埋もれているものも、たくさんあるだろう。
北原尚彦 naohiko KITAHARA
●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
【第1回|
第2回|
第3回|
第4回|
第5回|
第6回|
第7回|
第8回|
第9回|
第10回|
第11回|
第12回|
第13回|
第14回|
第15回|
第16回|
第17回|
第18回|
第19回|
第20回|
第21回|
第22回|
第23回|
第24回|
第25回|
第26回|
第27回|
第28回|
第29回】
『SF奇書天外REACT』も、この第三十回で最終回を迎えることとなった。これで最後なので、四つの部門を詰め込ませて頂いた。全体として統一感に欠けるが、どうかご容赦頂きたい。
(一)児童向け科学解説

副題には「童話風に書かれた科学の話」とある。判り易いですね。あるところに宝石好きの王様がいた。――と聞くと、がめつくて嫌われ者かと思いきや、徳が高くて慕われている王様だという。領地で見つかった宝石が献上されると、御馳走で歓待した上にお返しのお土産をたくさんあげるのだ。
まずは第一話から。ある日、届いたばかりの宝石を、家来が落として割ってしまう。王様は家来を叱らず、割れた石に見入っていた。それに見覚えがあったのだ。王様は倉を三日間捜索して、同じ石を見つけた……。その後の解説によると、世の中の物は違う形をしていても、どれも原子から出来ている、ということを現わしているのだそうだ。これで子ども、原子を理解するかなあ。
この王様、最初のイラストだとわしゃわしゃっとした筆致で描かれているため、何かの精とか怪物とかなのかと思ったけど、どうやら人間らしい。
王様は、宝石を落とした家来に手伝わせて、倉の宝石を片っ端から割っては、中からどんな石が出て来るかを調べた。……って、モッタイナイですねえ。で、その出て来る石を棚に整理するのが周期律表の説明になったり、石と石がくっついてしまうのが化合物の説明になったり。
また森で小人たちが輪になって踊るダンスを披露してくれるのだが、これが原子核と電子の説明になったり。……但し物語だけでは何のことやら分からないので、後で解説が入ります。
そのものずばりの「原子ちゃん」が登場して、輪になって踊るとかそういうのを期待してたので、ちょっとがっかり。……とはいえタイトルと絵が秀逸なので、よしとします。後半、石が爆発して山ごと悪者たちが吹き飛ぶ、というところもあるし。これはもちろん、核爆発のことでした。
作者は工学博士で東京工業大学の講師も務めた木村恒行(一九一〇~)。工学系の著作があるほか、同じ文理書院からもう一冊『やさしい原子の話』(一九四九年)を出している。もしかしたら『原子の踊り』の続篇、もしくは改題版かもしれない。自分の宿題としておきます。
独特なイラストを描いているのは、一水会会員で岡田賞受賞の画家・木村辰彦(一九一六~七三)。同姓だな、と思ったら木村恒行の末弟だった。

『小さな医学者』は色々なお話が幾つも入ってる形式。最初の「「くらげ」と「まぐろ」」は、海の中でクラゲとマグロが進化や人間の骨格について談義する。龍宮城に浦島太郎が来た時、クラゲは「私はエックス光線で、浦島太郎さんの骨を透かして見ましたよ。」だそうだ。
「ボタンの大旅行」は、太郎さんのシャツについている“ボタン”の一人称で語られる。『吾輩は猫である』
「火事の話」も、“酸素”の一人称で、呼吸器官と血液の循環の説明。
「常陸山の心臓」は、アルコール漬けになっていた常陸山の心臓が、瓶から出てきて太郎さんと対話する話。夢オチですけどね。……常陸山というのは、明治期の相撲取りです。
「水の話」は、雨水とかバケツの水とか、色々な水が会議をする、衛生の話。
「女中のかわりをする器械」は、アメリカで開発された人造人間(ロボット)の話をマクラに、人間の脳について解説。
「人の腸に巣を食う虫」は、回虫とかぎょう虫とか、寄生虫たちが茶話会を開くというシロモノ。
「病気のマモノ」もそれに近い。真っ黒な着物を着て、角を持った六人の怪物が薄暗い森に集まって話をしていた。この怪物たちこそ、ほうそう(天然痘)とかジフテリアとか病気の魔物だったのである。最近の日本は天然痘などが発達して住みづらい、とか。
――以上のように、大半が奇想小説に分類し得る物語ばかり。それもバラエティに富んでいるので、これは読んでいて大満足。

