Science Fiction

2017.07.31

細美遙子/キャリー・パテル『墓標都市』あとがき(部分)

『墓標都市』の世界観はまったくもってすばらしい。
パテルは壮大にして刺激的な作品世界を描ききった。

   ――ピーター・トライアス(『ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン』著者)


細美遙子 yoko Hosomi



 リコレッタは地下に広がる大都市――直径八百メートル、街の端から端まで数キロメートルにわたってのびる巨大な円柱状空間”脊椎(スパイン)”を中心として、縦横に広がるトンネル網からなる都市国家だ。密集するアパートや街路、頭上を走る懸垂型車輛――生活空間のすべてが地下にあり、地上にはほとんど使われることのない出入り用のポーチが墓標のように建ち並ぶ。〈大惨事〉から数百年を経た今、荒れ果てて瓦礫がころがるだけの地上に好んで出る者はいない……捜査官に追いつめられた犯罪者以外には。
 リコレッタを統治しているのはわずか数人の評議会の議員たちで、権勢を誇っている。富裕階層は爪を長くのばしてマニキュアで飾っていることから”白い爪(ホワイトネイル)”と呼ばれ、”葡萄園(ヴィニャード)”という高級住宅地区にかたまって暮らしており、評議員もその一員だ。評議会の下部組織として各種の理事会とシティ・ガードという警防団があるが、そのなかの保存理事会で働く歴史学者が自宅の書斎で死んでいるのが発見された。この物語はここからはじまる。
 学者の死は見るからに他殺であり、市警察の女性捜査官マローンがその現場に送られる。ぎっしりと本が詰まった書棚を見たマローンの驚きから、この世界の一般市民は歴史関係の本を読むことを(そして持つことも)禁じられていることが判明する。ベテランの敏腕捜査官でストイックな性格のマローンは、快活で人あたりのいい新米捜査官サンダーと組むことになり、最初はしぶしぶ捜査に連れていくが、サンダーの機転に助けられることも多く、しだいに相棒として認めるようになる。
 一方、あまり裕福でない地域に住むジェーンは孤児院育ちで、現在はヴィニャードの富裕層を顧客に持つ洗濯女として働き、同じアパートに住む新聞記者フレドリックと助け合いながら暮らしているが、顧客である評議員の家に洗濯物の配達に行ったときに殺人犯と遭遇する。それが縁でマローンと知り合い、情報提供者として捜査にも協力することになる。捜査を進めていくうちに、マローンは謎の計画プロメテウス・プロジェクトにたどりつく……。
 本書はマローンとジェーンというふたりの女性を軸にして語られる物語だが、このふたりの動きにつれて次々と見えてくるリコレッタという都市国家の相貌もまた、大きな魅力を醸しだしている。豪奢な舞踏会のシーンや、三つの階層をなす大きな市場、輝き石の照明に浮かびあがる迷宮のようなトンネル網等々、魅力的な光景が提示され、読者は驚嘆しながらこの見知らぬ世界をマローンやジェーンと共に歩くことになる。そして十九世紀の貴族のようなホワイトネイルたちの策略や処世術に翻弄されたあげく、後半に急転する展開に驚かされるのだ。
 本書の魅力は、リコレッタという復古趣味的な環境と風習のもとに生きる人々に降りかかった連続殺人事件という謎だけでなく、この都市の評議会を含む上流階級の歴史と葛藤、きらびやかな舞踏会、孤児ジェーンのけなげな生いたちなどのディテールがからみあい、読者をこの世界に深く親しませてくれるところにあるだろう。さらに、明るく元気で機転のきくジェーンとタフで有能な捜査官マローンという対照的な主役ふたりに加え、謎を秘めて暗躍するローマン・アルノーという魅惑的なキャラクターが強烈な個性を放っている。ほかの登場人物も個性豊かで、朗らかで勘のいい若手捜査官サンダーやグラマラスなオリビア、市警察のヨハンセン署長と秘書のファラー、『マクベス』に出てくる三人の魔女のような舞踏会の老婦人たちと、みな読後もはっきりと強い印象を残している名優ぞろいだ。

 作者のキャリー・パテルはテキサス州ヒューストンで生まれ育った女性で、スペインのグラナダとアルゼンチンのブエノスアイレスに留学し、最終的にはテキサスA&M大学で学士と修士を得ている。現在はカリフォルニア州在住で、Fallout: New Vegasなどの開発を手がけたゲーム企業 Obsidian Entertainment に在籍し、昼はゲームのナラティブ・デザイン、夜は小説を書く生活を送っている。
 本書はパテルの小説の処女作であるが、二〇一五年三月に出版されたのち同年七月には続巻のCities and Thronesが出版され、今年(二〇一七年)には本三部作の最終巻となるThe Song of the Deadが出版された。本書の出版時に独創的な異色作の書き手として高い評価を得たが、その評価を裏切ることなく、二年の歳月をかけてこの魅力的な世界を描ききっている。

(以下略)


■細美遙子(ほそみ・ようこ)
高知大学人文学部文学科卒業。英米文学翻訳家。訳書に、マーセデス・ラッキー『魔法の誓約』『魔法の代償』、アンナ・カヴァン『チェンジ・ザ・ネーム』、ケン・リュウ『母の記憶に』(幹遙子名義、共訳)など多数。
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