Science Fiction

2015.03.05

橋本輝幸/チャーリー・ヒューマン『鋼鉄の黙示録』(安原和見 訳)解説(全文)[2015年3月]

橋本輝幸 teruyuki HASHIMOTO


 本書は、二〇一三年に刊行された南アフリカ共和国の作家チャーリー・ヒューマンのデビュー長編小説だ。ケープタウンを舞台に、乱れ飛ぶ弾丸、ほとばしる呪術、そして跳梁跋扈する南アフリカの妖怪の数々を描いている。目付きの悪い、主人公のひねくれメガネ少年バクスター・ゼヴチェンコは、ショットガンをひっさげた容貌魁偉な赤毛の「薬草医・超常世界の賞金稼ぎ」ジャッキー・ローニンによって、未知なる世界のイロハを学んでいく。つれ回された先でバクスターが遭遇するのは、絶滅に瀕した光輝く種族オバンボ、人間をゾンビとして操る寄生蜘蛛の女王、そして太古の昔、邪神に奉仕する種族として生み出された“恐ろし族”悪魔カラスたちだ。非日常の中、バクスター自身の秘められた能力が目覚め、またそれを狙う者の存在も明らかになるのだった……。一九八〇―九〇年代に日本で一世を風靡した、スーパー伝奇バイオレンスと超伝奇アクションというラベルに通じるものがある作品である。
 物語はおもにバクスターの視点から、毒気と皮肉と不謹慎さたっぷり、饒舌に語られる。
 バクスターはどこにでもいる十六歳、とは言いがたい。彼が通うウェストリッジ高校は「弁論部があり、強いラグビーチームがあり、派閥(ギャング)があり、ヤクに過食症にうつ病にいじめもそろっている」ごく普通の(?)学校である。ここを実際に支配するのはふた組の不良学生チームだ。バクスターは二者の危うい均衡が崩れ、大抗争に発展するのを危惧していた。なぜかというと彼の商売の邪魔になるから。彼とはみ出し者の仲間たちによるささやかなチーム〈スパイダー〉は、校内でポルノ動画の斡旋をしてこづかい稼ぎをしていた。近ごろは真に迫ったモンスターが登場する特撮AVが流行して、せっせとDVDを焼き増ししているところ。本格的に警察や親が学校生活に介入してきたら、彼らのおいしいビジネスもおしまいなのだ。
 商売以外に、バクスターには思春期らしい悩みもある。母親や兄との仲は悪いし、ガールフレンドのエズメには実際のところメロメロ。ところがそのエズメがふいに失踪し、必死に手がかりを追うバクスターがすがった最後の藁はうさんくさいことこの上ない中年男ジャッキー・ローニンだった。彼の元同僚パットが運営する、保護されたモンスターの収容施設に案内され、超常の種族の実在を納得させられたバクスターは、エズメ捜索のため秘密クラブ〈肉欲の城〉へ潜入する。肉食と肉欲の饗宴がくりひろげられる魔窟で、バクスターとローニンの共闘が始まる。

 アフリカの伝承やファンタジーの王道をインスピレーションの源に、独自の味つけやハッタリをまぶした設定がとにかく魅力的だ。たとえば、侏儒拳(ドワーフ・カンフー)こと無情不死酔拳の発祥に関するくだりは傑作である。開祖・漢悟空が玉茎寺なる寺を建立し、武闘シャーマンの修練所にした。しかし「寺は巨大なカラスの集団によって破壊されたと伝えられるが、歴史では一般に、これは天狗をさすものと考えられている。天狗とは伝説に言うカラスの悪霊で、日本の忍者のこととされている。」という悲劇に見舞われたという。もはやツッコミが追いつかない。
 そのほか、家畜や罪人を捧げ、血に飢えた元素の精霊(エレメンタル)を電気の供給源として利用する人々も出てくるし、巨大ロボットのような代物に搭乗しての時空を超えた戦いまで用意されている。よく見れば章題も、映画や書籍や曲名のパロディになっていて油断ならない。そもそも本書のタイトル自体が、フランシス・フォード・コッポラの映画『地獄の黙示録』の原題Apocalypse Nowと、「近い将来」を意味する南アフリカ方言の英俗語now nowをひっかけたものである。こうした過剰なまでのアイディアの盛りつけは、黒いユーモアと共に著者が得意とするところだ。
 さて、口の減らないバクスターはすべてに対して疑りぶかく人間不信だ。本書自体もひねくれていて、冒頭は彼が母親に通わせられている精神科医とのカウンセリングシーンなのだ。その後も医者による見解が章の合間に挿入され、バクスターは自己中心的で誇大妄想者だと診断されてしまう。バクスターは、自分が母親の悩みの種で、よその母親たちからも好かれないタイプだと自嘲する。警察からも疑いを持たれる。
 だが、そんな孤独な世間の敵バクスターが内面に秘める弱さは、本書のあちこちで顔をのぞかせる。中学時代の親友とのつきあいを断ち、彼が高校でいじめられているのを放置している罪悪感に苦しむ。ガールフレンドのエズメをたかが一時期の彼女として割り切れず、必死にその行方を捜す。誰しも身に覚えがある、痛々しくこじらせた思春期は、ケープタウンにも日本と変わりなく存在するようだ。
 ショットガンと呪術的な素材で武装したローニンもまた、過去の仲間の喪失を今でもひきずっており、酒に逃避する弱さを抱える。強がりだが繊細さを抱えるバクスターとローニンはいいコンビで、彼らのせりふの応酬も楽しいところ。異形の敵や、頼もしい助っ人となるローニンの旧知の面々のキャラクター造形ももちろん印象深く個性的である。

