の最後、傷ついた小野寺に寄り添って、八丈島の伝説について語ることになる。それは、かつて八丈島が大津波に襲われ、妊娠した娘がひとりだけ生き残り、そのひとりがやむなく息子と交わって娘を産み、さらにその兄と妹が夫婦となって子をなして島民を復活させたという奇怪な伝説である。この伝説が『日本沈没』という小説全体を包み込む枠組みとして提示されていることは、その内容からも位置からも明らかだろう。そのうえで摩耶子は、祖母が八丈島の出身だと告げ、破局から得た教訓としてつぎのような決意を漏らす。「私だって、島の血をひいてる娘なんだから、たとえほかの人がみんな死んで一人になったって、生きていくわ。そうして、誰のでもいい、子種をもらって、赤ちゃんを生んで、一人ででも育ててみせる。――もしその子が男の子で夫がどこかへ行ってしまったら、その子と交わって、また子供を増やすんだって……」(注10)。
玲子は小野寺を癒す「母」としては機能するが、子を産むことはできない。摩耶子はその意味では母として機能しないが、子を産むことができる。
さらに補助線を引こう。本稿の冒頭で参照した『日本沈没』のクライマックス、田所が日本列島との「心中」について語る場面では、日本、すなわち恋愛の相手はいったんは「おふくろ」として表象されている(したがってその部分だけで分析を終えれば、前述のようにそれはまさに母性の肥大化の典型のように見える)。しかし、その表象に続くのは、じつは老人の「だがな……おふくろというものは、死ぬこともあるんじゃよ」という痛切かつ残酷な台詞である(注11)。母は死ぬ。そして日本人は母の死後も生きなければならぬ。詳しい紹介は煩雑になるので避けるが、この場面においても、結局は老人が告げるのは、若い娘に対する「赤子(やや)を産め」という言葉である(注12)。
さて、このような読解をいくつも積み上げることで、ぼくたちはこの小説を支える想像力の構造を、さきほどまでよりもいっそう包括的に理解することができる。
『日本沈没』は、まずは、小野寺(戦後の日本人)が玲子(西洋)に惹かれつつも摩耶子(日本との心中)を選ぶ、そういう物語だと要約することができる。これはすでに記した。
注
8 『日本沈没』(下)、一八〇頁。【本文に戻る】
9 『日本沈没』(上)、一三七頁。【本文に戻る】
10 『日本沈没』(下)、三八八-三九〇頁。【本文に戻る】
11 『日本沈没』(下)、三七五頁。【本文に戻る】
12 『日本沈没』(下)、三六六頁。【本文に戻る】
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そしてここで決定的に重要なのが、失われる日本への哀惜の情を象徴するはずの摩耶子が、決して貞淑な「ふるい日本の女」としても、また母としても描かれていないということである。
前述のように、『日本アパッチ族』には日本を「飛田で買うた初見世の女郎」に喩えた文章がある。摩耶子はまさに、その隠喩をもとに造形されたような「ちっこうて、かわいいて、やさしい」女性である。そして女郎は母とは異なる。実際に、この小説で小松が母のイメージに重ねて描写するのは、摩耶子ではなく玲子のほうである。「家に帰りついてから、母の膝で泣き出す子供のように、彼は玲子の体の傍で、ここ一年半の間のはじめての安らぎを感じながら、大声で泣き出したくなった。――おれは疲れているんだ。こんなに疲れていたんだ……」(注8)。にもかかわらず、小松は小説のなかで、玲子を殺し摩耶子を生かしている。
したがって『日本沈没』の「日本」は、言い替えればこの小説で鍵となる女性のイメージは、男性を包み込む「母」、『果しなき流れの果に』で野々村を待ち続けた佐世子のような人間像としては捉えられない。
小松がそこで選んだのはむしろ、安っぽいドレスを身に纏った、幼く愚かな女郎=ホステスである。小野寺はその女性を、まさにその愚かさゆえに捨てることができない。『日本沈没』の基底にある女性=日本への情愛はそのような屈折を抱えており、前述したような単純な「母性のディストピア」とはいささか質を違えているのだ。
しかもそれだけではない。さらにもうひとつ、きわめて興味深いのが、そこで玲子と摩耶子の対立が、「子を産まない女」と「子を産む女」の対立に重ねあわされていることである。
玲子はすでに述べたように、名家の令嬢で財産も教養もあり、性的にも自由でさばけている。彼女は初対面の小野寺に対し、「セックスが、けっこうみちたりてるうえに、いくらでも手にはいるのに、どうして結婚する必要があるのかしら」と疑問を漏らし、彼に将来の結婚の意志があるのかどうか、あるとしたらなぜかと問いかける。小野寺はその問いに「子供を作るため」と答えるが、玲子はそれに「呆気にとられ」るだけでうまく答えることができない(注9)。
他方で摩耶子は、小説の最後、傷ついた小野寺に寄り添って、八丈島の伝説について語ることになる。それは、かつて八丈島が大津波に襲われ、妊娠した娘がひとりだけ生き残り、そのひとりがやむなく息子と交わって娘を産み、さらにその兄と妹が夫婦となって子をなして島民を復活させたという奇怪な伝説である。この伝説が『日本沈没』という小説全体を包み込む枠組みとして提示されていることは、その内容からも位置からも明らかだろう。そのうえで摩耶子は、祖母が八丈島の出身だと告げ、破局から得た教訓としてつぎのような決意を漏らす。「私だって、島の血をひいてる娘なんだから、たとえほかの人がみんな死んで一人になったって、生きていくわ。そうして、誰のでもいい、子種をもらって、赤ちゃんを生んで、一人ででも育ててみせる。――もしその子が男の子で夫がどこかへ行ってしまったら、その子と交わって、また子供を増やすんだって……」(注10)。
玲子は小野寺を癒す「母」としては機能するが、子を産むことはできない。摩耶子はその意味では母として機能しないが、子を産むことができる。
さらに補助線を引こう。本稿の冒頭で参照した『日本沈没』のクライマックス、田所が日本列島との「心中」について語る場面では、日本、すなわち恋愛の相手はいったんは「おふくろ」として表象されている(したがってその部分だけで分析を終えれば、前述のようにそれはまさに母性の肥大化の典型のように見える)。しかし、その表象に続くのは、じつは老人の「だがな……おふくろというものは、死ぬこともあるんじゃよ」という痛切かつ残酷な台詞である(注11)。母は死ぬ。そして日本人は母の死後も生きなければならぬ。詳しい紹介は煩雑になるので避けるが、この場面においても、結局は老人が告げるのは、若い娘に対する「赤子(やや)を産め」という言葉である(注12)。
さて、このような読解をいくつも積み上げることで、ぼくたちはこの小説を支える想像力の構造を、さきほどまでよりもいっそう包括的に理解することができる。
『日本沈没』は、まずは、小野寺(戦後の日本人)が玲子(西洋)に惹かれつつも摩耶子(日本との心中)を選ぶ、そういう物語だと要約することができる。これはすでに記した。
注
8 『日本沈没』(下)、一八〇頁。【本文に戻る】
9 『日本沈没』(上)、一三七頁。【本文に戻る】
10 『日本沈没』(下)、三八八-三九〇頁。【本文に戻る】
11 『日本沈没』(下)、三七五頁。【本文に戻る】
12 『日本沈没』(下)、三六六頁。【本文に戻る】
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