Science Fiction

2011.09.15

「平田真夫/森山安雄の挑戦――ゲームブック『展覧会の絵』から小説『水の中、光の底』へ」平田真夫/森山安雄×岡和田晃(1/4)[2011年9月]

特別寄稿 平田真夫インタビュー
平田真夫/森山安雄の挑戦
――ゲームブック『展覧会の絵』から小説『水の中、光の底』へ

平田真夫(SF作家)/森山安雄(ゲームブック作家)
 × 岡和田晃(SF評論家/ゲームライター)


はじめに 岡和田晃

 東京創元社から連作小説集『水の中、光の底』を刊行された平田真夫さんにお話を伺います。
 平田さんは本書が文芸書として初の作品集ということですが、1987年に森山安雄の名義で『展覧会の絵』というゲームブックを創元推理文庫から発表されており、それで平田さんを知った方も多いかも知れません。かくいう私もそうでした。ただ私個人はいわゆる「ゲームブック直撃世代」よりも少し後の世代で、94年頃から遡って、社会思想社の現代教養文庫や創元推理文庫などのゲームブックをかき集め、貪り読んだものでした。その過程で出会ったのが『展覧会の絵』で、本当に魅了されました。
 印象的な題名と米田仁士さんのイラストに惹かれて購入したのですが、独特の読後感がありました。『展覧会の絵』は、ゲームブックやRPGを扱う月刊誌〈ウォーロック〉(社会思想社)の人気投票で非常に高く評価されましたが、それも充分理解できます。その後同作は、読者の熱い要望のもと2002年に創土社から復刊されました。
 そして、25年近く経って発表された『水の中、光の底』にも『展覧会の絵』と相通じる叙情、実験精神、ひいてはある種の新しさがあると感じました。
 今回はこの両作品を通じて、平田さん/森山さんの創作の秘密を伺いたいと思います。



矢野徹、〈ポプコム〉、新井素子

岡和田 ゲーム仲間に『展覧会の絵』について訊いてみました。軽く尋ねただけで、周囲のアナログゲームファン20名以上から「あれは面白かった」という声があがりました。

平田真夫 ありがとうございます。

岡和田 「いったい何が面白かったのか」と突き詰めると、『展覧会の絵』の豊穣なイメージ、というところに行き着ます。
 ゲームブックを好きな人たちと『火吹山の魔法使い』(社会思想社・現代教養文庫、のちに扶桑社文庫より復刊)をはじめとする名作ゲームブックについてよく話すのですが、彼らの多くは「死体に混ざった食屍鬼(グール)に不意を打たれた」とか「最後の鍵が合わずに力尽きた」など、具体的な冒険のディテールについて語ることが多い。ところが『展覧会の絵』については正反対で、音楽や絵画を受容したあとに近い、ある種のイメージを読者に強く残した、という印象です。
 これはもちろん、当時として、そしておそらく今も異例であろう「ムソルグスキーやラヴェルの音楽を題材にしたゲームブック作品」だということも関わっているのでしょう。こうした幻想性は、どこまで意図して盛り込まれたのでしょうか。

平田  これは私の経歴とも関わってきますので、長くなりますが改めて自己紹介を。
 もともとゲームブックについては素人です。『水の中、光の底』著者紹介にもあるとおり、商業誌でのスタートは〈SFマガジン〉84年11月号に掲載された「マイ・レディ・グリーン・スリーヴス」(http://www.hirata-koubou.com/sf/novel/green.html)でした。これは純然たるアイデアSFでした。

岡和田 北海道で行われた日本SF大会(1984年、EZOCON2)の「SFコンテスト」で入選した短編ですね。

平田  その後、小学館の〈ポプコム〉というパソコン雑誌(1983~94年)が「欄外アドベンチャーゲーム」という企画を立て、そのときSF翻訳家・作家の矢野徹さん(1923~2004年)に「誰か出来る人はいないか」と相談がありました。当時はじまったばかりの分野だったこともあって、たまたま親交のあった私にご連絡をいただいたのです。

