Science Fiction

2010.09.07

東浩紀「小松左京と未来の問題3」(1/4)

ミステリーズ!〉に連載した、東浩紀氏の「セカイから、もっと近くに!――SF/文学論」最終章として、vol.38(2009年12月号)より始まった小松左京論を、ウェブ上に転載いたしました。なお、このページ上で太字となっている箇所は、紙の誌面上での傍点を示します。(編集部)



 小松左京は戦後の廃墟から出発し、未来を夢見た作家だった。したがってその歩みは、ゼロ年代の廃墟から出発したセカイ系とどこか重なっている。小松作品の現代性はそこにある。
 しかしそれは必ずしも手放しの評価には繋がらない。というのも、それは同時に、小松の小説がセカイ系と同じ欠陥を抱えていることを意味するからである。
 たとえば小松の作品には、宇野常寛がかつてセカイ系の特徴と指摘して非難した「母性のモチーフの肥大化」がはっきりと現れている。小松SFに登場する男性の主人公は、しばしば遠未来や深宇宙へ跳躍し、それこそが彼の作品に独特の雄大さを与えている。しかしその雄大さはじつは、たいていの場合、帰るべき場所としての母=故郷を確保したうえでのことなのである。そのもっともわかりやすい例が、初期の小松の代表作、『果しなき流れの果に』だ。
 宇野であれば、おそらくそのような想像力を「安全に痛い」の一言で切り捨てることだろう。実際、その「痛さ」の裏返しにほかならないのだが、小松は好んで女性を、受動的で保守的で男性を包み込む存在、ある短編の題名を借りれば「待つ女」として描く。そのような想像力は、現代のジェンダー観からするといささか受け入れがたい。したがって小松の小説は、なるほど、セカイ系と通じるところがあり、それゆえいまでも娯楽小説としては通用するかもしれないが、現代の批評的観点からすると「政治的に正しく」ないと言わざるをえない。彼の想像力は、多くの政治的、ジェンダー的な前提を隠しもっており、その問題はいまの読者にはたやすく見えてしまう。
 その「正しくなさ」は、また彼が一九六〇年代に「未来学」に近づいたこととも深く関係している。未来学の未来予測は多くが外れている。情報技術革命と大衆社会の進行(ポストモダン化)は、未来学がまったく予想しなかった世界(携帯電話やパーソナルコンピュータが大衆に普及した世界)を産み、未来学が描いた未来像(宇宙開発、原子力、ロボット、マザーコンピュータなど)を滑稽なものにしてしまった。しかもそれだけではない。その変化は、未来学という発想、知と選良が導く超近代社会という発想そのものを滑稽なものにしてしまったと言える。小松が未来学と連携し展開した想像力が、現実の未来に生きるぼくたちから見てどこか政治的に偏り、欠陥があるように感じられるのは、おそらくはそのためだ。この点で小松の小説は、明らかに時代的な限界を抱えている。
 この連載は、宇野常寛の『ゼロ年代の想像力』への応答から始まった。そもそも宇野がそこでセカイ系を執拗に批判したのは、彼がセカイ系に昭和時代(正確には一九九五年以前の時代)の夢の残滓を、つまり高度経済成長と未来学の残滓を敏感に嗅ぎ取ったからにほかならない(注1)。それゆえ、この連載が一三回を経て、歴史を遡り、未来学と連動した小松の弱点に辿り着いたのは必然だと言えるかもしれない。小松の弱点は、昭和の弱点であり、おそらくはそれこそがセカイ系の弱点の原点なのだ。経済成長の夢を捨て、大きな物語への期待を退け、退屈で卑小な現実をいかに「サヴァイヴ」していくか。もしそれが本当に二〇一〇年代の日本の文化的課題の中心なのだとすれば、そこに小松の未来学的な発想(とそれと表裏一体となった「待つ女」の女性観)が寄与するものはほとんどない。
 さて、にもかかわらず、ぼくは最後、連載を締めくくるにあたって、それらの小松批判をすべて受け入れたうえで、あらためて彼の想像力の可能性について肯定的に語ってみようと思う。そこで読むのは、彼の(現在までのところ)最後の、そして未完のままになっている、一九八〇年代後半から一九九〇年代にかけて記された長篇小説『虚無回廊』である。
 ぼくの考えでは、この小説には、ここまで記してきたような想像力の限界を、小松みずから超えようとした苦闘の軌跡が刻み込まれている。だからその読解は、セカイ系の困難に直面した作家が、その閉域をいかに内側から喰い破っていったのか、その過程を抽出してきたこの連載の締めくくりには、じつにふさわしい。

 小松の創作のピークは、以前にも記したように一九六〇年代である。一九七〇年代に入ると、『日本沈没』のベストセラー化を受けてか、著作のなかで社会評論の比重がぐっと増える。いきおいSFの執筆は減り、またその内容も純文学やニューウェイブSFを意識した入り組んだ作風に変わる。むろんこの時期にも注目すべき作品はある。たとえば一九八〇年に『ゴルディアスの結び目』という短編集に纏められた四つの短編は、この時期の小松SFを代表する意欲作であり、SFの愛好者からはいまでも高く評価されている。しかし、残念ながら一般にはあまり知られていない。
 他方で一九七〇年代も後半に入ると、小松は東宝の依頼で映画制作にも深く関わることになる。企画は『スター・ウォーズ』ブームを受けたもので、国産初の本格SF映画を作るという目的をもっていた。小松は原案を提供し、小説版を執筆するだけでなく、若手作家を束ねて設定を練りあげ、現場でも総監督を務めるなど八面六臂の活躍を示している。作品は一九八四年に『さよならジュピター』として公開され、興行成績は振るわなかったものの、次世代のSF作家に与えた影響はきわめて大きい。
 このように一九七〇年代から一九八〇年代にかけての小松は、重要な仕事をいくつもこなしている。とはいえ、その精力的な活動の代償として、この時期、小松独特の、壮大で思弁的な世界観が繰り広げられる長編本格SFが見られなくなっていたこともまた事実である。『虚無回廊』はそのような長い「ブランク」のあとに現れた、小松最後の長編SFなのである。



1 この要約には補足が必要かもしれない。『ゼロ年代の想像力』を文字どおり読めば、セカイ系は「一九九五年の思想」(一九九五年の変化に対応して現れてきた思想)の一部に分類されている。したがってそれはむしろ昭和批判の運動ということになる。しかし、宇野がセカイ系および「一九九五年の思想」を批判するのは、そこでの昭和批判(物語批判)が不徹底で有効性をもたなかったから、言い替えれば、批判というかたちでまだ昭和的な物語に依存していたからである。それゆえ、宇野がセカイ系を批判したのは、そこに昭和の残滓を見ていたからだと要約しても誤りではない。【本文に戻る



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