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    <title>Science Fiction｜Webミステリーズ！</title>
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    <updated>2010-02-01T05:02:52Z</updated>
    <subtitle>ミステリ・ＳＦ・ファンタジー・ホラーの専門出版社・東京創元社が配信する月刊Webマガジン</subtitle>


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    <title>東浩紀「小松左京と未来の問題２」（1/4）</title>
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    <published>2010-03-05T01:29:50Z</published>
    <updated>2010-02-01T05:02:52Z</updated>

    <summary>〈ミステリーズ！〉に連載中の、東浩紀氏の「セカイから、もっと近くに！――ＳＦ／文学論」最終章として、vol.39（2010年2月号）に発表された小松左京論を、ウェブ上に転載いたしました。なお、このペー...</summary>
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        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<blockquote><font color=brown>〈<a href="http://www.tsogen.co.jp/mysteries" target="_blank">ミステリーズ！</a>〉に連載中の、東浩紀氏の「セカイから、もっと近くに！――ＳＦ／文学論」最終章として、vol.39（2010年2月号）に発表された小松左京論を、ウェブ上に転載いたしました。なお、このページ上で<b>太字</b>となっている箇所は、紙の誌面上での傍点を示します。（編集部）</b></font></blockquote><br /><br />
<br />
　前回の議論では、小松左京の想像力が、セカイ系の対極のように見えて必ずしもそうではないこと、そこでは「未来」へのＳＦ的視線が、近景と遠景を繋ぐ確固たる社会＝中景を再構成するというよりも、むしろその存在を揺るがすために機能していることを指摘した。<br />
　小松は短編第一作「地には平和を」と長編第一作『日本アパッチ族』で、ともに未来への視線を現代社会の自明性を疑わせる契機として導入している。前者では、未来人の出現が第二次大戦で無条件降伏しなかった仮想の日本を生み出し、後者では、戦後日本が抑圧し切り捨てた暗部が顕在化した架空の未来図が描かれている。そして、その両者にはともに、一〇代で敗戦を迎え、「焼跡闇市派」として作家のキャリアを始めた小松の、高度経済成長に入り始めた戦後社会への複雑な感情が刻まれている。<br />
　小松の未来は、敗戦が生み出した「廃墟」「無」を埋めるためにこそ要請された。それが、ここでの小松論のとりあえずの出発点である。<br />
<br />
　そのうえでぼくは前回、『果しなき流れの果に』における佐世子という登場人物の役割と、『日本アパッチ族』の最後で滅びゆく日本が「飛田で買うた初見世の女郎」に喩えられている場面に注意を促し、議論を終えていた。今回はそこから始めよう。<br />
　あらためて確認しておけば、そこで問われていたのは、「未来」への視線と<b>性差</b>の関係である。『果しなき流れの果に』と『日本アパッチ族』はともに、圧倒的な速度で未来へと突き進む科学技術文明とそこで置き去りにされる人間の情緒を対比させ、前者を「男性的なもの」に、後者を「女性的なもの」にはっきり振り分けている。そしてそのうえで、女性のイメージを、未来を失った男性が帰還する場所として、あるいは未来へ進む男性が追憶する対象として導入している。<br />
　進む男性と待つ女性。西洋的原理を体現する男性と日本的風景を体現する女性。この対立はじつは、小松のほかの小説にも広く見いだせる。<br />
　たとえば小松には「女シリーズ」と呼ばれる一連の短編が存在する。「待つ女」「旅する女」「流れる女」「歌う女」など、タイトルに「女」の文字が入っていることが共通点の、おもに一九七〇年代前半に書かれた作品群だ。<br />
　それらの作品は、ＳＦありホラーあり歴史物ありとジャンルはさまざまで、世界観や登場人物を共有しているわけではない。にもかかわらず、それが読者にシリーズとして認知されているのは、『湖畔の女』の文庫版解説で田中光二が鋭く指摘しているように、そこに「ふるい日本の女」という共通のモチーフが存在するからである。一方に男性の主人公が巻き込まれる文明の時間があり、他方に滅びゆく女性がいる。小松はそのような対立で動く物語を、手を変え品を変え、繰り返し書き続けた。「これは、［……］小松さんの心に息づく永遠の女人像なのであろう。“ふるきよき日本”、古典の形象とともに彼女たちもほろんでゆく。この二重の挽歌が、たくまずして重なり合い、二重焼き（オーバーラップ）されながら、低い朗々たるしらべでうたわれてゆく。<a name="1-top"></a>／それが、“女シリーズ”における基調旋律ではないだろうか」（<a href="#1">注１</a>）。<br />
　小松は多くの小説で、女性を、男性を待ち滅びる存在として、儚く美学的な対象として描いた。そして、日本的自然や日本の伝統文化への愛を、そのイメージに重ねて<b>男性が抱く女性への愛として</b>表象し続けた。<br />
　小松のすべての作品のなかで、そのような彼の想像力の特質がもっとも赤裸々に表れているのが、おそらくは、『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094080651?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094080651" target="_blank">日本沈没</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4094080651" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』のクライマックスの場面である。そこでは、物語のなかで日本の沈没をいちはやく予言し、避難計画の中核を担ってきた主要登場人物のひとり（田所博士）が、ある老人に対して心情を吐露している。田所は、日本が沈没する可能性について「黙っていようと思った」と告白する。「もっとたくさんの人に、日本と……この島といっしょに……死んでもらいたかった」<a name="2-top"></a>と苦しそうに語る田所に対して、老人は「あんた……この、日本列島に恋をしていたのじゃな」と答える（<a href="#1">注２</a>）。田所は日本を愛している。だから「心中」したいと考える。日本人はみな一緒に心中するべきだと考える。ここには、小松の日本観、というよりも（厄介な表現だが）<b>政治的な態度決定と表裏一体になった性愛観</b>がきわめて簡潔に表現されている。<br />
　さて、二〇一〇年代に小松ＳＦを読み直そうとするものとして、これはいささか厄介な特徴である。<br />
　というのも、このような女性／日本への視線は、現在の常識で振り返れば、たぶんに批評的かつ政治的な問題を抱えているからである。たとえばカルチュラル・スタディーズやポストコロニアリズムと呼ばれる文学理論に少しでも触れたことのある学生であれば、西洋＝男性、日本＝女性のその対立が植民地主義の内面化にほかならないことをすぐに指摘するだろうし、<a name="3-top"></a>そうでなくても、小松の美学は、日本浪漫派の思想をどうしても連想させる（<a href="#1">注３</a>）。<br />
　そもそも小松の小説では、一般に女性の登場人物が驚くほど存在感を発揮しない。かろうじて女性が目立つ場合も、それはつねに男性主人公のパートナーとしてである。その傾向は、『エスパイ』『復活の日』のような一九六〇年代の本格ＳＦから、『時間エージェント』のような一九七〇年代のドタバタコメディ、さらには『さよならジュピター』のような一九八〇年代の大作まで、年代やジャンルを問わず一貫している。小松の文学は、女性を物語を動かす能動者として描かない。彼はつねに女性を、ＳＦ的で未来的な状況に巻き込まれる主人公の、独特な<b>感傷の対象</b>として導入している。前回紹介したように、『果しなき流れの果に』における佐世子は、何億年もの時空をめぐる主人公にとってあくまでも「帰還」の場所でしかない。ポストコロニアリズムの理論や日本浪漫派をめぐる政治的な論争に無関心な読者も、この特徴には鈍感ではいられないだろう。<br />
　つまりはひとことで言えば、小松ＳＦが描く女性は、いまの視点からは、あまりにも男性に都合よく、受動的に造形されているように感じられるのである。<br />
<br />
<a name="1"><hr size="1" color="gray"></a>
<b>注</b><br />
１　小松左京、『湖畔の女』、徳間文庫、一九八三年、二七八頁。【<a href="#1-top">本文に戻る</a>】<br />
２　小松左京、『日本沈没』（下）、小学館文庫、二〇〇六年、三六九、三七二頁。原文の傍点は省略。【<a href="#2-top">本文に戻る</a>】<br />
３　笠井潔、『機械じかけの夢』、ちくま学芸文庫、一九九九年、一五五頁参照。【<a href="#3-top">本文に戻る</a>】<br /><br />

<br />
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<a href="http://www.webmysteries.jp/">ミステリ、ＳＦ、ファンタジー、ホラーの月刊Webマガジン｜Webミステリーズ！</a>]]>
        
      
    


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    <title>東浩紀「小松左京と未来の問題１」（1/4）</title>
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    <published>2010-01-05T05:52:11Z</published>
    <updated>2010-01-31T09:06:05Z</updated>

    <summary>〈ミステリーズ！〉に連載中の、東浩紀氏の「セカイから、もっと近くに！――ＳＦ／文学論」最終章として、vol.38（2009年12月号）より開始された小松左京論を、ウェブ上に転載いたしました。なお、この...</summary>
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        <![CDATA[<blockquote><font color=brown>〈<a href="http://www.tsogen.co.jp/mysteries" target="_blank">ミステリーズ！</a>〉に連載中の、東浩紀氏の「セカイから、もっと近くに！――ＳＦ／文学論」最終章として、vol.38（2009年12月号）より開始された小松左京論を、ウェブ上に転載いたしました。なお、このページ上で<b>太字</b>となっている箇所は、紙の誌面上での傍点を示します。（編集部）</b></font></blockquote><br /><br />
<br />
　宇野常寛によるセカイ系批判への応答に始まり、新井素子、法月綸太郎、押井守と三人の作家について論じてきたこの評論も、ついに最後の作家を迎えた。ここで取り組みたいのは、日本ＳＦを代表する巨人、小松左京である。<br />
　小松についてセカイ系の観点から語る。この枠組みが奇妙なものに見えることは理解している。というのも彼の小説は一般には、セカイ系の想像力と対照的なものだと見なされているからである。そしてそれはそれで正しい。<br />
<br />
　小松は社会派ＳＦを多数書いたことで知られる。他方でいままで見てきたとおり、セカイ系の特徴は社会の審級が壊れていることにある。<br />
　したがって、常識的に見て両者は対照的である。小松の想像力とセカイ系あるいはゼロ年代の想像力の距離を知るうえで、もっともわかりやすい例は、小松ＳＦを代表するベストセラー、一九七三年の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4094080651?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4094080651" target="_blank">日本沈没</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4094080651" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』と、それを原作として、二〇〇六年に樋口真嗣監督のもとで製作されたリメイク映画版の差異だろう。<br />
　あらためて紹介するまでもなく、『日本沈没』は日本列島が沈没するパニック小説である。そして原作の魅力は、その未曾有の危機に立ち向かう選良たち、官僚や政治家や科学者たちの活躍にある。そもそもこの小説を通読して印象に残るのは、列島沈没の過程についての描写もさることながら、彼ら選良たちが交わす「国家論」「日本論」である。国家とはなにか、日本とはなにかという執拗に繰り返される問いの存在が、この小説を凡百のパニック小説から区別している。<br />
　ところが<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JMJU7I?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=B000JMJU7I" target="_blank">樋口版『日本沈没</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JMJU7I" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』では、そのような選良の活躍がほとんど描かれない。日本列島が沈没するというのに、この映画では官僚も政治家も重要な役割を果たさない。監督の関心は、ＣＧを駆使した特撮映像と、未曾有の災害に翻弄される人々の日常のみに向けられている。<br />
　そもそもこの樋口版では、日本は沈まないし、国家も崩壊しない。沈没は途中で止まってしまい、さらには興味深いことに、その沈没を止める契機となるのが、主人公と原作には登場しない女性登場人物のあいだの恋愛なのである。これ以上詳しくは紹介しないが、樋口版の物語は、主人公が女性への愛ゆえに行った自殺的な対策（海溝への爆薬投下）が、奇跡的に列島の沈下を止めて人々を救ったという結末になっている。樋口が語るのは原作とまったく異なる物語なのだ。<br />
　それにしても、四半世紀を隔てた映画化とはいえ、なぜこれほどまで大きな改変が加えられることになったのか。それはひとことでいえば、樋口がこの映画化において『日本沈没』の<b>セカイ系化</b>を試みたからである。国家の審級がなく、日常の描写と世界の終わりのどちらかしか描かれず、そして「きみとぼく」の愛が奇蹟を起こして世界を救う――その構図は、樋口自身がそれを自覚していたかどうかとは無関係に、明らかにゼロ年代のセカイ系のパラダイムそのものである。おそらくはだからこそ、この映画は大きな商業的成功を収めた。つまりは一九七三年の社会派ＳＦは、二〇〇六年にはセカイ系ＳＦとしてみごとに換骨奪胎されてしまったのである。そしてそこでは、小松版『日本沈没』を特徴づけていた国家論や日本論が跡形もなく消えてしまう。<br />
　小松が『日本沈没』を出版した一九七三年は、高度経済成長が終わり、日本が国家として目的を見失い始めていた時代である。したがって、その時期に日本の「沈没」を描くことには、荒唐無稽な設定とはいえ大きな社会的意味があった。<br />
　他方で樋口が『日本沈没』を映画化した二〇〇六年は、景気こそ短期的に回復していたものの（そしてそれも数年後にふたたび落ち込む）、日本はまだ「失われた一〇年」を抜け出すことができず、暗い話題ばかりが世相を賑わしていた時期である。したがって、そのような時期に若い世代によって再創造された『日本沈没』が、国家存亡の危機を前にして政治家も官僚もまったく出番がなく、「きみとぼく」の奇蹟だけを描く、それもその奇蹟によってほとんど根拠なく日本が生き残る物語になっていることには、単純に作家の資質では済まされない、深刻な時代的な意味が刻まれている。<br />
　しかし、ここではその解釈を追求するのは止めておこう。重要なのは、『日本沈没』すらセカイ系としてしか再解釈できない、裏返せばそれほど小松の想像力から離れてしまった時代にぼくたちが生きているということである。<br />
<br />
　小松は『日本沈没』で、国家や日本について語った。しかしいまの読者や観客は、ＳＦが国家や日本について語ることそのものに必然性を覚えない。<br />
　もうひとつ、小松の想像力とゼロ年代の想像力の懸隔を象徴する例を挙げておこう。それは「未来」という言葉である。<br />
　ＳＦは未来を描く。これは常識的な見方だが、小松において「未来」という言葉はとくに特別な地位を占めている。というのも小松の作家人生は、ある時期からこの言葉を軸に大きく動くことになるからである。<br />
　小松は一九三一年生まれで、一九六〇年代に作家活動を始めている。そしてそれは同時に、情報技術の出現によって、産業やメディアに変革の兆しが現れた情報技術革命の胎動期でもあった。ここでは名前を挙げるに止めるが、一九六〇年代から一九七〇年代にかけては、マーシャル・マクルーハンの『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4622018969?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4622018969" target="_blank">グーテンベルクの銀河系</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4622018969" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』、アルヴィン・トフラーの『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4122009200?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4122009200" target="_blank">未来の衝撃</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4122009200" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』、ダニエル・ベルの『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4478200025?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4478200025" target="_blank">脱工業社会の到来</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4478200025" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』など、現在まで続く情報社会論やメディア論の基礎が出揃っている。そして小松は、そのような時代の流れに強い影響を受けて、小説執筆の傍ら、梅棹忠夫や林雄二郎ら、情報社会の出現に関心をもつ言論人たちと交流を深めることになる。一九六七年には『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000JA8RWE?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=B000JA8RWE" target="_blank">未来の思想</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000JA8RWE" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』を出版し、一九六八年には日本未来学会の創設に参加、一九七〇年には大阪万博テーマ館のサブプロデューサーを務めるなど、「未来」について考えることは、小説家としての枠を超え、小松の活動のなかできわめて大きな重みをもつようになっていく。<br />
　小松のこの履歴はいまではあまり語られることがない。というのも未来学の試みは、一九七〇年代に入ると急速に忘れ去られることになるからである。その理由は大きくは、一九七〇年代以降、高度経済成長を終えた日本社会が急速に未来像を失っていったこと、<a name="1-top"></a>大澤真幸が言うところの「虚構の時代」に入ったことに求められる（<a href="#1">注１</a>）。しかしそれだけでもない。<br />
　その失墜には、未来学の内容もまた深く関係している。ひとことで言えば、未来学は、現実の未来についての予測を誤ったのである。一九六〇年代の未来社会像、とりわけ情報社会像が、一九七〇年代以降の現実にどのように継承され、どのように裏切られたのか、その検討もまたじつに興味深いのだが（そしてそれはさきほどの<a name="2-top"></a>『日本沈没』の問題とも密接に関係しているのだが）、それもまた本論と外れるのでここでは割愛させていただこう（<a href="#1">注２</a>）。<br />
<br />
<a name="1"><hr size="1" color="gray"></a>
<b>注</b><br />
１　大澤真幸、『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4480056734?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=4480056734" target="_blank">虚構の時代の果て</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4480056734" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』
、ちくま新書、一九九六年、参照。【<a href="#1-top">本文に戻る</a>】<br />
２　一九六〇年代に夢見られていた「情報化社会」と一九九〇年代に現れた情報社会との落差、およびその落差の社会学的な意味については、佐藤俊樹の『<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/406258087X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=7399&creativeASIN=406258087X" target="_blank">ノイマンの夢・近代の欲望</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=406258087X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />』（講談社、一九九六年）が参考になる。【<a href="#2-top">本文に戻る</a>】<br />

