Science Fiction

2014.09.05

中村仁美/ガース・ニクス『銀河帝国を継ぐ者』訳者あとがき(全文)[2014年9月]

中村仁美 hitomi NAKAMURA


銀河帝国を継ぐ者
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 広大なる銀河帝国を舞台に繰り広げられる、一人の少年の大冒険活劇の世界に、ようこそ!
 本書は、ハーパーコリンズ社より二〇一二年に刊行されたガース・ニクスのA Confusion of Princesの全訳です。

 ぼくの名前はケムリ。広大な銀河帝国を統べる一千万人のプリンス(日本語だと“皇子”って言うより“大公”って感じかな)の一人だ。十七歳になって、子供時代を過ごした〈寺院〉から出ることを許されたときには、すごくわくわくした。きっとお気に入りの〈体験型(シミュレーション)〉伝記で読んだみたいな、スマートな航宙艦に乗って宇宙を翔ける、すばらしい冒険が待っているんだ……。

 ところが、現実はなかなか想像したようにはいきません。このあと、ケムリは不本意ながら航宙軍士官学校に入学するのですが、そこに行きつくまでが大変でした。入学後も、なんども危機におちいり、ようやく昇進したと思ったら、こんどは辺境の補給基地に飛ばされ……次から次へと降りかかる困難を乗りこえて、はたしてケムリは至高の玉座につくことができるのでしょうか?
 本書は、まさしく手に汗握る正統派スペース・オペラといえるでしょう。献辞には「ロバート・ハインラインとアンドレ・ノートンに捧ぐ」と、記されています。この二人の作品が好きな方なら、きっとプリンス・ケムリの世界を気に入っていただけると思います。著者も若い頃からこの二人の大ファンで、大きな影響を受けたと言っています。さらに、競合関係にあるたくさんのプリンスや、徐々に明らかになる隠された宇宙の真実、といった背景設定には、ロジャー・ゼラズニイの《アンバーの九王子》シリーズの影響もあるようです。また、近未来の地球(もしくはその周辺)を舞台とするのではなく、ハイ・ファンタジーのようにまるで異なる世界を描いたという意味では、「遠い昔、はるか彼方の銀河系で……」ではじまる《スター・ウォーズ》に近いものがあると言ってもいいでしょう。冒頭で語られる帝国の巨大戦艦に乗ってやってきた奉仕者(プリースト)がプリンス候補に選ばれた赤ん坊を連れ去るシーンなど、SFXを駆使した大スクリーンの映像で見たらすごいだろうな、と想像してしまいます。

 ガース・ニクスは一九六三年、オーストラリアはメルボルンの生まれ。キャンベラ大学を卒業後、書店経営者、書籍のセールス、出版社の営業担当、編集者、マーケッティング・コンサルタント、著作権エージェントなどの職を経て、二〇〇一年にフルタイムの作家になりました。自分がオーストラリア出身であることについて、著者は、「オーストラリアはアメリカとイギリスの文化が混合する場所。わたしたちは英米両方のテレビ番組、出版物、SF、ファンタジーなどのいいとこ取りができるというありがたい立場にあった」と述べています。今も家族とともにシドニーに住んでいますが、これはインターネットの普及でイギリスやアメリカ在住でなくても仕事ができるようになったおかげだそうです。
 ファースト・ネームが“回廊で囲まれた中庭”という意味のガースで、ラスト・ネームがニクス(否定の“ノー”と同じ意味)――ファンタジーの設定を思わせる名前は、「ペンネームなのでは、といつも尋ねられるが、本名」なのだそうです。
 日本ではヤングアダルト向けのファンタジー、『サブリエル 冥界の扉』をはじめとする《古王国記》シリーズや、《セブンスタワー 第七の塔》シリーズ、アーサー王伝説を下敷きにした《王国の鍵》シリーズなどで有名です。ニューヨーク・タイムズ紙、パブリッシャーズ・ウィークリー誌、ガーディアン誌などのベストセラー・リストに載ったこれらの作品は、三十九カ国語に訳されて、英語圏のみならず世界中の読者に愛されています。
 ファンタジー界の超売れっ子がなぜSFを? と思われる方も多いでしょうが、本書を刊行した直後のインタビューで著者は、「どちらのジャンルも好きだし、どちらか一方のジャンルを選ばなくてはいけないとは思わない」と答えています。「特にSFを書こうと意識したわけではないが、このストーリーの場合、たまたまSFの設定がピッタリきただけだ」とも言っています。最初に雑誌に売れた短編が、近未来の荒廃したアメリカを舞台にした戦闘・カーアクション小説という経歴からしても、たまたまはじめてベストセラーになったのがファンタジーだったので、主としてファンタジーを書くようになっただけで、もしSF作品(たとえば一九九七年に発表したShade's Children 日本未訳)が先にヒットしていたら、SF作家になっていたかもしれないのです。
 
 ガース・ニクスの作品の特徴は、圧倒的な世界観と細かく作りこまれた設定の妙にあります(もっとも、最初から詳細な設定を準備するわけではなく、ストーリーを書いているうちに自然にできあがってくるのだそうですが)。とりわけ本書では、たったひとつの作品の中にあまりにもたくさんの設定や背景が盛り込まれているので、一冊で終わってしまうのはもったいないくらいです。この世界観で少なくとも三部作くらいは書けるのでは、と思ってしまうのは訳者だけでしょうか。
 本書について著者は、「典型的な少年の成長を描いた物語、ビルドゥングスロマンであると同時に、主人公が非人間的な超人から人間になる物語でもある」と述べています。また、「主人公が海軍士官なので、当然、C・S・フォレスター的な要素も入っている」とのこと。実際、スペース・オペラの最大の魅力のひとつである宇宙での戦闘場面は、帆船の時代の海戦を思わせるエキサイティングな展開で読者を惹きつけます。ただし著者によると、「魅惑的な設定も圧巻の戦闘シーンも、すべてケムリの物語を書くために必要だったから生まれたもので、中心にあるのはあくまでストーリー」なのだそうです。
 ところでこの作品は、当初、小説と同じ設定の世界を舞台にした《インペリアル・ギャラクシー》というオンライン・ゲームと連動して出版されるはずでした。ですが、ちょうどテスト段階が終わり、ゲームを本格的に開発しようというときにリーマン・ショックが起きて資金が集まらず、ゲームはお蔵入りになりました。興味のある方は、imperialgalaxy.comにベータ版があるので、のぞいてみてください。
 著者は本作について「続編を書くつもりはない」と言っています。次作はまたファンタジーになる予定だそうです。とはいえ、もともとジャンルにこだわらない熟練のストーリーテラーのこと、きっとまたいつか、魅力満載のSF作品を届けてくれるに違いありません。楽しみに待つことにしましょう。

(2014年9月5日)


■ 中村仁美(なかむら・ひとみ)
東京大学文学科卒。英米文学翻訳家。訳書に、ケイジ・ベイカー『黒き計画、白き騎士』、デイヴィッド・ウェーバー『反逆者の月』、タニア・ハフ『栄光の〈連邦〉宙兵隊』、共訳にイアン・マクドナルド『サイバラバード・デイズ』ほか多数。



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