Science Fiction

2012.05.08

北原尚彦「映画化までされていた! 透明人間SF『忍術三四郎』」――SF奇書天外REACT【第23回】(1/2)[2012年5月]

◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
やはり持つべきものは古本仲間。

北原尚彦 naohiko KITAHARA


●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回第11回第12回第13回第14回第15回第16回第17回第18回第19回第20回第21回第22回



 自分は古本屋通いこそ十代の頃からしているが、古本者としては長いこと“一匹狼”だった。学生時代に所属していた青山学院大学の推理小説研究会が、ワセミスのようなディープな会ではなかった、ということもその一因かもしれない。だから古本マニアな人々との付き合いは、非常に少なかった。
 物書きになり、日本古典SF研究会に所属するようになってからは、SF系の古書コレクターとの付き合いはさすがに増えた。それでもミステリ系に関しては、相変わらずだった。
 それが一気に広がることになったのは、喜国雅彦氏と古本友だちになったことがきっかけだった。友人の多い喜国氏を通して、ミステリ系古書マニアな方々と知り合うことになったのだ。
 喜国氏に誘われて、群馬県の四万温泉にある「おくぎ旅館」へ行った際は、特に知り合いが増えた。この旅館の若旦那の奥木氏が物凄い探偵小説コレクターで、そのコレクションを見せてもらうために、十人の古本好きが終結したのだ。
 その時に知り合ったひとりが、ハンドルネーム「仰天の騎士」氏だ(以下、古本者の皆さんにならって「仰天さん」と呼ばせて頂く)。
 温泉オフ会で行なわれたオークションの際だったか、雑談の際だったかは忘れてしまったが、仰天さんと「少年版江戸川乱歩選集」の話になった。これは拙著『発掘!子どもの古本』でも紹介したが、一九七〇年代に講談社から刊行された乱歩の児童向けリトールド叢書で、生頼範義によるコワイ装丁画がトラウマになる読者が多かった、というシロモノ。その時点でわたしは全巻コンプリートしていなかったのだが、やはりまだ未入手の巻がある仰天さんと意気投合したのである。
 そしてそれから月日が大分経ってからのこと。わたしはようやく「少年版江戸川乱歩選集」をコンプリートしたのだが、その過程で、何冊かのダブリを出してしまった。ちゃんと探求書リストを作っていなかったバツですね。
 そこで思い出したのが、仰天さんのこと。さっそく連絡してみると、何冊か未入手のタイトルがあるので譲って欲しい、とのことだった。しかし金銭でのやりとりもなんだしなあ、と思って、「御代は結構ですから、仰天さんの方でも何か不要なダブリ本があったら交換して下さい」と申し出た。快諾頂き、仰天さんからダブリ本リストが送られてきた。その大半が当然ながらミステリ系だったのだが、一冊だけ毛色の違う本が混ざっていて、わたしはそれに飛びついた。それこそが今回ご紹介する、関川周『忍術三四郎』(文芸評論社/一九五六年)である。結果的に(当方の)複数に対して(仰天さんの)一冊の交換となったけれども、中身を考えれば明らかにこちらが“わらしべ長者”である。
忍術三四郎
『忍術三四郎』
 これがどういう本かというと、結論から申し上げれば、透明人間テーマのSFなのである。森英俊氏が「本の雑誌」の連載「マイナー街道一直線」で、「史上最強(?)の三四郎」として紹介しておられた(通巻二八八号、二〇〇七年六月号)ので、本の存在だけは知っていたのだ。
 タイトルからして忍術とか妖術(例えば「天狗の隠れ蓑」的なものとか)で透明になるのかと思われるかもしれないが、ちゃんとマッド・サイエンティストが出てきて、その実験によって透明人間になる小説なのである。
 では物語を。
 東京の繁華街に、「この男売りもの、十万円」というビラをサンドイッチマンのように胸と背中にぶら下げた男がいた(書影参照)。これが、主人公の女々良(めめら)三四郎である。彼は病気の恋人・ルミを助けるために、自分の命を売ろうとしていたのだ。
