大野万紀 maki Oono

さようなら、ロビンソン・クルーソー
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汝、コンピューターの夢
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 本書は『汝、コンピューターの夢』に続き、ジョン・ヴァーリイの〈八世界〉シリーズの全短編を発表順に並べた日本オリジナル短編集の二巻目である。第一巻が一九七四年のデビュー作「ピクニック・オン・ニアサイド」から一九七六年発表の「歌えや踊れ」までの七編を収録していたのに続き、本書では一九七六年の「びっくりハウス効果」から一九八〇年の「ビートニク・バイユー」まで、六編を収録している。
 いずれも本邦初訳ではないが、大野万紀訳の三編は新訳および改訳版である。

 筆者がジョン・ヴァーリイの小説に初めてふれたのは、まだ学生だったころ、新しいSFを求めて海外のSF雑誌を読みあさっていたころだった。そこで出会ったデビューしたばかりの彼の作品には、まさに今自分が読みたいと思っていたすべてがあった。それが「ピクニック・オン・ニアサイド」だったか、「逆行の夏」だったか、今となっては記憶もあいまいだが、そこにはSFでしか味わえないような、最新科学によっていわば〈変身(チェンジ)〉した、心地よく解放感あふれる日常というセンス・オブ・ワンダーがあった。七〇年代という閉塞した時代にあって、陰々滅々とするのでもなく、何もかも忘れて大騒ぎするのでもなく、科学をコアに、現代とは断絶していながら、それでも魅力的で感情移入できるキャラクターたちの普通の生活があった。そして美しい太陽系の情景描写。それは筆者にとって、同じ視線をもつ同時代の感覚だった。そこで、あちこちでこんなすごい新人作家がいると吹聴してまわったものだ。
 もちろんヴァーリイに注目していたのは筆者だけではない。SFマガジンで最初に紹介記事を書いたのは安田均氏だったと思う。でも、細かないきさつは忘れたが、七八年一月号のSFマガジンに初めて「ピクニック・オン・ニアサイド」を翻訳できたときは本当に嬉しかった。

 ヴァーリイの経歴や、〈八世界〉の作品背景については、第一巻の山岸真氏の解説に詳しいので、ぜひそちらを参照していただきたい。もしまだ第一巻を買っておられないという場合は、せっかくの全短編集なので、ぜひとも本書と合わせてお買い上げいただきたいと思います。決して損はさせないと断言します。
 というわけで、ここでは若干の補足と本書の収録作について述べ、それからおまけとして、〈八世界〉の年表と用語集をお届けすることにしたい。ヴァーリイ自身は〈八世界〉は年表を作って楽しむような種類の作品ではないという趣旨のことを述べている。だが、それはおそらく作品中に登場するガジェットや時系列に細かな不整合や矛盾があることをエクスキューズしているだけだろうと思う。確かに未来史としてはつじつまの合わないところもある。でもそんなのは小さな問題だ。個々の作品の価値には何の関係もない。そして全短編をまとめたからには、ヴァーリイ自身が何といおうと、年表と用語集を作らないわけにはいかないだろう。それがSFファンの性というものだ。

