Science Fiction

2016.10.06

中村融/レイ・ブラッドベリ『万華鏡 ブラッドベリ自選傑作集』訳者あとがき(部分)

ブラッドベリ世界のショーケース


中村融 toru NAKAMURA

 レイ・ブラッドベリは、二十世紀後半のアメリカ文学を代表する作家である。
 なにを大げさな、と思われる人がいるかもしれないが、これは掛け値なしの事実だ。その証拠に、アメリカの文学者にとって最大の栄誉であるナショナル・メダル・オブ・アーツを二〇〇四年に受けている。わが国の文化勲章に相当するもので、受賞者はホワイトハウスで大統領から直々にメダルを授与される。そして二〇一二年六月五日にブラッドベリが死去したさいには、ホワイトハウスがわざわざ声明を発表して、その功績を称えたのだった。
 ブラッドベリが長年暮らしたロサンゼルスには、彼の名を冠した街角がある。ブラッドベリがこよなく愛した火星には、彼の名を冠した場所がある(探査機キュリオシティの着陸地点。NASAによる命名)。つまり、日本にいるわれわれが想像する以上に、ブラッドベリは巨大な存在なのである。
 パルプ・マガジンと呼ばれる低級な娯楽雑誌をふりだしに、ジャンルの壁を乗り越え、偏見を克服し、ついにはアメリカ文学史に名を刻んだのは、ひとえにその特異な才能のおかげ。ブラッドベリはホラーやミステリといったジャンル小説の熱心な読者であり、その定型を愛しているのだが、いざ書く段になると、かならず定型からはみ出してしまう。というか、その強烈な個性が定型におさまりきらないのだ。したがって、なにを書いても「ブラッドベリ印」の作品になってしまう。とすれば、ジャンルの壁を乗り越えたのではなく、「ブラッドベリというジャンル」を創りあげたのかもしれない。すくなくとも、ジャンル小説も、そうでない小説も同じ流儀で書かれていることはたしかだ。
 これだけの大物であり、しかも多作とあれば、傑作集がたくさん編まれていても不思議はない。ところが、意外なことに、その作品世界を気軽に概観できる本はほとんどない。どれも傾向が偏っているか、大部すぎるかなのだ。
 たとえば、本文庫におさめられた『ウは宇宙船のウ』(一九六二)と『スは宇宙(スペース)のス』(一九六六)は、最初から二冊セットで企画されており、ヤングアダルト向けにSFとファタンシーを精選した内容となっている。あるいは、最新の傑作集 Bradbury Stories: 100 of His Most Celebrated Tales (2003) は、その名のとおり、ブラッドベリの傑作短編を百も集めたものだが、やはり百編を集めた傑作集The Stories of Ray Bradbury (1980) との重複を避けたというしろもの。いずれにしろ、「これ一冊でOK」というにはほど遠い。
 そんななか、「これ一冊でOK」という存在にいちばん近いと思われるのが本書だ。最大の特徴は著者自選であること。一九四五年発表の怪奇小説から、一九六三年発表の純文学まで、さまざまな媒体に載った、さまざまな傾向の作品が満遍なく選ばれているところを見れば、ブラッドベリ自身がその作品世界をコンパクトにまとめようとした意図がうかがえる。じっさい、「草原」「万華鏡」「霧笛」といった自他ともに認めるSF系の代表作が並ぶいっぽう、「小ねずみ夫婦」「日と影」「すばらしき白服」といった知名度の劣る純文学系の秀作が選ばれているのが注目に値する。
 さらにブラッドベリらしいのは、「たんぽぽのお酒」の表題のもと、同題の連作長編から四つの章を抜粋していることだ。いささか変則的な形だが、これがなければ自分の作品世界に穴があくと感じたのだろう。その意味で、本書はブラッドベリ自身によるブラッドベリ世界のショーケースなのだ。
 申し遅れたが、本書は The Vintage Bradbury (Vintage, 1965) の全訳である。原書は現代文学の一線級をそろえた叢書〈ヴィンテージ・ブックス〉の一冊。ブラッドベリが、フォークナー、ナボコフ、アップダイク、スタイロンらと肩を並べたわけだ。ちなみに序文を書いているギルバート・ハイエットは、イギリス生まれでアメリカに帰化した人文学者で、ブック・オブ・ザ・マンス・クラブの選定委員を務めていたという経歴が示すとおり、アメリカの読書界に影響力があった人である。
 ご存じの方も多いだろうが、同じ『万華鏡』という訳題で、サンリオSF文庫から川本三郎訳が出たことがある。同書は一九七八年の同文庫創刊ラインナップの一冊で、何度か版を重ねたが、一九八七年の同文庫廃刊にともなって絶版となっていた。ブラッドベリ入門に最適の一冊を埋もれさせておくのは惜しい、という東京創元社編集部の英断により、今回約四十年ぶりに新訳として生まれ変わったわけだ。
(以下、各編解説は『万華鏡』巻末をご覧ください)


【収録作品】
「アンリ・マチスのポーカー・チップの目」
「草原」
「歓迎と別離」
「メランコリイの妙薬」
「鉢の底の果物」
「イラ」
「小ねずみ夫婦」
「小さな暗殺者」
「国歌演奏短距離走者」
「すると岩が叫んだ」
「見えない少年」
「夜の邂逅」
「狐と森」
「骨」
「たんぽぽのお酒」
 「イルミネーション」
 「たんぽぽのお酒」
 「彫像」
 「夢見るための緑のお酒」
「万華鏡」
「日と影」
「刺青の男」
「霧笛」
「こびと」
「熱にうかされて」
「すばらしき白服」
「やさしく雨ぞ降りしきる」


■ 中村融(なかむら・とおる)
1960年生まれ。中央大学卒業。SF・ファンタジイ翻訳家、研究家、アンソロジスト。主な訳書に、ウェルズ『宇宙戦争』『モロー博士の島』ハワード《新訂版コナン・シリーズ》など、また主な編著に『影が行く』『地球の静止する日』『時の娘』『時を生きる種族』《奇想コレクション》シリーズ(河出書房新社)などがある。





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