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    <title>ＳＦ奇書天外ＲＥＡＣＴ【第１回】（1/2）［2009年11月］</title>
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    <published>2009-10-28T07:57:25Z</published>
    <updated>2009-12-17T21:44:24Z</updated>

    <summary>『ＳＦ奇書天外』復活！ 第１回は幻の怪奇作家・杉村顕道とその著作について。 探し求めた『怪談十五夜』ついに入手！北原尚彦　naohiko KITAHARA 　 ＜ＰＲ＞北原尚彦先生蔵書より古書を１名様...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
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        <![CDATA[<font color=brown><b>『ＳＦ奇書天外』復活！<br />
第１回は幻の怪奇作家・杉村顕道とその著作について。</b><br /></font><br />
<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>探し求めた『怪談十五夜』ついに入手！</b></font><br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">北原尚彦</font></b>　naohiko KITAHARA</font><br />
<hr size=1 color=gray>

<p>　</p>
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<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3750"><img height="196" alt="ＳＦ奇書天外" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/web_m/img/03750.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>
　星の数ほどあるＳＦ出版物。それらの中には、王道からははずれた「奇書」と呼ばれるものが幾つもあります。わたしはそんな奇書を愛し、収集し、紹介してきました。その成果が、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488015244"><b>『ＳＦ奇書天外』</b></a>（東京創元社／２００７年）です。<br />
　しかし、２１世紀に入ってからも、ＳＦ奇書の出現が止むことはありません。しかも、２０世紀におけるＳＦ奇書も、新たに発掘されています。<br />
　そこで今、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488015244"><b>『ＳＦ奇書天外』</b></a>が復活することとなりました――などと大上段にふりかぶってみると偉そうですが、要するに「拾遺」であります。当時は未見だった本を入手できたり、新たに情報を発掘できたりしたものを、順次紹介していきたいと思っております。<br />
<br />
＜参考＞<a href="http://www.webmysteries.jp/sf/kitahara0708.html">北原尚彦『ＳＦ奇書天外』の「はしがき」を読む。</a><br />
<br />
　というわけで、第１回はほんとに、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488015244"><b>『ＳＦ奇書天外』</b></a>の補遺から。<br />
　……ある日のこと、高円寺の古書即売会をのぞいた。外出の用事があり、ついでに寄り道しただけ。既に午後３時過ぎということもあり、まるで期待していなかった。<br />
　会場内で、ふと足元の箱を見ると、雑誌の別冊付録らしき小型本が目に付いた。付録文庫のＳＦとホームズ関係書はなるべく集めることにしているので、取りあえず手に取ってみる。しかしコレクターたちが散々荒らした後のこんな時間では、ほんとに珍しいものが残っていることもあるまい。<br />

<div style="FLOAT: left; WIDTH: 170px"><img height="197" alt="怪談十五夜" hspace="8" src="http://www.webmysteries.jp/img/kitahara091102.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="brown"><b>『怪談十五夜』</b></font></div></div>

　「怪談…」というタイトルで、ＳＦでもホームズでもないことが判明。しかし幻想怪奇小説ならば蒐集ジャンルなので、一応確認。おや、これは付録本ではなかったようだ。<br />
　作者の名前は杉村顕道。聞き覚えがあるな。誰だっけ。<br />
　ページをめくって目次を眺めているうちに、ようやくこれが何であるか気が付いた。<br />
　この本……自分の探求書ではないか！<br />
　杉村顕道は、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488015244"><b>『ＳＦ奇書天外』</b></a>で紹介した<b>『彩雨亭鬼談 箱根から来た男』</b>（椿書房／１９６２年）の作者。<b>『…天外』</b>執筆時にはどうしても手に入らず「欲しいなあ、欲しいなあ。」と書いたのが、<b>『怪談十五夜』</b>（友文堂書房／１９４６年）だった。自分はいま、それを手にしていたのだ！<br />
　どんな形態の本か知らなかったとはいえ、気付くまで時間かかり過ぎ。もし付録本だと勘違いしてなかったら、スルーしてた可能性すらある。<br />
　知る人ぞ知る本とはいえ、超の付くレア本。おそるおそる値段を確認すると……うわっ、タダみたいな値段だ。結局この即売会での収穫は１冊だけだったのだが、これだけでも大収穫だった。<br />
　本書は、全部で１３話を収録。短い話が多いので、それでも１２０ページしかない。<br />
　では中身をご紹介。<b>「下足番の話」</b>は、作者の知り合いの下足番の老人が自らの生涯を語る。若くして死んだ女房が焼餅やきで、後妻をもらったら化けて出て、後妻は首をくくってしまった。その後も遊郭に上がったり、三番目の女房候補と見合いをしたりすると、死んだ女房が化けて出るので、三十数年間女を絶つ羽目になった……という次第。この下足番の男、講釈師の神田泊山にそっくりだということになっている。神田泊山に似ている人物と言えば、皆さんもご存じの名探偵明智小五郎である。つまりこの下足番は明智小五郎そっくりだったのであります。<br />
　<b>「二ツ人魂」</b>は大正末期が舞台。瀕死の病人が寝ていると、袖から卵ぐらいの大きさの人魂が二つ飛び出した。それを知った本人は「それじゃ俺もいよいよ死ぬところだろう」と言う。使いが一人娘のところへ走ると、その家の上を二つの人魂がぐるぐると回っていた……。人魂が飛び出したのにまだ死んでない、っていうのが不思議な感じです。<br />
　<b>「離家の人影」</b>は、弁護士夫婦が新居に引っ越してくると、御用聞きたちが来るたびに「何か変なことはありませんか」「大丈夫ですか」と言う。やがてほんとうに怪奇な現象が起こるようになり、遂には坊さんの幽霊が出るのだった。みんな、はっきり教えてあげればいいのに。<br />
　その他、深夜に遭遇した葬列は自分のためのものだった、という<b>「深夜の葬列」</b>。これは怪談によくあるパターンですね。<br />
　<b>「温泉寺奇談」</b>は、大暴風雨を止めてくれれば娘をやると庄屋が竜神に約束する、というパターン。庄屋は娘を要求されて困った末に「娘の絵でごまかす」という手に出た。「今なら文展入選確実」という形容が時代色たっぷりです。<br />
　手相見を趣味にした男が数奇な運命をたどる<b>「手相奇談」</b>は怪奇ミステリ。双子が出て来るのでノックスの十戒には反しておりますが。<br />
　<b>「蛻庵物語」</b>は、戦国時代に人間社会で生きる狐の話。下男に化けて某家で働いていたが、寝ている間は神通力が利かない（つまり正体がばれてしまう）ため、いつも一番に起きて、最後に寝る。そのために主人に信頼され、そしてそれ故に他の奉公人から「そんなに働くのはやめてくれ」と抗議される始末。その後いろいろあって、山中の小屋で正体がばれて撃たれてしまう……。怪談というよりも奇談ですね。<br />

<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><img height="197" alt="箱根から来た男" hspace="8" src="http://www.webmysteries.jp/img/kitahara091101.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="brown"><b>『箱根から来た男』</b></font></div></div>

  ――といった具合。各話の時代背景は、戦国時代から現代までさまざまだ。<br />
　しかし、読んだことのある話がちらほらとあった。でも実は、それは予想していたこと。ネタを明かすと、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/
isbn/9784488015244"><b>『ＳＦ奇書天外』</b></a>刊行後に、編集部経由で「<b>『怪談十五夜』</b>を増補したのが<b>『箱根から来た男』</b>である」という情報を頂いていたのである。<br /></p>

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<a href="http://www.tsogen.co.jp/">ＳＦ小説の専門出版社｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


    </content>
</entry>

<entry>
    <title>中村融『時の娘　ロマンティック時間ＳＦ傑作選』編者あとがき（1/2）［2009年9月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/nakamura0909-1.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.373</id>

    <published>2009-09-10T13:11:55Z</published>
    <updated>2009-09-16T06:55:55Z</updated>

    <summary>            “時を超えた愛”という見果てぬ夢が成就する物語。 （『時の娘　ロマンティック時間ＳＦ傑作選』編者あとがき） 中村　融　toru NAKAMURA 　   　ＳＦの翻訳を生業にし...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[            <font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>“時を超えた愛”という見果てぬ夢が成就する物語。</strong></font><br />
（『時の娘　ロマンティック時間ＳＦ傑作選』編者あとがき）<br /><br />
<font color=brown style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>中村　融</strong>　toru NAKAMURA</font>
<hr color="gray" size="1">

<p>　</p>


<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488715038"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><img height="197" alt="時の娘" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/71503.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /></font> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>

