◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
SF奇書はまだまだ世に出続けている。
埋もれているものも、たくさんあるだろう。

北原尚彦 naohiko KITAHARA


●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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 『SF奇書天外REACT』も、この第三十回で最終回を迎えることとなった。これで最後なので、四つの部門を詰め込ませて頂いた。全体として統一感に欠けるが、どうかご容赦頂きたい。

(一)児童向け科学解説

原子の踊り
『原子の踊り』
 まずは前回からの児童書つながりで、子どもでも科学を理解できるよう、物語風に科学解説した木村恒行『原子の踊り』(文理書院/一九四八年)を紹介しよう。なんともいいタイトルだ。馴染みの古本屋さんで、「これ北原さん向けじゃないですか」と出されたもの。向けです、向けです。喜んで買わせて頂きます。
 副題には「童話風に書かれた科学の話」とある。判り易いですね。あるところに宝石好きの王様がいた。――と聞くと、がめつくて嫌われ者かと思いきや、徳が高くて慕われている王様だという。領地で見つかった宝石が献上されると、御馳走で歓待した上にお返しのお土産をたくさんあげるのだ。
 まずは第一話から。ある日、届いたばかりの宝石を、家来が落として割ってしまう。王様は家来を叱らず、割れた石に見入っていた。それに見覚えがあったのだ。王様は倉を三日間捜索して、同じ石を見つけた……。その後の解説によると、世の中の物は違う形をしていても、どれも原子から出来ている、ということを現わしているのだそうだ。これで子ども、原子を理解するかなあ。
 この王様、最初のイラストだとわしゃわしゃっとした筆致で描かれているため、何かの精とか怪物とかなのかと思ったけど、どうやら人間らしい。
 王様は、宝石を落とした家来に手伝わせて、倉の宝石を片っ端から割っては、中からどんな石が出て来るかを調べた。……って、モッタイナイですねえ。で、その出て来る石を棚に整理するのが周期律表の説明になったり、石と石がくっついてしまうのが化合物の説明になったり。
 また森で小人たちが輪になって踊るダンスを披露してくれるのだが、これが原子核と電子の説明になったり。……但し物語だけでは何のことやら分からないので、後で解説が入ります。
 そのものずばりの「原子ちゃん」が登場して、輪になって踊るとかそういうのを期待してたので、ちょっとがっかり。……とはいえタイトルと絵が秀逸なので、よしとします。後半、石が爆発して山ごと悪者たちが吹き飛ぶ、というところもあるし。これはもちろん、核爆発のことでした。
 作者は工学博士で東京工業大学の講師も務めた木村恒行(一九一〇~)。工学系の著作があるほか、同じ文理書院からもう一冊『やさしい原子の話』(一九四九年)を出している。もしかしたら『原子の踊り』の続篇、もしくは改題版かもしれない。自分の宿題としておきます。
 独特なイラストを描いているのは、一水会会員で岡田賞受賞の画家・木村辰彦(一九一六~七三)。同姓だな、と思ったら木村恒行の末弟だった。
小さな医学者
『小さな医学者』
 もう一冊、物語仕立ての児童向け科学解説書を。『小さな医学者』(妙義出版社/一九四九年)である。作者は正木不如丘(一八八七~一九六二)。医者であり、かつ探偵小説作家として有名な人物だ。「遺骨発見」のような、SF作品も書いている。最近、『正木不如丘探偵小説選1・2』(論創社・論創ミステリ叢書/二〇一二年)も出ました。
『小さな医学者』は色々なお話が幾つも入ってる形式。最初の「「くらげ」と「まぐろ」」は、海の中でクラゲとマグロが進化や人間の骨格について談義する。龍宮城に浦島太郎が来た時、クラゲは「私はエックス光線で、浦島太郎さんの骨を透かして見ましたよ。」だそうだ。
「ボタンの大旅行」は、太郎さんのシャツについている“ボタン”の一人称で語られる。『吾輩は猫である』 と同系列の、人間以外の一人称で物語られる、横田順彌さん言うところの“吾輩もの”だ。シャツに触れている太郎さんの皮膚の話から始まるが、太郎さんがボタンをうっかり飲み込んでしまい、消化器官の話になります。
「火事の話」も、“酸素”の一人称で、呼吸器官と血液の循環の説明。
「常陸山の心臓」は、アルコール漬けになっていた常陸山の心臓が、瓶から出てきて太郎さんと対話する話。夢オチですけどね。……常陸山というのは、明治期の相撲取りです。
「水の話」は、雨水とかバケツの水とか、色々な水が会議をする、衛生の話。
「女中のかわりをする器械」は、アメリカで開発された人造人間(ロボット)の話をマクラに、人間の脳について解説。
「人の腸に巣を食う虫」は、回虫とかぎょう虫とか、寄生虫たちが茶話会を開くというシロモノ。
「病気のマモノ」もそれに近い。真っ黒な着物を着て、角を持った六人の怪物が薄暗い森に集まって話をしていた。この怪物たちこそ、ほうそう(天然痘)とかジフテリアとか病気の魔物だったのである。最近の日本は天然痘などが発達して住みづらい、とか。
――以上のように、大半が奇想小説に分類し得る物語ばかり。それもバラエティに富んでいるので、これは読んでいて大満足。
子供生理衛生物語
『子供生理衛生物語』
 ただ、どうもこの内容に覚えがあるなあ……と自分の書庫をひっくり返してたら、「小学生全集」の六十九巻、正木不如丘『子供生理衛生物語』(興文社・文芸春秋社/昭和三年=一九二八年)が出てきた。中身を確認すると……あっ、『小さな医学者』はこれの戦後改題版だったのか!(正確には元版から数エピソードが除かれている。) 常陸山とか、どうも話題が古いと思ったら。納得です。

