Science Fiction

2014.03.05

中村融/ロバート・F・ヤング『時が新しかったころ』訳者あとがき【2014年3月】

中村融 toru NAKAMURA


 ここにお届けするのは、アメリカの作家ロバート・F・ヤングの長編 Eridhan (Del Rey, 1983) の全訳である。
 と書けば、おやっと思う人も多いだろう。原題と邦題がかけ離れているうえに、ヤングにはおなじ題名の中編があるからだ。拙編のアンソロジー『時の娘――ロマンティック時間SF傑作選』(創元SF文庫/二〇〇九)に収録の「時が新しかったころ」がそれだ。こちらの原題は "When Time Was New" である。
 では、なぜ本書にこの題がつくことになったのか――まず、その疑問に答えるところからはじめよう。

 最初に明記しておくが、本書は前記の中編を書きのばしたものである。中編のメイン・プロットはそのままに、登場人物の数をふやしたり、人物の設定を変更したり、中編にはなかったSF的要素を導入したりして長編にふくらませているのだ。
 ちなみに、原題になっている「エリダーン」という聞きなれない言葉も新しく導入された要素。作中の火星人が地球の一部につけた名前であり、「動物園」を意味するという。ついでに書いておけば、文章も細かく手がはいっており、中編の文章がそのまま使われている部分は存外にすくない。
 じつはロバート・F・ヤングという人は、本質的に短編作家であり、雑誌を主な活動の舞台としていた。その証拠に、雑誌に発表した中・短編が百八十作を超えるのに対し、単行本の長編は五作のみ。しかも、そのうちの四作は既発表の中編を書きのばしたもの。残る一作は、短編をつなぎ合わせた連作である。つまり、SF出版の主流が雑誌から単行本に移ったとき、ヤングも長編の書き下ろしを迫られたが、短編作家の殻を破れなかったということだ。
 本書の場合、下敷きになった中編は〈イフ〉誌一九六四年十二月号に発表された。訳者はロバート・シルヴァーバーグ、チャールズ・G・ウォー&マーティン・H・グリーンバーグ編の恐竜SFアンソロジー The Science Fictional Dinosaur (Avon, 1982) に収録されていた本編を読み、いかにもヤングらしい純愛に加え、作者には珍しいアクション多めのストーリーや、恐竜型タイム・マシンといったガジェットが気に入って、題名を頭に刻みこんだのだった。
 それから幾星霜。日本オリジナルで時間SFのアンソロジーを編むチャンスが訳者にめぐってきた。その成果が前記『時の娘』だが、当時は未訳だった本編を目玉として収録した。ただし、このときはスケジュールの関係で、翻訳を市田泉氏にお願いした。
 さて、同書が刊行されると、予想どおり、いや、予想以上に中編「時が新しかったころ」は好評を博した。おりしも純愛SFの名作「たんぽぽ娘」の作者としてヤングへの関心が高まっていたころ。ヤングの名前に惹かれてこの中編を読んだ人たちが、ほぼ例外なく賛辞を呈してくれた。アンソロジスト冥利につきるとはこのことだろう。
 それから幾星霜。ヤングの人気がますます高まるなか、中編「時が新しかったころ」の長編版があるなら、ぜひとも読みたいという声が寄せられるようになった。こちらとしては、中編版を自分の手で訳出できなかったという心残りがあるので、渡りに船のような話である。
 さいわい東京創元社の了解を得て、邦訳刊行の運びとなったのだが、このとき邦題をどうするかという問題が生じた。「エリダーン」という造語では、内容がさっぱり伝わらないからだ。いろいろと知恵を絞った末、編集部の判断で、中編版とおなじ題名を採用することに決まった。中編版との関係がはっきりするうえに、内容も伝わりやすいからだ。混乱を招く恐れもないではないが、『アルジャーノンに花束を』『エンダーのゲーム』を筆頭に、中編版と長編版がおなじ題名で、両者が読みつがれているという先例はいくつも存在する。本書もその仲間入りすることを願うばかりだ。

 話は変わるが、SFファンは星派と恐竜派に大別できるという説がある。子供のころ、どちらかに熱中した経験があり、それがSFを読む下地になっているというのだ。
 真偽のほどはわからないが、これを「想像力の働き方には空間型と時間型がある」というふうに敷衍すれば、いろいろと見えてくるものがある。
 たとえば、純愛SFの名作「たんぽぽ娘」の作者が、恐竜時代を舞台に波瀾万丈の冒険物語を書いた理由だ。
 ロバート・F・ヤングが時間型の想像力の持ち主であることはまちがいない。とすれば、恐竜の出てくる小説は、書かれるべくして書かれたといえる。「時を超えた愛」と「恐竜型タイム・マシン」という要素は、一見水と油に思えるが、「時間にまつわるロマン(ス)」という観点からすれば、おなじコインの裏表なのである。

 恐竜で思いだしたが、本書には各種の恐竜がにぎやかに登場し、その生態が読みどころのひとつになっている。とはいえ、恐竜学は日進月歩であり、現在では分類の変わっている例があるので、その点を補足しておきたい。
 というのは、冒頭から登場するアナトサウルスである。カモノハシ恐竜の一種とされていたが、同系統の恐竜エドモントサウルスとの混同から生まれた分類だと判明し、一九九〇年にエドモントサウルスとは異なる特徴を持つ化石が、アナトティタンとしてあらためて命名された。
 余談だが、中編版では冒頭に登場する恐竜はアラモサウルスであり、「ブロントサウルスの亜種」と説明されている。この「ブロントサウルス」も、現在では廃れた名称だ。恐竜学の進展の速さは、こんなところにも表れている。

