Science Fiction

2011.08.24

北原尚彦「原子が少年になっちゃった『アトミーノは戦争がきらい』」――SF奇書天外REACT【第15回】(1/2)[2011年9月]

◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
何はともあれ、何年も何年も探し続け、ネット検索を続け、空振りが続いていると、もう諦めの境地に達してくる。

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
 【 第1回第2回第3回第4回第5回第6回第7回第8回第9回第10回第11回第12回第13回第14回

 

 

 もう何年探しているか分からない本、というのが幾つかある。そういう本は、頭の中にタイトルを入れておいて古書即売会や古書店で探すのはもちろん、不定期にネットで検索してみたりする。
 マルチェロ・アルジルリ『アトミーノは戦争がきらい』(講談社・世界の児童文学名作シリーズ/一九七四年)も、そんな一冊だった。 イタリアの児童文学作家によるSFということで注目したのだが、どこでこの作品のことを知ったのかも、もはや分からなくなってしまった。わたしの場合、そういう本の大半は石原藤夫氏による『SF図書解説総目録』シリーズだったりするのだが、確認したところ本作は石原インデックスにも載っていなかった。
アトミーノは戦争がきらい
『アトミーノは
戦争がきらい』
同人誌ながらかなりのジュヴナイルSFをフォローした埼玉大学SF研究会の〈MAXIMUM〉十二号「児童向けSF特集号」(一九八七年)のリストかな、とも思ったが、これにも載っていなかった。
 となると、もうお手上げだ。ネット上のオークションででも見かけたのだろうか。結構なお値段で売っていたのを見た覚えはあるが、あれが最初だったのか(お値段の割りに函欠だったのでスルーしました)。
 何はともあれ、何年も何年も探し続け、ネット検索を続け、空振りが続いていると、もう諦めの境地に達してくる。だから、古本サイトがヒットした際も「どうせ過去のデータが残っているだけで、売り切れなんだろうなあ」と思いつつも、クリックしてみる。
 ……売り切れじゃなかった。しかも、お値段は定価より三百円高いだけ。三十数年前の本なので、その間の物価の上昇を考えたら安いぐらいである。万が一復刊されることがあっても、この値段では買えまい。ソッコー注文だ。
 ネット古書店は、店頭と併売していて、注文しても売却済みということが時々ある。どうかそうなりませんように……と祈る思いで返事を待つと、在庫アリとのこと! そして程なく現物が送られてきた。函付きで、十分な美品。滅茶苦茶嬉しい。これで憑き物がひとつ落ちました(まだまだ「アレが欲しい!」という憑き物は幾つも残ってますが)。
 本作の主人公は、アトミーノ。ネット上などで紹介されている文章や、表紙の画像などから『鉄腕アトム』みたいな原子力エネルギーで稼動するロボットだと、勝手に思い込んでいた。
 だが読んでみたわたしは、あまりのことにひっくり返ってしまった。何せアトミーノは原子力ロボットではなく、原子力エネルギーそのもの、いや、「原子そのもの」だったのだ。
 原子力中央研究所で、放射性物質ではない原子から原子力エネルギーを取り出す実験がされていた。原子炉に様々な原子を入れてさあ実験、というところで科学者たちは将軍に呼ばれてしまう。その間にネコが勝手にボタンを押してしまい、爆発した原子炉から飛び出したのがアトミーノだった。要するにアトミーノは「巨大化して少年サイズになり、人格を持った原子」なのだ。原始少年ならぬ、原子少年だ。現代の日本ではどんな物でも擬人化してしまうけれども、アルジルリはそれを三十年以上も先んじていたのであります。萌えキャラじゃないけど、(少なくとも日本版イラストでは)ショタキャラには分類できそうだ。
 将軍と、唯一将軍の言うことを聞く科学者のフォン=ボット教授は、アトミーノを軍事利用しようとするが、アトミーノは研究所を飛び出してしまう。
 街中で交通妨害をして捕まりそうになったアトミーノを助けて家に連れ帰ったのが、ズメラルディーナという少女だった。彼女の父親は、ザッカリアという原子物理学の教授。教授がガイガーカウンターをアトミーノに近づけると、それが破裂するほどの放射線が――って、滅茶苦茶キケンじゃないですか、アトミーノ!