 まずは、若干の補足。〈八世界〉シリーズの長編について。

 ヴァーリイの〈八世界〉に属する作品は、全短編十三編の他に、長編が三編ある。
 そのひとつが『へびつかい座ホットライン』The Ophiuchi Hotline, 1977 浅倉久志訳、早川書房一九七九年刊)だ。これは〈八世界〉の終末を予言する作品である。侵略者(インベーダー)やホットラインについても語られ、さらに〈八世界〉の短編に登場した一部の人々も再登場する。本書によって、〈八世界〉とは、いまだ書かれていないインベーダーによる地球侵略(実はヴァーリイが最初に書いて、そして日の目を見なかったのが、この地球侵略の物語だということだ。彼はそこから始まる物語を短編に分解して発表した)から、この作品で予言された滅亡までの長い猶予期間(モラトリアム)だったということが明白となる。〈八世界〉を語る上できわめて重要な一編であり、ぜひ何らかの形で復刊してもらいたい作品である。
 そして『スチール・ビーチ』Steel Beach, 1992 浅倉久志訳、ハヤカワ文庫SF一九九四年刊)。実はこれは三部作(となる予定)の第一部である。時代は〈侵略〉のちょうど二百年後で、〈八世界〉では初期の部類に属する。ヴァーリイはこの『スチール・ビーチ』から始まるシリーズを、厳密には〈八世界〉に含めていない。時系列や設定の食い違いがかなり目立つからである。とはいえ、基本設定は共通で、登場人物にも同じ名前の人が出てくることから、〈アンナ゠ルイーズ・バッハ〉シリーズとは違って〈八世界〉に属するものとしても問題はないだろう。細かな食い違いよりもむしろ、九〇年代の作品であるせいか、全体のトーンが暗く、グロテスクな面が強調されていることの方が、他の〈八世界〉ものとの相違点だといえるだろう。鋼鉄の岸辺(スチール・ビーチ)とは、進化の隠喩であり、魚たちが海から陸に上がったように、それまでの豊かな自然環境を追われ、自ら作り出した鋼鉄の環境へと適応を迫られた人類の未来を象徴しているのである。
 その『スチール・ビーチ』に続く三部作の第二部が『ゴールデン・グローブ』The Golden Globe, 1998 未訳)だ。これは太陽系の最果ての地から、〈八世界〉文明の中心である月(ルナ)へ向かって旅を続ける一人の役者(と犬)の物語である。シェークスピア劇の男役と女役を一人で同時に演じたりとか、〈八世界〉らしいぶっとんだ雰囲気はあるものの、どちらかといえば若々しさの目立つ他の〈八世界〉ものに比べて、落ち着いた大人の物語という感じの作品になっている。『スチール・ビーチ』よりさらに、他の〈八世界〉ものとの相違点が露わになってきていて、確かにヴァーリイにとっては別の系統の作品だといえるのかも知れない。
 そして三部作の最後の物語が『アイアンタウン・ブルース』Irontown Blues)。これはまだ出版されていない。六年ほど前に書くと宣言したまま放置されていたものだが、先ごろヴァーリイのブログでついに執筆中であると発表された。早ければ二〇一六年にも出版されるかも知れないとのこと。現在のヴァーリイが〈八世界〉(の発展形)をどのように描くのか、とても楽しみである。

 本書の収録作について。

「びっくりハウス効果」“The Funhouse Effect”(初出〈F&SF〉一九七六年十二月号)新訳
 彗星を観光用宇宙船に改造して、太陽のすぐそばまで接近する。大スペクタクル! とはいえ、ストーリーの大半は、コミカルで狂騒的なドタバタ喜劇の様相を示す。だが、崩壊する彗星と、太陽コロナの中を生身で通過する圧倒的な描写は強烈な印象を残すだろう。

「さようなら、ロビンソン・クルーソー」“Good-Bye, Robinson Crusoe”(初出〈アシモフ〉一九七七年春号)
*ローカス賞ショート・フィクション部門第十六席
〈八世界〉シリーズの中でも傑作のひとつに数えられる作品。楽園の崩壊とモラトリアムの終了が並行して描かれ、さらには太陽系経済のしくみまで考察される。美しさとその喪失の悲しみ、そしてボーイ・ミーツ・ガールにリアルな大人の認識まで、ヴァーリイのSFに求められるものがすべてここにはあり、読後感はさわやかだ。

「ブラックホールとロリポップ」“Lollipop and the Tar Baby”(初出 デーモン・ナイト編 Orbit 19, 一九七七年)
 冥王星の彼方、誰もいない宇宙空間でのブラックホール探索。そして少女に話しかけてくるブラックホール。これは孤独と狂気の物語であり、また肉体や人格を気ままに入れ替えられる時代の、アイデンティティを巡る物語でもある。描写は濃密で、他の作品のようにカジュアルではない、切迫したエロスがある。結末はリドル・ストーリーとしても読める。

「イークイノックスはいずこに」“Equinoctial”(初出 デイヴィッド・ジェロルド編 Ascents of Wonder, 一九七七年)
*ローカス賞ノヴェラ部門第十二席
 土星の〈環(リング)〉を巡る広大な空間には、真空の宇宙に適応した共生者(シンブ)と人間のペアが暮らしている。この作品では〈八世界〉の他の人々とは根本的に異なる世界観をもった彼らの生活が描かれる。ここでは二つの宗教的・政治的勢力の間で、長く静かな戦争が続いているのだ。〈八世界〉では超技術によって人間が環境に適応しており、環境の方を人間に合わせて変えようとするテラフォーミングが描かれることはない。ところがこの世界では、テラフォーミングどころか、ダイソン球の建設までが視野にいれられているのだ。その真の意味は『へびつかい座ホットライン』で明らかにされる。

