Science Fiction

2012.07.05

北原尚彦「1960年代にかくもディープな私家本が!『宇宙生物分類学』」――SF奇書天外REACT【第25回】(1/2)[2012年7月]

◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
今回のような楽しい私家本を見ていると、自分でも作りたくなっちゃうなあ。
……ちょっと、考えてみようっと。

北原尚彦 naohiko KITAHARA


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読者プレゼントのお知らせ
今回の記事本文中に登場するファンジン『ベムAGAIN』を、編者高井信氏のご厚意によりご寄贈いただきましたので、〈Webミステリーズ!〉読者の皆様のなかから5名様にプレゼントいたします。応募ページはこちら。(締切:2012年7月31日)

SF奇書天外
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ベムAGAIN
『ベムAGAIN』
 先日、名古屋在住のSF作家でショートショート研究家&コレクターの高井信氏から、SFファンジン『ベムAGAIN』(ネオ・ベム/2012年)が送られてきた。これは昨年亡くなった名古屋のBNF(ビッグネームファン)・岡田正也氏が様々なファンジンに書いた原稿をまとめた追悼集である。実は高井氏に頼まれてゲラ段階で校正をお手伝いしたので、労働対価として頂いたのだ。
 岡田氏は海外の古典SFの熱烈なファンで、特にベムが登場するスペースオペラや、ロスト・レース(失われた種族)が登場する秘境小説が好きだった。本書に収録された「大空の秘境」「ハガードとの出会い」「僕はベムが好き?」「愛しのベムは今何処」などなど、いずれもそういった作品への愛に満ち満ちた文章ばかり。しかもかなり細かい作品にまで言及がなされている。
 これらの原稿は、ほとんどが1960年代から70年代に書かれたもの。まだ海外のSFに関する基本的情報も決して多くはない時代、ましてや現代のようにインターネットもない状況で、よくもまあこれだけ調べ上げたものだ、と感嘆するばかり。
 岡田氏は古書コレクターとしても知られ、パルプマガジンのコレクションに関しては野田大元帥に比肩するものだったらしい(少なくとも状態に関しては野田さん以上とか)。これらのパルプマガジン(及び英米の古典的秘境小説の原書)のコレクション群、実は現在、東京創元社に引き取られて書庫に収められている。先日編集部を訪ねた際、ついでに見せて頂いたのだが、これがスゴイの一言。ほんとに状態がいい上に、ノートに一覧を書いて、どの雑誌のどの号を入手したかまできちんとチェックされている。まだほとんどダンボール箱に入ったままだったが、全部開けて整理する際は、是非とも声をかけて下さいよ、東京創元社様。喜んでお手伝い致しますので。
 さて届いた『ベムAGAIN』だが、これを書庫のどの棚に置くかはもう決まっている。岡田正也氏の『宇宙生物分類学』の隣だ。
宇宙生物分類学
岡田正也『宇宙生物分類学』
 『宇宙生物分類学』は、SFに登場する宇宙生物を科学的に分類するという、学術書もどきの本。一九六五年にファングループ「ミュータンツクラブ」から発行された。〈MUTATION BOOKS〉という叢書名が冠されており、ファン出版の私家版シリーズ第一弾という位置付けなのである。
 SFファンジンは我が国に膨大に存在するので、全てをここで紹介することは到底できない。しかし「私家版」となると、話は別。充分、ここで取り上げるに値する。しかもなんと言っても、本書は「奇書」なのだ。……というわけで、今回はこの『宇宙生物分類学』を紹介することにしよう。
 「まえがき」は「光子エンジンの開発、ワープ航法の発見、亜空間理論の確立等により地球人類の活動圏が文字通り宇宙的規模にまで拡大した現在、幾千もの惑星や衛星さらには宇宙空間にも棲息する様々な宇宙生物に関する多くのレポートが発表されている。」という文章で始まっている。おお、これは未来において刊行された研究書、という設定になっているのではないか! つまり本書は存在自体がSFなのだ、と言える。(「奇書だ」と申し上げた意味がお分かり頂けただろうか。)
 わたしはそれまでずっと、単純に「国内外のSFにはこんな宇宙生物が出てくるんですよ」という内容なのだと思い込んでいた。やはり、現物を手にして中身を読んでみることは重要ですなあ。
