Science Fiction

2011.03.07

北原尚彦「二十二世紀なのに未来感ほぼゼロの武術SF『合気道小説 神技』」――SF奇書天外REACT【第9回】(1/2)[2011年3月]

◆SF古書と生きる。ひそかに人気の古書探求コラム
わたしはランニングを趣味にしているのだけれど、
途中で古本屋があれば寄り道してしまう


北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

●これまでの北原尚彦「SF奇書天外REACT」を読む
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 古書好きの心をくすぐるすごい本が立て続けに出たおかげで、前回、前々回と古典の領域に入る古い本ばかりを取り上げてしまった。そこで今回は、今世紀になってから出た、比較的新しいSF奇書をご紹介しよう。
 入手したのは割と最近、まだ数か月前のこと。わたしはランニングを趣味にしているのだけれど、途中で古本屋があれば寄り道してしまう(というか、最初から遠くの古本屋を目的地に設定して走り出すことの方が多いかも)。そのため、荷物ができてもいいように、薄手の軽いナップサックを背負って出発するようにしている。
 その日は、珍しく古本屋を目指さずに走り出した。目的地もはっきり決めずに、初めて通る道を走り出すことにした。まずは北へ、そして途中から北西へと走る。走っているうちに、古本友だちの喜国雅彦氏の住んでいる市に向かっていることに気づいた。そのままずっと走り続ければ、同市まで到達できたのだが、帰りのことを考えて途中で引き返す。そもそも、喜国さんちに到着したとして、汗まみれでインタフォンを押して「はぁ、はぁ、こんにちは」と言うわけにもいくまい。それじゃまるでヘンタイだ。
 帰路、同じ道を走るのも芸がないので、別な道に入る。しかし、往路でさえ初めて走る道だったのだ。古本屋巡りで鍛えた方向感覚のおかげでなんとなく家の方向に向かって走っている自信はあったけれど、道が斜めにカーブしたりすると、間違った方向に進んでいるのではないかとだんだん不安になってくる。
 そうこうするうちに、道路表示のおかげで、知っている駅が近いことが判った。そこまでなら走ってきたことが何度もあるから、あとはもう迷うことはない。駅前に出ると、見覚えのある風景にほっとする。
 しかし、そこまで走ってきたことがあるのには理由がある。BOOK OFFがあるからだ。というわけで、古本屋を目指していなかったのに、結局は店に入ってしまうわたしだった。
 そこの海外小説コーナーで見つけたのがガディエル・ショア『合気道小説 神技』(永峯知佐登訳/BABジャパン/二〇〇七年)である。武術小説かあ、聞いたことのないタイトルだな……となにげなく手に取る。帯には「合気道開祖・植芝盛平翁の《神技》を手に入れろ!」とある。ふんふん、とひっくり返すと、裏表紙側の帯には「武道小説版『ハリー・ポッター』のようだ……」というコメントがあって、思わず噴き出してしまう。なんだそりゃ。
ガディエル・ショア 神技
『合気道小説 神技』
 しかしその下に書かれていた粗筋に、わたしの目は釘付けになった。「2172年、パリの街で偶然出会った路上生活者(ストリートチルドレン)の二人の少年、ジュロームとマックスは、合気道学校長・イーブによって合気道学校“アイキ・リブリウムへ”へと強制的に連れて行かれる。(後略)」とあったのだ。2172年って、それじゃSFではないか! 格闘技でSF――ということは、高千穂遥『黄金のアポロ』みたいな話なのか。
 何かの間違いかも、と思って最初のページをめくると、「一九一九年十一月のある夜――。」と物語は始まっていた。ありゃ、やっぱり間違いか。でもここはまだプロローグだし……と、次の章まで進んでみると「二一七二年 パリ」の文字が。おおっ、やっぱり未来が舞台だった! SFだ!
 巻頭の訳者解説にも「本書は近未来を舞台にしたフィクションであり(後略)」と記されていた。でも二一七二年といえば二十二世紀後半。それって全然“近”未来じゃないですよ!
 奥付を見ると、三年前に刊行された本。最近の本なのに、全く知りませんでした。  何はともあれ、SFだということは確定したので購入を決定。収穫があったおかげで、荷物が増えたにもかかわらず、以降のランニングは足取りも軽い。もう不安を感じることもなく、無事に家に帰りつきました。
 さっそく読んでみると――期待に違わぬ、見事なSF奇書でした。


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