岡和田 なるほど、創土社版『展覧会の絵』に矢野徹さんが解説を寄せていらしたのには、そういう背景がありましたか。
 矢野徹さんは還暦を過ぎてからアナログゲーム紹介の第一人者である安田均さんの『SFファンタジィ・ゲームの世界』(青心社)を読んで、コンピュータ・ゲームの「ウィザードリィ」を遊びはじめた方です。この経緯は『ウィザードリィ日記』(角川文庫)に書かれています。ゲーマーなら誰しも共鳴する熱い本です。

平田  矢野さんの紹介を受けて、まったくの素人だった私は、編集の方に会う前に研究しておかなくてはと思い、『火吹山』などを読み、このジャンルは新しい小説の形式になりうると思ったのです。
 ただし、まだ小説の方法論、つまりストーリーを重視した構成、最終的な結末の意外性などまで出来ている作品はないんじゃないか。少なくとも当時、私は見つけられなかった。
 そこで〈ポプコム〉の編集長に話したんです。私は決して小説のプロではないですが、お仕事をいただけるなら、小説の方法論を取り入れて、世界観をきちんとつくり、ストーリーを重視し、結末にいわゆる「落ち」を付けたいと。

岡和田 ゲームそのものには親しんでいらしたのですか?

平田  ファミコンすら持っていませんでした。東京工業大学SF研究会の出身ですから当然、小説や漫画、映画が中心です。会話型のRPGも存在を知っているだけでした。ゲームについては素人、アウトサイダーです。
 つまり〈ポプコム〉の連載(1986年中に全6話を発表)は、「ゲームを全然知らない門外漢が、新しい小説の形式としてこのジャンルを捉え、ゲームシステムは後付けで勉強して手探りで書いた」ものです。

岡和田 ボードゲームやカードゲームなどは?

平田  チェスと将棋は好きでしたし、今も好きです。カードは普通のトランプしか知りません。

岡和田 失礼ですが、ゲームをあまりご存知なかったのに、なぜ矢野さんは「この人ならできる」と思われたのでしょうか。

平田  わかりません。「グリーン・スリーヴス」であるていど力を認めていただいたのかも知れませんが、当時はアドベンチャーゲーム自体が黎明期だったので、とりあえず紹介していただけただけかも知れません。

岡和田 EZOCON2が84年7月、ゲームブック『火吹山の魔法使い』の日本語版発売が同年12月。『火吹山』は200万部以上を売り上げたといいます。平田さんの〈ポプコム〉での連載が始まった86年の年末には社会思想社からゲームブック専門誌〈ウォーロック〉が創刊されました。〈ウォーロック〉も創刊時に読売新聞に広告が打たれたといいます。この頃すでに、ゲームブックは大きなブームになっていました。
 ところで「マイ・レディ・グリーン・スリーヴス」は、アイデアSFとおっしゃいましたが、アイデアの背景にある叙情性に惹かれます。『水の中、光の底』の帯に推薦文を寄せられた梶尾真治さんの『おもいでエマノン』(徳間デュアル文庫)や、レスター・デル・リイの「愛しのヘレン」光文社刊『ロボット・オペラ』所収)を連想しました。アイデアSF的な、ある種の工学的世界へ叙情的な感情移入を促す筆致というのは、矢野徹さんの『ウィザードリィ日記』とも相通じる部分があるかも知れません。

平田  抒情性については、当時は新井素子さんがとても人気があり、私も好きだったこと、それとホームページの私のイラストをご覧いただければわかりますが、私が少女漫画のファンだったことも関係します。

岡和田 それはよくわかるような、はたまた意外でもあるような(笑)


『展覧会の絵』ができるまで

平田  ストーリー性、抒情性重視のつもりで書いた第1作「新世界から」〈ポプコム〉(86年2月号)に載ります。いま見ると未熟な作品ですが、このジャンルに飢えていたファンの支持を受けたらしく、同誌での人気投票結果も悪くありませんでした。

岡和田 読みたい人が多いなかで、書ける人がいなかったのでしょうね。

平田  そうだったのかも知れませんね。その作品の反省と失敗点の修正を踏まえて第2作「昔々……」(86年4月号)を発表したんですが、これはすごく受けたんです。前作で手探りだったのが少しわかってきて、ゲームシステムを大幅に改善した成果だと思います。なんと矢野さんには、編集長から「いい人を紹介してくれた」とお礼の電話が行ったそうです。

