Science Fiction

2010.08.05

SF奇書天外REACT【第4回】(1/2)[2010年8月]

絶好調! ひそかに人気の古書探求コラム
『宇宙航路』の著者、L・ロン・ハバードのお話

北原尚彦 naohiko KITAHARA

 

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●北原尚彦「SF奇書天外REACT」の連載記事を読む。
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 『SF奇書天外』の単行本が東京創元社から刊行されたのは、二〇〇七年八月のこと。当時、それを記念して幾つかのイベントが行われた。ひとつは、横浜・みなとみらいで開催されたワールドコン「Nippon2007」における「SF奇書の世界」という企画。星敬氏、日下三蔵氏、彩古氏をゲストに迎えて、SF奇書を語るというものだった。
 もうひとつが、神保町の三省堂本店で行われたSFイベント。こちらは牧眞司氏をゲストに迎えて、やはりSF奇書を語り尽くした。
 後者では、牧眞司氏も様々なSF奇書を持参くださり、それらを紹介して頂いた。その中の一冊が、L・ロン・ハバードのSF『トゥ・ザ・スターズ』だった。詳しい内容については後述するが、わたしはこの本の存在を、牧氏から教わるまで全く知らなかった。そしてもちろん、猛烈に「欲しい!」と思ったわけである。
 とはいえ比較的最近発行された本だったので、簡単に手に入るだろう、と思い込んでいた。ところがしばらく探し続けても、これが全然見つからない。しかも三省堂イベントの際には観客としてお越しいただいた彩古氏からは、見つけることができたと報告いただいた。とても悔しい思いをした。
 しかし更に後日。なんと彩古氏、二冊目を発見したので、一冊わたしに譲ってくれるというのだ! 自力で見つけ出せなかったのは忸怩たるものがあるものの、嬉しいことには違いない。

宇宙航路
『宇宙航路』
 さて。ロン・ハバードと言えば、古くからのSFファンにとって〝『宇宙航路』の作者〟だった。『宇宙航路』は一九五六年、元々社「最新科学小説全集」の第一巻として刊行されたのだが、それ以降、およそ三十年間ハバードの邦訳はなかった。〝ハバード=『宇宙航路』〟という刷り込みも、致し方あるまい。
 ハバードが久々に邦訳されたのは、サンリオSF文庫から。『奪われた惑星』に始まる《バトルフィールド・アース》全六巻(一九八五―八六年)である。しかしそれも一九八七年、サンリオのSF出版からの撤退により間もなく絶版となった。
 〝《バトルフィールド・アース》の作者〟という新たな肩書きを得たのとほぼ同時期、別な肩書きも我が国にもたらされた。〝サイエントロジーの創始者ハバード〟である。サイエントロジーというのは、ハバードの考え方に基づいた、世界的に信者の多い宗教である。この宗教自体は一九五〇年代から始まっているが、日本にその支部が出来たのが一九八〇年代(らしい)のである。
 そのため、『ダイアネティックス』などサイエントロジー関係の書籍が次々と邦訳されるようになる。この流れも、決して悪いものではなかった。まず、アメリカのサイエントロジー系の出版社が、《バトルフィールド・アース》日本語版をハードカバーで刊行。続いて、日本のサイエントロジー系出版社ニュー・エラ・パブリケーションズ・ジャパンから、未訳だった小説『フィアー』(一九九二年)が邦訳刊行されたのである。同書巻末にはハバードの小説の原題がずらりと並べられ、「L.ロン・ハバードの名作の中から日本語版、続々と発行予定」と記されており、大いに期待が膨らんだ。しかし実際は続く『死の代理人』(一九九二年)だけでストップしてしまった。この二冊はどちらもSFではなくサスペンス系の作品だったので、「SFこそ出して欲しかったのに!」と思ったものだった。とはいえ、前者はハバード初期の代表作とも言える長篇であり、スティーヴン・キングやブラッドベリ、アシモフやロバート・ブロックも推薦する作品なので、それを出してくれただけでも価値はあったというもの。その後はハバードの小説の邦訳の流れは停滞。《バトルフィールド・アース》が、更に再刊(世界社/二〇〇〇―〇一年)された程度だった。
トゥ・ザ・スターズ
『トゥ・ザ・スターズ』
 ……そんな経緯の後に、知らぬ間に『トゥ・ザ・スターズ』が出ていたのだ。一般的な流通ルートに乗ったものではないらしい上に、これはSF。猛烈に欲しくなるのも当然だ。
 ではストーリーを。主人公はアラン・コーデイという男。彼は上流貴族の出だが、貧乏。彼はチカという女性と結婚したいと考えていたが、彼女の父親は五年以内にアランが自分の事務所を開設できる金を稼いだら結婚を許してもいい、と言った。
 そこでアランは、二年間火星に出稼ぎに行こうと考えた。しかし火星へ行くにも金が要る。ただで乗せてくれそうな船を捜すが、見つからない。やがて、ハウンド・オブ・ヘブン号という宇宙船の船長キャプテン・ジョスリンと、そのクルーたちと出会う。キャプテン・ジョスリンは、アランを乗せてもいいと言ってくれた。しかし、実はハウンド・オブ・ヘブン号は他星系へ向かう長期飛行の船だった。
 アランは抵抗するが、無理矢理乗せられてしまい、宇宙船は出発する。アランは愕然とした。長期飛行の船は、光速に近い速度で飛行する。つまりウラシマ効果が発生するので、アランが戻って来る時、地球でどれだけの年月が過ぎているのか見当もつかなかった……。
 「そのストーリー、昔読んだことがあるぞ!」という方。あなたの記憶は正しいです。――実は『トゥ・ザ・スターズ』とは、『宇宙航路』の新訳だったのであります!
 いや、〝新訳〟というと語弊がある。時々古臭い文章表現があるので『宇宙航路』と比較してみると、ところどころ小さな違いはあるものの、概ね同じ表現が行われているではないか。これは新たに訳されたものではなく、『宇宙航路』の訳文に基づいていたのだ。だから、正確には新訳というよりも〝改訳〟と言うべき代物。『トゥ・ザ・スターズ』の訳者名はどこにも表記されていないが、『宇宙航路』の訳者・尾浜惣一(=斎藤忠)は一九九四年に没しているから、本人が改訳したのではないだろう。誰かが『宇宙航路』に手を入れたと考えるのが妥当でありましょう。



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