(二)SF詩

 続いては、詩の形態で書かれたSF、もしくはSFテイストのある詩――「SF詩」部門を紹介しよう。
亡霊
『亡霊』
 祝算之介『亡霊』(書肆ユリイカ/一九五五年)は、長篇叙事詩。ある時から、夜になると「戦争の亡霊」なるものが甦るようになった。ボロ外套を引きずった姿をしており、それに触れた人間は好戦的な強烈症状にかられ、凶暴化してしまうのだ。亡霊の群れは日中は影を潜めているが、夜になるとどこからか沸いてくるように現われて数を増し、街角から街角へと右往左往する。
 亡霊による被害件数は激増し、そのため対策委員会が作られる。有瀧又五郎はその指揮官として、毎夜、亡霊を追っていた。亡霊狩りの一団と、亡霊の群れとの戦いが、繰り広げられる。だがやがて、亡霊出現の真相が明らかになる……という、なかなか凄い話。刊行は、終戦からまだ十年という年。「戦争の亡霊」も何かメタファー的なものなのかもしれないが、触れた人間が凶暴化云々という辺りなど、結果的になんだかゾンビっぽいことになっている。
 作者の祝算之介(一九一五年生まれ)は、知る人ぞ知る詩人のようだ。他に『鬼 祝算之介詩集』(書肆ユリイカ/一九五三年)、『龍 祝算之介詩集』(私家版/一九五一年)などがある。
星雲分裂史
『星雲分裂史』
 服部嘉香『星雲分裂史』(昭森社/一九五八年)は、「宇宙時代の予言詩として」という副題が添えられている。主人公は新たなる造物主で、「新地球」を創造する過程が描かれる。新造物主は、男の地球、女の地球、悪人の地球を造ることにした。男の地球は造作なくできて、それは「一億年を一塊に縮めた星雲の一塊だった」。 女の地球では、性器のない女を創る。だが悪人だけの地球を造るのは至難の技だった。
 雰囲気を味わって頂くために、一部引用してみよう。

