Science Fiction

2018.08.27

春夏夏夏夏夏夏夏秋とうっ! 石川宗生の旅日記 第4回(1/2)


第1回 パスポートナンバーTK49494949の叫び
第2回 落下の山村
第3回 笑いを灯す人


第4回 摂氏四五・一度の異邦人
2017年6月27日
ウズベキスタン・サマルカンド―ヒヴァ―ヌクス
 


1.
 ここウズベキスタン・サマルカンドは「青の都」「イスラム世界の宝石」「東方の真珠」とさまざまな異名で呼ばれている。かのティムール一族が眠るアミール・ティムール廟、荘厳な神学校がぐるりと取り囲んだレギスタン広場、中央アジア最大のモスクであるビビハニム・モスクと、歴史的、景観的にすばらしい見どころが多いのだが、そんなことより問題はコカ・コーラ。さっき買ったばかりなのに、もうない。
 あわてて近くの商店に駆け込んだ。
 冷蔵庫を開き、お店の人に申し訳ないと思いつつも、奥のほうのペットボトルに手を伸ばす。どこの商店も節約のためか冷蔵庫の温度を高めに設定しているし、当然ながら客は手前のほうから取っていくため、だいたい手前のものはぬるいと相場が決まっているのだ。
 冷えたコカ・コーラを頬にあて、おでこにあて、一息。
 一口。
 二口。
 あぁ、すこしずつ、すこしずつ体内にオアシスが充ち満ちてゆく。
 日本ではあまり飲まないのに海外、こと暑い国に来るとほぼ毎回のようにコカ・コーラを飲んでしまう。たまにセブンアップだったりファンタだったりスプライトだったりするが、しゅわっとした喉越しが欲しいため、そして夏ばてのせいか本能が甘いものを希求しているため、いずれも甘い炭酸飲料だ。かつてエジプトやイスラエルを訪れたときにはしょっちゅう一・五リットルのコカ・コーラをラッパ飲みしていたので、旅の仲間に引かれた覚えもある。それに比べればいまは五〇〇ミリリットルだし、まだかわいいもの。
 そう言いわけして、また一口、二口。
 あぁ、オアシス。
 昭和のテレビコマーシャルの決めゼリフにありそうだな、と思いながら次の観光名所、シャーヒズィンダ廟群へ。
 途中、アンティークショップに立ち寄り、一九八〇年モスクワ・オリンピック関連のアンティーク・ピンバッジがかわいかったのでいくつか購入。その後、近くのチャイハネ(寄合茶屋)に招かれ、地元のおじさまたちとカードゲームに興じる。織物工場があったので、地元の女性たちの機織りを見学した。
 そうこうしているうちに、またもやコカ・コーラが底を突く。
 辛い、ダメ、もう死ぬ。
 商店。
 あぁ、オアシス。
 こんな立て続けに飲んだら健康によろしくないことは百も承知だが、あの得もいわれぬ快感を知ってしまった以上もう止まらない。やめられないのだ。
 こんな辛い想いをするなら恋なんてしなければ良かった、と誰かが言っていたが、それはこの場合もおなじ。こんな辛い想いをするなら冷たいコカ・コーラなんて飲まなければ良かった。

 前回のキルギスタン編のあと、ぼくはカザフスタン・アルマトイ、ウズベキスタンの首都タシケントを経て、ここサマルカンドに入った。実を言うと今後の旅のルートに関して、中央アジアを周遊したあと最終的にコーカサス方面、つまりは西の方角を目指すというひどく曖昧な構想しか最近まで抱いていなかったのだが、それもウズベキスタンの地を踏むことで一気に、半ば強制的に明確になった。
 ひとつめの要因は気候だ。
 最高気温は日に日に上昇を続け、いまや摂氏三八度に達している。これまでは中国、パキスタン、キルギスタンと標高数千メートルの高地に滞在することが多く、気温も一〇度前後と寒いぐらいだったので、このとつぜんの気温上昇はかなり肉体的に堪える。
 加えて、国土の大半を砂漠が占めるウズベキスタンは七月上旬から「チッラ」という酷暑期に入るらしく(これ以上暑くなるというのは想像できないし想像したくもない)、灼熱地獄から逃れるためには先へ突き進むほかない。
 もうひとつの要因は、のっぴきならないビザ問題。
 ほかの国で時間を使いすぎ、あと一〇日ほどでウズベキスタン・ビザが切れてしまうので、一刻も早くこの国から抜け出さなくてはならないのだ。
 そこで地図を見ながらねじ切れるぐらい頭をひねった。
 まず、空路はお金がかかるので陸路にしぼる。
 サマルカンドから南東に進めばタジキスタンに入れるし、行きたい気持ちもあるにはあったが(ビザもインターネットで簡単に取得できる)、それだとルート的に引き返すことになるため今回はあきらめる。南西にはトルクメニスタンがあるが、ウズベキスタンでビザを取得する場合は一週間前後の時間を要するため今となっては論外(しかも取得可能なのは滞在期間五日間のみのトランジット・ビザだ)。いちおうアフガニスタンも隣国だが、一部地域はいまでもタリバンの巣窟なので論外中の論外。
 この消去法のすえに残ったルートは、サマルカンド―ブハラ―ヒヴァ―ヌクス―カザフスタン西部と、ただひたすら西を目指すというもの。
 その先に待っているのは、カスピ海!

