Science Fiction

2013.08.14

大森望/酉島伝法『皆勤の徒』解説(部分)[2013年8月]

『皆勤の徒』は、
現代日本SFの極北にそそり立つ異形の金字塔にして、
SF的想像力の最長到達点を示す里程標である。

大森 望 nozomi OHMORI


 あなたが手にしている本書『皆勤の徒』は、現代日本SFの極北にそそり立つ異形の金字塔にして、SF的想像力の最長到達点を示す里程標である。
 ……と思わず大上段に振りかぶってしまうのも当然で、SF史を見渡しても、これほど独創的なデビュー作はほとんど例がない。独創的すぎて理解してもらえないことを心配したのか、単行本であるにもかかわらず解説をつけることにしたから、表題作を絶賛した責任をとっておまえが書けと仰せつかり、ふたつ返事で引き受けたものの、その作業のたいへんさに、いまちょっと途方に暮れている。
 いやもちろん、はるかな未来、いまとは似ても似つかない姿に変貌した人類や奇妙奇天烈な生物を描くSFなら、ブライアン・W・オールディス『地球の長い午後』を筆頭に、『アド・バード』をはじめとする椎名誠の一群の作品や、貴志祐介『新世界より』など、過去にいくらでも例がある。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア「愛はさだめ、さだめは死」のように、人間がまったく出てこない作品もそう珍しくない。しかし、(自筆の細密なイラストはさておいても)語彙まで含めてここまで徹底的に“異形の未来”を描き切った作家は、日本では筒井康隆ぐらいだろう。
 巻頭に置かれた表題作「皆勤の徒」の冒頭一ページを見るだけで、ふつうのSFとかけ離れていることは一目瞭然。小説は、主人公にあたる従業者(その名もグョヴレウウンン)が、寝袋みたいな奇怪な生物から搾り出されてくる異様な出勤場面で幕を開ける。屠流々[とるる]だの唐櫃■[からびつうつぼ]だのという生きものが生息するねちょねちょぬとぬとの不気味な世界で、「おまえは皆勤だけが取り柄だな」などと罵倒されたみじめな過去を思い出しながら、今日も働くグョヴレウウンン。SF版「蟹工船」というか、ブラック企業で奴隷的に働かされるダメ社員みたいな立場らしいことがおぼろげにわかってきて親近感が湧くものの、しかしこの文章はただごとではない。山尾悠子「夢の棲む街」とマーヴィン・ピーク《ゴーメンガースト》三部作と筒井康隆「メタモルフォセス群島」とチャイナ・ミエヴィル『ペルディード・ストリート・ステーション』を融合させて煮詰めてから三年かけて発酵させたような……とか言ってもぜんぜん説明になりませんね。語彙とイメージがあまりに独特なので、一見すると異世界ファンタジーもしくは寓話的幻想小説のようだが、しかし実はその背後に綿密なSF設定があることがしだいに明らかになってくる。
 そもそもこの世界は――という話をはじめるとネタバレになってしまうので、未読の人に配慮して、先に著者および本書の来歴について簡単に説明する。
 表題作「皆勤の徒」は、二〇一一年の第二回創元SF短編賞受賞作。三人の選考委員(大森望・日下三蔵とゲスト選考委員の堀晃氏)が揃ってAをつけて文句なしに受賞が決まり、規定により『年刊日本SF傑作選 結晶銀河』の巻末に収録された。
 この「皆勤の徒」と、『原色の想像力2 創元SF短編賞アンソロジー』に書き下ろされた「洞[うつお]の街」〈ミステリーズ!〉57号に掲載されて一部にセンセーションを巻き起こした中編「百々似[ももんじ]隊商」編集部註:こちらで冒頭部を立ち読みすることができます】に、書き下ろしの新作「泥海(なずみ)の浮き城」を加えた連作集が本書『皆勤の徒』。新人作家・酉島伝法の記念すべきデビュー単行本にあたる。