 著者の出身地である南アフリカ共和国からは、続々と広義のクライム・フィクション作家が続々と輩出されている。たとえば本邦でもすでに紹介されているデオン・マイヤー(メイヤー表記もあり)やローレン・ビュークスだ。また、ヨハネスブルグを舞台にし、監督や主演俳優も南アフリカ共和国出身者であるSF映画『第9地区』は、世界的に評判になり、本邦でも星雲賞メディア部門を受賞した。そんな娯楽産業の盛り上がり著しい国とはいえ、まだまだなじみが薄い読者が多いだろう。本書では、穏やかで一見平和な郊外、危険な雑居ビルや黒人居住区、夜ごと盛り上がるクラブなど、オランダ人入植地として歴史を持つケープタウンの様々な面がこまやかに描かれている。作品そのものにも深く関わる、ボーア人の歴史やサン族の神話についての言及からは、いくつもの民族と文化が流入してきたケープタウン像が垣間見える。バクスターの父方の曾祖父は、ポーランド人とアフリカーナー(欧州からの南アフリカ移民。おもにオランダ系)とのハーフという設定であるし、本書自体、アフリカーンス語(オランダ人入植者がもたらしたオランダ語から発達した言語。南アフリカの公用語の一つ)翻訳版が出版されている。なお「複数のルーツの混淆」は、読み終わった読者ならご存じのとおり、超常的な意味でもバクスターにしがらみをもたらしている。
 本書に登場するアフリカ固有の妖怪たちは、中央から南部アフリカの伝承を下敷きにしたものが多いが、独自のアレンジが加えられている。著者によれば、トコロッシュのイメージは実際もっと恐ろしげであるし、変身能力を持つカマキリの神はサン族の神話を元にしているが、タコの神は完全なオリジナルだという。妖怪たちについては、地元のタブロイド紙から大いに着想をもらったそうだ。妖怪や呪術の話題が毎号のようにヘッドラインに載っており、南アフリカではタブロイド紙が最大のSF・ファンタジー媒体というのが一般的なジョークだとか。そんなわけで、英米のファンタジーとはひと味ちがった雰囲気が味わえる。

 著者の経歴について。チャーリー・ヒューマンはケープタウン出身、生年は非公開。ケープタウン大学で創作(クリエイティヴ・ライティング)の修士号を取得。ライフスタイルに関するコラムの執筆など、オンライン・メディアでの仕事を本業にしながら妻と娘と共に暮らしている。先述の作家ローレン・ビュークスが公募した、彼女の長編Moxylandの二次創作コンテストでの採用をきっかけに、彼女から創作に対する助言をもらうようになる。いわば師弟の関係である。影響を受けた作家として、チャイナ・ミエヴィル、ニール・ゲイマン、ブレット・イーストン・エリス、マーガレット・アトウッド、リチャード・モーガン、リチャード・キャドリー、ニック・ハーカウェイ、ジェフ・ヴァンダミアが挙げられている。本書の魅力的な人外たち、退廃的な雰囲気、都市でのアクションなどは確かにこれらの作家を彷彿とさせる。
  二〇一三年に本書『鋼鉄の黙示録』が南アフリカ共和国と英国で出版され、追ってイタリアでも翻訳出版された。二〇一四年に本シリーズの続編にあたるKill Baxterを上梓した。この第二作は、バクスターがポルノ中毒から更正するための自助グループに入れられ、そこの会員の縁で、元々は社会的地位が高かったが差別発言で「炎上」して失墜してしまった人たちの集会に顔を出させられるシーンから幕を開ける。サムライを気どるゴブリン、自分は選ばれし者だと標榜してはばからない級友など、新たなキャラクターもくせ者ぞろいだ。こちらも本邦で紹介される日がくることを願いたい。



■ 橋本輝幸(はしもと・てるゆき)
レビュアー。〈SFマガジン〉などで未訳作品の紹介記事や、書評記事を多数執筆している。




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