「選択の自由」“Options”(初出 テリイ・カー編 Universe 9, 一九七九年)
*ヒューゴー賞ノヴェレット部門第五席、ネビュラ賞ノヴェレット部門第二席、ローカス賞ノヴェレット部門第二席
〈八世界〉で最も重要な技術である気楽な性転換〈変身〉が、まだちっとも気楽ではなかったころの話。〈八世界〉では最も初期の時代を描いており、夫婦関係や家族関係もまだ現代とそれほど変わりがない。そんな中での〈変身〉は、重い精神的葛藤を伴うものなのだ。ここでの夫婦の悩みは現代のわれわれでも理解できるものであり、まるで〈八世界〉ものを読んでいるとは思えないような雰囲気がある。

「ビートニク・バイユー」“Beatnik Bayou”(ジョージ・R・R・マーティン編 New Voices III, 一九八〇年)
*ヒューゴー賞ノヴェレット部門第三席、ネビュラ賞ノヴェレット部門候補、ローカス賞ノヴェレット部門第二席
〈八世界〉の短編として最後に発表された作品であり、そのせいか、テーマは重い。ここでは〈八世界〉における教育の問題と、司法の問題が扱われている。子どもの姿をした教師が、プロの子どもとして、子どもたちと遊びながら社会のルールや基本的な知識を教える。見方によってはこれもグロテスクな話だといえるだろう。にもかかわらずルールが破られたときには、司法が介入する。この法廷シーンとコンピューターが下す判決には、ヴァーリイの実感がこもっているような気がする。


〈八世界〉年表
 無理を承知であえて年表を作ってみた。ADは西暦、OEは地球占領紀元である。もちろん一部を除き年代は筆者による推定であり、決して正確なものではない。
 作品タイトルは、その作品がおよそどの時代を舞台にしているかを示している。
 こうして年表にしてみると、〈八世界〉は六百年あまりの間、最初の百年ほどを除けば文化的にも技術的にも停滞し、ほとんど変化がなかったことがわかる。これは技術をほとんどホットラインに頼っていたということもあるだろうが、人々の寿命が長く、普通でも二百年以上、レコーディング技術を使えばほぼ際限なしに生きられることが一番の要因なのだろう。

AD2050(OE元年)
 〈侵略者(インベーダー)〉による地球占領
AD2130(OE81)〜
 このころ安価な性転換〈変身(チェンジ)〉が一般大衆にも利用可能となる
AD2150(OE101)
 〈侵略〉百年祭
 〈変身〉が普及し始めるが、夫婦・家族関係は二十一世紀とあまり変わりない(「選択の自由」)
AD2219(OE170)
 へびつかい座ホットラインの発見
AD2230(OE181)ごろ〜AD2250(OE201)
 冥王星のパシフィカ・ディズニーランドで剥落事故(「さようなら、ロビンソン・クルーソー」)
AD2250(OE201)
 〈侵略〉二百周年(『スチール・ビーチ』)
AD2251(OE202)前後
 フォックスが生まれる(レスターじいさんと出会ったOE214年にフォックスは十二歳だったとあるが、『スチール・ビーチ』の記述とは矛盾がある)
AD2263(OE214)
 フォックスがレスターじいさんと出会う(「ピクニック・オン・ニアサイド」)
AD2300(OE251)〜AD2400(OE351)ごろ
 年代は特定できないが、以下の作品もおそらくこのあたりの時代と思われる(「逆行の夏」「ブラックホール通過」「鉢の底」「汝、コンピューターの夢」「歌えや踊れ」)
AD2350(OE301)ごろ〜
 地球が占領されて三百年が経過する(「びっくりハウス効果」)
AD2391(OE342)
 フォックスが三度目のレコーディングから生き返る(「カンザスの幽霊」)
AD2420(OE371)ごろ〜
 〈環(リング)〉で、パラメーター/イークイノックスのペアが改造派に襲われる(「イークイノック
スはいずこに」)
AD2550(OE501)〜AD2600(OE551)ごろ
 冥王星で〈クローン制限法〉ができて三百年が経過する(「ブラックホールとロリポップ」)
 キャセイが教師協会(TA)を追放される(「ビートニク・バイユー」)
AD2617(OE568)
 死刑になったリロが復活し、トイード元大統領の陰謀に巻き込まれる(『へびつかい座ホットライン』)
AD2619(OE570)
 へびつかい座ホットラインから人類に請求書が届く
AD2719(OE670)ごろ
 人類が〈八世界〉から追放される