　ＳＦの翻訳を生業にしているせいで、内外のオールタイム・ベストＳＦの投票結果をちょくちょく目にする。それらをくらべれば、海のこちら側と向こう側のＳＦファン気質のちがいが見えてくるのだが、とりわけ目を惹く点がある。長篇部門におけるロバート・Ａ・ハインラインの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152090596?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152090596" target="_blank"><strong>『夏への扉』</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152090596" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
（1957／早川書房）、短篇部門におけるロバート・Ｆ・ヤングの<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J8ANG4?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=B000J8ANG4" target="_blank"><strong>「たんぽぽ娘」</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=B000J8ANG4" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
（1961／集英社文庫コバルト・シリーズ同題書所収）に対する評価のちがいだ。この二作はわが国のオールタイム・ベスト投票ではつねに上位を占めるのに、英米では見向きもされないのだ。<br />
　いうまでもないが、両者には共通点がある。どちらもタイム・マシンを利用して純愛を成就させる話なのだ。時間の移動範囲が、せいぜい数十年でしかない点も同じ。時間ＳＦといえば、数百年から数億年の過去や未来へおもむいたり、歴史の改変を企んだり防いだりといった話が多いだけに、かなり特異なタイプの作品だといえる。<br />
　オールタイム・ベストの日本篇に目を転じれば、事態はますますはっきりする。長篇部門における広瀬正の<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4087463249?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4087463249" target="_blank"><strong>『マイナス・ゼロ』</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4087463249" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
（1970／集英社文庫）、短篇部門における梶尾真治の<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150307318?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150307318" target="_blank"><strong>「美亜へ贈る真珠」</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150307318" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
（1971／ハヤカワ文庫ＪＡ同題書所収）という上位作品が、やはり同じタイプの時間ＳＦなのだ。どうやら、わが国のＳＦファンは、こういう時間ＳＦに弱いらしい。<br />
　端的にいってしまえば、“時を超えた愛”という見果てぬ夢が成就する物語。その実現のためにＳＦ的な仕掛けがあるわけで、これはこれでＳＦならではの魅力だといえる。<br />
　ならば、そういう作品を集めてアンソロジーを編んだら面白かろう――本書の出発点はそこだった。アンソロジーとしては、ずいぶんテーマを絞ったものだが、だからこそアンソロジストの腕の見せどころ。単調にならないよう頭を絞り甲斐がある。というわけで、できあがったのが本書である。<br />
　セールス・ポイントを書いておこう。<br />
　その1。収録作全9篇中3篇が本邦初訳。<br />
　その2。残る6篇のうち3篇は、30年以上も前に雑誌に訳出されたきり埋もれていた作品。<br />
　その3。残る3篇は、この手のアンソロジーには欠かせない定番だが、20年以上も入手困難だった作品。<br />
　要するに、珍しい作品ばかりがそろっているわけで、編者がいうのもなんだが、相当にお買い得ではないか。さらにいえば、既訳のある作品もすべて本書のために新訳を起こしている。<br />
　ついでに書いておけば、恋愛をあつかった作品が主だが、ヴァラエティを心がけて、それ以外の作品も混ぜてある。しかし、それらもロマンティック時間ＳＦの名に恥じないと信じる。その選択が妥当だったかどうかは、読者のみなさんの判断に委ねたい。<br /><br />

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    </content>
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<entry>
    <title>『時間封鎖』が2009年度星雲賞を受賞！［2009年7月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/seiunsho0907.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.308</id>

    <published>2009-07-06T11:33:28Z</published>
    <updated>2010-02-08T13:00:03Z</updated>

    <summary> 　2009年7月4-5日に栃木県で開催された、第48回日本ＳＦ大会・とちぎＳＦファン合宿 T-con2009 で、弊社・創元ＳＦ文庫刊『時間封鎖』（ロバート・チャールズ・ウィルスン／茂木健訳）が、第...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<p><span class="mt-enclosure mt-enclosure-image" style="display: inline;"><img alt="seiunsho1.jpg" src="http://www.webmysteries.jp/img/seiunsho1.jpg" width="200" height="142" class="mt-image-right" style="float: right; margin: 0 0 20px 20px;" /></span>


<p>　2009年7月4-5日に栃木県で開催された、第48回日本ＳＦ大会・とちぎＳＦファン合宿 T-con2009 で、弊社・創元ＳＦ文庫刊<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488706036"><b>『時間封鎖』</b></a>（ロバート・チャールズ・ウィルスン／茂木健訳）が、第40回星雲賞海外長編部門を受賞しました。<br />
　なお、続編<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488706050"><b>『無限記憶』</b></a>は2009年7月下旬に刊行されます。あわせて御愛読ください。<br /><br></p>
<p>
<font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown"><strong>■ 著者、R・C・ウィルスン氏のコメント<br /><br /></strong></font></p>
<p><div style="FLOAT: left; WIDTH: 210px"><img src="http://www.webmysteries.jp/img/seiunsho2.jpg" width="200" height="181" alt="09年星雲賞副賞">
<div style="TEXT-ALIGN: center" style="FONT-SIZE: 0.75em" color="gray">副賞は2.5メートル四方の巨大風呂敷</div></a></font></div>
　日本の読者の皆様によって『時間封鎖』が星雲賞に選ばれたことを、たいへん光栄に思います。まずは、非常に魅力的な日本語版を制作してくれた翻訳家の茂木健と、東京創元社のスタッフにお礼を申しあげます。<br />　すべての作家が望むのは読者を得ることであり、自分の故郷からかくも離れた場所でそのような読者に出会えたことを、わたしは心から嬉しく思います。（茂木健訳）<br /><br />※なおウィルスン氏の大会会場用のコメントでは、「ワールドコンNippon 2007のため訪日したわたしは、星雲賞の授賞式があることを知り、その授賞式で、小松左京や野尻抱介といった高名な作家諸氏が各賞を受け取る姿を拝見ました。あのときのわたしは、まさか『時間封鎖』が星雲賞の海外長編部門賞をいただくことになるとは、夢にも思っていませんでした。この受賞を、わたしはたいへん光栄に思いますし、本日の授賞式にわたし自身が参加できないことを残念に思います」（茂木健訳）という言葉が添えられていたことを付記いたします。（編集部注）<br /><br /></p>
<p><div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488706036"><img height="196" alt="時間封鎖・上" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/70603.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown"><strong>■ 訳者、茂木健氏のコメント</strong><br /><br /></font></p>
<p>　星雲賞という歴史ある重要な賞を、わたしの訳出した『時間封鎖』が受賞したことは、翻訳を職業とする者として大きな歓びです。とはいえ、戸惑いを感じていることも否めません。『時間封鎖』の訳者あとがきにも書いたとおり、ＳＦプロパーではないわたしが、初めて翻訳を任されたＳＦ作品によって、多くの方々の長年にわたる努力により、現在の重さを獲得した星雲賞にいきなり名を連ねるというのは、正直申しあげていささか後ろめたいのです。しかし、このような僥倖に恵まれたのですから、今後も機会をいただけるのであれば、微力ではあるにせよ、できる限り質の高い翻訳でＳＦ界に貢献させていただければと思います。<br /></p>
<div align="right">（2009年7月6日）</div><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    </content>
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<entry>
    <title>日下三蔵『超弦領域　年刊日本ＳＦ傑作選』（大森望・日下三蔵編）序文［2009年6月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/kusaka0906.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.261</id>

    <published>2009-06-05T05:00:00Z</published>
    <updated>2010-02-08T12:57:40Z</updated>

    <summary>            よくぞこれだけ傾向も形式も違う作品が集まったものだと、集めた自分でも呆れてしまうほどだが、どこから読んでも面白いですよ。ここが日本ＳＦ最前線です。 2008年日本ＳＦ界の収穫、...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[            <font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown"><b>よくぞこれだけ傾向も形式も違う作品が集まったものだと、<br />集めた自分でも呆れてしまうほどだが、<br />どこから読んでも面白いですよ。<br />ここが日本ＳＦ最前線です。 </b></font><br /><b>2008年日本ＳＦ界の収穫、選びぬかれた15編を収録</b> <br /><br /><font color="navy"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>日下三蔵</b></font>　sanzou KUSAKA</font> 
<hr color="black" size="1">
<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488734022"><img height="196" alt="超弦領域" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/73402.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>


<p>　創元ＳＦ文庫版年刊日本ＳＦ傑作選の第２集<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488734022"><b>『超弦領域』</b></a>をお届けする。前巻の<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488734015"><b>『虚構機関』</b></a>と同様、2008年の１月から12月まで（奥付に準拠）に発表された作品の中から、大森望と日下三蔵の二人が「面白いＳＦだ」と思った作品15篇を、一挙に収録したものである。<br />
　<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488734015"><b>『虚構機関』</b></a>は内容の面白さには大いに自信があったものの、30年以上も刊行されていなかった久しぶりの年度別アンソロジーということで、売れ行きの面ではかなりの不安を感じながらの船出であった（往々にして自信と売れ行きは必ずしも比例しないため）。ところが蓋を開けてみたら、こちらの予想を上回るご好評をいただき、ひと安心した次第。お買い上げくださった皆さまに深く御礼申しあげます。<br />
　年度別アンソロジーは、５年、10年と冊数を重ねていくことによって、ジャンルの歴史書としての意義が次第に出てくるものだから、１冊や２冊で終わってしまっては、その真価が発揮できない。こちらも全力で面白い作品をピックアップしていくので、引き続いてのご愛読をお願いいたします。<br />
<br />
　このまま景気のいい話で最後まで行きたかったのだが、ひとつ哀しい出来事に触れなくてはならない。前巻と本書のいずれにも作品を収録させていただいた伊藤計劃さんが、本書の編集作業の最中の2009年３月20日に、お亡くなりになったことだ。<br />
　オリジナル長篇<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152088311?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152088311" target="blank"><b>『虐殺器官』</b></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152088311" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/415208992X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=415208992X" target="blank"><b>『ハーモニー』</b></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=415208992X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（ハヤカワＳＦシリーズＪコレクション）とゲームノべライズ<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4047072443?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4047072443" target="blank"><b>『METAL GEAR SOLID GUNS OF THE PATRIOTS』</b></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4047072443" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（角川書店）、どれも傑作。円城塔さんと共に、これからの日本ＳＦを力強く牽引してくれると、誰もが期待していた存在だった。<br />
　本シリーズの編集に当たっては、大森・日下の両名がそれぞれに推薦作リストを出し合い、合意の出来たものから決定していく、という方法を採っているのだが、最初のリストアップの段階でどちらも◎をつけている（つまり、いきなり当確の）作品は、滅多にない。「前巻と本書のどちらにおいても、いきなり当確になった作家」というのは伊藤さんしかおらず、冗談交じりに、シードにしてもいいんじゃないか、といっていたほどなのだ。<br />
　伊藤さんが<b>これから書くはずだった傑作</b>のことを思うと、あまりの喪失感に眩暈がしてくるが、いまはただ遺された作品を読み、評価し、新しい読者へと語り継いでいくべきだろう。伊藤計劃さんのご冥福を、心からお祈りいたします。<br />
　しかしねえ、以前から闘病中だったとはいえ、享年34はあまりにも早すぎますよ、伊藤さん……。<br />
<br />
　大急ぎで残りのご報告を。<br />
　前回、年刊ベストの対象となる単発ＳＦ作品が非常に少ない、と愚痴を書いたが、少ないなら自分たちで分母を増やしてしまおうということで、ＳＦ短篇の公募を始めることにしました。<br />
　日本ＳＦ新人賞、小松左京賞、日本ファンタジーノベル大賞と、長篇公募の賞はいくつもあるのに、短篇の受け皿があるのは日本ホラー小説大賞のみ。<b>〈ＳＦマガジン〉</b>コンテストも募集が絶えて久しく、<b>〈異形コレクション〉</b>の新人枠も募集は不定期。<b>〈ＳＦマガジン〉</b>のリーダーズ・ストーリイは枚数が少なすぎる――。ＳＦ短篇を書いても、発表する媒体がないのが現状なのである。<br />
　日本ＳＦ第3世代と呼ばれる作家たちは、<b>〈ＳＦマガジン〉</b>と<b>〈奇想天外〉</b>がいずれも短篇の賞を設けていた時期に、踵を接して登場してきた。新井素子を筆頭に、神林長平、谷甲州、大原まり子、野阿梓、山本弘らは、短篇の新人賞によってデビューしているのだ。<br />
　どの程度いい作品が来るかはまったく分らない（そもそも作品が来るかどうかも分らない）けれど、まず受け皿を用意しなければ何も始まらないのも事実。もちろん年刊ベストクラスと編者が判断した作品については、いきなり本シリーズに収録ということも充分にあり得ます。<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/sftanpensho/">奥付裏の応募要項</a></b>を参照のうえ、ふるって作品をお寄せください。<br />
　なお、今回のタイトル<b>『超弦領域』</b>は、前巻の<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4150305994?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4150305994" target="blank">『エイダ』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4150305994" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>と同様、山田正紀の長篇ＳＦ<b>『超弦世界のマリア』</b>から前半をいただき、半村良<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/489456632X?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=489456632X" target="blank">『不可触領域』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=489456632X" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" /></b>から後半をいただいて合成したもので、言葉自体にはまったく意味はありません。タイトルをつけるのが苦しくなるか、巻数が増えてどれがどれだか紛らわしくなるまでは、「ＳＦ的な響きだが深い意味はない漢字４文字のタイトル」路線で行く予定。<br />
<br />
　本書も<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488734015"><b>『虚構機関』</b></a>と同じく、内容の面白さには絶対の自信をもってお送りするものである。編纂者の意図に関わりなく、ある年度の作品を対象に選ばれたアンソロジーには、その時代の空気が濃縮されているわけで、本書が2008年の国産ＳＦの見本市であることは間違いない。よくぞこれだけ傾向も形式も違う作品が集まったものだと、集めた自分でも呆れてしまうほどだが、どこから読んでも面白いですよ。ここが日本ＳＦ最前線です。</p>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
<div align="right">編者敬白&nbsp;&nbsp;</div>