 ここでちょっと解説を加えておくと「命を売る男」というのは、実際にあった出来事。戦後間もない一九四八年、名古屋で「5万円で命売ります」という貼り紙をした青年――父の医療費を稼ぐためのものだった――が話題となり、それが全国に波及して、東京などでも真似た広告が出される、という事件があったのだ。三島由紀夫『命売ります』はその設定を用いた小説だし、テレビ版とは全く異なるマンガ版『サンダーマスク』(手塚治虫)もそのようにして始まっていた。
『忍術三四郎』裏表紙
『忍術三四郎』裏表紙
 そんな三四郎の前に謎の老人が現われ、彼の命を買おうと十万円を与えた。これが由駄(ユダ)老人――密かに透明人間の研究をしているマッド・サイエンティストである。老人は、実験体にするために三四郎を買ったのだ。
 とはいえ、透明人間になるのは三四郎だけではなかった。由駄老人自身が、透明化することもあったのだ。  ……「することもあった」という記述でお気づきの方もおられるだろうが、本作品における透明化は、H・G・ウェルズの『透明人間』のような一方通行、透明になりっぱなしではなく、通常体に戻れるタイプのものである。
 その他のキャラクターたちについても先に説明しておこう。ルミの姉・沙美は妹の治療費のために造花の内職をしている……って、時代ですねえ。
 甲助は、宿無しの浮浪児。ルミを慕って、彼女の家のあたりをぶらついている。軽業師のように身が軽く、投げる石つぶては的を外すことはない――という特殊能力の持ち主。但し、彼がどうしてそのような能力を持っているか、詳しい説明はなされない。小さい体に大人の上着だけを着ており(ズボンははいてない)、「へらへッたら、へらへらへッ」が口癖。
 浮浪児というのも時代性を感じさせられるが、実際、これはまだ戦後間もない時代の物語なのだ。三四郎自身にしても「シベリヤから舞い戻った」という記述がある。
 ルミと沙美の父・川端誠之進は名望のある政治家だったが、二年前に「陰謀」という血文字を残して失踪してしまった。
 それに関係しているらしいのが、黒矢亀造という代議士。新政クラブという政治結社を作り、国会に十数人の議員を送り込んでいるが、裏で怪しいことをやっている人物。
 その黒矢亀造をすら牛耳っているのが、紋田龍という怪女。裏で「婆さん」などと呼ばれているから本当に老婆かと思って読んでいたが、終わりの方で美少年を可愛がるところがあるから、色気はまだ抜けていない年齢らしい。……いや、色気のあるお婆さんもいるとは思いますが、ここでは熟女であると読み取っておきましょう。
 物語の続きに戻ろう。由駄老人は非常に慎重で、三四郎を秘密研究室に出入りさせる際も、必ず意識を失わせて場所が分からないようにさせている。出会った最初も、三四郎は気が付くと見知らぬ実験室におり、自分の手足が消えていることを知って驚愕するのだった。
 元に戻った三四郎は、一日時間をもらって、お金を持ってルミのもとを訪ねた。これでルミは、まともな治療を受けられるようになった。
 この際、鋭いところのある甲助少年は、見えない人間がいることに気づく。実は由駄老人が、三四郎の様子をうかがうために透明化してついてきていたのだ。
 ……科学者自らが透明化するなら、実験台はいらない気がしますが。まあ、先に三四郎で安全性を確かめてから、自分にも用いた、ということかもしれません。
 三四郎は、キャバレーのママから十万円で秘密賭博場の支配人になるように頼まれるが、それを経営しているのは実は黒矢亀造だった。
 そんな折、ルミの姉・沙美が何者かにさらわれてしまう。その犯人は、やはり黒矢亀造と紋田龍の一味だったのである。
 実験をしているうちに三四郎に親近感を抱くようになった由駄老人、透明化した三四郎に、自由行動を許すようになる。かくして三四郎は、透明人間として大活躍をする……。
 しかし、あまりにも甲助少年のキャラが立ちすぎていて、その分、三四郎の影が薄くなっていることは否めない(透明人間だけに、影も薄い……お後が宜しいようで)。
 実際、百発百中の石つぶてを飛ばしてヤクザ者たちを退治したり、壁をかけあがったり、天井からぶら下がったりと、どちらかというと忍者の名が相応しいのは幸助の方だ。ちょっとネタバレになってしまうが、沙美を救出するのも三四郎ではなく幸助なのだ。


SF小説のウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京創元社
バックナンバー