Science Fiction

2015.12.07

ガレス・L・パウエル『ガンメタル・ゴースト』(三角和代 訳)訳者あとがき(全文)[2015年12月]

三角和代 kazuyo MISUMI


ガンメタル・ゴースト
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 本邦初紹介の作家による痛快冒険SFです。人工脳で身体能力強化、人格バックアップメモリ、仮想&拡張現実、棒術使い、幽霊、飛行機乗り(※猿)、若き皇太子、美しきパリジェンヌ、RPG、ティーンの天才ハッカー、やり手のお妃、マッド・サイエンティスト、ニンジャ、カルト教団、超大型原子力飛行船、火星入植計画、美老人風味の提督、ドッグファイト、アクション!、国家を揺るがし、人類の存亡にさえ関わる陰謀といった素敵な要素を欲張りに盛りこんだ、うまいもの全部載せのパフェみたいな作品なのです。
 あらすじを少々。イギリスとフランスが統一されて連合王国となった近未来の世界を舞台に、三つの視点がやがてひとつにまとまる形で物語は進行します。
 元記者のヴィクトリアは、夫殺害の知らせを受けてロンドンに駆けつける。彼女は事故で頭部に瀕死の重傷を負って以来人工脳を装着しているのだが、その人工脳を扱う科学者である夫とうまくいかなくなり別居、いつか夫婦の溝が埋まることを願いつつ、飛行船テレシコーヴァ号の居候となっていた。ヴィクトリアが悲しみに暮れる暇もなく、彼女自身に危険と〈笑い男〉の影が迫る。
 イギリス空軍エース・パイロットである“高射砲(アクアク)”マカークは不死身の強者。今日もドイツ機をいなして無事に基地へ生還し、軽口で強気を演じるが、戦いを繰り返す毎日と、周囲の若い兵士たちが次々と戦死していくことに身体は疲れて心はすり減り、虚しさを覚えていた。自分の存在に疑問を覚えるほどに。
 英仏連合王国の皇太子メロヴィクも疲れていた。暗殺未遂事件が起こって国王である父が昏睡状態となり、近い将来王位を継承する重圧を感じながら、公式行事に追われる日々が続いている。統一百周年の記念式典が目の前に迫っているからだ。ただひとつの楽しみは、パリの同じ大学に通うジュリーとのデート。けれど、ジュリーの課外活動につきあったことがきっかけで、思ってもみなかったみずからの出生の秘密に直面する。
 まだるっこしさとは無縁、速いテンポが魅力です。手数を惜しまず次々に技を繰りだす小気味よさが満載。気楽に手に取れるこれぞ娯楽作品なのですが、語り手たちが脳を置き換えられて、本来のアイデンティティを奪われて、あるいは立場上、行動を制限されて、自分とはいったい何ぞや?と葛藤する場面もあり、これだけ盛ったのにバランスがいい。著者は『タンク・ガール』ミーツ『ニューロマンサー』という評を目にして、ドタバタ喜劇とシリアスな展望のSFをミックスした本作の形容として嬉しく思ったとのこと。キャラ、もちろん立ってます。長棒(クォータースタッフ)を操り、文字どおりの意味で人に頭のなかをいじられてもへこたれないヴィクトリアの凛々しさ。そして作品の顔、眼帯に葉巻に二丁リボルヴァーというハードボイルド野郎でありながら猿だというマカークの愛嬌。ガールフレンドに翻弄される悩める皇太子のロマンスの行方もお忘れなく。歴史改変ものならではの、細部にこだわった現実との違いにイギリス人の負けん気を感じる部分もあって、訳していて楽しい作品でした。サンキュー、ガレス。
 著者のガレス・L・パウエルは一九七〇年、イングランド南西部のブリストル生まれ。グラモーガン大学(現サウス・ウェールズ大学)で人文科学と創作を学び、大手ソフトウェア会社に勤務。若い頃からSFを読み漁っていた彼は作家になる夢を抱き、〈インターゾーン〉、〈ソラリス・ライジング3〉などに短篇を執筆し、そのうち一本が二〇〇七年度インターゾーン読者賞受賞となり、こちらを下敷きにして本書が誕生、二〇一三年度の英国SF協会賞に輝きました(創元SF文庫より十一月刊行のアン・レッキー『叛逆航路』と同時受賞)。二〇〇八年に会社を辞め、小説のほかにアラン・ムーアやニール・ゲイマンらが執筆するイギリスの週刊コミック誌〈2000AD〉でコミックを描き、複数の大学でゲスト講師を務め、〈アイリッシュ・タイムズ〉、〈アコースティック・マガジン〉、〈SFX〉でインタビューや書評を担当しています。現在は家族とブリストル近郊に在住。彼を形作った四冊は、十七歳で初めて手にして鮮やかな筆致と喚起力の高さに夢中になったジャック・ケルアック『オン・ザ・ロード』、SFの書きかたを模索していた頃に読み、ジャンルへの敬愛と同時に斬新さを感じて雷に打たれたようになり最大の影響を受けたウィリアム・ギブスン『クローム襲撃』、SFの豊かさを再認識させてくれたイアン・M・バンクス Consider Phlebas、作家になることを夢見ながらまったく違う仕事をして、ここに描かれたシンプルな暮らしに自分も逃避したいと思いながら、何度も読み返して初心を忘れない原動力としたダグラス・クープランド『ジェネレーションX』であることのこと。十六歳のとき、初めて書いた短篇を見てもらいながらダイアナ・ウィン・ジョーンズとコーヒーを飲んだこともあるそうですよ。