<div align="right">（2009年6月）</div>
<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/sftanpensho/">第１回創元SF短編賞の応募要項はこちら</a></b><br /><br />

<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■日下三蔵（くさか・さんぞう）</font><br />1968年神奈川県生まれ。専修大学文学部卒。書評家、フリー編集者。主な著書に<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4152088761?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4152088761" target="blank">『日本ＳＦ全集・総解説』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4152088761" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4860110846?ie=UTF8&tag=wwwtsogecojp-22&linkCode=as2&camp=247&creative=1211&creativeASIN=4860110846" target="blank">『ミステリ交差点』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=as2&o=9&a=4860110846" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />、主な編著に《日本ＳＦ全集》、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488458010">《中村雅楽探偵全集》</a>、《都筑道夫少年小説コレクション》、『天城一の密室犯罪学教程』ほか多数。<br /><br />
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<entry>
    <title>発表！ 創元ＳＦ文庫を代表する１冊は何か？――読者投票によるベスト20結果発表［2009年6月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/sfbunko0906.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.249</id>

    <published>2009-06-04T16:41:24Z</published>
    <updated>2010-02-08T12:58:50Z</updated>

    <summary>読者投票によるベスト20結果発表 　 東京創元社サイトで2009年3月5日より31日まで募集した「文庫創刊50周年企画 創元ＳＦ文庫を代表する１冊は何か？」アンケートへの全504件の回答を集計したもの...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<p><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown">読者投票によるベスト20結果発表</font></b></p>
<p>　</p>
<p><b><a href="http://www.tsogen.co.jp%22/">東京創元社サイト</a>で2009年3月5日より31日まで募集した「文庫創刊50周年企画 創元ＳＦ文庫を代表する１冊は何か？」アンケートへの全504件の回答を集計したものです。（　）内は票数です。アンケートへの御協力、本当に有り難うございました。</b><br /><br />お添えいただいたコメントも抜粋して御紹介いたします。なお同一シリーズ作品の票は合算しました。<br /><br />5月9日に八重洲ブックセンターで開催しました<a href="http://www.tsogen.co.jp/news/2009/05/sf-1.html">山本弘さん×大森望さんの「創元ＳＦ文庫を語る」トークショー</a>に御参加いただいた方々には一足さきに公表いたしました（この「ベスト20」の結果順位と得票数は、トークショーの採録と共に<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488030353">『ミステリーズ！』vol.35</a>にも掲載しています）。<br /><br /></p>
<br /><br />
<div align="center"><font color="brown"><b>＊</b></font></div><br />
<p></p>
<p></p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488663018"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><img height="197" alt="星を継ぐもの" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/66301.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /></font> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">1 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488663018"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『星を継ぐもの』Ｊ・Ｐ・ホーガン</font></b></a>（81）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「たぶん多くの方から選ばれると思いますが、ＳＦというジャンルを超えて素晴らしいこの作品が、ベスト１でしょうか」<br />「大学の教養学部の課題図書になってました。ＳＦファンのみならず、おそらくどんな人が読んでも面白い稀有な作品だと思います」<br />「創元ＳＦといえば、真っ先にこの本が思いうかびました。スケールの大きい謎に夢中になって読み進み、ラストは涙なしには読了できません。この小さな１冊の本の中に、巨大な時空を感じます」<br />「高校生のときに初めて読んだときのインパクトを超える作品には未だに出会えません」<br />「最後にどっかん！　ときました」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">2 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488601393"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">《火星シリーズ》エドガー・ライス・バローズ</font></b></a>（61）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「創元ＳＦ文庫といえば何をおいてもバローズの《火星シリーズ》だと思います」<br />「30年ほど前、小学生だった頃、親の本棚から拝借して別世界に飛びました。今は私の子供も読みます」<br />「剣と魔法、宇宙、冒険、ロマンス、勧善懲悪、魅力的なキャラクターなどなど、すべてが網羅された基本中の基本」<br />「カバーイラスト、口絵の衝撃はすごかった」<br />「カバーイラストで選んだ、と言われても否定しきれない」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">3 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488603168"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『銀河パトロール隊』Ｅ・Ｅ・スミス</font></b></a>（35）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「中学生のとき初めて文庫で買って読みました。新訳が出た2003年、うれしくなってシリーズ全部買いました。娘が、母親としてそれでいいのか？と呆れていました」<br />「中学のとき大好きだった先生のお勧めで、１巻を読んだらとても面白くて、気に入ったのならとその先生からシリーズ全巻を頂き、今でも大切に持っています」<br />「小学６年生で初めて自分の部屋をもらい、自分の本棚を持つことができるようになって並んだ本のほとんどが、創元推理文庫でした。その中で（当時は「ＳＦ文庫」という名前はなかったはず）ＳＦといえば、間違いなく《レンズマン》です」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">4 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488683016"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『歌う船』アン・マキャフリー</font></b></a>（17）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「ＳＦとしての舞台作りは他にも優れた作品があると思いますが、ブレイン・シップというアイデアとキャラクター作りが良く、実際に女性にも勧めることができた貴重な作品でした」<br />「不自由な身体ゆえに、大きな船になり、宇宙を飛び回ることができる。すばらしい。宇宙に出られない読者に代わって宇宙を見せてくれているようだ」<br />「繰り返し繰り返し読むので本が傷み、同じ本を３度買いました。」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">5 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488698010"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">《ヴォルコシガン・シリーズ》ロイス・マクマスター・ビジョルド</font></b></a>（12）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「《マイルズ・シリーズ》しか思い浮かばなかった」<br />「翻訳ものＳＦってこんなに面白いのか！　と衝撃を受けた1冊です。シリーズを通して、何度も読んでいるのに未だにページをめくる手が止まらなくなってしまいます」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">6 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488618032"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『異星の客』ロバート・Ａ・ハインライン</font></b></a>（11）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「若いころ無謀にもヨーロッパまで無銭旅行したときに、唯一の日本語との接点として持っていった。そして結局むさぼるように何度も読んでしまい、グロクした」<br />「現在では当たり前だが、刊行当時はその束の厚さが、ひときわ目立った！」<br />「数あるハインラインの作品の中では、考えさせられる奥の深い最高作と思う」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">7 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488611026"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『地球幼年期の終わり』アーサー・Ａ・クラーク</font></b></a>（10）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「私が高校生の時に買った最初の創元ＳＦ文庫がクラークのこの本でした。冒頭から結末まで衝撃的な展開に鳥肌が立ったのを覚えています」<br />「これしかないです。13歳でした」<br /><br /><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>8 </b><b>『銀河帝国の興亡』（1～3）アイザック・アシモフ</b></font>（9）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「小学校の図書館で読んだ『暗黒星雲のかなたに』に感動し、ＳＦに、そしてアシモフに目覚め、最初に買った創元文庫です」<br />「中学生の頃、最初読んだ時は正直ピンと来ませんでした。数年後読み返して、ＳＦならではの気宇壮大さに圧倒され全３巻を一気に読み終えたのを今でも鮮明に覚えています」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">8 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488629021"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『結晶世界』Ｊ・Ｇ・バラード</font></b></a>（9）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「こんなにも美しい終末があるのなら、世界が終わってしまってもいいとさえ思ったものです」<br />「もう30年近く前でしょうか、その重苦しくも豊かなイメージに圧倒されました」<br />「今から40年も昔になるが、それまでＳＦと言えばＥ・Ｅ・スミスなどのスペースオペラもの中心だったが、あるとき書店でＪ・Ｇ・バラードの作品を読み、こんな世界もあったのかと雷に打たれたような衝撃を受けた。それから『狂風世界』や『沈んだ世界』『燃える世界』など夢中で読み漁った。『結晶世界』はそのきっかけとなった、思い出深い作品です」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">10 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488612023"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『10月はたそがれの国』レイ・ブラッドベリ</font></b></a>（8）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「中学２年のとき、入院先でひとつ年上のお姉さんが、毎晩1話ずつ「怖い話だよ」と読んでくれたレイ・ブラッドベリの本。いま再読してもゾクゾクします」<br />「高校時代、一読してハマッた私はさっそく当時付き合っていたＧＦにこの本を奨めた。そのお返しにＧＦが奨めてくれた本は『笑う警官』（シューヴァル＆ヴァールー）だった。今考えると逆の方が自然だったような……」<br />「私が生まれた年のクリスマス・イヴに発行されているから。のちに彼女からプレゼントされたとかいうロマンティックなエピソードは残念ながらなく、中学２年の夏に『夏への扉』（ハインライン）と一緒に買った」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">11 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488604066"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『わたしはロボット』アイザック・アシモフ</font></b></a>（6）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「カルヴィン博士が語る、おとぎ話のようなロボットのエピソードの数々は、今読んでも古くないと思います」<br />「ロボット、その定義はこれから始まった。この本なくしてＳＦは語れない」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">11 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616038"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『渚にて』ネヴィル・シュート</font></b></a>（6）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「終末に際して、こんなにも理性的で美しい最期をとげる人々を（小説の人物とはわかっていましたが）知ることができ、感動しました。名作です」<br />「もうこのような作品が書かれることはないだろう。逆説的な言い方になるが、今日の世界的なテロの蔓延よりも核状況のほうが如何に人間的であったことか。少なくともこのような傑作が書かれたのだから。わたしたちはある種のノスタルジーを抱いてこの作品をもう一度読み直したい」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">11 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488725013"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『銀河英雄伝説』（1～10、外伝1～5）田中芳樹</font></b></a>（6）<br /><br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「何度読み返しても面白い。今では子供たちが夢中で読んでいます」<br />「ＳＦの金字塔！　初めて読んだときは、鳥肌が立つほどの衝撃でした。そこらじゅうの知り合いに、片っ端から薦めた記憶があります。初版から大分たちますが、未だかつてこれを超えるスケールと緻密な設定の小説に出会っておりません。一読の価値あり！」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">14 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488638054"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『タウ・ゼロ』ポール・アンダースン</font></b></a>（5）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「一直線にどこまでも飛んでゆく想像力。科学考証が無茶苦茶だとか古いとか関係ないんです。ただのバカ話が、時には我々に希望を与えてくれる。わけのわからぬ、しかし力強い希望を。そんなことを教えてくれた1冊です」<br />「30年も翻訳の出版を待ち焦がれていたので、途轍もなく嬉しくて、書店に勤務していたのを幸い、優先的に予約・購入し、手元に届いたときには手が震えたのを覚えています」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">14 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488637019"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">《スター・キング・シリーズ》エドモンド・ハミルトン</font></b></a>（5）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「昭和40年代に熱狂的に読んだ。《スカイラーク・シリーズ》、《レンズマン・シリーズ》、《火星シリーズ》。でもやはり一番感動して読んだのはＥ・ハミルトンの『スター・キング』。ラストシーンは忘れられない」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">14 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488623012"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『分解された男』アルフレッド・ベスター</font></b></a>（5）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「ベスター作では『虎よ、虎よ！』の方が圧倒的に評価が高いけれど、愛着の深さでは断然こちら」<br />「直感的に思いついたのがこの作品。とにかく面白かった」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">17 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488609016"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『宇宙船ビーグル号の冒険』Ａ・Ｅ・ヴァン・ヴォークト</font></b></a>（4）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「ＳＦにはまるきっかけとなった作品です。魅力的なエイリアン、ネクシャリズム（総合科学）の概念、ビーグル号内の権力闘争も面白かったが、日本人が科学者の一員として乗り込んでいるのがとても嬉しかった」<br />「本書か『トリフィド時代』にするか。さんざ悩んだ末に、本書に決定。私が、SFファンになった記念的1冊です」<br /><br /><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>17 </b><b>《デュマレスト・サーガ》Ｅ・Ｃ・タブ</b></font>（4）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「ちょうど発刊の時期が学生時代でしたので、頻繁に本屋に寄っていたころでした。毎月、新刊が発売されるのを楽しみにしていました。そのころファンクラブもありましたよね」<br /><br /><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>17 </b><b>『暗闇のスキャナー』フィリップ・Ｋ・ディック</b></font>（4）<br />「敬愛する浅倉久志先生の翻訳もありますが、どちらを取るかと訊かれれば創元の山形訳」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">17</font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488637118"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">《キャプテン・フューチャー全集》エドモンド・ハミルトン</font></b></a>（4）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「ＳＦへの入り口でした。始まりはここからでした」<br />「私がＳＦを読むきっかけになった本たちです。復刊は「東京創元社21世紀の偉業」の一つだと思います」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">17 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488605032"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『ＳＦカーニバル』フレドリック・ブラウン編</font></b></a>（4）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「確か小学校６年の時だった。何よりもまず「ＳＦ小説を読むことは楽しいことだ」と本書から学んだ。もし小難しい理屈を並べた小説を先に手に取っていたら、ＳＦ小説に興味など持たなかったと思う」<br />「かつてもＳＦ短編といえばユーモア物の宝庫でした。このアンソロジーは、その中でもベストだと思います」<br /><br /><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">17 </font></b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488612016"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">『何かが道をやってくる』レイ・ブラッドベリ</font></b></a>（4）<br />
<br /><font style="FONT-SIZE: 0.8em" color="gray">&nbsp;● 読者からのコメント</font><br />
「生まれて初めて買った文庫本。小学５年生だったので、半分も分からなかったが、別世界を確かに見たという感覚はリアルだった。その後の読書傾向を決定づけた１冊」<br />「何十年も前に読んだ本だけど、ちっとも古くない。びっくり箱のようなステキのすべてがとびだしてくる」
<p></p>
<p>
<div align="right">（2009年6月5日）</div>
<p></p>
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<a href="http://www.tsogen.co.jp/">SF小説の専門出版社｜東京創元社</a>]]>
        
