Science Fiction

2016.09.06

岡部いさく/ギャビン・スミス『天空の標的1』(金子浩訳)解説(全文)[2016年9月]

星雲賞作家・小川一水氏推薦!
「超高度メカとドラッグと不器用な愛でできた男女どもが、
銃弾と戦場ジョークをバラまいて死んでいく。
世界をハックするイカれた宇宙戦争だ。」



岡部いさく isaku Okabe

 元特殊部隊員の帰還兵、ジェイコブ・ダグラスの行くところ、天空もまた戦いの地獄となっていく――というのが、このギャビン・スミスの『天空の標的』の物語だ。
『天空の標的』は前作の『帰還兵の戦場』の続編で、現在から約三百年後の世界が舞台となっている。その世界では、最終人類間戦争の結果、ヨーロッパとアメリカは没落し、人類は系外惑星系に築いたコロニーで異星生命体〈やつら〉と六十年にわたって勝ち目のない戦いを続けてきた。
〈やつら〉との死闘を生きのびた元イギリス陸軍特殊部隊SASのサイボーグ兵士、ジェイコブ・ダグラスは、退役して帰還兵となり、スコットランドのダンディーの荒廃と貧困の中で荒んだ生活を送っていた。
 そこにかつての冷酷な上官ロールストン少佐から、地球に侵入した〈やつら〉の一体を発見して無力化しろという命令が舞い込む。しかしダンディーの売春宿でモラグら娼婦たちに匿われていた〈やつら〉を発見する。だが驚いたことに、この異星生命体は人類との和平を求めに来たらしい。
 ジェイコブは命令に背いて、モラグと異星生命体を連れて逃走、助けとなってくれる仲間を求めて、荒れ果てたイギリスから、海面上昇と核戦争や環境汚染で見る影もなくなったアメリカ、そして六十年前から人類と戦っている異星生命体〈やつら〉の巣食うシリウス星系の小惑星帯“ドッグズティース”へと、戦いの地獄を突き進む、というのが前作『帰還兵の戦場』のあらすじだ。
 そしてこの続編『天空の標的』では、『帰還兵の戦場』で解決しなかった問題に決着をつけるため、ジェイコブと仲間たちの戦場は宇宙へ広がっていく。原題のWar in Heavenは、作中でも引用される『黙示録』の一節から取られたものだが、このHeavenを「天国」と解せば、「天国における戦争」の意味ともなるだろう。天国でもなお互いに戦い合う人類、というところに、作者ギャビン・スミスのアイロニーが込められているようだ。
 そうはいっても、この『天空の標的』の第一巻では、主人公ジェイコブ・ダグラスはなかなか戦わない。前作『帰還兵の戦場』の第三巻で、長年の人類の敵だった〈やつら〉との戦争の原因を知り、戦争を終結させたジェイコブは、愛するモラグとも離れ離れになり、もはや自分の戦いは終わったと感じている。
 しかしご安心を。ジェイコブの現役時代の回想など、随所に戦闘シーンがあり、この第1巻からギャビン・スミスの執拗で緻密な戦闘描写を堪能できる。また、本気で戦いを厭うこの屈折した主人公の深部が描かれて、モラグとのぎごちない恋愛や、ジャーナリストのマッジとの奇妙な友情とともに、ギャビン・スミスの一筋縄ではいかない人物造形を楽しめるのだ。
 前作では元SAS隊員の主人公をはじめ、英国航空宇宙軍の戦闘航宙管制員だった通信員のペイガンや、元グルカ兵のランヌー、アメリカ陸軍第百六十特殊作戦飛行連隊「ナイトストーカーズ」のパイロットだったバックとギビー、それにSASのイギリス海兵隊版であるSBS出身の巨大な半魚人サイボーグのバロールと、主人公の仲間たちは皆、今日の実在の世界で名高い各国の特殊部隊の「帰還兵」だった。敵役のロールストン少佐もSBS出身という設定になっている。
 しかし『帰還兵の戦場』には登場しなかったが、世界に名を轟かせている特殊部隊はまだほかにもある。続編の『天空の標的』では、そんな未登場の特殊部隊の出身者が現れて、中でもあの国のあの部隊の末裔は異様なすさまじい戦いぶりを見せてくれるので、それは読んでのお楽しみに。
 それと『天空の標的』の第三巻では、いかにもイギリス軍らしい十九世紀中期にまで遡る歴史ある部隊も出てくる。三百年後の世界で、なおもイギリス軍の伝統が続いていることになっているのもこのシリーズの面白いところで、わざわざそういう部隊を作中に登場させるギャビン・スミスの趣味がまた面白い。
 ちなみに、サイバー空間に全知の〈神〉を作り出した天才ハッカーのペイガンは、先ほども述べたように航空宇宙軍の戦闘航宙管制員だったことになっている。今日の現実の英空軍の前線航空管制員は、前線で味方の航空機に近接支援攻撃の目標を指示したり、攻撃を誘導したり、攻撃の成果を報告することを任務とする。近接支援攻撃というのは、地上の部隊に密接に協力して、地上部隊の要求に応じて、敵の陣地や火砲などを空から攻撃することをいう。
