Science Fiction

2014.10.21

門田充宏「Connecting the dots.」【第5回創元SF短編賞受賞記念エッセイ】

門田充宏 mitsuhiro MONDEN


 スタンフォード大学の卒業式で行ったスピーチで、スティーブ・ジョブズが最初に述べたのが「点を繋げること」だった。未来に向かっては点を繋ぐことはできない、点は過去に向かってしか繋げられない。だから、今やっていることがいつか未来に繋がると信じてください。それがいつか人生を一変させるでしょう。
 ジョブズと違って至って平凡な私は、自分が途切れ途切れに、細々とSF小説を書き続けていたとき、それが未来に繋がるとは信じていなかった。プロの小説家になれたらいいなという気持ちはもちろんあったけれど、それはいつか宇宙旅行がしてみたいというのと同じレベルの夢であって、本当にそれを実現させる能力が自分にあるとは思っていなかった。それなのにSFを書き続け、僥倖にも創元SF短編賞を受賞することができたのは、お前のその点は未来に繋がっていると、かつて言ってくれた人がいたからだ。

 小説らしきものを初めて書いたのは、大阪に住んでいた小学生時代、「物語を書く」という国語の授業でのことだった。当時コテコテの大阪弁で日記や詩を書いては先生に褒められていた私は、それだけで自分は作文がうまいと根拠のない自信に溢れていた。その実力を如何なく発揮して傑作を書こうと張り切って、私は級友が原稿用紙数枚に悪戦苦闘するのを尻目に、休憩時間も昼休みも使って二十枚という小学生にしては長い話を書き上げた。
 内容はともかくそのボリュームが目を引いたのだろう、次の国語の授業で担任の先生が読み上げる「よく書けた作品」の大トリに選ばれ、私は鼻高々だった。……実際にそれが読み上げられるまでは。
 書き終えた時にはよく書けたと密かに抱いていた自信は、先生の声で読み上げられるのを聞いた途端、木っ端微塵に粉砕された。わざわざ褒めに来てくれた級友もいたが、自分が書きたいものと、実際に書けるものとの間にある巨大な断層に気づいてしまった私は、上の空だったと思う。

 それでも小説を書くのは楽しかったから、小遣いで原稿用紙を買って、人に隠れてコソコソ書くことは続けていた。人に見せられるレベルだとはもちろん思っていなかったし、大長編の最初の十ページだけ書いてほったらかしにする、というようなことを繰り返してはそれで満足していたのだから、実際のところ内容もたいしたものではなかった。
 ただそれでも、お陰で文章を書くのは早くなったし、量を書くのも苦でなくなった。北海道で中学生だったとき、国語の教師から「中学生のための創作文コンクール」というのがあるから何か書け、と言われたのはたぶんそれが理由だ。小説みたいなものを書いている、なんてことは恥ずかしくてずっと内緒にしていたのだから。
 全国的に校内暴力が問題になって、それに対処するため校則も教師も厳しかったころだ。小心者の私に教師の指示を断るという発想はなく、素直に二十枚ほどの短編を書き上げた。書いたのは、奇妙な風習を持つ一族の跡取りが死に、しかしその精神は自分の子供である胎児に転生して……というような非常に暗い調子の物語。そのころ主に読んでいたのは〈ムツゴロウ〉シリーズや〈どくとるマンボウ〉シリーズなどのエッセイばかりだったはずで、なんでこんな話を書いたのか全く思い出せない。
 そんな話を提出された教師も判断に困ったようで、他の先生の意見も聞くからといったん保留にされた。幸い、読んだ先生の一人がなかなか面白いSFだ、と言ってくれたことでその作品はそのままコンクールに出されることになった。(自分が書くものがどうやらSFというカテゴリに属するらしい、というのを知ったのはこのときが初めてだった)
 とにかくも書き上げて教師に対する義務は果たした。中学生とはいえ、全国で見れば将来プロになるような人間もいるのだろうし、自分の作品がどうこうなるとは思っていなかった。選ばれたらいいなとはもちろん思ったが、自意識過剰な中学生であっても、それはいつかプロになれたらいいなというのと同じ、口にするのは恥ずかしい、非現実的な妄想だという自覚はあった。

 コンクールへの応募などそろそろ忘れたころになって、私の作品が入選した、という連絡があった。正直嬉しかったが、幸い天狗になったりせずに済んだ。受賞・入選作品集が送られてきたからだ。
 最優秀作品に選ばれていたのは中三の女子生徒の作品だった。中学生の日常生活をベースにしつつ、主人公の理性とエゴの葛藤が巧みに描写されていて、他の入賞者とは一線を画しているのが明らかだった。あまりの差の大きさに、なるほどこういう人が将来プロになるのだな、と思うばかりだった。
 また、他の作品もみな日常生活をベースに書かれていて、終わりの方に載っていた私の作品が明らかに浮いていたのも、私が調子に乗らずに済んだ理由の一つだった。まあそこそこに書けて、少し変わっていたから目立ったんだろうと考え、私は自分の結果に納得した。
 そんな本人の拗ねた考えとは関係なく、国語の教師は教え子の入選を喜んでくれて、掲載された私の作品のコピーをとってクラスで回覧してくれた。嬉しい反面、でももっと上の人がいるしな、とも思っていた。

 ある日の放課後のことだった。どうしてそんなシチュエーションになったのか覚えていないが、教室には国語の教師と、私と、それからサッカー部のエースで熱血漢で正義漢の……つまり男子からも女子からも人気者の、Sくんの三人だけが残っていた。
 Sくんが不意に、お前の小説読んだぜ、すんごい面白かった、と言ってくれた。私はたぶん、ああ、とかうん、とか、嬉しいような恥ずかしいような、しかしどこか他人事のような反応しかできなかったと思う。
 Sくんはそんな私の微妙な反応など全く気にせず、まっすぐに私の顔を見てこう言った。

 お前絶対小説家になれるよ。将来お前の本が出たら、俺絶対買って読むからさ、教えてくれよ。

 いつかプロになりたいと、心の底ではずっと思っていた。
 でも、自分にはそれだけの才能はないと、そんなことを口にするのは傲慢すぎると、そうも思っていた。
 Sくん。
 君は覚えているだろうか。
 途切れ途切れでも小説を書き続けてこられたのは、僕が自分を信じていたからじゃない。自分が中途半端なのは、嫌と言うほどよくわかっていたんだ。それでもやめずにいられたのは、君があの日、ああ言ってくれたからだ。君の言葉が、僕の点を将来に繋いでくれた。

 あのとき、ちゃんと言えたかどうか、もう覚えていない。だから今、改めて言わせてもらえるだろうか。
 ほんとうに、どうもありがとう。


(2014年10月21日)


■ 門田充宏(もんでん・みつひろ)
1967年、北海道根室市生まれ、東京在住。現在会社員。2014年、「風牙」で第5回創元SF短編賞を受賞(高島雄哉「ランドスケープと夏の定理」と同時受賞)。



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