2.
 かくてサマルカンドを早々に去り、ブハラを経て、西へ、西へ、乗り合いタクシーでヒヴァに到着。ホステルにチェックインして早々、列車のチケットを買うべく外に出た。
 ウズベキスタンにかぎった話ではないが、長距離列車のチケットは事前に購入しておかないと売り切れてしまう場合があるため、いまのうちに次の目的地であるウズベキスタン・ヌクス―カザフスタン・ベイネウの夜行列車のチケットを購入しておきたいのだ。
 だが、ヒヴァは砂漠のど真ん中に位置しているためか、ほかのウズベキスタンの町々より数段暑く、道を歩いている人もなきに等しい。公道の照り返しがすさまじく、反射的にまぶたが閉じ、かわりに全身の毛穴が開いてぶわっと汗が噴き出してくる。商店から商店へと渡り歩き、聖火リレーのように冷たいコカ・コーラを絶やさず飲みながら、どうにか町はずれにあるチケット・オフィスに到着。
 冷房のきいた室内では、数人の地元民が椅子に座って涼んでいた。かたや窓口には大勢が列も作らず野放図にむらがっている。
 ぼくも仕方なく人混みにまざって、虎視眈々と購入の機会をうかがった。そのさなか、四方八方から好奇な視線を浴びせられる。いまにはじまったことではないが、ぎょろりとした大きな目に囲まれるのは、あまり居心地が良いものではない。それにしても汗びっしょりのぼくとは違って、彼らは汗ひとつかいていない。育った環境や慣れの問題なのか、それとも体質そのものが違うのか……。
 と、そのとき背後で大声が。
 振り返ると、ふたりの女性が怒鳴り合っていた。現地語なので内容はさっぱり分からないが、黒髪の若い女性がえんじ色のスカーフを巻いたふくよかな中年女性に激しい剣幕で食ってかかり、中年女性のほうも多少たじろぎながら負けじと反駁している模様。刺繍帽をかぶった男性がなだめるが、両者ともまるで聞く耳を持たない。
 言い合いはむしろ激しさを増してゆき、しまいには唇が触れ合わんばかりに顔と顔を近づけ、若い女が平手打ちを食らわせた。
 中年女性はとっさに頬を押さえるも、目を大きく見開いて佇立。
 周囲があっけにとられて固まるなか、若い女は捨てゼリフとともに相手の顔に唾を吐きかけ、大またでオフィスから出ていった。
 バタンという激しい扉の音とともに、時がふたたび動き出す。いまだ驚きさめやらぬ様子で立ちすくんでいる中年女性に、さきほど仲裁に入った男性がハンカチをわたした。周囲はあきれ顔でたがいを見やり、ちいさく首を振る。
「なにがあったんですか」と近くの男性に英語で訊いてみるが、無言でかぶりを振られた。だれに尋ねても、おなじような反応がかえってくる。
 英語が通じないのか、答えたくないのか(それにしても理由は分からないが)、それとも単に誰も真相を知らないのかてんで分からないが、数十分ほどで無事列車のチケットを購入。となりの商店でコカ・コーラを補充し、来た道を戻った。
 炎暑と静寂。
 黄土色の家並みと遠方に立ち込める陽炎が、一種幻想的な景観を織りなしている。いや、陽炎などではなく、立ちくらみのせいであたり一面が揺らいで見えているだけなのかもしれない。
 朦朧とした意識のなか、さきの女性同士の争いがフラッシュバックし、カミュの『異邦人』が脳裏をかすめる。あの小説の主人公は殺人の罪に問われた際、太陽がまぶしいから引き金を引いたと証言していたが、ここヒヴァであれば、暑すぎたからケンカしたという不条理も起こりえるのではなかろうか。
 そんなあらぬ妄想が真実味をまとうほど、とかく暑い。
 死に体でホステルに帰還。
 ウズベキスタンの残り滞在日数も少ないし、このまま観光しに出かけたいところだったが、冷房のきいたドミトリーに入ったとたん気持ちが急速に萎えてゆく。そして、何気なくインターネットで見た今日の最高気温がとどめに。
 摂氏四二度。
 ベッドで、大の字。