(二)SF詩
続いては、詩の形態で書かれたSF、もしくはSFテイストのある詩――「SF詩」部門を紹介しよう。

亡霊による被害件数は激増し、そのため対策委員会が作られる。有瀧又五郎はその指揮官として、毎夜、亡霊を追っていた。亡霊狩りの一団と、亡霊の群れとの戦いが、繰り広げられる。だがやがて、亡霊出現の真相が明らかになる……という、なかなか凄い話。刊行は、終戦からまだ十年という年。「戦争の亡霊」も何かメタファー的なものなのかもしれないが、触れた人間が凶暴化云々という辺りなど、結果的になんだかゾンビっぽいことになっている。
作者の祝算之介(一九一五年生まれ)は、知る人ぞ知る詩人のようだ。他に『鬼 祝算之介詩集』

雰囲気を味わって頂くために、一部引用してみよう。
悪魔を払ふ手始めに
悪人地球と火星をぶッつけますよ
火星の人類は
第二の悪徳の臥床となるのだから
……こんな感じである。いかがだろうか。
服部嘉香(一八八六年生まれ、一九七五年歿)は、詩の世界では有名な作家。明治期から昭和にかけて活動した詩人で、口語自由詩運動を進めた。早稲田大学などの教授も務めており、他に『創作童話 虹の橋まで』(同文館/大正十二年=一九二三年)、『幻影の花びら 服部嘉香抒情詩集』

本作は、小説だと珍しい二人称「君」で語られる。君は、バネの関節で接続された箱から成るロボット。完成したロボットは、歩き続ける。テープレコーダーの口笛を吹き、炭素棒のチュウインガムを噛みながら。
だが第二部で、ロボットは電源が切れてひっくり返ってしまう……。ロボットのような現代人――現代と言っても半世紀前だが――を揶揄しているのかもしれないが、明示はされていない。これも一部引用してみる。
この七色の
美しい真空放電よ
脱ぎ捨てられた街の向こうの
身じろぐ人造人間よ
……なかなかいい味を出しているではないか。
本書は「中部日本詩人叢書」の第二十一篇。奥付に記されている作者の住所は愛知県だし、版元・宇宙時代出版部の所在地も名古屋、という地方出版物。版元名は実にSF的だが、この叢書以外の出版物は確認できなかった。
奥付の略歴によると、深谷時男は一九三四年愛知県生まれ。愛知県の中学校勤務で、中部日本詩人連盟会員で、同じ「中部日本詩人叢書」から『孫悟空砂漠へ行く』

ベンゼン核。
ナフトール核。
雲状分子薄層の辺縁が
ニュートンリングに煌く。
絶対温度 0 の
液体ヘリウムの宇宙透明。
……科学的用語にロマンを感じる人には、たまらんのではないでしょうか。その他「1958の歳末」「地球よりの別離」など、SF的ビジョンに満ち溢れている。
高部勝衛は一九二七年、兵庫県生まれ。大阪大学医学部卒の医学博士。医療関係に従事しており、本書収録の詩も国立療養所へ派遣されている際に書き綴ったものだという。ほかの著作に『詩集 鏡の中の瞳』
以上のSF詩集は、いずれも古書即売会で見つけたもの。怪しい(SFっぽい)タイトルのものを一通り手に取り、中身を検分してちゃんとSF味がありそうなものは購入、という具合にゲットしてきた。しかし同じ古書即売会でも目録買いだと失敗もある。中山昌樹『詩集 宇宙の微笑』
SF小説のウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社