Science Fiction

2015.08.05

三村美衣/菅浩江『プリズムの瞳』解説(全文)

ロボットが残した九枚の絵

三村美衣 mii MIMURA


プリズムの瞳
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 今年の一月、千葉県で行われたある合同葬儀が話題となった。
 犬型のエンターテインメント・ロボットAIBOの葬儀だ。AIBOは一九九九年の販売開始から二〇〇六年の生産終了までに、十五万台が世に送り出された。しかしメーカーは、部品の保有期間が終了した二〇一四年三月に、サポート窓口を閉鎖。その結果、AIBOの飼い主たちは、身体に不具合を抱えた愛犬を前に、途方にくれることとなった。シニアエンジニアが中心のビンテージ機器修理工房で、AIBOの修理も引き受けるところが現れたが、既に入手困難な部品もあり、直すことのできない個体も多い。
 そこで行われたのがAIBO合同葬儀だ。この葬儀で弔われたAIBOは、修理待ちの個体の治療や延命のためにパーツのドナーとなるのだ。
 なんという既視感! AIBOと飼い主の精神的な繋がりや、それを救おうとするシニア技術者の姿は、本書に登場する老人ホーム〈曙光の家〉の人々のエピソードと重なるではないか。

 本書、『プリズムの瞳』は、人間とロボットの共存の可能性を探る時代の世情を描いた、連作短編集である。雑誌〈ミステリーズ!〉vol.01(二〇〇三年六月)からvol.19(二〇〇六年十月)にわたって掲載された九本の短編に、ブリッジ部分を加えて、二〇〇七年に東京創元社より単行本として刊行された。
 物語の設定は、ほぼ現代と言ってもよいような極めて近い未来だ。
 長きにわたる研究・開発の努力が実を結び、二種類の人型ロボットが実社会に実験的に投入された。ひとつは、人間の感情を分析し受け応えを行う能力を備えた"感情型"の〈フィー・タイプ〉。もうひとつが、医療や製造、工芸などそれぞれの分野に特化した能力を持つ"専門型"の〈ピイ・タイプ〉だ。しかし、人々に寄り添って癒やしを与えたり、生活を手助けするはずだったフィーは、人間の感情を模すように作られたが故に、様々な誤解や問題を生み、早々に回収・解体されてしまう。そして専門的な仕事を引き受ける道具であるはずのピイもまた、人間の妬みや被害妄想、仕事を奪われるのではないかという危惧など、さまざまな拒絶反応を呼び起こし、結局人間とロボットの共存を目したプロジェクトは、短期間で打ち切られることになる。
 ところがこの計画は、社会に奇妙な遺産を残した。
 それが、絵描きのピイだ。
 一旦、全てのロボットを回収した〈ピイ・プロジェクト委員会〉は、各分野の専門家として作られたはずの〈ピイ・タイプ〉に、「絵描き」という毒にも薬にもならない新たな仕事を与え、再び人間社会に戻した。一・五メートル四方の空間の専有を許されたピイは、各地を放浪し、思い思いの場所でイーゼルを立てて絵を描く。しかし、都会の片隅だろうと、田園風景の中でだろうと、姿勢を崩すことなくイーゼルに向かうピイは風景にいまひとつ溶けこむことがない。愚にもつかない絵描きとなってもなお、ロボットは人々の心をかき乱す。ホームレス狩りのようにピイを襲撃する少年たちや、ピイを壊すことで日頃の鬱憤を解消しようとする人がいる一方で、彼らを心の支えとし、傷ついた身体をなんとか直そうとする老人たちも存在した……。
 本書の根幹をなす二系統のロボットは、菅浩江が長く温めてきたアイデアだ。
 フィーの初登場は、なんと一九八一年にまで遡る。同人誌〈星群〉四十二号(一九八一年五月)に発表した「夏の終わり」がそれだ。デビュー作となった「ブルー・フライト」『そばかすのフィギュア』所収)の直後に発表したこの作品は、アメリカ西部のカントリースタイルの古い家で、家事ロボットのフィーが窓を全て開け放ち大掃除をしている姿から語り起こされる。この家で育った最後の娘が、明日、恋人の元に向かうためにロケットで宇宙に旅立ち、この家から人間はいなくなり、フィーだけが残される。他の家に再就職するという選択肢もあったが、記憶がリセットされることを嫌ったフィーは、いつ帰るのかもわからない主人を待つことを選ぶ。彼女は、翌日、窓辺の椅子に座り、空に吸い込まれていくその夏最後の打ち上げロケットを見送った後、自ら停止ボタンを押して長い眠りに入る。