 中編版と長編版のちがいを細かくあげていけば切りがないのだが、ひとつだけ指摘しておきたい点がある。というのは、新たに導入された「クー」という超越的存在に関してだ。じつは、一九八五年に発表された "Mars Child" という短編にも「クー」が登場しているのだ。ひょっとすると、晩年のヤングは、「クー」にまつわる一連の作品を構想していたのかもしれない。その全貌が明らかにならなかったのが残念だ。

 本書はわが国で刊行される五冊めのヤングの著書である。作者の経歴や作風については、先行する三冊の日本オリジナル短編集(後掲リストを参照)に付された解説文などにくわしいので、ぜひともそちらを当たっていただきたい。とはいえ、本書ではじめてヤングの作品に触れた人もいるだろうから、簡単に記しておく。
 ロバート・フランクリン・ヤングは、一九一五年六月八日、ニューヨーク州シルヴァークリーク生まれ。幼いころからSFファンで、とりわけエドガー・ライス・バローズやH・G・ウェルズの作品に熱中した。
 一九四一年に結婚。翌年に一女をもうける。太平洋戦争の勃発にともない陸軍に入隊し、ソロモン諸島やフィリピンで軍務についたあと、終戦後の日本に赴任した。
 除隊後は職を転々としながら作家修業をつづけ、SF誌〈スタートリング・ストーリーズ〉一九五三年六月号に "The Black Deep Thou Wingest" を発表してデビュー。三十七歳という遅咲きだった。
 その後はSF専門誌の常連として活躍するいっぽう、大部数を誇る一般誌にも進出。ちなみに、ヤングの代表作「たんぽぽ娘」は、アメリカの国民的雑誌と呼ばれた家庭誌〈サタデイ・イヴニング・ポスト〉一九六一年四月一日号に掲載されたものである。
 一九六〇年代後半には生活も安定し、会社勤めのかたわら、平日の夜と週末を執筆に当てるというスタイルが確立する。この時期には二冊の短編集が刊行されたが、アメリカのSF界が雑誌掲載の短編から書き下ろし長編に重点を移すにつれ、ヤングは不遇をかこつようになった。
 定年退職後は校務員として働くかたわら作家活動をつづけ、一九八〇年から長編を四作たてつづけに発表して周囲を驚かせた(このほか、一九七五年にフランスでフランス語版のみが刊行された長編がある)。
 一九八六年六月二十二日、没。享年七十一。死後、二冊の短編集が刊行された(一冊は電子書籍のみ)。
 本国アメリカではマイナー作家あつかいだが、わが国では古くからレイ・ブラッドベリやジャック・フィニイとならぶロマンティックなSFの書き手として人気が高く、近年その傾向はますます顕著になっている。この後も順調にヤングの紹介がつづくことを期待したい。

 ロバート・F・ヤング著書リスト
  1. 1 The Worlds of Robert F. Young (1965) 短編集
  2. 2 A Glass of Stars (1968) 短編集
  3. 3 La quete de la Sainte Grille (1975) フランス語版のみ
  4. 4 Starfinder (1980)
  5. 5 The Last Yggdrasill (1982)
  6. 6 Eridahn (1983) 本書
  7. 7 The Vizier's Second Daughter (1985)
  8. 8 Memories of the Future (2001) 短編集、電子書籍版のみ
  9. 9 The House That Time Forgot and Other Stories: The Best of Robert F. Young, Vol.1 (2011) 短編集
  *煩雑になるので、合本や小冊子は省略した。

 日本オリジナル短編集
  1. 1 『ジョナサンと宇宙クジラ』伊藤典夫編訳(ハヤカワ文庫SF/一九七七→新装版二〇〇六)
  2. 2 『ピーナツバター作戦』桐山芳男編(青心社/一九八三→新装版二〇〇六)
  3. 3 『たんぽぽ娘』伊藤典夫編(河出書房新社《奇想コレクション》/二〇一三)

 日本オリジナル単行本
  1. 1 『たんぽぽ娘』伊藤典夫訳(復刊ドットコム/二〇一三) 表題短編のみを単行本化

本書の翻訳に当たっては、市田泉訳の中編版「時が新しかったころ」を大いに参考にさせてもらった。末筆になったが、市田氏に深くお礼を申しあげる。
 なお、本文庫からはヤングの長編がもう一作刊行の予定となっている。拙編のアンソロジー『時を生きる種族――ファンタスティック時間SF傑作選』(創元SF文庫/二〇一三)に収録されているアラビアン・ナイトふうの中編「真鍮の都」を長編化した The Vizier's Second Daughter (DAW, 1985) である。楽しみにお待ちいただきたい。
(2014年3月5日)


■ 中村融(なかむら・とおる)
1960年生まれ。中央大学卒業。SF・ファンタジイ翻訳家、研究家、アンソロジスト。主な訳書に、ウェルズ『宇宙戦争』『モロー博士の島』、ハワード《新訂版コナン・シリーズ》。主な編著に『影が行く』『地球の静止する日』『時の娘』『時を生きる種族』《奇想コレクション》シリーズ(河出書房新社)などがある。



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