〈八世界〉用語集
〈八世界〉に共通する用語や概念をまとめてみた。以下の説明は、あくまでも作品中から筆者が勝手に想定してまとめたものであって、ヴァーリイ自身が自分で語っているものではない。念のため。

医者(メディコ)……〈八世界〉で医者とは、人間の臓器や人工臓器を取り扱う医療工学の単なる技術者で、さほど尊敬される職業ではない。

遺伝子型判定法……指紋や性別、肉体が簡単に変えられる〈八世界〉で個人を判別する手段は遺伝子型判定だけである。月(ルナ)では、あらゆる端末に表皮サンプルの採取装置がついており、日常生活の中でセントラル・コンピューター(CC)と接するたびに、遺伝子型が読み込まれている。もっとも現実世界ではヴァーリイの想定よりはるか以前にDNA鑑定が可能となったのだが。「カンザスの幽霊」が書かれた七六年当時は、まだDNA鑑定はSF的な夢の技術だった。

〈上半分(アッパー・ハーフ)〉と〈下半分(ロウアー・ハーフ)〉……土星の輪の平面より、上側(北極側)と下側(南極側)のこと。

〈おもて側(ニアサイド)〉……月面で、常に地球が見えている側。地球がインベーダーのものになって以来、そのトラウマのため訪れる人は少なかった。

環境芸術……地下に作られ、地球の自然環境を再現した“ディズニーランド”の中で、嵐や竜巻、雷や雲の動きなど、様々な地球の気象をひとつの交響曲のように演奏してみせる芸術形態。

環境保全派と改造派……〈環(リング)〉の共生者(シンブ)ペアたちの世界における、二つの政治的・宗教的派閥。非常に長期間にわたって、互いにとても緩やかな戦争を続けている。改造派は、指導者リングペインター大帝の理想〈大計画〉に従って、テラフォーミングやダイソン球の建設までを目指し、土星のB(ベータ)環を赤色に塗りつぶそうとする。輪を赤く塗るのは、太陽系の外にいる超越存在がそれに気づくようにするためだ。環境保全派はそれを阻止しようとし、赤い塵に覆われた岩を元通りに戻そうとしている。

共生者(シンブ)……へびつかい座ホットラインからの情報で、人工的に作られた一種の植物。人間とペアを組み、その体を包み込んでグロテスクに誇張された一人の人間であるかのような外見となる。その一部は人間の体内にも侵入し、光合成によって栄養、酸素、水を提供する。人間からは同様に栄養、二酸化炭素、水をお返しする。そうやってペアは宇宙空間でも長期間生存できる閉鎖環境を形成する。共生者にもペアの人間の脳をタイム・シェアリングして生じる独自の意識があり、脳に直接接続することでペアの人間とコミュニケーションができる。

高加速度(ハイ・G)飛行……〈八世界〉間を結ぶ宇宙旅行の手段には何種類かあるが、これは水星と冥王星を九日ほどで結ぶ超高加速度での飛行方法。もちろん人間はそんな加速度が続くのには耐えられないため、飛行中乗客は液体に満たされ、麻酔されて過ごす。

サイエンティフィクション……SFと似ているが、〈八世界〉でサイエンティフィクションというのは、地球を舞台にした冒険活劇小説のこと。ヒーローがインベーダーと戦って地球を取り戻す方法を見つけようとするような物語。

セントラル・コンピューター(CC)……月(ルナ)の社会を実質的にコントロールしている人工知能。インフラを支え、あらゆる活動をモニターし、月(ルナ)に暮らす人間の生命と財産を法的に守ることに貢献しているが、時には人がやりたがらない汚れ仕事を行うこともある。親しげな口調で話してくるが、その本心はどこにあるのか。

〈侵略〉……二〇五〇年の、侵略者(インベーダー)による地球侵略。人類とは異質で、クジラやイルカに近い思考様式をもつらしい超知性体が恒星間空間から飛来し、人類の築いた人工物をすべて崩壊させた。人類には全く無関心で、コミュニケーションせず、戦闘もなかったが、それに対して人類は全くなすすべが無かった。文明を失った地球の人類はそのほとんどが餓死したという。

〈侵略者(インベーダー)〉……異星人(エイリアン)とも呼ばれる。二〇五〇年に地球に飛来して人類文明を破壊した超越的な知性体。宇宙の知性体には二種類あり、ひとつは人類やへびつかい座ホットラインを送信している知性体のような技術文明をもつ種族、もうひとつがインベーダーのような人類には理解不能で、物理法則までも超越したような種族である。彼らは太陽系外の巨大ガス惑星(ガス・ジヤイアント)の出身と思われる。地球のクジラやイルカ、木星の雲海に住むという生物なども、レベルは違うが同じ分類に属するものらしい。