 当時、高校生だった菅浩江が、レイ・ブラッドベリの「ロケットの夏」『火星年代記』所収)と「初期の終わり」『ウは宇宙船のウ』所収)、「ぬいとり」『太陽の黄金の林檎』所収)からインスパイアされた叙情的なイメージに、ロボットテーマを融合させ、意気揚々と宇宙に旅立つ主人を見送るロボットの誇らしさと寂しさと切なさを、瑞々しい筆致で綴った。原稿用紙にして僅か八枚の掌編だが、SFならではの風景が心に残る作品だ。
 このロボットのアイデアは菅浩江の中で徐々に膨らんでいったのだろう、プロの作家となった彼女はやがて「カーマイン・レッド」〈SFアドベンチャー〉一九九一年四月号初出/『そばかすのフィギュア』所収)でフィーと対になるピイを誕生させ、さらに同じ設定で「ダンデライオン・イエロー」(桃園書房〈小説club〉四十六号 一九九三年十一月掲載)を発表する。そしてその後『永遠の森 博物館惑星』で、モノと人間の関係、美とは、芸術とは何かという問題に、脳科学や先端技術からアプローチし思索を深めた彼女が手がけたのが本書なのだ。
 菅浩江のSF短編は、伝統や芸術や感情を科学で解体し、解き明かしてもなお残る、秘めたる人の情念や心の闇を露呈させる。優しくて残酷で、はんなりといけず。骨の髄まで京女みたいな作風(作風の話ですよ!)が、堪えられない魅力だ。『プリズムの瞳』でも、ピイに感情移入して悲しめれば気持よくなれるのに、随所で彼らが道具でしかないという事実をつきつけてくる。
 しかしピイとの関わりを持ってしまった登場人物たちは、機械だと知っていても、ピイがどう思っているかを気にしてしまう。ピイの瞳を覗きこんだところで、そこにあるのは自分自身の投影にすぎないのだが、それに気が付くことができない。人はたいてい嘘つきだ。必ずしも悪意で人を陥れようというわけではない。悲しみや、苦しみや、捌け口のない鬱屈を抱え、楽になるために自分をも騙す嘘をつくのだ。ところがピイに感情をぶつけると、その反射によって自分の嘘を直視することになる。
 もしピイが四角い機械であったなら、誰もそこに感情を読み取ろうとはしないだろう。これが人型故のマジックだ。電卓の方が計算速いこと、車が人より速いことに不快感を示す人はいない。機械が専門的な処理においては人間よりも力を発揮することを、人はすでに身を持もって経験し、受け入れている。しかし人型のロボットが職場にあらわれ、自分の隣の席で仕事をはじめたとたん人はまるで自分の尊厳が傷つけられたかのような不快感を示しはじめる。ときには、ロボットが人間を凌駕する存在になるのではないかという恐怖からさらにピイを忌み嫌う。その不快感や恐怖はピイになんの責任もないことであり、不当な感情であることも自覚しているだけに、人はますます居心地が悪くなる。
 そしてピイを恨み、自らの感情の醜さに直面できず、彼らを排除しようとする。
 
 単行本化に際して加筆されたブリッジストーリーの謎の語り手は、このピイに対する人々の過剰な反応に警告を繰り返す。
 もし虚飾を剥ぎ取られた自分を否定するのではなく、受け入れることさえできれば、人間もそしてロボットももっと先の世界へと踏み出すことができるのに――と。
 そんなロボットと人間が共存する新しい社会が訪れたときに、人々はこの時代を過渡期として振り返ることになるのだろう。ピイの絵を見て、人間とロボットの歩んできた道を知るのだ。
 そのときようやくピイはその役割を終え、物語は本当の意味で幕を下ろすことになる。

(2015年8月5日)


三村美衣(みむら・みい)
1962年生まれ。書評家。長年〈SFマガジン〉の書評頁でファンタジー欄を担当し、現在は〈冥〉で書評コーナーを担当。著書に『ライトノベル☆めった斬り!』(大森望との共著)がある。



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