 気を取り直して翌朝、イチャン・カラなる内城へ。
 長さ二二五〇メートルの黄土色の高い塀に囲まれたイチャン・カラはヒヴァの観光名所で、小規模ながら数々のモスク、ミナレット、メドレセがひしめきあい「博物館都市」とも呼ばれている。
 西門の売店で複数の名所に入場できる共通チケットを購入し、モスクをいくつかまわったあと、ヒヴァでいちばん高いイスラム・ホジャ・メドレセのミナレットに入った。らせん状に続く急な石階段を、壁面に手を添えながら慎重に一段ずつのぼってゆく。

写真1_イスラーム・ホジャ・メドレセのミナレット.jpg  高さ四五メートルの頂上は半径二、三メートルほどの円状のスペースで、分厚い石壁がぐるりを取り囲んでいる。石壁には縦長の隙間が等間隔に開けられており、そこからイチャン・カラの全景が窺えた。城壁のなかに土気色の建物がたくさん詰めこまれ、あでやかなターコイズブルーの尖塔がつくしのように顔を出しており、どことなくイスラム建築のおもちゃ箱といった印象を受ける。
 だがいちばん目を引かれたのは、石壁一面をびっしりと埋め尽くしている「M+D=L」といった数式であった。はじめ、大学の慰安旅行で訪れた数学教授たちがここでブレイクスルーしてとっさに数式を書き留めたのかと複雑な想像をめぐらせもしたが、LOVEやハートマークをみるかぎりどうやら恋人たちの落書きらしい。なかには数式の解として名前が書かれているものもあるが、もしかすると子供の名前かもしれない。だとしたら、とっても合理的でスタイリッシュ。

写真2_落書き.jpg  いや、そもそも落書きなんてしちゃダメだけど。

 昼下がり、刺繍布のスザニや木細工の土産物屋でにぎわう目抜き通りを歩いていたとき、ひとつ前に滞在した町ブハラで知り合った三人の旅行者とばったり再会した。
 まずは、日本人のカオリちゃん。元薬剤師のかわいらしいメガネ女子で、現在は世界一周中、日本を出て九ヶ月になるという。
 日本人のマゴオリさん、通称マゴさん。世界一周中の元長距離トラックの運転手で、ブハラで会ったときも、このときも『キャプテン翼』の日向小次郎みたいに白いTシャツの袖をたくし上げているのが非常に印象的だった。すべてを達観しているかのようにもの静かで、謙虚で、比類なき良い人。
 そしてドイツ人のミレナちゃん、茶褐色のショートヘアで、ぱっちりお目々と鼻ピアスがチャーム・ポイントの女の子。
 日本人のふたりとはブハラのホステルで一緒になり、けっこう言葉も交わしていたのだが、ミレナちゃんとはブハラのとある商店ですこし立ち話をしただけだった。にもかかわらず、ぼくのことをちゃんと覚えてくれている様子で「良かったら一緒に見てまわらない?」と満面の笑みで誘ってきた。
 オッケー。
 なんでも三人はヒヴァ行きの乗り合いタクシーで一緒になって、いまもおなじホステルに泊まっているらしい。
「わたしはブハラに自転車を置いてるから、またすぐに戻るんだ」と鼻にかかった甘い声でミレナちゃんは言う。「そこからトルクメニスタンに抜けて、イランに向かうつもりなの」
 彼女はチャリダー(自転車で旅をする人の総称)で、これまでも東南アジアやインドを走破してきたという。ちなみにチャリダーは日本人、外国人を問わず世界中どこにでもいるが、中央アジアは景観がきれいだったり走りがいがあったりするのか異様に多い。
「でも、この暑さだとさきが思いやられるよね」と彼女は続ける。「トルクメニスタンとかイランは砂漠だらけだし、真夏だと五〇度になるときもあるっていうじゃない」
 そんなたくましいミレナちゃんであったが、ふと足下を見ると、裸足だった。
 Coccoか!
 思わずそう突っ込みたくなったが、言ったところでミレナちゃんに分かるはずがない。ぐっとこらえて「なんで裸足なの? 足の裏、熱くない?」
「ぜんぜん熱くないよ」と彼女はひょうひょうと答える。「このほうがかえって気持ちがいいぐらい。地面の感触がよく分かるし、自分が歩いていることも実感できるからね」  不思議ちゃんか!
 ……暑さでなんかテンションがおかしい。

