Science Fiction

2012.11.05

香月祥宏/ロバート・チャールズ・ウィルスン『ペルセウス座流星群』解説(全文)[2012年11月]

香月祥宏 (書評家) yoshihiro KATSUKI


 地球が不可視の膜に覆われ、時間の流れが外の宇宙の一億分の一になってしまう『時間封鎖』。その封鎖解除後の世界を描いた『無限記憶』。そしてすべての黒幕である超越的知性体・仮定体の謎に迫る完結編『連環宇宙』――魅力的な大風呂敷を果敢に広げて繊細に畳んでみせた《時間封鎖》三部作が大好評を博した、ロバート・チャールズ・ウィルスン。本書は、そのウィルスンが2000年に刊行した短編集、The Perseids and Other Storiesの全訳である。
 全9編の収録作は、カナダのトロントで老店主オスカー・ジーグラーが経営する古書店ファインダーズを核として、ゆるやかにつながっている。と言っても、例えば本邦の人気作《百鬼夜行》シリーズ(京極夏彦)や《ビブリア古書堂の事件手帖》シリーズ(三上延)のように、作中の事件や人物がこの店を中心に回ってゆくというのとはだいぶ趣が違う。そのへんは実際に作品を読んでいただくのがわかりやすいだろう。巻頭の「アブラハムの森」からして、“不思議なお店”ものとしては異例の展開。その後、ファインダーズ自体はだんだん背景に引いてゆき、終盤で再び存在感を増してくる。
 ただ、登場人物や物語の断片などのつながり探しはあくまでもおまけ。基本的に独立して読める作品ばかりで、著者自身があとがきで述べている通り、関連性は「多分に恣意的」。肩肘張らずにバラエティ豊かな短編集として楽しんで、気づいたときにニヤリとする、というくらいでちょうどいい。
 それでは、各収録作を見て行こう。作品の成立過程や初出については、著者あとがきと初出一覧を参考にしていただくとして、ここでは主に内容面について紹介して行く。

「アブラハムの森」
 両親を亡くした移民の少年ジェイコブは、心を病んだ姉との二人暮らし。苦しい生活のなかで、古書店の老店主とのチェス勝負は、報酬として本をもらえることもあって、数少ない楽しみのひとつだったのだが……。
“不思議なお店”ものとして意外な幕開け、というのは先述の通り。『無限記憶』のクライマックスとも呼応するような幻想的な森の描写が印象的だ。古書店ものらしく、要所でH・G・ウェルズの作品が象徴的に使われている。
 
「ペルセウス座流星群」
 離婚が成立して、トロントに移り住んできたばかりのマイクル。趣味の天体観測を通じて望遠鏡の販売員ロビンと親しくなった彼は、友人たちの集まりで勢力圏という概念について説明される。
 いちばん初出の古い作品だが、すでに《時間封鎖》三部作につながる要素がちらほら。生命がそれぞれの勢力圏を占拠してそのなかで生態系を創出してゆく……という考え方や「花が眼となっている植物」といった記述に、三部作の読者ならピンと来るのでは。季節や登場人物の心情の移り変わりを、さまざまな流星群の去来とともに描写するしなやかな語り口もさすが。
 
「街のなかの街」
 ジェレミーの家に集う仲間たちは、話の種として、ある共通の課題について各自が考えてきた回答を発表する、というコンテストを開催していた。今回の課題は、新しい宗教を発明すること。ジェレミーは、トロントの街そのものを宗教とすることを思いつく。
《時間封鎖》三部作でも宗教や終末思想が重要な役割を果たすが、この作品も宗教を扱っている。都市のなかにもうひとつの異貌の都市を幻視する、という都市テーマの幻想譚としても魅力的な一編。

「観測者」
 幼くして母を亡くした十五歳のサンドラは、夏休みの間、カリフォルニアに住む天文学者の叔父の家に滞在することになった。そこで彼女は、老天文学者エドウィン・ハッブルと出会う。
 見る/見られることについての不安や恐怖は、本書の表題作をはじめ、《時間封鎖》三部作でもたびたび描写される。本作は、そこに地球外知性体を絡めて、ハッブル、ハクスリー、アダムスキーなども登場。にぎやかな話になりそうなのだが、あくまでも抑えた筆致が作者らしい。

「薬剤の使用に関する約定書」
 激しい躁鬱が原因で離婚したボブ・ゼイルは、トロントのサニーブルック病院の精神科で集団療法を受け始める。そこには、同じアパートの住人マイキーも参加していた。
 同じ薬でもドラッグをテーマにした幻想譚は数多いが、これは医薬品から発想された不思議な味わいの作品。《時間封鎖》三部作においても、火星産寿命延長薬をはじめ、さまざまな薬剤が重要な役割を果たす。薬による精神や肉体の制御は、ウィルスン作品にしばしば登場するモチーフのひとつ。

「寝室の窓から月を愛でるユリシーズ」
 掘り出し物を自慢するのが好きな友人ポールに誘われたマシュー。ポールの妻リーアに下心を抱くマシューは、掘り出し物云々よりもリーア目当てで招待を受けたのだが……。
 猫のユリシーズを例に挙げて語られる人知を超えた存在についての議論は、《時間封鎖》の仮定体やスピンをめぐる考察とも共通する。小品だが、危うい人間関係を描く心理描写にも抜かりがない。

