◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
まさか謎を解く一冊が
自分の蔵書の中にあろうとは。

北原尚彦 naohiko KITAHARA


●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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読者プレゼントのお知らせ

ヴィクトリアン・アンデッド
応募ページはこちら(締切:2012年11月18日)

 北原尚彦です。この度、『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』 という本を翻訳しました。小説ではありません。いわゆるアメリカン・コミックスです。
 19世紀半ば、ロンドン上空を横切った流れ星により、ゾンビの脅威が英国にもたらされる。その事実は隠蔽されてきたが、世紀末、悪の帝王がゾンビをロンドンに解き放ち、英国を我が物にしようとする。シャーロック・ホームズはワトスン博士とともに、英国最大の危機と戦う……。
……まあ要するに、ホームズをゾンビと闘わせようという、わたし好みの奇書なわけです。ゾンビに相応しく、ハロウィンの10月31日に刊行されました。この刊行を記念して「Webミステリーズ!」の読者に、本書を抽選で2名様にプレゼントしたいと思います。この本をどれほど読みたいかという思いや、『SF奇書天外REACT』の感想を書き添えて下さると当選率が上がる……かもしれません。かもです。ふるってご応募下さい。

 イアン・エジントン作/ダヴィデ・ファッブリ画『ヴィクトリアン・アンデッド シャーロック・ホームズvs.ゾンビ』 (小学館集英社プロダクション)定価2310円

 横田順彌氏にとってのライフワーク・押川春浪ほどではないが、わたしにも断続的ながらも長く調査をしている作家が何人かいる。安倍季雄は、そのひとりだ。
 この作家については、『SF奇書天外』でも「あっと驚く翻案童話『龍宮城』」の項で紹介した。安倍季雄(一八八〇~一九六二)は少年少女向け雑誌の主幹を務めたり、口演童話の普及に尽力したりした人物だが、児童向けの小説をたくさん書いている。その中にはSF系作品もあり、『龍宮城』(家の教育社/一九四六年)は、意外な形での『海底二万里』の翻案だったのだ。
龍宮城
『龍宮城』
 この『龍宮城』、戦後の作品だからと『SF奇書天外』で取り上げたわけだが、その後、実は戦前の作品の出し直しではないか、という疑いが出てきた。色々と調査を進めた結果、『まぼろしの城』(家の教育社/昭和十二年=一九三七年)という単行本に、『龍宮城』という作品が収録されていることが判った。とはいえ、同じタイトルで別作品ということもあり得るから、現物で確認せねばならない。
まぼろしの城 扉
『まぼろしの城』扉
 困ったことに、この『まぼろしの城』がなかなか古書市場に出回らない。ようやくネット上の古書店で売っているのを見つけたのだが、ちとお高い。買ってみて万が一違っていたら困る。そこで国会図書館サイトで調べたところ、上野の国際子ども図書館に所蔵されていることが判明したので、足を運んで現物確認してみることにした。すると……おお、確かに『龍宮城』が入っている! ちゃんと『海底二万里』の翻案だ!
龍宮城 扉絵
『龍宮城』扉絵(『まぼろしの城』所収)
 で、安心して古書店に注文したのだけれど、届いてみたら……。「裸本」とは書いてなかったのに、カバーが付いてなかったのだ。確かに「カバー付」とは書いてなかったけれども、それなりのお値段だったので、まさか裸本とは思わなかった。裸の女性は好きだけど、裸の本は好きじゃありません。国際子ども図書館に現物があるので、ほとんど書影を撮るために買ったようなものだったのに。
 しかも、新たな謎も生じてしまった。著者による「緒言」によると、これまでに刊行してきた作品のうち「会心の作のみを書きあらため、新作『雷龍の首』外数篇を加え『子宝文庫』と名付け、新に、家の教育社から発行する事とした。」のだという。つまり、『龍宮城』がその「数篇」に入ればこれが初出、そうでなければ再録ということになるのだ。これは結局、最終的な確認が取れなかったので、今後も調査を続けたい。
 本書は全部で三つの作品を収録している。残る『まぼろしの城』及び『一本足の飛行兵』は先の大戦(第一次世界大戦)を舞台にした作品ではあるが、SFではない。
 さて、購入前の確認のために国際子ども図書館へ行った際、折角なので同館に蔵されている他の安倍季雄著作も何冊か現物チェックをしたので、それらについても記しておこう。
『旭はのぼる』(宝文館/昭和四年=一九二九年)は、短篇集。但し、登場人物が共通している場合もある。巻頭の表題作は、金ちゃんと武ッちゃん、尋常小学校四年生(十二歳)のコンビが悪者を捕まえたりする手柄話。
 単発の話を挟んで、「大空高く」で金ちゃんと武ッちゃんコンビが再登場。二人が科学博覧会を見物に行ったところ、展示されていたのは中岡式飛行艇。これは一時間に何百里も飛べるという、新型の飛行機。ガソリンや電気の力ではなく、博士発明の特別エネルギーによって飛ぶというから、立派なSFであります。