      
    


    </content>
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    <title>佐藤龍雄／ネヴィル・シュート『渚にて』訳者あとがき［2009年4月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/satoh0904.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.221</id>

    <published>2009-04-26T04:42:45Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:56:35Z</updated>

    <summary>避けがたい死が忍び寄っていくさまを淡々とした筆致で、しかし同時に精細な描写によって物語る。 （ネヴィル・シュート『渚にて』訳者あとがき） 佐藤龍雄　tatsuo SATOH 　  　本書はネヴィル・シ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>避けがたい死が忍び寄っていくさまを淡々とした筆致で、<br />しかし同時に精細な描写によって物語る。</strong></font><br />
（ネヴィル・シュート『渚にて』訳者あとがき）<br /><br />
<font color=brown style="FONT-SIZE: 1.25em"><strong>佐藤龍雄</strong>　tatsuo SATOH</font>
<hr color="gray" size="1">

<p>　</p><div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616038"><font style="FONT-SIZE: 1.25em"><img height="197" alt="渚にて" hspace="8" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/61603.jpg" width="140" vspace="8" border="1" /></font> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　本書はネヴィル・シュート <i>On the Beach</i>（1957年初刊）の全訳であり、東京創元社の文庫創刊50周年を記念し新訳にて訳出したものです。翻訳のテキストには House of Stratus 版（2002年刊）<i>On the Beach</i> をもちいました。<br />　この小説は核兵器による第三次世界大戦が終息したあとの世界を背景とし、〈死の灰〉の最終到達地となるオーストラリア大陸を舞台として、そこで生きるさまざまな人々に避けがたい死が忍び寄っていくさまを淡々とした筆致で、しかし同時に精細な描写によって物語った近未来小説であり、終末テーマの一大傑作として世界的に読み継がれています。</p>
<p><br /></p>
<p>　作者ネヴィル・シュート（本名Nevil Shute Norway）は1899年ロンドンのイーリング（当時はミドルセックス群所属の町）生まれのイギリス人で、本来は航空機設計の技術者でありまた同方面の事業家でもあり、英国の飛行機界に大きな足跡を残した人物ですが、同時にそうした人生経験や第一次世界大戦での従軍体験などをもとに冒険小説作家となり、母国イギリスでは「アガサ・クリスティ、ハモンド・イネスと並んで広汎な支持を得ている」（シュート作の長編小説<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616021"><strong>『パイド・パイパー　自由への越境』</strong></a>の訳者池央耿氏による同書「あとがき」より）とさえいわれるほど大成しました。第二次大戦後オーストラリアに移住し、最大の代表作であり歴史的名作ともなったこの<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616038"><strong>『渚にて』</strong></a>を発表したのち、1960年に60歳で世を去りました。<br />　わが国では本作品のみが突出して有名ですが、幸い前述の<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616021"><strong>『パイド・パイパー』</strong></a>も創元推理文庫版にて現在も読まれています。第二次大戦を背景としたヒューマニズムと冒険心あふれるロード・ノベルの傑作ですので、本書によりこの作家に関心を持たれた読者は是非そちらも手にとってみていただきたいと思います。</p>
<p><br /></p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=wwwtsogecojp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B000IU38WO&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" align="right" hspace="6" vspace="6"></iframe>
<p>　なお本書旧版の<strong>『渚にて　人類最後の日』</strong>は、当初〈文藝春秋〉1957年12月号に木下秀夫訳<strong>「人類の歴史を閉じる日」</strong>と題して要約が掲載され、翌1958年に文藝春秋新社より木下秀夫訳<strong>『渚にて　人間の歴史を閉じる日』</strong>として若干の省略が施された翻訳書が単行本として刊行されたのち、その翻訳の実質的担当者だった井上勇氏による初めての全訳が1965年に創元推理文庫（現・創元ＳＦ文庫）版として刊行されたという経緯をたどっています。他版としては、篠崎書林版<strong>『渚にて』</strong>（山路勝之訳・1976年刊）があります。<br />　またこの小説を原作とする映画には、本書「解説」において鏡明氏が採りあげているアメリカ映画<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=%E6%B8%9A%E3%81%AB%E3%81%A6&tag=wwwtsogecojp-22&index=dvd&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211" target="_blank"><strong>『渚にて』</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（ON THE BEACH　スタンリー・クレイマー監督、グレゴリー・ペック／エヴァ・ガードナー主演、1959年）、およびオーストラリア制作（正式には米豪合作）のテレビ映画<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%83%BB%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%83%89&tag=wwwtsogecojp-22&index=dvd&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211" target="_blank"><strong>『エンド・オブ・ザ・ワールド』</strong></a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />（ON THE BEACH　ラッセル・マルケイ監督、アーマンド・アサンテ／レイチェル・ウォード主演、2002年）の2作品が知られています。ちなみに後者のソフトウェア化商品には「完全版」と「短縮版」の2種があります。</p>
<p><br /></p>
<p>　以下にネヴィル・シュート作の全長編小説を執筆年順に列記しておきます。</p>
<p><br /></p>
<iframe src="http://rcm-jp.amazon.co.jp/e/cm?t=wwwtsogecojp-22&o=9&p=8&l=as1&asins=B00005HTP5&fc1=000000&IS2=1&lt1=_blank&m=amazon&lc1=0000FF&bc1=000000&bg1=FFFFFF&f=ifr" style="width:120px;height:240px;" scrolling="no" marginwidth="0" marginheight="0" frameborder="0" align="right" hspace="6" vspace="6"></iframe>

<p>　Stephen Morris (1923)　刊行は1961<br />　Pilotage (1924)　刊行は1961<br />　Marazan (1926)　小説家としてのデビュー作<br />　So Disdained (1928)　米国版題名 The Mysterious Aviator<br />　Lonely Road (1932)<br />　Ruined City (1938)　米国版題名 Kindling<br />　What Happened to the Corbetts (1938)　米国版題名 Ordeal<br />　An Old Captivity (1940)　『操縦士』福島昌夫訳　高山書院　1941年<br />　Landfall: A Channel Story (1940)<br />　Pied Piper (1942)　『さすらいの旅路』池央耿訳　角川文庫　1971年（のちに改訳し<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488616021">『パイド・パイパー&nbsp; 自由への越境』</a>として創元推理文庫より2002年再刊）<br />　Most Secret (1942)　刊行は1945<br />　Pastoral (1944)<br />　Vinland the Good (1946)<br />　The Chequer Board (1947)<br />　The Seafarers (1947)　刊行は2002<br />　No Highway (1948)<br />　A Town Like Alice (1950)　米国版題名 The Legacy　<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/search?ie=UTF8&keywords=%E3%82%A2%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AE%E3%82%88%E3%81%86%E3%81%AA%E7%94%BA%E3%80%80%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%88&tag=wwwtsogecojp-22&index=books&linkCode=ur2&camp=247&creative=1211" target="_blank">『アリスのような町』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&l=ur2&o=9" width="1" height="1" border="0" alt="" style="border:none !important; margin:0px !important;" />
小積光男訳　日本図書刊行会　2000年<br />　Round the Bend (1951)<br />　The Far Country (1952)　『遥かな国』末永時恵訳　新潮社　1956年<br />　In the Wet (1953)<br />　Requiem for a Wren (1955)　米国版題名 The Breaking Wave<br />　Beyond the Black Stump (1956)<br />　On the Beach (1957)　<b>本書</b><br />　The Rainbow and the Rose (1958)　『失なわれた虹とバラと』大門一男訳　講談社　1968年<br />　Trustee from the Toolroom (1960)</p>
<p><br /></p>
<p>　最後に、本書訳出に際しまして、旧版<strong>『渚にて　人類最後の日』</strong>(創元ＳＦ文庫)を参照し、訳文を参考にさせていただくとともに、ストーリーおよび文章を理解するうえでもたいへん助けられました。ここに記して、同書の訳者である故井上勇先生の英霊と訳業への表敬並びに謝辞とさせていただきます。なお本書巻頭に引用されているＴ・Ｓ・エリオットの詩は、本書の訳者佐藤が独自解釈により新たに訳したものであることを添記します（本書のタイトルはこの詩を由来の一端とすると同時に、「陸上勤務となって」「零落して」等を意味する慣用句 on the beach をも含意すると考えられます）。<br />
　また、ＳＦ界の大先達鏡明さんにはご多忙のなかすばらしい解説をお寄せいただき、このうえなく感激しております。厚く御礼申しあげます。</p>
<div align="right">（2009年4月26日）</div>
<hr size="1" color="gray">
<font color="navy">■<b> 佐藤龍雄</b>（さとう・たつお）</font><br />
1954年生まれ。英米文学翻訳家。主な訳書に、ワイリー＆バーマー『地球最後の日』、ディック<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488696160">『あなたをつくります』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488696177">『ドクター・ブラッドマネー』</a><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488696184">『最後から二番目の真実』</a>など多数。<br />
<br />

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    </content>
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    <title>向井淳／ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』解説［2009年4月］</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://www.webmysteries.jp/sf/mukai0904.html" />
    <id>tag:www.webmysteries.jp,2009://6.34</id>

    <published>2009-04-06T06:20:10Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:48:48Z</updated>