「プラトンの鏡」
 ハッタリを利かせたトンデモ本『プラトンの鏡』で一発当てたドナルドは、ファンを名乗る女性から小さな包みを渡された。中に入っていたのは、古びた鏡。
 不思議な鏡をめぐる物語は、幻想・怪奇小説では定番のひとつ。定番だけに、鏡に映るものとそれに振り回される人々を描く作者の筆力がいっそう光っている。

「無限による分割」
 ビルは、最愛の妻を亡くしてから何度も自殺を試みた。しかし果たせないまま、ある日ふらりと、妻の勤め先だった古書店を訪れる。ビルは老店主の好意で、数冊のSFペーパーバックを持ち帰ったのだが……。
 1999年ヒューゴー賞ノヴェレット部門第二席。SF的なアイデアを正面から導入しつつも、飛躍を抑えて心理描写に比重を置きながらここぞというところで一気に物語を広げる。怪奇幻想的なテイストが強い本書のなかでは、SF度が高く長編の読み味に近い作品。ネタばらしになりかねないので詳しくは伏せるが、SFファンへの目配せや《時間封鎖》三部作を思わせる風景などもちりばめられている。
〈SFマガジン〉2009年4月号に「無限分割」(金子浩訳)として別訳あり。

「パール・ベイビー」
 ファインダーズ古書店の経営を引き継ぐことになったディアドラは、原因不明の腹痛に悩まされていた。それは、胃の中に巣をかけた小動物が外に出てくるかのような痛み。そしてある日ついに……。
 基本は人が人ならざるものを産む怪奇小説のバリエーションだが、やはり作者ならではの心理描写が冴えている。出産までの肉体的苦痛を描いた序盤よりも、産後の心理的な苦痛や葛藤を描いた終盤のほうが胸に迫るものがある。

 以上九編、全編を通して特徴的なのは、いずれも家庭的に恵まれない主人公が設定されていること。夫婦や親子間で、不仲、死別、離婚……など、大小何らかの悩みを抱えている。これは《時間封鎖》でも同様で、三部作それぞれの主要人物たちにも、やはり同じような傾向があった。
 こうした影のある人物造形はウィルスン作品のキモで、SF的なアイデアや怪奇・幻想的な要素が日常の中に流れこむ窪みを効果的に作り出している。もちろん、設定するだけではなく、そういう人物像を説得力をもって描いていることは言わずもがな。とくに短編では造形と描写の舵取りが精妙に行われている。
 そして、SFや幻想小説の趣向を感情的な窪みの埋め合わせや癒しのために使っていないのも本書の特徴のひとつ。これだけの筆力があれば端正なハッピーエンドをひとつくらい混ぜても良さそうなものだが、そういうものはほぼない。いずれもビターな結末が、作品を引き締めている。

 さて、本書の収録作は90年代後半に発表されたものが中心で、いずれも『時間封鎖』(原著2005年刊行)以前の作品ということになる。
 傑作《時間封鎖》三部作を先に読んでしまった日本の読者にとっては物足りないのでは? と心配する向きもあるかも知れないが、そんなことはないのでご安心を。各編解題でも簡単に触れた通り、のちに《時間封鎖》へつながってゆくアイデアや風景の萌芽があちこちに見られるし、長編でも作品の根底を支えている緻密な心理描写は短編でももちろん健在。巧みなストーリーテリングを武器に大ネタを繰り出す大胆な手つきとはひと味違う、作者の繊細な筆さばきに触れることができる。
 また、作者がその代表作をものするまでの助走の軌跡が詰まっているため、ウィルスン作品の入り口としても最適。いくら『時間封鎖』が好評でも、いきなり大長編はちょっと……と思っている方も、ぜひ本書で作者の魅力に触れてもらいたい。そして長編読了後に本書に戻ってくれば、きっとまた新たな発見があると思う。
 さらに「『時間封鎖』の……」という枕を外してみると、優れた怪奇幻想短編集としての顔も見えてくる。家族や恋人との問題に心をすり減らす日常と交差する、不気味だが魅力的な非日常の誘惑。正気と狂気のはざまで揺れる登場人物たち。異世界への扉、秘められた都市、不思議な鏡といったモチーフ。長編に比べると異質な存在の掘り下げや謎解きがないまま終わる作品が多いが、怪奇幻想小説としてはまさにそこが読みどころになっている。幻想文学ファンにも、ぜひおすすめしたい一冊だ。
 
 作者の略歴や著作については、『時間封鎖』の訳者あとがきや『クロノリス―時の碑―』の解説が詳しい。
 最新情報については作者のウェブサイト(http://www.robertcharleswilson.com/)でも随時公開されており、2013年刊行予定の新作がすでに書き上がっているとのこと。
 この新作はもちろん、まだまだ未訳の作品も残っているので、今後とも紹介が続くことを期待したい。


(2012年11月)



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