悪魔を払ふ手始めに
悪人地球と火星をぶッつけますよ
火星の人類は
第二の悪徳の臥床となるのだから

 ……こんな感じである。いかがだろうか。
 服部嘉香(一八八六年生まれ、一九七五年歿)は、詩の世界では有名な作家。明治期から昭和にかけて活動した詩人で、口語自由詩運動を進めた。早稲田大学などの教授も務めており、他に『創作童話 虹の橋まで』(同文館/大正十二年=一九二三年)、『幻影の花びら 服部嘉香抒情詩集』(長谷川書房/一九五三年)などの著作がある。現物は未見だが、ネット上の古書店に服部嘉香から中村忠直宛の署名本があった(高くて買えなかったのです)。中村忠直と言えばSF詩集『火星』で有名な作家で、横田順彌氏の『日本SFこてん古典』にも取り上げられている人物ではないか。その二人に親交があったとは、実に興味深い。
詩集・ロボット
『詩集・ロボット』
 深谷時男『詩集・ロボット』(宇宙時代社/一九六五年)は、タイトルそのものずばりの、ロボット・テーマの詩集。
 本作は、小説だと珍しい二人称「君」で語られる。君は、バネの関節で接続された箱から成るロボット。完成したロボットは、歩き続ける。テープレコーダーの口笛を吹き、炭素棒のチュウインガムを噛みながら。
 だが第二部で、ロボットは電源が切れてひっくり返ってしまう……。ロボットのような現代人――現代と言っても半世紀前だが――を揶揄しているのかもしれないが、明示はされていない。これも一部引用してみる。

この七色の
美しい真空放電よ
脱ぎ捨てられた街の向こうの
身じろぐ人造人間よ

 ……なかなかいい味を出しているではないか。
 本書は「中部日本詩人叢書」の第二十一篇。奥付に記されている作者の住所は愛知県だし、版元・宇宙時代出版部の所在地も名古屋、という地方出版物。版元名は実にSF的だが、この叢書以外の出版物は確認できなかった。
 奥付の略歴によると、深谷時男は一九三四年愛知県生まれ。愛知県の中学校勤務で、中部日本詩人連盟会員で、同じ「中部日本詩人叢書」から『孫悟空砂漠へ行く』(一九六四年)も出している。
詩集 X線
『詩集 X線』
 高部勝衛『詩集 X線』(六月社/一九五九年)は、科学技術(特にX線技術)をテーマにした詩集。ここまで紹介したSF詩は長い作品が多かったが、本書は完全に「詩集」である。ひとつひとつが短いので、ストーリー性よりもイメージを重視したものばかり。たとえば「星座」の書き出しを引用してみよう。

ベンゼン核。
ナフトール核。

雲状分子薄層の辺縁が
ニュートンリングに煌く。

絶対温度 0 の
液体ヘリウムの宇宙透明。

 ……科学的用語にロマンを感じる人には、たまらんのではないでしょうか。その他「1958の歳末」「地球よりの別離」など、SF的ビジョンに満ち溢れている。
 高部勝衛は一九二七年、兵庫県生まれ。大阪大学医学部卒の医学博士。医療関係に従事しており、本書収録の詩も国立療養所へ派遣されている際に書き綴ったものだという。ほかの著作に『詩集 鏡の中の瞳』(思潮社/一九六九年)、『詩集 透視』(みるめ書房/一九八九年)などがある。ごく最近も『詩集 のざらしの唄』(土曜美術社出版販売/二〇一一年)が出ている。
 以上のSF詩集は、いずれも古書即売会で見つけたもの。怪しい(SFっぽい)タイトルのものを一通り手に取り、中身を検分してちゃんとSF味がありそうなものは購入、という具合にゲットしてきた。しかし同じ古書即売会でも目録買いだと失敗もある。中山昌樹『詩集 宇宙の微笑』(新生堂/大正一五年=一九二六年)は、タイトルからしてSF詩集だろうと思って注文。見事当選し、買ってみたらこれが大ハズレでキリスト教系の詩集だったのであります。


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