 創元SF短編賞では、第一回同賞の山田正紀賞(選考委員特別賞)受賞作を表題作とする宮内悠介『盤上の夜』が日本SF大賞を受賞、いきなり直木賞候補に選ばれるなど、大きな評判を呼んだが、強烈な個性にかけては、本書はそれ以上のインパクトを誇る。あまりに個性的すぎて読者を選びそうだし(だれが読んでもおもしろいとはとても言えません)、読むのにかなりの時間と労力を必要とするが、SFにストーリーやキャラクター以上のものを求める読者にとっては、最大級の興奮が待っている。一行一行にみっちりアイデアが詰まっているという点で、本書ほどコストパフォーマンスの高いSFはめったにない。しかも、一回読んだだけではとても全貌が把握できないので、二回三回と読み返すことになる。
 著者の酉島伝法は、一九七〇年、大阪府生まれ。大阪美術専門学校芸術研究科卒業。この十数年ずっと小説を書いては新人賞に投稿していたらしいが、「皆勤の徒」以前は、「糸巻き群想」(佳月柾也名義)で第六回小松左京賞(二〇〇五年)の最終候補に残ったのが最高成績だったという。しかし、作品がダメだったわけではない。たまたま大森が某長編新人賞の一次選考で読んで、これはすごいと仰天し、自信をもってAをつけたのが、著者のブログに「注釈の注釈による超現実詩小説」と銘打って連載されている『棺詰[かんづめ]工場のシーラカンス』(の別バージョン)。相互に関連する短文の連作形式をとり、言葉遊び(地口など)から生まれたイメージが果てしなく連鎖してひとつの言語世界をつくりあげてゆく。ある意味、本書の幻想小説版と言えなくもない。ウェブ掲載のものから一部を抜粋すると、
〈【5】反物 反物質の略称。固有の形態が存在しない不定形な物質のことを総じていう。広義には揺らいだ液体から透けて見えるあらゆる像も含まれる。雨後の水たまり、鋳造する前のパン生地【27】、念菌なども反物の一種である。(後略)〉
 という具合。造語によってイメージを喚起する手法は本書と同様で、共通する名称(念菌)も出てくる(ただし、設定に直接の関係はない)。これはこれでたいへんな傑作だと思うんですが、たしかに商業出版にはなじみにくいかもしれない。そうした独特の言語世界にキャラクターとストーリーを与え、強固なSF的バックボーンを持たせた点に、『皆勤の徒』の大きな特徴がある。表題作だけだと、やっぱりあんまりSFに見えないんですけど……と思う人もいるかもしれないが(じっさい、創元SF短編賞の選考会でもそういう意見が出た)、その後に書かれた三作を通読すれば、本書が堂々たる本格SFであることに疑問の余地はないだろう。表題作を途中まで読んで挫折しそうになり、なんらかの助けを求めてこの解説のページを開いた人には、四話目の「百々似隊商」を先に読むことをお薦めする。SF読者にとっては、たぶんこの中編がいちばんわかりやすいはずだ。なぜなら――という説明は、未読の人の興を殺ぐ可能性があるので、ここから先は本編読了後にお読みいただきたいが、なにがどうなっているのか五里霧中ですという人のために、以下、本書のSF的な成り立ちをSF用語を使って説明する。SF的背景がわからないと楽しめないかというと全然そんなことはなくて、エキゾチシズムあふれる異界描写をありのままに堪能すればいいんですが、ここでは解説者のつとめとして、全体的な見取り図を描いてみたい。