    <summary>日本初の世界SF大会Nippon2007でヒューゴー賞を受賞、ローカス賞との二冠を達成した傑作の登場（09年4月刊　ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』解説［全文］） 向井淳　jun MUKA...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>日本初の世界SF大会Nippon2007でヒューゴー賞を受賞、<br />ローカス賞との二冠を達成した傑作の登場</b></font><br /></font>（09年4月刊　ヴァーナー・ヴィンジ『レインボーズ・エンド』解説［全文］） <br /><br /><font style="FONT-SIZE: 1.25em" color="brown"><b>向井淳</b>　jun MUKAI</font> 
<hr color="black" size="1">
</font>
<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488705053"><img height="196" alt="レインボーズ・エンド〈上〉" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/70505.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>　本書はヴァーナー・ヴィンジ７年ぶりの新作となる長編<i>Rainbows End</i>の全訳である。本作品は2006年に発表され、翌2007年には日本で初めて開かれたワールドコン（世界ＳＦ大会）Nippon2007でヒューゴー賞を受賞した。またこれに先だって、アメリカのＳＦ情報誌〈ローカス〉の読者が選出するローカス賞も受賞している。<br /><br />　時は西暦2030年代、場所は南カリフォルニア。この時代、特殊なコンタクトレンズと衣服を身につけることで、現実世界の上にコンピュータの作り出したイメージをオーバレイする拡張現実感（AR）の技術が極めて発達していて、現実の風景に様々な映像を重ね合わせるだけでなく、触覚的な効果すら模倣することが可能になっている。<br />　また、現代よりもコンピュータ・ネットワークがはるかに発達しているのも大きな特徴。帯域も圧倒的に広いし、なにより基本的にどこで何をしていてもネットワークに接続できるユビキタスな環境が整備されている。もちろんこうした技術の変化は人々の行動や社会にも大きな影響を及ぼしており、たとえば会話の途中で分からない単語や知らない言葉が出てくれば誰でもグーグルで検索して調べるし、今言おうとしている言葉ですら検索して言う、ということがすっかり身についている（それでもテストでは検索が禁止されているのはご愛嬌。今でもテスト中は携帯電話の電源を切ったりするが似たようなものですね）。また、実際に顔を会わせて会話をすることもあるが、アバターを飛ばしてオンラインでチャットするのも同じぐらい使われるか、あるいはチャットの方が好まれるぐらい。またみんなで会話をしていても授業を聞いていても、裏では互いに互いへサイレント・メッセージという、今でいうインスタント・メッセンジャーかtwitterのようなもので囁きあう。<br />]]>
        <![CDATA[
<br />　物語はサッカーの観戦者たちの奇妙な行動の報告から幕を開ける。この報告から人間の行動に影響を及ぼす細菌兵器、という可能性に気づいたインド・ヨーロッパ連合の諜報機関では、ウサギという名のハッカーを雇って調査を開始する……とはいえ、本作品の主な読みどころは国際的な謀略や謎のハッカーの暗躍といったところには存在しないのではないかと思われる。本作品の主人公の一人は、重度のアルツハイマー症から復帰した老人、ロバート・グー。彼は世の中のあまりの変化に戸惑いながらも、若者たちと社会復帰しようとしている老人たちが一緒に学ぶフェアモント校に通ったりしながら、次第にテクノロジーの発展したこの世界に順応していく。この南カリフォルニアの日常を描く中で明らかになっていくこの世界そのものこそが読みどころだ。<br />
　ヴィンジの描く近未来社会は、ただしほかの先行するＳＦ作品と比べると、妙に先鋭的だったり異様なところがあまりなく、私たちの今の社会からの飛躍がそれほどない。コンタクトレンズを使った拡張現実感にしても、コンピュータ・ネットワークの発達にしても、ユビキタス・コンピューティングを実現するようなインフラストラクチャにしても、それらを土台とした情報検索やコンピュータによる情報処理に依存した生活にしても、もちろん私たちの現在のテクノロジーだけで実現できるわけではないのだが、現在のテクノロジーからの考察としては非常に堅実で納得しやすいものになっている。もしかすると、ちょっとインターネットやこうしたテクノロジーに興味を持っている人ならむしろ確かさゆえに面白くないとすら感じるかもしれないほど。<br />
　誤解して欲しくないのだがＳＦの役割は未来予測ではないし、いかに確かな発想に基づいていると言っても本作品で描かれているとおりに技術が発展するということはありえない。もちろんヴィンジ本人も、未来の社会がこうなるに違いないという予想を描いているわけではないだろう。本作品で描かれるのは、むしろこうした世界観にリアリティを感じる私たちの「今」なのである。そういう「今」の感覚をみごとに切り取り、小説の上に構築することに本作品は成功している。そして10年か20年経って改めて本作品を読み返したときには、予測が当たった外れたといった瑣末な事柄を超えた「当時のリアリティ」に思いを馳せることになるだろう。ちょうど30年近く前に発表された<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/4102279016?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=4102279016" target="blank">『マイクロチップの魔術師』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=4102279016" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" width="1" border="0" height="1" /></b>（新潮文庫）を今読むことが、そのような機能を持っているように。<br /><br />
<div style="float: left; width: 170px;"><font size="3"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488705060"><img alt="レインボーズ・エンド〈下〉" src="http://www.tsogen.co.jp/img/cover_image_m/70506.jpg" vspace="10" width="140" border="1" height="196" hspace="12" />
<div style="text-align: center;"><img alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.webmysteries.jp/images/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" height="18" /></div></a></font></div>
　もうひとつ、ヴィンジのテーマの一つである〈特異点〉と本作品との関わりについても述べておこう。<br />
　〈特異点〉とはヴィンジがエッセイ（邦訳は〈ＳＦマガジン〉2005年12月号に<b>「〈特異点〉とは何か？」</b>というタイトルで掲載された）で90年代初頭に提唱した概念である。英語ではtechnological singularity（技術的特異点）といわれることが多い。最近では発明家のレイ・カーツワイル氏の著書が翻訳されたり活動が紹介されたりしているので、そちらの方でご存じの方も多いかもしれない。<br />
　〈特異点〉の基本的な考え方はこうだ。コンピュータの性能はどんどん向上しているが、このまま続けばある時点で機械（または機械と人間の複合体でもいいが）は人間の知能を本質的に上回ることになる。すると、そうした存在は自分の知能よりもさらに優れた知能を生み出す能力を持っていることになるから、知能が加速度的に発達し、急速に人間には太刀打ち出来ない存在となり、その結果として人類の歴史は終焉を迎えることになるだろう。<br />
　このような考え方や、あるいは〈特異点〉という単語そのものは、ヴィンジのエッセイ以降、英米のＳＦ作品に様々な影響を与えている。作中で〈特異点〉という単語が言及されたり、過去そのような事象があった後に取り残された人類を描いた作品などもある。<br />
　ところが、実際に〈特異点〉そのものを描いたＳＦ作品というのは意外と少ない。そもそも人間の理解を絶しているというのが〈特異点〉の定義なのだから描くことは原理的に出来ないという気もする。ただ本作品では、人類が〈特異点〉に遭遇する少しだけ前の時代を舞台として設定し、社会の変化はどんどん加速していき、技術もどんどん発展していくという、〈特異点〉に漸近していく様が正面から描かれる。稀有な作品である。<br /><br />
　本作品の著者ヴァーナー・ヴィンジは1944年生まれ。本職はサンディエゴ州立大学の数学教授だったが、既に退官している。<br />
　ヴィンジは〈ニュー・ワールズ〉誌1965年6月号に<b>「居留区」</b>（ハヤカワ文庫ＳＦ<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/B000J8Q6AG?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=B000J8Q6AG" target="blank">『忘却の惑星』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=B000J8Q6AG" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" width="1" border="0" height="1" /></b>所収）。69年には最初の長編 <i>Grimm's World</i>、76年には第２作<i>The
Wilting</i>を発表した。<br />
　もっとも、ヴィンジの名が一躍有名になったのは1981年に発表された中編<b>『マイクロチップの魔術師』</b>以降だと言われる。この作品はコンピュータが接続したネットワーク上に腕利きのハッカーたちがコミュニティを作って活動しているという、サイバースペースを舞台にした先駆的な作品である。今からするとなんとも当たり前なことに感じられるかもしれないが、81年当時、誰でも接続できるコンピュータ・ネットワークそのものが全世界を覆うというビジョンそのものがＳＦだった。ちなみに、先に挙げた<b>「〈特異点〉とは何か？」</b>は1993年に発表されたが、その内容もこの<b>『マイクロチップの魔術師』</b>と深い関係がある。<br />
　その後ヴィンジは1992年<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488705015">『遠き神々の炎』</a></b>でヒューゴー賞を受賞。そしてその７年後の1999年に刊行された<b><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488705039">『最果ての銀河船団』</a></b>（どちらも創元ＳＦ文庫）でもまたヒューゴー賞を受賞した。この二作品は遠未来を舞台にした壮大なスケールのスペースオペラのシリーズである（もっとも、シリーズと言ってもどちらも独立した作品として順不同に読める）。<br />
　このほか中短編作品も発表し続けており、とくに〈アナログ〉誌2003年10月号に発表された<b>「クッキー・モンスター」</b>でもヒューゴー賞ノヴェラ部門を受賞。また２2001年に刊行した短編集<i>The Collected Stories of Vernor Vinge</i>にも“Fast Times at Fairmont High”という中編を書き下ろしとして発表し、これも2002年のヒューゴー賞のノヴェラ部門を受賞した。タイトル中のFairmont High（フェアモント・ハイ）という単語でピンときた方もおられるかもしれないが、これは本作品と同じ設定の中編である。また、本作品と同じ設定の作品には、もう一つ“Synthetic Serendipity”というタイトルの短編もある。こちらは<i>IEEE Spectrum</i>というIEEE（米国電気電子学会）の学会誌に発表された変わり種。どちらも舞台や設定、登場人物の一部などが本作品と共通している。本作品には、ちょっとだけ登場してあまり活躍しないキャラクターがいて、お読みになって「結局この人はどうなったんだろう」と疑問に思った方もあるかもしれないが、実はこちらの作品の方で活躍しているのである。<br /><br />
　作中の設定は親切に解説されているので概ね読めばわかると思うが、ビリーフ・サークルについてはちょっと説明をしておこう。既に述べたように、コンタクトレンズを装着した人の視界内には、実際の風景にイメージが重ね合わされ、全く違った視界を提供する。この世界では、オーバレイするイメージは、たとえばテレビのように少数の制作者が一方的に供給するだけではなくて、その場にいる人は（いない人でも）誰でも自由に加工したり付け加えたりすることができる。だから下手をするとイメージがぐちゃぐちゃになって収拾がつかなくなったりもしそうだが、ある種の集団がひとつの統一的なテーマを元にイメージを構築していることが多い。こうしたグループのことをビリーフ・サークルと呼ぶ。ビリーフ・サークルは今のウェブ上の活動のように様々な形態で存在しているが、その活動はみんなの注目を集めるということが主な目的のようである。<br />
　また、本書で言及されている範囲ではビリーフ・サークルのつくるイメージは主にフィクションがベースとなることが多いようだ。架空の作家の名前も多いが、ヴィンジは実在の作家の名前もばんばん出している。たとえばＨ・Ｐ・ラヴクラフトやテリー・プラチェットなどが言及されているし、スピルバーグ／ローリングというのも出てきたが、もちろんスティーブン・スピルバーグとＪ・Ｋ・ローリングのことだろう。また、作中には「イーガン・サッカー」という謎めいた競技をプレイしているビリーフ・サークルがあるが、これはグレッグ・イーガンの<b>「ボーダー・ガード」</b>（<b><a href="http://www.amazon.co.jp/gp/product/415011451X?ie=UTF8&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=as2&amp;camp=247&amp;creative=1211&amp;creativeASIN=415011451X" target="blank">『しあわせの理由』</a><img src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=as2&amp;o=9&amp;a=415011451X" alt="" style="border: medium none  ! important; margin: 0px ! important;" width="1" border="0" height="1" /></b>ハヤカワ文庫ＳＦ所収）に登場する量子サッカーが元ネタである。<br />
<br />
　最後に、物語の結末まで読んだ読者向けに、あるキャラクターについての筆者自身の考えを少し述べておきたい。そのキャラクターとはもちろん、ウサギのことである。以下はあくまでも筆者の見解だが、ひとつの考え方としてお読みいただければ幸いである。<br />
　物語の結末で暗示されているように、ウサギは本作品で描かれた事件によって大きく変化し、おそらく最終的にポストヒューマン（〈特異点〉に到達し人類を超越した知能を持つ存在）となるのだろう。ただ、あくまでも筆者の考えだが、ウサギの正体は作中で一部のキャラクターが疑うように人工知能ではないだろうと考えている。その根拠は、と問われると困るのだが、あえて言えば作中にわざわざそのような示唆があるだけで明示されないのは何か裏があるからではないか。また、筆者にはどうしても、ヴィンジ自身の〈特異点〉のエッセイの一節が思い出されるのである。<br />
<br /><blockquote>
……コンピュータ・ネットワークやマンマシン・インタフェースは、ＡＩよりも平凡のように思えるが、それでも〈特異点〉へと導くことができる。この対照的なアプローチを知能増強（Intelligence Amplification:IA）と呼ぶことにしよう。ＩＡは多くの場合で開発者にはそれがなんであるか認識すらされないくらい自然に進行するだろう。しかし我々の情報にアクセスし通信する能力が改善されると、ある意味で我々は自然な知性の強化を実現できるのである。（「〈特異点〉とは何か？」拙訳）<br /></blockquote>
<br />
　ウサギはＡＩではなくてＩＡなのではないだろうか。<br />
　ウサギ自身の正体は謎であり、主要な登場人物であるわりにウサギが視点となることはほとんどない。ただ、その数少ない描写はいささか人間臭いところがある。少なくとも、読者に提示されている描写を読む限り全く自動化されたプログラムであるという気はしない。もっとも、ＩＡというのは単に人間がすごいシステムを使っているというだけの話ではなくて、人間の知能とコンピュータの能力とがもっと高度に統合された状態を指していると筆者は理解している。<br />
　その意味では、ウサギはもともとはＩＡではなかったのだろうと思われる。すくなくとも、物語の始まった当初のウサギはギュンベルク・ブラウンが評したように大したことのない腕前のクラッカーに過ぎなかったのだろう。立場は人を成長させるというが、本作品で起こった事件に巻き込まれることでウサギは急速に多くのことを学び、成長した。というより、そうすることができる位置にたまたま居座ることができた。誰が意図したというわけでもなく、たまたまそこに居合わせた結果として、ひとりの人間とその人物の使うコンピュータ・システムが統合されることで生まれたＩＡがクライマックスの時点のウサギであり、つまり本作品はＩＡによるポストヒューマンが生まれるという誕生譚なのではないか、というのが筆者の邪推である。<br />
　いずれにせよ本作品は、様々な謎が明かされないまま結末を迎えているため、この手のことについては結論を出しようがない。実際、すべての謎が明かされていないためにヴィンジは本作品の続編を書くつもりじゃないかという噂もあるようだ。続編がどのような作品になるかとか、そもそも続編が書かれるのかどうかすらまだ分からないが、書かれるとすればそのときには筆者が述べてきたような点については決着がつけられるんじゃないかと期待している。<br />
　でもそれもまた７年後、ということにならなければいいんですが。<br />
<div align="right">（2009年４月）</div>

<hr>
<font color="navy">■ 向井淳（むかい・じゅん）</font><br />
1979年生まれ。ソフトウェアエンジニア、たまにレビュアー。<a href="http://www.jmuk.org/diary/" target="_blank" rel="nofollow" _=""><font color="#003399">http://www.jmuk.org/diary/</font></a> をのんびりと更新中。<br />
<br />
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    <title>大森望『虚構機関　日本ＳＦ傑作選』（大森望・日下三蔵編）序文［2008年12月］</title>
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    <published>2008-12-05T06:17:19Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:34:33Z</updated>

