Science Fiction

2012.04.05

北原尚彦「『醗酵人間』以上の価値があるレア本『三代の科学』」――SF奇書天外REACT【第22回】(1/2)[2012年4月]

◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
「北原君。『醗酵人間』に『改造人間』を付けるから、
その二冊とこの『三代の科学』、交換してくれないかなあ」

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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 横田順彌氏が、『近代日本奇想小説史 明治篇』(ピラールプレス/2011年)でSF大賞特別賞受賞を受賞された。同書は大衆文学研究賞(大衆文学部門)も受賞。しかも現在、日本推理作家協会賞の評論その他部門の候補にもなっている(最終的な結果は4月23日に出る)。いやはや、めでたい。ピラールプレスからはつい先日『近代日本奇想小説史 入門篇』も刊行されたので、まだ買ってないという方は今すぐご注文を。
 わたしは横田氏の『日本SFこてん古典』 の影響をもろに受けた世代のひとり。日本古典SF研究会に入会することになった際も、こんなに偉大な人がいるのだから、わたしごときが今さら古典SF研究で付け加えるべきことはないんだがなあ、と思っていた。
 しかしよく考えれば当たり前のことだったのだが、ひとりで一つの研究ジャンルを全て背負うことなどできようはずがない、とやがて気づいた。横田氏が全ての古典SFを蔵しておられるような気がしていたけれども、そんなことがありようはずもないことも。
 実際、何かの折に、横田氏が「ぼくがずーっと探しているんだけど、見つからない古典SFがあってねえ」と、話してくれた。とある科学作家が書いたSFで、終戦前に書かれた作品だが、なんと「原爆で日本が勝利する」内容なのだという。しかもその作者が後に「終戦直前のごたごたの最中に原稿を渡したので本になったか分からない」と語っているのだそうだ。
 だが横田氏が、生前の今日泊亜蘭氏にその話をしたら「オレはその小説、読んだことあるよ」と証言してくれたらしい。つまり、本は出ているはずなのだ。
 こう聞かされては、わたしもその本が読みたくてたまらなくなった。しかし国会図書館には蔵されていないし、ネットで検索しても見つからない。以降、頭の中の探求書リストにそのタイトルを加えておいた。
三代の科学
『三代の科学』
 そしてそれから数年後。池袋のサンシャインシティで開催された古本市へ行った際のこと。確か、開会と同時に突入したのだと思う。はやる心を抑えつつ、見始めた最初の列の書棚で、わたしはアドレナリンが全身に流れるのを感じた。あったのだ、その本が。――富塚清『三代の科学』(弘学社/1945年)である。
 値段も、特に高くない。それも当然だ、この小説がSFだと知っている人は、ほとんどいないのだから。
 本をしっかりと掴み、購入したわたしはその日のうちに横田順彌氏に入手を報告した。そしてその次の日本古典SF研究会の例会の際に、横田氏にお貸しすることになった。
 ……いや。さらりと書いたけれども、横田氏にお見せするまでの間、実はずいぶんと自分の中で葛藤があった。
 これは横田氏にお譲りすべきなのだろうか、と。
 そもそもこの本の存在を知ったのは、横田氏に教えて頂いたからだ。しかも、横田氏がずっと探している本なのだ。しかしだからこそ、自分も欲しい。見つけるまでに、随分と苦労もした。横田氏の方から「譲って欲しい」とおっしゃってきたら、どうすべきか。……ううむ、本当にどうしよう。
 結論が出ぬまま、例会当日を迎えた。お渡しすると、横田氏は「よく見つけたねえ」とおっしゃりながら、本をめくっている。
 そして横田氏が発した言葉は、全く予想外だった。
「北原君。『醗酵人間』『改造人間』を付けるから、その二冊とこの『三代の科学』、交換してくれないかなあ」
「えっ」
 わたしは最初何を言われたのかよく分からず、リアクションできなかった。
「ここにいるみんな(古典研メンバー)が証人だからさ」と横田氏が続ける。「あとで返してくれとか言わないから」
「ええと」とようやく反応したわたし。「そりゃ『醗酵人間』『改造人間』も欲しいですけど、ほんとうに横田さんがそれで宜しいなら」
「ありがとう、北原君。ほんとにいいの?」
 ……横田さん、「ほんとにいいの?」はこちらのセリフです。
 とまあ、冗談のようだが、これが冗談ではなかった。横田氏は本当に『三代の科学』との物々交換で、『醗酵人間』『改造人間』を譲ってくださったのだ。万が一この二冊のことをよく知らない、という方は『SF奇書天外』をご覧下さい。
 かくして『醗酵人間』『改造人間』を同時に手に入れる、という空前絶後の体験をしたわたしだったが、その交換を喜んでいる横田氏を見ていると、わたしの中に疑問が浮かんできた。
「もしかしたら、横田氏の方が有利な交換だったのでは?」と。
 かくしてその後、わたしは再び『三代の科学』を探し求めることになった。だが、既に体験していた通り、これがサッパリ見つからないのだ。かえって、『醗酵人間』の方が売っているのをネット上で見つけることができた(ウン十万円だったけれども)。
 そして五年の時が経過した。都心へ出かける用事があったので、神田の古書即売会に寄り道する。あくまで寄り道なのでアサイチ突入ではなく、午後のことゆえゆるゆると棚を見ていると……見覚えのある『三代の科学』が並んでいるではないか! 震える手で値段を確認すると、とてもお安い。やった!
 その日の用事というのが、日本SF作家クラブの総会と、徳間書店の贈賞式&パーティへの出席だった。これには横田順彌氏も出席しておられたので、パーティ後にお茶をしている際、二冊目をゲットしたことを報告した。
 本をお見せすると、横田氏はおっしゃった。「ぼくのやつよりもきれいな上に、値段も安いじゃないか。いいなあ」
 えー、どうコメントしてよいやら分からず、「どうもすみません」とだけ申し上げました。
 ――こんな紆余曲折を経てようやく自分の物となった富塚清『三代の科学』、物語を紹介しよう。


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