 それからアトミーノは、ズメラルディーナと一緒に暮らすようになる。アトミーノは人間以上の力を持っているので、失敗ばかり。ボクシングの試合に乱入して選手をノックアウトしてしまったり、パーティでダンスに夢中になって家中メチャクチャにしてしまったり、勉強をしようと思って書斎の本を全部食べてしまったり。
 スポーツ大会に出場しても、早すぎたりジャンプの飛距離が大きすぎたりで計測されず、ちっとも勝てない。そりゃ、高跳びで競技が終わったころに下りて来られても、審判は困りますわな。
 働こうとしても、なかなかうまくいかない。ようやく自動車工場で雇ってもらい、ひとりであっという間に組み立ててしまうけれども、ここは従業員がストライキ中だった。知らなかったとはいえ、アトミーノはスト破りをしてしまったのだ。……しかし子どもの本なのに「スト破り」って。お国柄ゆえ、時代性ゆえでしょうねえ。
 夏休み、海に行ったアトミーノは、ズメラルディーノをゴムボートに乗せて漕いだところ、スピードが出すぎて北極の氷に激突。ボートは壊れて帰れなくなり、エスキモーのもとに滞在する始末。
 一か月後、ふたりはクジラに乗って戻るが、アトミーノはさらわれてしまう。彼の力を悪用しようとする、将軍のしわざだった。濃縮された原子力エネルギーである、アトミーノの「涙」で、将軍は強力な爆弾を作る……。最後にどうなるかは、明かさないでおきましょう。
 予想とは違っていたけれど、キャラ化した原子という奇想天外ぶりにはやられました。手に入れて良かった。
 ズメラルディーナは女の子なのに口が悪く、「ちきしょう、おたんこなす!」が口癖。原文では何と言ってるんでしょうね。
 巻末の訳者あとがき(アトミーノへのインタビュー形式になっている)によると、アトミーノは原子版の“ピノキオ”なのだそうだ。ズメラルディーナが妖精に当るとのことだが、それにしちゃ口が悪すぎですな。  イラストはマンガやアニメっぽいなあ、と思ったら、永田竹丸というのは漫画家でした。一九三四年生まれで、二〇一一年の時点で御健在。七十七歳、喜寿ですね。おめでとうございます。〈漫画少年〉の常連投稿者で、トキワ荘の「通い組」にして「新漫画党」メンバー。田河水泡の弟子で、山根赤鬼・青鬼とともに「のらくろ」継承者。主に幼年誌で活躍し、一九六〇年に第1回講談社児童まんが賞受賞。代表作は『おにいちゃん』。  アトミーノの名前やデザインから手塚治虫を想起してしまうが、女の子の描き方なんかはどちらかというと藤子不二雄っぽい……と思ったら、永田竹丸は藤子不二雄のチーフアシスタントを務めていた時期もあった。納得。また『パンク・ポンク』 の、たちいりハルコは永田竹丸のアシスタント出身だそうだ。一説によると、マンガにスクリーントーンを導入したのはこの永田竹丸が最初らしい。
アトミーノは戦争がきらい
 訳者の岩崎純孝(一九〇一~七一)は大正~昭和期のイタリア文学者で、イタリア語からの訳書は多数。昭和初期には、日本ファシズム連盟の機関誌でファシズム文学論を展開していた。
 訳書は『ムッソリーニ全集 第七巻』(日本評論社/一九三五年)、マッシモ・ボンテムペッリ『我が夢の女』(河出書房/一九四一年)、デ・アミーチス『クオレ』(富士出版/一九四八年)、コローディ『ピノッキオの冒険』<(紀元社/一九四八年)などなど。『我が夢の女』は、新版がちくま文庫から『わが夢の女』として出ており、奇想小説好きにはオススメ。
アトミーノは戦争がきらい
 先ほど、アトミーノのキャラの話の中で「(少なくとも日本版イラストは)」とわざわざ断ったのは、原書でのデザインと日本版デザインとでは趣がずいぶんと異なるからだ。それに気づいたのは、アトミーノが誕生して、初めて研究所の科学者たち(&将軍)の前に姿を現した際のシーンの描写。科学者たちは、アトミーノを見て「原子のようにおもえる」とか「絵にかかれている原子にそっくり」などと述べるのだ。これにわたしは首をひねって、ネット上を検索してみたのである。そして見つけた画像を見て、ナットク。
アトミーノは戦争がきらい
英語ではないのでどれが本当の原書か確定できていないし(ヨーロッパ各国で翻訳されているため)、またイタリアで漫画化もされているのでその画像も混ざっているかもしれないが、何はともあれご覧頂きたい。 確かに、巨大化した原子である。身体は丸っこく、アトムよりも『タンク・タンクロー』に近い体型だ。日本でのアトミーノの描き方が、特殊だったのだ。日本人好みになっていて、可愛いけどね。
 

SF小説のウェブマガジン|Webミステリーズ! 東京 創元社
バックナンバー