 みなで仲良くヒヴァ観光。
 が、どこもかしこも人だらけであまり落ち着かない。
 とあるホステルの従業員から、気候的に旅行しやすい春や秋には一日で一〇〇〇名近くの観光客がヒヴァに押し寄せると聞いていたのだが、こんな酷暑でも午後に入るとおびただしい数の観光客がやって来る。主としてドイツ、フランス、中国、韓国の団体客が多かったが、なかには日本人のツアー客もおり、上品な服装で扇子をあおぎ、高級そうなカメラでぱしゃぱしゃ写真を撮っている。そのなかで、心持ちみすぼらしい身なりをしたぼくらはやや場違い感すらあった。
 ヒヴァで唯一、ぼくらがのんびりできたのはタシュ・ハウリ宮殿。敵勢の侵入を想定して造られた入り組んだ狭い通路を抜けると、ハーレムと王の間のある広々とした空間がぱあっと開けた。
 豪華な幾何学模様や色タイルが美しい。そのうえ、静謐だ。
「ここは落ち着きますね」マゴさんも淡々と言う。「ただ人がいないっていうだけで良いところに感じられます」
 ぼくらも観光客であることは変わりないけど、うだるような暑気に加え、これだけ人が多いとやはり静穏を求めてしまう。おのおの日陰を見つけると、柱にもたれかかり、床に寝そべって、頭上に広がる空とイスラム建築の目の覚めるような青の共演を慈しんだ。

写真3_タシュ・ハウリ宮殿内部.jpg  日没後、レストランを求めてあたりをさまよっていたとき、ぼくとおなじホステルに宿泊しているロシア人の青年ブラッドと出くわした。
「この時間でもまだ暑いよな。どこも見る気がしないよ」
 みな、思うことはおなじらしい。
 ブラッドも加わって、引き続き五人でレストラン探し。イチャン・カラ内のレストランはどこもツーリスティックで値が張るため、城壁の外でローカル食堂を探したのだが、なかなか良いところが見つからない。
 ぼく個人の勝手な所感だが、ここヒヴァのみならず、ウズベキスタンはどこもレストランが少ない。しかもラマダンはとっくに終わっているはずなのに(ラマダン期間は閉店するレストランも多い)、メニューに載っている料理が半分ぐらいなく、余りものを食べることを余儀なくされる。おまけに質もそこまで高くない。素敵なレストランもあることにはあるのだが、ハズレ率が他国より高い気がするのだ。
 それはぼくらが迷いに迷ったすえに入った某レストランもおなじだった。
 バスケットに入れられたパンはいつのものとも分からぬほどおそろしい堅さで、ブラッドも「まるでトンカチじゃないか」と苦笑しながらパンとパンをカンカン打ちつけ合う。この国であれば、パンで人を撲殺してそのまま凶器を食べてしまうというミステリ小説も成立するのではなかろうか。
 そしてカオリちゃんが、あれもない、これもないとウェイターに言われ続けたすえに注文した肉料理は、ただ見ているだけで吐き気をもよおすほど油まみれ。彼女も目の前に出された瞬間絶句し、うなだれ、向き合い、受け入れ、ようよう口に運び、案の定、残した。
 サラダはどこの食堂もだいたいトマトときゅうりで、ここのはかなりしなびている。
 まともなのは、食後のデザートとして出されたスイカぐらいだった。
 そんな意気消沈とした夕食の席でいちばん盛り上がったのは、職業を訊かれたミレナちゃんが「わたしはマッチ売りなの」と答えたときだった。
 一同の視線が彼女に集中。「はい?」
「ふふふ」ミレナちゃんは無邪気に笑う。「なにそれって感じかもしれないけど、いろんな国でマッチを集めて、マッチ箱のなかをペイントして、それを売ってるの。だからいまも旅先で集めてるんだ。アンティークじゃなくて、こういうお店とかにあるふつうのマッチを」
「非常に有意義なアクティビティだとは思うけど、それはちゃんとお金になるのか?」とブラッドがいたってまともな質問をぶつける。
「ちょっとだけね。友達が買ってくれるのよ」
 果たしてそれは仕事と呼ぶのか。たぶんそのとき誰もが思っただろうが、誰も言葉にはしなかった。
 夕食後、ミレナちゃん、マゴさん、カオリちゃんはべつのホステルなので、いったんお別れ。明日、ミレナちゃんはブハラに戻るが、マゴさんとカオリちゃんはぼくと一緒にヌクスを目指すことになった。
 去りぎわ、マゴさんがなんの前置きもなしにとつぜん言い放った。
「スウィート・ドリーム」
 決めポーズとでも言わんばかりに、親指もぐっと突き立てる。
「……いきなりどうしたんですか、マゴさん」ふだん無口なマゴさんが突然そんなことを言ってきたので面食らい、訊き返してしまった。
 するとマゴさんも困惑した様子で「これで合ってるよね?」とさらに訊き返してきた。詳しく話を聞いてみれば、なんでも彼は世界一周をはじめる前フィリピンに英語留学をしたらしく、今しがたの英語もそこで習ったフレーズなのだという。
 あぁなるほど、そういうことでしたか。
 では、あらためて、
「スウィート・ドリーム」



(2018年8月27日)



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