Science Fiction

2010.10.14

大森望『ぼくの、マシン ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉』序 [2010年10月]

00年代(西暦2000年~2009年)の10年間に
日本国内で発表されたSF短編から、
歴史に残る作品をよりすぐった年代別の傑作選


大 森 望 nozomi OHMORI

 


 「2から始まる年号って、数字の並びだけでSFだよね。やっぱりこれからはSFでしょう」

 かつて力強くこう断言したのは庵野秀明氏。10年前のこの予言はみごと的中し、日本SFは2000年を境に“冬の時代”の長いトンネルを抜け、いまやうららかな春を(もしくは、さわやかな初夏を)迎えている。SFと銘打つ日本SFの単行本が1冊も出なかった1998年のことを思えば、隔世の感。おかげで、創元SF文庫の《年刊日本SF傑作選》シリーズや、河出文庫の《NOVA 書き下ろし日本SFコレクション》も順調に巻を重ねている。

 ひとつこのあたりで“2から始まる年号”の最初の10年間の成果をまとめてみよう――ということで企画したのが、この《ゼロ年代日本SFベスト集成》。その名のとおり、00年代(西暦2000年~2009年)の10年間に日本国内で発表されたSF短編から、歴史に残る作品をよりすぐった年代別の傑作選である。

 それだったら、ハヤカワ文庫JAから、早川書房編集部編の『ゼロ年代SF傑作選』が出てるんじゃないの? と思う人もいるでしょうが、同書を既読の方はご承知のとおり、あちらは、ゼロ年代日本SFの一潮流である“リアル・フィクション”の傑作選。〈SFマガジン〉掲載作を中心に、書籍未収録の作品を集めた新鋭アンソロジーという性格が強い。

 それに対し、本書では、個人短編集に収録されているかどうかは基本的に考慮せず、00年代SFを代表する(と編者が判断する)作品を可能なかぎり網羅することを目指した。その結果、当然のことながら、他社文庫(とくにハヤカワ文庫JA)から出ている短編集の収録作・表題作をたくさん採ることになった。SF専門読者にとってはあんまり意外性のない(既読作の多い)ラインナップかもしれないが、たとえば飛浩隆「ラギッド・ガール」の入っていないゼロ年代ベストなどゼロ年代ベストじゃないだろうという気がするのも事実。5年後、10年後に読み返しても色褪せない、真のゼロ年代ベストを目指した結果なので、ご容赦いただきたい。書籍初収録の隠し玉も、それぞれの巻に2、3編ずつ用意してあるから、SFマニア諸氏におかれましては、「なんだよ。ほとんど読んでるんだけどなあ。ま、しょうがないか」とブツブツ文句を言いながらお買い上げいただきたい。

 一方、ふだんあんまり日本SFの短編を読まない人や、最近になって日本SFを“発見”したという読者には、現在の日本SFの水準を知るための格好のショーケースになるだろう。《ゼロ年代日本SFベスト集成》を手がかりに、ぜひとも気に入った作品の収録短編集や、同じ作家の長編に手を伸ばしてほしい。

 創元SF文庫『年刊日本SF傑作選 虚構機関』が出たときは、その序文で、“日本SFの総合的な年次傑作選は、筒井康隆編『日本SFベスト集成』以来、32年ぶり”と書いたけれど、総合的な年代別ベストSFアンソロジーの刊行も、筒井康隆編『'60年代日本SFベスト集成』(徳間書店)以来34年ぶりということになる。本書の刊行にあたっては、編者である筒井康隆氏の了解を得て、“日本SFベスト集成”のタイトルを継承させていただくことにした。ありがとうございました。

 その《ゼロ年代日本SFベスト集成》は、ごらんのとおり、全23編を、2冊に分けてお届けすることになった。2冊セットで通読していただくと、この10年の日本SFの動向が(たぶん)手にとるように実感できる仕組みですが、上下巻というわけではなく、それぞれ独立したアンソロジーとして読めるように作品を配置したつもりなので、どちらか片方だけ読んでいただいても一向にかまいません。

 便宜上、2冊を〈S〉と〈F〉とに分けたが、べつだんサイエンス編とフィクション編というわけじゃないし、S派(ハードSF系)とF派(幻想SF系)という分類にきっちり従っているわけでもない。大ざっぱに言うと、〈S〉は宇宙および未来編(ややハード志向)、〈F〉は現代編および幻想・奇想編(ややソフト志向)。作品の傾向としては、前者がSFの求心的なベクトル、後者が遠心的なベクトルをなんとなく代表しているとは言えるかもしれない。

 というわけで、この『ゼロ年代日本SFベスト集成〈S〉 ぼくの、マシン』には、前述のとおり、主に宇宙と未来(もしくはテクノロジーと人間と機械)を描いた11編を収録した。

 光瀬龍、小松左京、石原藤夫、堀晃、谷甲州……と続く宇宙小説の系譜は、日本SFの歴史上、ずっと傍流だったが、野尻抱介、小川一水などの登場を契機にして、ゼロ年代は宇宙開発をテーマにしたリアル系の宇宙SFがにわかに勃興し、日本SFのイメージを一新した。ゼロ年代の星雲賞国内部門受賞作を見ると、なんとその半数を宇宙SFが占める。そういう傾向を代表して――かどうかはともかく――本書の前半には、宇宙を舞台にした、それぞれタイプの違う四種類の作品を配置した。野尻抱介「大風呂敷と蜘蛛の糸」はリアルな宇宙開発もの、小川一水「幸せになる箱庭」は異色のファースト・コンタクトもの、上遠野浩平「鉄仮面をめぐる論議」は《ナイトウォッチ》3部作からスピンオフした寓話的・観念的な戦争SF、そして田中啓文「嘔吐した宇宙飛行士」は嘔吐した宇宙飛行士の話である。

 後半は、テクノロジーによる社会とアイデンティティの変貌を描く未来SFを中心に据えた。バイオテクノロジーを扱った女性作家の2作、菅浩江「五人姉妹」と上田早夕里「魚舟・獣舟」。ジェイムズ・ティプトリー・ジュニアの名作を下敷きに“接続された女”を描く、桜庭一樹「A」と飛浩隆「ラギッド・ガール」。とうにシンギュラリティを超えた超越的な機械知性(巨大知性体)が時代劇コメディ(?)にチャレンジする円城塔「Yedo」(『Self-Reference ENGINE』の一挿話)と、2010年代の到来を待たずに世を去った故・伊藤計劃が新間大悟と組んで2002年に発表した幻の商業誌デビュー作「A.T.D」、そして最後は、《戦闘妖精・雪風》シリーズの短編ながら、人間とコンピュータの関係に深く切り込む神林長平の表題作「ぼくの、マシン」を収録する。

 以上、この十年の日本SFの精華11編、じっくりとご賞味ください。

                      
(2010年10月)

●大森望『〈F〉逃げゆく物語の話』の序文を読む。

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■大森望(おおもり・のぞみ)
1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。他の編著に《年刊日本SF傑作選》(日下三蔵と共編)、オリジナル・アンソロジー《NOVA》シリーズ、主な著書に『現代SF1500冊(乱闘編・回天編)』『特盛!SF翻訳講座』、共著に『文学賞メッタ斬り!』シリーズ、主な訳書にウィリス『航路』ベイリー『時間衝突』ほか多数。


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