地球被占領紀元(オキュペーシヨン・オブ・アース)……略してOE、または地占年。侵略者による地球占領(西暦二〇五〇年)を元年とする〈八世界〉の紀年法。

〈追従機(タガロング)〉……金星の奥地で使われる、人間に従って荷物を運び、肺に空気を供給する二足歩行の機械。

月(ルネーション)……月(ルナ)の一ヶ月(朔望月)。約二九・五日。「カンザスの幽霊」で明記されているように自転周期(約二七日)ではなく、満ち欠けの周期を基準としている。

ディズニーランド……失われた地球の環境を巨大なスケールで惑星や衛星の地下に人工的に再現したもの。ウォルト・ディズニーとは無関係。重力をごまかすことはできないが、自然環境やそこにすむ動植物をできるかぎり再現し、空の高さや地平線の遠さは特殊効果のイリュージョンで表現してあたかも広大な地球の上にいるかのように錯覚させる。冥王星には海を再現したディズニーランドもある。「カンザスの幽霊」の時代で、太陽系にはおよそ三十のディズニーランドがあった。

〈爆発宝石〉……金星の奥地、ファーレンハイト砂漠で見つかる、不安定で爆発しやすい宝石。“生きた”爆発宝石は、人に美しい幻覚を見せることがある。

〈八世界〉……地球を侵略者(インベーダー)に奪われたとき、月(ルナ)や太陽系内の他の天体にいて生き延びた少数の人々が築いた、太陽系の新たな社会と文明を表す。〈八世界〉とは月(ルナ)、水星、金星、火星、タイタン、オベロン、トリトン、冥王星を示すと言われるが、タイタン、オベロン、トリトンが直接描かれた作品は書かれていない(後の長編では若干の言及があるが)。代わりに土星の衛星ヤヌスや、〈環(リング)〉は大きく扱われている。また冥王星以遠の彗星帯もよく舞台となる。

日(ルーン)……月(ルナ)での一日だが、自転周期ではなく、地球の一日(二四時間)とほぼ同じと思われる。

一人の人間に一人の子ども(ワン・パーソン・ワン・チャイルド)……〈八世界〉における親子関係のモラル的な原則。一人の人間(その生まれつきの性別に関わらず)が産むことのできる子どもは一人だけということ。血のつながらない人間と家族となって暮らすことは自由だが、実の兄弟がいるということはスキャンダラスなことと見なされる。おそらくは〈八世界〉の厳しいリソースをいかに平等に分配するかというところから来たのだろう。当初はクローンがその抜け道だったが、〈クローン制限法〉によりひと組の遺伝子をもつ権利は一人だけにしか許されなくなった。同時に二人が同じ遺伝子をもっていると、一人は余分で、処分の対象となる。なお共生者のペアにはこの原則は適用されない。

ひまわり花(サンフラワー)……共生者(シンブ)が光合成のために広げる薄くて広大なパラボラ型の被膜のこと。太陽光の圧力を受けて、宇宙空間を飛行する際にも利用する。

フェロ・フォト核酸(PNA)……記憶レコーディングを可能にした物質。磁場と光によって情報を符号化(コード)するDNA類似物質で、脳内の記憶と人格をホログラフィックに写し取ることができる。

〈服〉……へびつかい座ホットラインから入手した情報によって作られた、不透過力場(ナル・フィールド)の応用で、体のまわりにナル・フィールドを展開し、真空や高温・高圧、その他の外部環境をほぼ無効にできる服。〈救命服〉などという場合もあるが、同じものである。

不透過力場(ナル・フィールド)……へびつかい座ホットラインからの情報でおそらく最もよく使われている技術。宇宙空間でも、大気のない月面でも、超高圧と超高温の金星でも、ジェネレーターから発生する目に見えないごく薄い力場が、人体を覆えば服となり、地上で広げればテントとなり、空中で球状に広げればバルーンとなる。それがすべての危険な外部環境から守ってくれる。

ブラックホール……宇宙創生(ビッグ・バン)の時に発生した非常に小さなブラックホールが、宇宙空間を漂っている。へびつかい座ホットラインからの知識により、このようなマイクロ・ブラックホールをつかまえると、無尽蔵のエネルギー源として使うことができる。そこでホールハンターたちは一攫千金を狙い、冥王星の彼方の彗星帯を十年以上かけて単独で探し回るのだ。成功率は非常に低いので企業組織では採算に合わない。だが、もし見つけることができれば、莫大な富を手にすることができる。