〈著作リスト〉
◎長篇
Silversands (Pendragon Press, 2010)
The Recollection (Solaris Books, 2011)
Macaque Trilogy:
Ack-Ack Macaque (Solaris Books, 2013) 本書
Hive Monkey (Solaris Books, 2014) シリーズ第二作
Macaque Attack (Solaris Books, 2015) シリーズ第三作
◎短篇集
The Last Reef and Other Stories (Elastic Press, 2008)
The New Ships (2017予定)
他、雑誌等掲載の短篇多数

 もともとツェッペリン飛行船内で殺人事件が発生するという着想があり、そこに短篇で人気を博したアクアク・マカークを合体させて誕生したというこのシリーズは三部作。次作以降の訳書刊行は現時点では未定なので少し内容を紹介しておきましょう。
 Hive Monkeyは本書から一年後の世界が舞台。今度はパラレル・ワールドが登場。「きみはひとりじゃない。ソウル・キャッチャー(人格バックアップメモリ)で意識を共有してつながろう!」が合言葉の怪しげな白装束団体〈ゲシュタルト〉が勢力を伸ばしていて、なぜかしつこくアクアク・マカークを勧誘してきます。もちろん突っぱねるマカークですが、世界でただ一匹のしゃべる猿である彼は孤独をひしひしと感じてもいて、心が動かないといえば嘘になる。成熟した彼は、仲間はいても自分が異質だと感じずにいられなくなったから。
 そこから二年後を描いたMacaque Attackでは本書の敵役であるあの人たちが再登場。群れを率いるようになったアクアク・マカークにはあたらしい悩みが生まれ、ヴィクトリアは避けられない別れに直面し、惑星からの攻撃や謎の未確認飛行物体の出現が描かれ、書きたくて仕方がないのをぐっと堪えますが、よもやの展開が待ち受けているのです。おまけにシリーズ外の宇宙SF The Recollectionとリンクしている(こちらからの流れがまたいいの)という凝った作品なので、ぜひみなさまにお届けしたいところ。


(2015年12月5日)


■ 三角和代(みすみ・かずよ)
1965年福岡県生まれ。西南学院大学文学部外国語科卒。英米文学翻訳家。訳書にキジ・ジョンスン『霧に橋を架ける』、ジョン・ディクスン・カー『テニスコートの殺人』『曲がった蝶番』他多数。



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