 二人が乗り込んで操縦装置をいじったところ、飛行艇は飛び上がってしまい、北へ北へと飛んでいく。そしてついには樺太にまで至ってしまう。そこで悪者たちが町の人々を襲っているのを目撃し、飛行艇で脅かした挙句に着陸し、悪者を退治してしまうのだ。子供なのに。更に海豹島でオットセイ泥棒を捕まえた後、日本に電報を打って迎えに来てもらうのでした。めでたしめでたし。
 この二人は他にも、飛行船の爆音に驚いて銀座松坂屋の屋上動物園から逃げ出したライオンにまたがって走り回ったりと、大変なお子さんたちなのであります。
 後半は主人公が交替し、芳夫さんと藤子さんの兄妹が活躍するのでした。
巨龍と海賊
『巨龍と海賊』
『巨龍と海賊』(東京一陽社/一九四九年)は、タイトルが気になった。海賊やドラゴンが出て来る中世の童話の可能性もあるが……と思いつつも、書庫から出してもらった。すると、表紙に恐竜が描かれているではないか。SFか。いやまて、ノンフィクションの可能性もあるぞ。
 安倍季雄と山田健二の名前が表紙には並んでいるものの合作ではなく、前半が安倍季雄による表題作、後半が山田健二による「少年サーカス王」ということになっていた。要するにダブルブックみたいなもんです。
 さっそく表題作を読んでみる。大山岩雄博士と長男の高君、その友だちの谷川清君は、登呂遺跡へと向かう東海道線の車中にいた。話をするうちに、アフリカで前史時代の怪物が見つかったらしい、という話題になる。そこで大山博士は『マンモス博士の第二回のアフリカ探検記』という冊子を取り出す。そして「父さんは少し疲れたから、これを読んでてくれ」と少年たちに渡すと、自分は寝てしまうのだ……。大人が読んで聞かせるのではない、という違いはあるけれども、これは基本的に『龍宮城』と同じ「物語の中で物語を語る」という構造ではありませんか。
 探検隊の主役は、マンモス博士。これは綽名ではなく、そういう名前の博士なのです。助手はカンガルー博士だし、その他隊員もイーグルとかスパローとか、みんな動物の名前ですよ。で、その探検隊はタンガインカ湖畔を目指して進み、ついに巨大な怪物と遭遇。それはブロントソウルス(←原文ママ)だった。ブロントソウルスは、たくさんのワニと闘っていたのだ(あくまで襲われたので反撃していたのであって、ワニを食べようとしていたというわけではないようだが)。表紙に描かれているのが、このシーンである。
 そしてやっぱり、『龍宮城』と同じように途中でところどころ話が中断される。駅に停車すると「沼津! 沼津!」「お弁当とお茶! お弁当とお茶!」「とくべつお弁当!」「アイスクリーム! アイスクリーム!」などという声が聞こえるのだ。で、少年たちはアイスクリームを買ってもらって、また探検物語に戻る。
 探検隊はブロントソウルスだけでなく、イグアノドンまで発見する。しかしスパロー隊員が銃を発射したために、驚いた恐竜は逃げてしまうのである。
 冊子に書かれていたのは、ここまで。さて登呂遺跡に彼らが行くと、恐竜の卵が発掘され……というのはウソでして、登呂でのことはほとんど書かれず、続きは彼らが帰京してからのこと。博士のところへ海外から新聞の切抜きや手紙が送られてきて、マンモス博士たちのその後が明らかとなるのだ。
 マンモス博士はウソつき呼ばわりされて、今度は秘密裡にアフリカへと向かった。そして、なんとブロントソウルスの捕獲に成功したというのだ。恐竜をアウロラ丸という船に積み込んで、オーストラリアへと出発するのだが、この船が行方不明となる。
 そこで砲艦モレスピィ号が捜索に出発する。この船には、海洋少年団員のトムとジムという二人の少年が、船長付きボーイとして乗り組んでいた。……まあ、少年キャラクターが活躍するのは、児童書ではお約束ですね。
 やがてモレスピィ号は海賊に遭遇。少年二人の活躍で、大勝利。そして海賊たちの証言により、マンモス博士たちに関する事実も判明。アウロラ号が浮流水雷の爆発で立ち往生しているところを、この海賊たちが襲ったのだ。戦闘の過程で恐竜が船の上で逃げ出して暴れ、最終的にアウロラ号は沈んでしまう。マンモス博士たちと恐竜も、船と運命を共にしたのだった……。
 おお、現物確認して良かった。これはれっきとした、ロスト・ワールド物のSFだったのだ。
『龍宮城』と全く同じパターンだったならば、作中でコナン・ドイルの『失われた世界』が語られるところだが、今回は一応オリジナルのストーリー展開だった。
 その他、確認できた冒険物についても、ざっと触れておこう。『輝く王冠』(宝文館/昭和四年=一九二九年)は、大海原宏(十四歳)と深(十二歳)の兄弟が、世界的大冒険家・新高登とともに冒険を繰り広げる「新高山の朝嵐」と、その続篇である表題作を収録。
『荒野の鬼火』(一陽社/一九四八年)は「冒険探検物語」と銘打たれている。浮浪少年・清が曲馬団に売られて海外にまで行く活劇。
 あと『まぼろしの城』巻末の〈子宝文庫〉リストには『雷龍の首』というタイトルがあり、これが凄く気になる。リストでは既刊マークが付いているので出版されているらしいが、国際子ども図書館にも蔵されていないため、現物を確認できず。今後の課題とすることにした。

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