Science Fiction

2010.10.14

大森望『逃げゆく物語の話 ゼロ年代日本SFベスト集成〈F〉』序 [2010年10月]

現代を舞台にした“すこし・ふしぎ”系の物語を軸に、
幻想小説(fantasy)または寓話(fable)寄りのものまで含め、
時間を扱ったSFや、世界の成り立ちをめぐる奇想小説を収録した。

大 森 望 nozomi OHMORI

 


 SFはなんの略なのか? という面倒な問題について、かつて創元SF文庫から出ていたジュディス・メリル編《年刊SF傑作選》は、扉ページにこんな回答を用意していた。

 いわく、「SFのSは、サイエンスでありサテライトであり、スターシップでありスペースでもある。あるいはセマンティクス(意味論)、ソサイエティ、サタイア(風刺)、サスペンス、スティミュレーション(刺激)、サプライズ、それになにより、スペキュレーション(思弁)のSである」一方、Fはフィクション、ファンタジー、フェーブル(寓話)、フェアリーテール、フォークロア……という具合。さらにはファイアボールやフリー・ウィル(自由意思)まで飛び出し、もうなんでもあり。サイエンス・フィクションだろうが、スペキュラティヴ・ファビュレーションだろうが、“すこし・ふしぎ”だろうが、ストレンジ・フィクションだろうが、はたまたスペース・フィッシュだろうが、なんだっていいのである。

 その反対に、“××はSFではない”という言説は、“「機動戦士ガンダム」はSFか否か”で大騒動になった往年のアニメ論争の昔から(「ガンダム」はもちろんSFですよ!)、なにかと誤解されて流布する傾向が強く、百害あって一利なし。まあ、大方のSFファンは、みずからのSF魂(ってなに?)に照らして、この作品は“オレのSF”かどうかをつねに判定しつづけているわけですが(ジャンル小説読者の業みたいなものかも)、そこに明確な基準はない。つまりなにが言いたいのかというと、わたしもまた“オレのSF”観にしたがって、この《ゼロ年代日本SFベスト集成》を選んでいるので、そういうものだと思っていただきたい。

 とくにこの巻には、一般的な解釈ではSFに該当しない可能性のある作品がいくつか含まれているが、日本SFは昔からそうした作品をSFの仲間に入れてきた。早い話、日本SFオールタイムベスト短編の1位に輝く星新一「おーい でてこーい」は、はたして狭義のSFなのか? という話である(あるいは、半村良「箪笥」とか、筒井康隆「俺に関する噂」とか)。「おーい でてこーい」がSFなら、三崎亜記や恩田陸や乙一の書く非日常系の小説はどれもこれもSFだろう。「おーい でてこーい」はSFではないという立場から日本SF史を再解釈する(星新一や半村良や筒井康隆の大半の作品を除外してSF史を語る)ことはそれなりに意味があるかもしれないが、それはまた別の話。本書に収録されている作品の著者のうち、少なくとも半数は、現在、一般的にSF作家と見なされていない(かもしれない)が、1970年代の日本SFの基準に照らして考えると、全員、立派なSF作家なのである。

 ということで、この〈F〉の巻には、現代を舞台にした“すこし・ふしぎ”系の物語を軸に、幻想小説(fantasy)または寓話(fable)寄りのものまで含め、時間を扱ったSFや、世界の成り立ちをめぐる奇想小説を収録した。〈S〉がハードSFで〈F〉がソフト路線かというとそうでもなくて、こちらにもど真ん中の本格SFは収められている。はっきりした違いは、こちらには宇宙船が出てこないことぐらいでしょうか。

 あらためて収録作をざっと紹介しておくと、巻頭の恩田陸「夕飯は七時」は(早川書房《異色作家短篇集》にオマージュを捧げた)愉快な“異色作家短編”。喪失感をモチーフにした三崎亜記「彼女の痕跡展」と乙一「陽だまりの詩」がそれに続く。古橋秀之の「ある日、爆弾がおちてきて」は時間テーマの学園もの。森岡浩之「光の王」は、思い出してはいけないことをうっかり思い出してしまう話。山本弘「闇が落ちる前に、もう一度」はバリントン・J・ベイリーの大ネタをフィーチャーした(ある種の)時間SF。冲方丁「マルドゥック・スクランブル“-200”」は、劇場アニメが公開される日本SF大賞受賞作『マルドゥック・スクランブル』の前日譚。これが書籍初収録なのでお見逃しなく。石黒達昌「冬至草」は、ウランを含む土壌に生息し人間の血液を養分とする新種の植物の生態をリアルに描く、〈文學界〉初出のハードSF。津原泰水「延長コード」は、どこがSFなのか説明するのがたいへんですが、この本に載ってるんだからきっとなんらかの意味でSFです。北野勇作「第二箱船荘の悲劇」では落語家が住むある安アパートをめぐって宇宙論が展開され、小林泰三「予め決定されている明日」ではこの世界の重大な秘密が解き明かされる。表題作の牧野修「逃げゆく物語の話」は、児童ポルノ法案や非実在青少年をめぐる騒動を先取りしたような、哀切な物語。

 以上、この10年の日本SFの精華12編、じっくりとご賞味ください。

                      
(2010年10月)

●大森望『〈S〉ぼくの、マシン』の序文を読む。

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■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。他の編著に《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵と共編)、オリジナル・アンソロジー《NOVA》シリーズ、主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』『特盛!SF翻訳講座』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、主な訳書にウィリス『航路』ベイリー『時間衝突』ほか多数。


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