    <summary>ＳＦファンのひとりとして、この企画が実現したことを心から喜びたい。ＳＦは元気です。 年刊日本ＳＦ傑作選始動。2007年日本ＳＦ界の収穫、選びぬかれた16編を収録（08年12月刊『虚構機関　年刊日本ＳＦ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>ＳＦファンのひとりとして、この企画が実現したことを心から喜びたい。<br />ＳＦは元気です。 </b><br /></font>年刊日本ＳＦ傑作選始動。<br />2007年日本ＳＦ界の収穫、選びぬかれた16編を収録<br />（08年12月刊『虚構機関　年刊日本ＳＦ傑作選』序文） <br /><br /><font color="navy"><font style="FONT-SIZE: 1.25em">大森 望</b></font>　nozomi OHMORI</font> 
<hr color="black" size="1">
<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3944"><img height="196" alt="虚構機関" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03944.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　本書をもって、創元ＳＦ文庫版<b>〈年刊日本ＳＦ傑作選〉</b>がいよいよ開幕する。<br />　第１巻となるこの<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3944"><b>『虚構機関』</b></a>には、2007年（奥付に準拠。月刊誌では１月号～12月号）に発表された日本のＳＦ（と編者が考える作品）から編者が勝手に選りすぐった16作（連作含む）を収録している。<br />　2007年は、日本ＳＦのゆりかご<b>〈宇宙塵〉</b>創刊からちょうど50年。日本で初めて世界ＳＦ大会が開かれた記念すべき年でもあり、新たな出発点にふさわしい。ちなみに日本ＳＦの総合的な年次傑作選は、筒井康隆編<b>『日本ＳＦベスト集成』</b>以来33年ぶり。編者の手前ミソながら、ＳＦファンのひとりとして、この企画が実現したことを心から喜びたい。ＳＦは元気です。<br />　1990年代には“冬の時代”と呼ばれるどん底を経験した日本ＳＦだが、今世紀初頭から鮮やかに復活し、いまや見違えるような活況を呈している。小川一水、伊藤計劃、円城塔など、新世紀を担う才能豊かな書き手も続々登場してきた。<br />　しかし、いま日本ＳＦの最前線で活躍中の作家たちは、星新一、小松左京、筒井康隆、光瀬龍、半村良などの第一世代とくらべると、作品の質はともかく、知名度では遠くおよばない。ＳＦ専門誌やＳＦ専門叢書の読者以外にはろくに知られていない名前も多いだろう。本書は、そういう新時代の日本ＳＦの担い手たちを紹介するショーケースでもある。<br />　もちろんそれだけではない。最近の日本ＳＦはどうなっているのか。いまの日本では、いったいどんなＳＦが書かれているのか。そもそもＳＦとは何なのか。そういう疑問に対する答えがこの一冊。目次を見ていただければおわかりのとおり、萩尾望都や堀晃、かんべむさしなどＳＦ界の大ベテランの新作から、新人ＳＦ作家の第一短篇、中原昌也や福永信など純文学畑（と見なされている）の作品まで、幅広くとりそろえてあります。<br />　熱心なＳＦファンのみならず、「昔は小松左京やクラークを読んでいたけど最近のＳＦにはご無沙汰で」とか「筒井康隆はかならず読むけど宇宙ものはちょっと……」という人、あるいは「ミルハウザーやエリクソンなら読むけどジャンルＳＦにはあんまりなじめなくて」という人など、さまざまな読者のニーズに応えられる傑作選をめざしたつもり。ためしに三つ四つ読んでいただければ、かならずや気に入る作品が見つかるはずです。</p>
<p>　さて、第１巻なので、本シリーズ誕生の経緯と編集方針について簡単に説明しておきたい。<br />　まず、“年刊ＳＦ傑作選”というスタイルについて。ＳＦ雑誌が多数乱立したアメリカでは、半世紀以上前から、Year's Best（年度別傑作選）形式の年次アンソロジーは何種類も刊行されてきた。草分けは、1949年にスタートしたブライラー＆ディクティの<b>The Best Science Fiction Stories</b>。これにかわって50年代に台頭したのが、創元ＳＦ文庫でおなじみのジュディス・メリル編<b>『年刊ＳＦ傑作選』</b>だった。ブラッドベリやクラークと並んで、ボルヘスやバーセルミやウイリアム・バロウズを収録する大胆な編集方針が特徴。作品の合間にはアジテーションの効いたメリル節の解説が挿入され、若い読者を魅了した。<br />　編者のひとりである大森望はこのアンソロジーによって短篇小説のおもしろさに目覚め、ジャンルの枠に縛られないＳＦ観を決定的に植えつけられたくち（川上弘美、柳下毅一郎、山形浩生など、大森と同世代のＳＦ読者は多かれ少なかれメリルに感化されている）。<br />　その後、ドナルド・Ａ・ウォルハイム＆テリー・カー編（のちにはそれぞれが独立し、別々の出版社からそれぞれの傑作選を刊行）や、いまも続くガードナー・ドゾワ編（ものすごく分厚い）、デイヴィッド・ハートウェル編（途中からキャスリン・クレイマーと共編）など、さまざまな年次ＳＦ傑作選が出ているが、大森にとってはメリルこそが心の故郷。東京創元社編集部の小浜徹也からこのアンソロジーの企画を持ちかけられたとき、「創元で出すなら、題名は『年刊日本ＳＦ傑作選１』だね」とノータイムで答えたくらいである（最終的に、巻数を入れる案は却下され、収録作と別にそれっぽいメインタイトルをつけることを求められたため、今回は、巻末の伊藤計劃<b>「The Indifference Engine」</b>をなんとなく参照しつつ、山田正紀<b>『エイダ』</b>から拝借した“虚構機関”を題名に選びました。ほら、漢字四文字は創元ＳＦ文庫の勝負作の基本だし）。<br />　一方、日本国内では、冒頭で触れたとおり、筒井康隆編の<b>『日本ＳＦベスト集成』</b>全５巻（<b>『'71年版』</b>～<b>『'75年版』</b>）が、唯一の総合的な年次ＳＦ傑作選（詳細は、本書巻末の日下三蔵解説を参照）。その最終巻となった<b>『日本ＳＦベスト集成'75』</b>は1976年に刊行された。ジュディス・メリル編<b>『年刊ＳＦ傑作選』</b>の最終巻も、同じ76年の刊行。したがって本書は、32年ぶりに復活した“日本ＳＦベスト集成”であると同時に、同じく32年ぶりに復活した創元版“年刊ＳＦ傑作選”でもある。<br />　日下三蔵と大森望の共編ということで、お手本としてまず頭に浮かんだのは、ウォルハイム＆カー編のワールズ・ベストＳＦ（65年～68年版が<b>『時のはざま』『忘却の惑星』『追憶売ります』『ホークスビル収容所』</b>のタイトルでハヤカワ文庫ＳＦから邦訳されている）。だとすれば日下がウォルハイムでオレがカーだな、と思ったんですが（めんどくさいので説明は略）、こうしてみると、本シリーズが受け継ぐべきは、ジュディス・メリルと筒井康隆だと考え直した。もしこのふたりが年間ベストを編むとしたらどうなるか――というコンセプトを基本に、<b>『年刊ＳＦ傑作選』</b>と<b>『日本ＳＦベスト集成』</b>のいいとこどりを試みたわけである。役割分担としては、日下三蔵が筒井康隆で（“ＳＦ作家”の作品から秀作を見つけ出し、バランスをとる係）、大森がメリル（どこがＳＦだかよくわからないものをどさどさ入れる）。<b>『年刊ＳＦ傑作選６』</b>の序文で、当のメリルいわく、 </p><br />
<blockquote>　この本は、いわゆるＳＦばかりを集めたものではありません。<br />　たしかにＳＦも何編かは含まれている――と思います（どれが本格的なＳＦであるかを判定することは年々むずかしくなってゆく――実を言えば、もうそのようなことはあまり試みたくないのです）（吉田誠一訳） </blockquote><br />
<p>　この精神にのっとって、“なんらかの意味でわたし（大森）がＳＦだと考える作品”からベストを推薦し、日下三蔵と協議の上で収録作を決定した。おたがいにダメを出し合ったり、これだけはどうしても譲れないと我を張ったりはしたものの、選定作業はおおむね紳士的におこなわれ、さいわい、著者および版元の了解もすんなりと得られて、希望したすべての作品を本書におさめることができた。さらにオマケとして、各篇の著者の書き下ろしあとがきコメントと、<b>「2007年の日本ＳＦ界概況」</b>もついてます。<br />　結果的に、ジャンルＳＦに対する求心力と遠心力が微妙なバランスを保ち、新しさと古さがうまくブレンドされた内容になった――というのが編者の希望的観測だが、あとは読者諸兄の審判を待ちたい。熱心なＳＦマニアにとっては、読んだことのある作品が多いだろうが、さすがにぜんぶ読んでいる人はひとりもいないはず（まあ、今回は反則技の未発表作品が入ってるんで当然ですが）。逆に、ふだんＳＦを読まない人でも、小説好きなら、まったく知らない名前ばかりが並んでいるということはないだろう。おなじみの名前を手がかりに、“2007年現在の日本ＳＦ”を探険していただきたい。読む労力と対価に見合う一冊であることは、編者を代表して保証します。では、ごゆるりとお楽しみください。<br />
<div align="right">（2008年12月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■大森望（おおもり・のぞみ）</font><br />1961年高知県生まれ。京都大学文学部卒。翻訳家、書評家。主な著書に『現代ＳＦ1500冊（乱闘編・回天編）』、『特盛！ＳＦ翻訳講座』、共著に『文学賞メッタ斬り！』シリーズ、主な訳書にウィリス『航路』、ベイリー<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=2408">『時間衝突』</a>ほか多数。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>眉村卓『消滅の光輪』あとがき［2008年7月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.55</id>

    <published>2008-07-07T05:46:33Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:14:28Z</updated>