【この先、本書の内容を細かく紹介します。未読の方はご注意ください】
 さて、最後まで読めばわかるとおり、本書に収められた四編は酉島流の未来史に属し、時代背景の年代順で言うと、最終話がいちばん現代に近い。要するに、巻頭にまるで幻想小説のような異世界の物語を置き、そのような世界がどうやって生まれたかが、その後の三話を通じて(SF的に)だんだんわかってくる仕組み。とはいえ、説明らしい説明はほとんどないので、SF専門読者でも、一読して理解するのはけっこうたいへんかもしれない。
 いちばんストレートに書かれているのは、「百々似隊商」の久内[ひさうち]パート。近未来、人々は脳に特殊なインターフェイス(玉匣[たまくしげ])を埋め込みAR環境(仮粧[かしょう])で暮らしている。ナノマシン(塵機[じんき])の発達により、プログラム(形相[けいそう])さえあればなんでもつくれる夢の時代。しかしやがて、ナノマシンの暴走事故(塵禍[じんか])が発生。製品がどろどろに溶けて融合する混沌状態が地球全体に広がりはじめる。
 人類の一部はいちはやく宇宙ステーションに避難。塵禍を免れた軌道エレベータ(浮橋[うきはし])を使って、大規模な地球脱出計画もスタートする(このプロジェクトの一環として、人工的に開発された惑星探査生体が百々似だった)。が、そこにナノマシンの大津波(大塵禍)が襲い、軌道エレベータは崩壊、都市は混沌の海(冥渤[めいぼつ])に沈む。
 生き残った人類の多くは、生身の体を捨て、智天使[ケルビム]と呼ばれる生物機械(のちの“外回り”)に人格を転写し、再生知性として生き延びる(このデジタル移行を“兌換[だかん]”と呼ぶ)。智天使の中には、アップロード人格が住む街(教区)が生まれ(要はグレッグ・イーガン『ディアスポラ』のポリス、もしくは飛浩隆『グラン・ヴァカンス』の区界みたいなもんですか)、智天使たちが相互にネットワークを結ぶことで、無数の教区が連なる〈世界〉が生まれた。
 一方、生身のままでいることを選んだ人間たち(非再生知性)は、避難蛹[たいひよう]と呼ばれるシェルターで一種の冷凍睡眠に入り、大塵禍をやりすごす。久内は人格を智天使にアップロードして〈世界〉に移るが、幼少時に人工神経を移植した影響で、もとの肉体にもそのまま意識が残り、そちらの久内は避難蛹に入り、長い眠りにつく。
 この出来事から数百年を経た時代が、「百々似隊商」の現在。塵禍は落ち着いたものの、地球は崩壊したナノマシン群(塵造物[じんぞうぶつ])の海に覆いつくされている。目を覚まして避難蛹を出た生身の人間たちは避難蛹を都市(養生塁[ようじょうるい])に改造。街と街のあいだを百々似の隊商が行き来しはじめる。その旅に不可欠なのが、プログラム言語(媒音[ばいおん])を発話することでナノマシンの動きを封じる利塵師[りじんし]。彼らが暮らす現実の地球(物理世界)は卋界[せかい](棄層[きそう])と呼ばれる。
 一方、転写人格たちの〈世界〉でも、肉体を持った人間を地球型惑星に移住させようと考える惟神[かんながら]派が台頭。人類のデータを宇宙の彼方へ運ぶ播種[はしゅ]船の永世航行士として選ばれた土師部[はにしべ]は、複数の肉体を与えられて卋界へと旅立つ。
 ……とまあ、こういうふうに要約すれば、本編が『ディアスポラ』ばりのハードSFであることは納得できるだろう(あるいは、ブルース・スターリングの〈生体工作者[シェイパー]/機械主義者[メカニスト]〉シリーズの発展形とも言える)。本書全体としては、転写人格の情報をおさめたデータキューブ(勾玉[まがたま])が連作の焦点のひとつになる。

 (このつづきは書籍版でお読みください)
(2013年8月)


■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家、アンソロジスト。編著に、《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵との共編)、書き下ろし日本SFアンソロジー《NOVA》シリーズ。主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』、『特盛!SF翻訳講座』、『狂乱西葛西日記20世紀remix』、『21世紀SF1000』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ。主な訳書にウィリス『航路』、ベイリー『時間衝突』ほか多数。



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