プロの子ども……〈八世界〉の初等教育は子どもたちに社会生活のモラルや初歩的な知識を教えることに主眼がある。教師は子どもの肉体になって、プロの子どもとして子どもたちの中に入り、いっしょに遊びながら、日常の中で教育を行う(学校の教室に集まってという形のものではない)。それを卒業すると、より高等な教育を受けることもできる。マン・ツー・マンに近い形で、目標を定めた学習をするのだが、知識教育ではなく全人格的な教育が行われる。科学技術や専門知識については、専門の家庭教師や通信教育があり、さらに高度な学習が必要であれば大学へ通うことになる。

分身(ドッペル)……人格を一時的に別の肉体(例えばライオンとか)に移送すること。ドッペルゲンガーにちなんでいる。

へびつかい座ホットライン……太陽から百三十億キロ離れた、彗星帯の何もない宇宙空間で見つかった、へびつかい座七〇番星の方向から送られてくる直径五億キロのレーザービーム。それによって送信される情報のほとんどは意味不明だが、人類によって解読できた一パーセントだけでも、〈八世界〉に大変な技術革新をもたらした。

〈変身(チェンジ)〉……クローン技術を利用した手軽な性転換。〈八世界〉ではある年齢以上になれば普通に行われる。

〈ホロ〉……3D映像によって実際には存在しない街や雑踏や豪華な建造物などを投影する技術。

見えない流出……〈八世界〉の経済用語。光速度の限界によって太陽系の諸地域には情報にタイム・ラグが生じる。コンピューターで瞬時の決済が行われる時代には、それが致命的となる場合がある。とりわけ冥王星は内惑星と九時間の時間差があり、それが金融市場の価格の差、将来性の差、市場の見通しの差となって、経済的な流出が生じる。冥王星の軌道要素によっては、経済戦争へと発展しかねない問題である。

冥王星……〈八世界〉の中で、土星の〈環(リング)〉(〈環〉自体は厳密には〈八世界〉に含まれないのだが)と冥王星は独自の位置を占めている。冥王星は月(ルナ)や内惑星の住人からすれば、〈八世界〉の普通の法律が通用しない、アナーキーで自由な辺境の世界である。とはいえ、〈環〉の共生者(シンブ)たちのように人間とはいえない存在になってしまうところまではいかず、人類の世界の中での話。だから問題を抱えた多くの人が、最後は冥王星に行ってしまおうと考えるのだ。後の長編では、冥王星は最初、流刑地として開拓されたことが記されている。

遊泳足(ペッド)……膝が前方にも曲がるようにし、くるぶしの先には足のあるべきところに物をつかむことのできるよう大型の手をつけて、自由落下状態での動作が便利にできるようにしたもの。逆に重力のあるところでは歩きにくくて不便。

夜年(ダークイヤー)と昼年(ライトイヤー)……水星は公転と自転が同期していると考えられていたが、六五年に実際は共鳴関係にあり、二回公転する間に三回自転しているとわかった。このため水星の太陽日(地表から見た正午から次の正午まで)は水星の二年に等しい。つまり水星の一年には昼の年と夜の年がある。

レコーディング……人間のある時点の意識と記憶のいっさいを、ホログラム的に、キューブのメモリーに記録する技術。たとえ肉体が死んでも、組織サンプルから促成されたクローンの脳に注入することで、レコーディングした時点からまた生き返ることができる。もちろん、それは新しい自分であって、死んでしまった自分とは別人なのだが、意識の連続性は保たれている。

〈環(リング)〉……土星の輪。ここにはへびつかい座ホットラインからの情報で遺伝子工学的に作られた一種の植物である共生者(シンブ)とペアを組み、その体に包み込まれて閉鎖環境を形成した人たちが、真空の宇宙空間に適応して暮らしている。彼らには独特の芸術的才能があり、独自の文化を開花させている。太陽系での最高の芸術は〈環(リング)〉から生まれる。



■ 大野万紀(おおの・まき)
1953年生まれ。SF評論家、翻訳家。訳書にジョン・ヴァーリイ『汝、コンピューターの夢』(創元SF文庫)、編訳書にデーモン・ナイト『ディオ』(青心社SFシリーズ)、共訳書にジョン・ヴァーリイ『残像』『逆行の夏』(以上ハヤカワ文庫SF)など多数。



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