 前線航空管制員は、空中の航空機から戦場を観察しながら任務を行うこともあるが、地上部隊と同行することもあり、敵地にパラシュート降下で侵入して目標を照準用レーザーで照射し、誘導爆弾を命中させるといった任務にも就く。つまり空軍の中でも特殊部隊に近い性格の部署で、必然的に通信技能にも優れていなくてはならない。
 この『天空の標的』の第二巻で、ペイガンがパラシュート降下のヴェテランとされているのも、彼の経歴からすると当然でもある。
『天空の標的』での主人公たちの戦いは、実は宇宙だけではなく、サイバー空間へも広がる。サイバー空間は前作『帰還兵の戦場』でも描かれていたが、なにしろ『天空の標的』のサイバー空間には、ペイガンたちが作り出した〈神〉がいて、ロールストンや世界を裏で支配する秘密結社(カバル)が作り出したデミウルゴスがいて、それが物語の大きな軸になっているので、当然サイバー空間の描き方も厚く、濃密なものになってくる。
 現実の世界でも、今日の各国の軍隊ではサイバー戦が重要な分野になっている。最近の兵器もまた部隊の作戦も、例えばGPS誘導兵器や弾道ミサイル防衛システムのように、コンピューターやデータ通信に深く依存するようになってきているので、それを混乱させたり遮断することが戦局を左右すると考えられるようになっているのだ。そのため各国とも敵軍のネットワークへのハッキングやウィルスの投入、それらへの防御を重要な課題と考えている。アメリカ軍や安全保障分野のさまざまな文書にも、陸と海と空に、宇宙空間とサイバー空間を加えて「五つのドメイン」という表現が頻繁に現れている。サイバー空間はすでに軍の作戦領域の一つになっているわけだ。
 つまりギャビン・スミスが描く三百年後のサイバー空間での戦いは、実は今日の現実の世界ともつながっているといえる。ただし現実のサイバー戦はおそらくこの小説ほど華麗なものではないだろうが。
 今日の現実の世界との地続き感といえば、いろいろな特殊部隊の名前もそうだし、かれらが使う武器やそのメーカー名、シグ・ザウエルやカラシニコフなどは今日でも実在しているもので、やはり作中の世界と現実の世界をつなぎ合わせている。それがこの三百年後の帰還兵たちに、現代ものの冒険小説の登場人物に通じる存在感を与えて、読者の感情移入を導く仕掛けにもなっているのだろう。
 その一方で、もちろんレールガンやレーザー銃などSFらしい兵器も出てくるが、どちらも現実に開発が進められていて、実用化も遠いことではない。どうやら軍事技術がSFを模倣し、SFが軍事技術を敷衍する時代になっているのかもしれない。拳から飛び出すブレードまで研究されているかどうかは知らないが。
 先ほど、今日の軍の作戦領域は宇宙空間も含まれていると書いたが、この『天空の標的』では、その題名のとおり、宇宙でも戦いが繰り広げられる。すでに前作『帰還兵の戦場』第三巻でも宇宙戦が出てきているが、『天空の標的』ではさらに大規模な宇宙艦隊戦が描かれる。SFでの宇宙艦隊戦ではジャック・キャンベル『彷徨える艦隊』(月岡小穂訳、ハヤカワ文庫SF)シリーズが有名だが、『天空の標的』の宇宙戦の描写もそれに負けていない。どんな戦いかは、これも読んでのお楽しみだ。
 この『天空の標的』を読み進めていくと、意外というかやはりというか、日本人っぽいキャラクターが登場する。すでに『帰還兵の戦場』から、日本刀でライバルを切り捨ててのし上がる企業サムライの「社畜」が出てきて、三百年後の未来に投影された日本のイメージが面白かったが、『天空の標的』にはそれとはまた別の日本らしさが描かれる。その日本らしさが微妙にこそばゆいのだが、その不思議なくすぐったさを作品のスパイスとして味わえるのは、おそらく日本人読者の特権として喜ぶべきなのだろう。
 さて、壮絶なバイオレンスと、バイオメカニクスやナノテクノロジー、サイバー空間とインターネット社会など、さまざまなSFのビジョンで織りなす『天空の標的』は、この第一巻から全四巻の分冊として四カ月連続刊行される。これだけ豊富なアイデアをつぎ込んで、この強烈な作品を書きあげた作者ギャビン・スミスが次にどんな小説を書いてくれるのか、大いに気になるところだ。
 最後に一つ、『天空の標的』の読み方についてアドバイスをするならば、シングルモルトのスコッチ、グレンモーランジを一瓶用意して、ストレートをハイピッチで飲みながら読み進めるのが良いのではないだろうか。


■ 岡部いさく(おかべ・いさく)
1954年生まれ。軍事評論家。学習院大学文学部フランス文学科卒。著書に『世界の駄っ作機』『英国軍艦勇者列伝』など。





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