岡和田 「昔々……」につづく「待祭の旅」(86年5月号)は伝説になっています。現在ゲームブックを精力的に出版し、イギリスに働きかけて翻訳している“FT書房”という団体があるのですが、彼らも絶賛していました。

平田  「待祭の旅」については、私自身がトランプの収集家だったこともあって、システムに工夫を施したものです。あれは、じつは何処かの女子高から編集部に、「文化祭の劇にしたい」という連絡があったそうです。その後どうなったのかわかりませんが、ストーリー重視の小説としても認められたと、心強く思いました。

岡和田 「待祭の旅」の演劇化、ぜひ見てみたいですね。それにしても平田さんがトランプの収集家だったとは。

平田  美術品としてコレクションしているんです。ゲームはしないのに(笑)。

岡和田 タロットはいかがですか?

平田  自分でつくるぐらい好きです。私のサイトに、矢野さんが翻訳したフランク・ハーバートの《デューン》シリーズをベースにした「デューン・タロー」(http://www.hirata-koubou.com/sf/dune/tarot/tarot.html)というのを上げてありますので、ぜひご覧ください。

岡和田 おお。かっこいいですね。

平田  85年からゲームブックを出しはじめていた東京創元社が、新しい日本人の書き手を探していました。ここでも矢野さんに相談が行き、私が紹介されたのです。もう自慢してもかまいませんよね(笑)、編集の方のお話では「矢野さんが絶賛していた」とのことでした。

岡和田 当時の東京創元社は、《ソーサリー》(現在は創土社から復刊)や《ゴールデン・ドラゴン・ファンタジー》シリーズなどの翻訳ゲームブックの名作シリーズを出版して支持を得ており、日本人による作品も出しはじめていました。

平田  はじめは東京創元社側で企画を用意していて、それを私に依頼する予定だったようです。ただまあ、行くからには自分のアイデアも持っていくかと思い、「じつは」と言って『展覧会の絵』の草案を話したんです。

岡和田 持ち込みだったんですね。結果として、それがゲームブックとしてのオリジナル作品に繋がった。

平田  そのときは「ムソルグスキーの組曲とその逸話を使った連作で、最後に主人公が『展覧会の絵』を作曲する」という程度の紹介でした。そうしたら「なんだか面白そうだから企画書にしてくれないか」と言われ、あらすじを文章にして提出したら通ったんです。


平田真夫(ひらた・まさお)
 1958年1月6日、東京都生まれ。83年、東京工業大学大学院理工学研究科化学専攻修士修了。在学中は東京工業大学SF研究会に所属。84年、日本SF大会EZOCON2主催の小説賞「エゾコンSFコンテスト」に「マイ・レディ・グリーン・スリーヴス」が入選し〈SFマガジン〉に掲載された。86年、小学館発行のパソコン雑誌〈ポプコム〉にアドベンチャーゲームを連載。87年には、森山安雄名義でゲームブック『展覧会の絵』(創元推理文庫)を発表。同書は当時刊行されていた社会思想社発行のゲームブック専門誌〈ウォーロック〉誌上で毎月開催された「読者による人気投票」の第1位を長らく獲得しつづけた。2011年3月発売の『水の中、光の底』は、文芸書での初めての書籍となった。公式サイト「アトリエ平田工房」(http://www.hirata-koubou.com/)。

岡和田晃(おかわだ・あきら)
 1981年、北海道生まれ。2004年、早稲田大学第一文学部文芸専修卒業。2010年「「世界内戦」とわずかな希望――伊藤計劃『虐殺器官』へ向き合うために」で第5回日本SF評論賞優秀賞を受賞。ほかに、佐藤亜紀『ミノタウロス』解説(講談社文庫)、「柴野拓美のメソドロジー――『「集団理性」の提唱』再読」(〈SF Japan〉2010 Autumn)、「救済なき救済の相(かたち)――《新しい太陽の書》小論」(〈SFマガジン〉2011年9月号)等。またRPG《ダンジョンズ&ドラゴンズ》、《ウォーハンマーRPG》シリーズの翻訳・紹介を手がける。現在〈Role&Roll〉誌上で「戦鎚傭兵団の中世“非”幻想事典」を連載中。新たなプロジェクト「Analog Game Studies」(http://analoggamestudies.seesaa.net/)を主宰。

(2011年9月15日)


SF|東京創元社
バックナンバー