 序論は「宇宙生物とは」を定義するところから始まる。まあ、学術研究としては当然ですよね。
 で、宇宙生物及びその出典の表記は「イクストル〈宇宙船ビーグル号の冒険〉」という具合になっているが「〈 〉内は報告書名を示す。」と記されている。つまりあまたあるSFはフィクションではなく報告書である、という設定なのである。気が利いているなあ。
 そしていよいよ本論。「分類単位」は界・門・綱・目・科・属・種で……って、完全に普通の生物学だよ! 交雑の説明のところで「レオポン」が出てくるあたりは、時代を感じさせられますな。今の若い人だとこれもベムの一種だと思ってしまうかもしれないが、ヒョウを父、ライオンを母として生まれた交雑種のこと。わたしは兵庫県西宮市に住んでいた子ども時代に、阪神パークというところで見たので知ってます。
 「定形生物門 詳細」の項目では、実例がばんばん挙げられていく。「A.内骨格目」に属するのは「クアール(別称ケアル〈宇宙船ビーグル号の冒険〉)、「ヴアンリアン人及びローン人〈虚空の遺産〉」、「NGS549672番星人〈幼年期の終わり〉」など。なるほど。
「B.外骨格目」では、「メスクリン人〈重力の使命〉」が。これは予想通りですな。
「D.全骨格目」というのは「体全体が骨格状組織から成りたっている種」のこと。さあ、何が思い浮かびますか? 正解は「シリコニウス・アステロイディア(俗称シリコニー)〈ものいう石〉」、「結晶生命〈プロクシマ目指して〉」、「アケルナー人〈地球の汚名〉」、「カラミン族〈燃える傾斜〉」でした。
「無形生物門」の「定無形綱定無形目」に「ユウレイ」を入れてしまうあたりは、洒落がきいている。どうせなら、幽霊が登場する怪奇小説のどれかを報告書として名前を挙げて欲しかったところ。
「サイボーグ」に関する記述の中で、『サイボーグ工学』(仮題)が〈MUTATION BOOKS〉から近刊予定だとあるが、これは残念ながら刊行されず仕舞いのようだ。
 最後には「演習問題」のページまである。問1は「次の宇宙生物は、何門何綱何目か?」というもので「A.アナビス〈宇宙船ビーグル号の冒険〉」「B.エリックス〈孤独な星〉」「C.クイイル〈D小惑星のエピソード〉」「D.ヴァイトン〈超生命ヴァイトン〉」と並んでいる。最終問題は骨格図も書かねばならず、そのためのスペースも用意されている。
 更にその後には、横長の「宇宙生物分類表」が折り込まれているという念の入れよう。
 ……かような具合に、ひたすら真面目に学術的にやっているように見せかけて、堂々と遊んでいるのだから大したものだ。
 知っている作品、知っている宇宙生物が出てくれば思わずニヤリ。まだ翻訳SFの少ない時代なので、〈SFマガジン〉に掲載されただけの短篇も多く取り上げられている。わたしの場合、読んだことのない短篇名が幾つも出てきたので、どれも読んでみたくなってしまいましたよ。
 よく考えてみれば、本書が刊行された1965年というと、まだ〈SFマガジン〉が創刊されてから六年、〈ハヤカワ・SF・シリーズ〉が創刊されてからでも八年しか経っていない、という時期なのだ。わたしを含めてSF関係者に多い〝特異年〟たる1962年生まれの人間なんて、まだ3歳になるかならないか。そんな時期にこんなものを作っていたなんて。
 本書は、表紙では「岡田正也著/DEN SCHMITZ画」となっているが、このデン・シュミッツって、どう考えても「すいせんの言葉」を書いてる「吉光伝」(ヨシミツ・デン)氏だよなあ。吉光氏は中部日本SF同好会「ミュータンツクラブ」の創設者。また名古屋で開催された日本SF大会「MEICON」(1966年)では実行委員長を、「MEICON3」(1979年)では名誉実行委員長も務めた、SFファンダムの重鎮。
 本書はとある方からお譲り頂いたのだけれども、その方はある日「北原さん、『SF奇書天外』とかやってるなら、こういう本いるでしょ?」といきなり送ってきてくれたのだ。いります、いります、凄くいります。
 こういうのは大歓迎。世の中にはまだまだ知らない奇書があるし、知っていても未入手のものもたくさんあるのだから。わたしの住所を知らない方は、東京創元社気付で送って下さればわたしの手元に届きます。情報だけでもありがたいです。

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