    <summary>行け行け。ずんずんずんずん、 あっちを覗きこっちで喋り、で進んでゆけ。 《司政官》シリーズを代表する大長編眉村本格SFの最高峰泉鏡花文学賞、星雲賞受賞作（08年7月刊『消滅の光輪』あとがき［全文］） ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>行け行け。ずんずんずんずん、 <br />あっちを覗きこっちで喋り、で進んでゆけ。 </b><br /></font>《司政官》シリーズを代表する大長編<br />眉村本格SFの最高峰<br />泉鏡花文学賞、星雲賞受賞作<br />（08年7月刊『消滅の光輪』あとがき［全文］） <br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">眉村卓</font></b>　taku MAYUMURA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3878"><img height="196" alt="消滅の光輪　上" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03878.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　初めて本になったときにあとがきを書いたものの、その後文庫に収録されたり別の出版社から刊行されたりで、20年も30年も経って、またもやあとがきを書くのは、どこか妙なものである。先に刊行された創元ＳＦ文庫の<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3808"><b>『司政官　全短編』</b></a>では、そのことを意識して真面目にやろうとしたけれども、時日が経過しているせいで、やはり回顧調が出てくるのは、やむを得ない仕儀であった。それにつづく本書でも、似たようなことになるだろう。いや、むしろそれを承知で好きなようにしるしていくのがいいかもしれない。大体が、あとがきなんてあんなもの、著者の弁解みたいなものじゃないか――と笑う人が少なくないのであり、私自身を考えても、笑われて仕方のない面があるのも事実で……どうせそういうことなら、恰好などつけずに、書きつらねてゆけばよろしいのだ。</p>
<p>　<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3878"><b>『消滅の光輪』</b></a>は、<b>〈ＳＦマガジン〉</b>1976年２月号から、1978年10月号までの、連載である。<br />　この稿を書くにあたって、当時のダイアリーを引っ張り出して調べると、<br />　第１回分脱稿が1975年12月10日（62.5枚）<br />　最終回第33回分脱稿が1978年８月16日（73枚）<br />　となっている。<br />　ダイアリーを読み返しながらまざまざと思い出したのだが、この頃の私は、東京での打ち合わせや原稿書き、神戸でのラジオ・テレビ出演、それにむろん大阪でのもろもろで、ばたばたしていた。今ではとても考えられないほど、よく酒も飲んでいたのだ。そのときには自覚しなかったけれども、エネルギーに満ちていたのに違いない。何しろ第１回を書き上げたのは、13年間住んだ団地を出て現在の家に引っ越す作業と並行していたのであり、それでへたばりもしなかったのである。どこか駆り立てられている気分もあった。そして、そうなる理由も存在していたと思う。</p>
<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><font size="3"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3879"><img height="196" alt="消滅の光輪　下" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03879.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></font></div>
<p>　しばしば指摘され、自分でもわかっていることだが、<b>『消滅の光輪』</b>は当初、もっと少ない枚数で仕上がるだろうと考えていた。筋書きもメッセージもこれでいいはずで、これでいこう、連載２回か３回でまとまるのではないか、と見込んでいたのだ。<br />　しかし一方では、話を何とか強引にでも書き上げるという、それまで一般的にやってきた方法で、はたしてわかってもらえるだろうか――との不安もおぼえていた。となれば、<b>〈ＳＦマガジン〉</b>のほうで少々長くなっても構わないと言ってくれたのを幸い、自分でも納得できるまで書き込んでゆくべきではなかろうか、となる。<br />　思えばＳＦを書きだしてから長い間、私は、書きたいことを好きなだけ書くような枚数をなかなか与えられず、いかに刈り込んでまとめるか、をつづけてきた。これは私だけのことではなく、多くのＳＦ書きが経験してきたのではないかと思う。ＳＦとか、あるいはショートショートとはこういうもののはずだ――との先入観のもとに出てくる注文、また、ＳＦなどというものにそんな紙数を与える余裕はない――との感覚を相手に、50枚、60枚と書けば実に面白いであろう話を、数枚の原稿用紙に押し込んでしまったＳＦ書きは、少なくないはずである。けれども年月のうちに、それぞれの書き手はそれぞれの実力と方法で、読者を獲得し、本来必要な枚数のための場を確保するようになっていった。生き残るためには、それができなければならなかったのである。<br />　そうした中で私は、まあこういうものを書く奴だろう、との先方の想定に従って、少しずつ自分を出しながらではあるにしても、自主刈り込みをつづけていた。俳句をやっていたから無駄は落とせるのだ、とか、小説としての形をつけるにはこうでなければならないのだ――とおのれを説得しながら、である。ために、物語は<b>直進</b>し、本筋以外のものが出てくるにしても、物語全体のために必要なところだけでいい、余計なものは効果のある部分だけ残せばいい、書きたくても割愛するしかない、と、何となく、教本みたいな作品になってゆきがちであった。もっとも、ジュニアものに関してはそんなに自己制限はしなかったので楽だったし、それが許されるときには<b>『ぬばたまの…』</b>のような“自分バナシ”によって自己解放を行ない、そちらに道をみつけた感はあったのだ。しかしどうも変な言い方だが、れっきとしたＳＦとなると、なかなか呪縛から脱却できなかったのである。《司政官》ものでもその傾向があった。ともすれば直進型になってしまうのだ。<br />　だから<b>『消滅の光輪』</b>の出だしには、正直、迷いがある。が、書き進んでゆくにつれて、このエピソードだってわかってもらえるように書くべきではないか、ゆっくり、もっとゆっくりと自分に言い聞かせ……そのうち腹がすわってきた。<br />　書くだけ書いたらどうだ？<br />　刈り込みなんて考えず、そっちに入ってゆき、いろんなものを出すにしてもお体裁に登場させるとか思わせぶりにちらちら見せたりせず、こっちのノートに従ってちゃんと説明し、場合によってはそこからさらに踏み込んだらどうだ？<br />　そうなのだ。<br />　この話を書きだすにあたって、いつものように設定は一応ちゃんとしてある。いつも以上に丹念に、と言っていいかもしれない。それらを変にカットしたりせずに、みなちゃんと書いてゆくほうが、わかってもらえるだろうし、私自身も楽ではないのか？<br />　行け行け。ずんずんずんずん、あっちを覗きこっちで喋り、で進んでゆけ。ひとつ手綱をゆるめると他もゆるめることになるが、いいではないか、広がれ広がれ、しんどいけれども書くのが面白ければいいではないか。<br />　で。<br />　つまるところ連載は、前編、中編、後編その一、後編その二、後編その三――というていたらくになってしまったのである。<br />　そして有り難いことに、どうやら書き上げることができた。<br />　こういう書き方も成立し得るらしい。<br />　以後、必要とあれば、私はこのやり方をとっている――のは、今更申し上げなくてもいいと思う。</p>
<p>　この作品の献辞は“アイザック・アシモフ氏へ”となっている。<br />　アイザック・アシモフ作<b>『宇宙気流』</b>を読んだ人には、このゆえんは明白であろう。惑星フロリナとラクザーンは同じ運命下にある。その状況が惑星上の生物に影響しているということも、共通している。ずっと前に<b>『宇宙気流』</b>を読んだ人間として、謝意を表明するのが礼儀というものであろう。<br />　だからといって、この作品が<b>『宇宙気流』</b>と同じモチーフ、同じテーマなのではない。全く別の物語なのだ。ＳＦの場合（ＳＦに限らないかも）アイデアや設定は同一であっても、そこから無数のことなる物語が生まれてゆく――というのは常識で、これもその一例と解して頂ければいいのである。</p>
<p>　これはほとんど余談だが、《司政官》シリーズを書きだして暫く経つうちに、一度は出してみたい気がするが、まあ無理だろうなあという話が、いくつか頭の中をちらちらするようになった。<br />　そのひとつに、“いい加減な司政官”というのがある。<br />　世の中には、それほど本気にはならず適当にその場その場をしのいでいる、それでいて結構有能と見做されている――という人間がしばしばいるようだ。実際にはそんなにいい加減なのではなく真面目にやっている、とか、本当にいい加減で、しかもそれゆえに極めて優秀で社会をリードし歴史を変えてゆく、とか、いろいろあるのかもしれないが……そういう司政官を主人公にしたら、どうなるだろうか、というわけだ。<br />　この話を何かのはずみに口にしたら、何人かから、ぜひ書けと言われた。今でもまだ言う人がいる。<br />　いい加減、あるいは、まことに無責任な司政官――などというものが、存在し得るのだろうか。あり得るとして、あり得る条件もそろえて、主人公として描くのは、しかし、私の力では困難、不可能だとしか思えない。いや、私の書いてきた司政官とは、そういう人間とは対極のところにあるのではないか、とも思う。<br />　しかし一方では私は、全く自由で無責任でいい加減な、他人には理解できない天才が、歴史とか人間の今後を変えてゆく――ということだってあるのではないか、と、空想したりすることがある。<br />　そういう天才と対極のところにあるのが司政官だとしたら、司政官の役割とははたして何なのだろう。<br />　そういう大天才が人間なのか、司政官みたいなのが人間なのか……。<br />　まあどうでもいい、ということにするか。<br /><br />　二〇〇八年六月<br /></p>
<div align="right">（2008年7月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>眉村卓</b>（まゆむら・たく）</font><br />1934年大阪市生まれ。大阪大学経済学部卒。61年に「下級アイデアマン」が第１回空想科学小説コンテストに佳作入選しデビュー。79年に本書<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3878">『消滅の光輪』</a>で第７回泉鏡花文学賞、第10回星雲賞を、87年に『夕焼けの回転木馬』で第７回日本文芸大賞を、96年に『引き潮のとき』で第27回星雲賞を受賞。ジュヴナイル作品の代表作『なぞの転校生』『ねらわれた学園』は何度も映像化された。創元ＳＦ文庫では、《司政官》シリーズの短編を集成した<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3808">『司政官　全短編』</a>に続き、長編の代表作『消滅の光輪』を初の上下2巻本で贈る。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>野田昌宏『風前の灯！冥王星ドーム都市』あとがき［2008年6月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.54</id>

    <published>2008-06-05T05:42:57Z</published>
    <updated>2009-08-22T05:10:23Z</updated>

    <summary>やはり思い出すのは、1977年にハミルトン氏が亡くなったときのことだ。 ハミルトン遺族の了承を得て書かれたシリーズの名翻訳者による幻の長編〈キャプテン・フューチャー全集 別巻〉（08年6月刊『風前の灯...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>やはり思い出すのは、1977年に<br />ハミルトン氏が亡くなったときのことだ。 </b><br /></font>ハミルトン遺族の了承を得て書かれた<br />シリーズの名翻訳者による幻の長編<br />〈キャプテン・フューチャー全集 別巻〉<br />（08年6月刊『風前の灯！冥王星ドーム都市』あとがき［全文］）<br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">野田昌宏</font></b>　masahiro NODA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3788"><img height="196" alt="風前の灯！冥王星ドーム都市" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03788.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　<a href="http://www.tsogen.co.jp/wadai/0402_00.html"><b>〈キャプテン・フューチャー全集〉</b></a>全11巻に加えて、私が書いた〈キャプテン・フューチャー〉が別巻として追加収録されることになった。<br />　書いたのは1983年、ちょうど25年前である……。<br />　ハヤカワ文庫ＳＦから出していた<b>〈キャプテン・フューチャー〉</b>シリーズが完結した翌年のこと、<b>〈ＳＦマガジン〉</b>の臨時増刊号として企画・刊行された“キャプテン・フューチャー・ハンドブック”の、その巻末に一挙掲載されたものだ。<br />　この増刊号は、ＳＦファングループ〈宇宙軍〉の全面的な協力を得てつくられたもので、人名辞典やゲームまで付いた、分厚い一冊だった。いまやネットオークションでも高値がつく、お宝モノになっているらしい。<br />　あの頃は、よもや、国際天文学連合の発表で、冥王星が太陽系の惑星の地位を追われる日が来ようなどとは、夢にも思っていなかった……。</p>
<p>　それにつけても、時間の流れるのはなんと早いことか……。<br /><b>〈キャプテン・フューチャー〉</b>と出会うはるか以前、大学に入ったばかりの頃、神保町で買い集めたペーパーバックの中にあった<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=2144"><b>『スター・キング』</b></a>での、ハミルトンとの初めての出会い……。彼の<b>『時果つるところ』</b>を、ジュヴナイル版<b>『百万年後の世界』</b>として訳したのは私だった……。<br />　そして、やはり思い出すのは、1977年にハミルトン氏が亡くなったときのことだ。<br />　今回の創元版全集の読者にはあらためて説明するまでもないかもしれないが、その後、ハミルトンの夫人だったリイ・ブラケット（著名なＳＦ作家で、<a href="http://www.amazon.co.jp/gp/redirect.html?ie=UTF8&amp;location=http%3A%2F%2Fwww.amazon.co.jp%2Fdp%2FB000GD7YKA%2F&amp;tag=wwwtsogecojp-22&amp;linkCode=ur2&amp;camp=247&amp;creative=1211" target="blank"><b>『スター・ウォーズ／帝国の逆襲』</b></a><img style="BORDER-RIGHT: medium none; BORDER-TOP: medium none; MARGIN: 0px; BORDER-LEFT: medium none; BORDER-BOTTOM: medium none" height="1" alt="" src="http://www.assoc-amazon.jp/e/ir?t=wwwtsogecojp-22&amp;l=ur2&amp;o=9" width="1" border="0" />の脚本を書いた人だ）に、私独自の<b>〈キャプテン・フューチャー〉</b>を書くことを了解してもらったのだった……。<br />　そのブラケットも、ハミルトンのあとを追うように、その翌年、亡くなってしまった。</p>
<p>　今回の全集では、編集部の協力も得て、これまでの版での用語と訳文を見直し、少しでもより良いものにするべくつとめた。<br />　またハヤカワ文庫版の当時も、水野良太郎氏という得がたいイラストレーターに恵まれたが、今回の創元版全集で特筆すべきは、イラストに、新たに鶴田謙二氏を得たことである。<br />　子供時代から<b>〈キャプテン・フューチャー〉</b>の大ファンだったという鶴田氏が描くことで、フューチャーメンと、そしてもちろんジョオンも、驚くほど若返った。そして何よりも、<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3304">第３巻のカバーを飾ったヌララ</a>である。あの妖艶なことといったら……！<br />　鶴田氏とは、2005年に横浜で開かれた日本ＳＦ大会の企画で対談させていただいた。楽しい思い出である。 </p>
<div align="right">（2008年6月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>野田昌宏</b>（のだ・まさひろ）</font><br />1933年福岡県生まれ。学習院大学政治経済学部卒。主な著書に『ＳＦ英雄群像』『レモン月夜の宇宙船』《銀河乞食軍団》他多数、訳書にハミルトン《キャプテン・フューチャー》、ジョーンズ《ジェイムスン教授》、チャンドラー《銀河辺境》他多数。『「科學小説」神髄』で第16回日本ＳＦ大賞特別賞を受賞。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>新井素子『ひとめあなたに…』あとがき［2008年5月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.53</id>

    <published>2008-05-07T05:41:23Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:27:57Z</updated>

    <summary>ほんっと、よく歩いていたよな、あの頃の私達。 練馬から鎌倉をめざして徒歩で旅に出た女子大生が遭遇する4つの物語。（08年5月刊『ひとめあなたに…』あとがき［全文］） 新井素子　motoko ARAI ...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://www.webmysteries.jp/">


   
      
        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>ほんっと、よく歩いていたよな、あの頃の私達。 </b><br /></font>練馬から鎌倉をめざして<br />徒歩で旅に出た女子大生が<br />遭遇する4つの物語。<br />（08年5月刊『ひとめあなたに…』あとがき［全文］） <br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">新井素子</font></b>　motoko ARAI</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3852"><img height="196" alt="ひとめあなたに…" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03852.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　あとがきであります。<br />　これは、一九八一年に書いたお話です。</p>
<p>　</p>
<div align="center">☆</div>
<p>　</p>
<p>　新たに本にする為に、ゲラ（本にする前の試し刷りみたいなもんだと思ってください）を丹念にチェックして。色々なことを、思い出しました。<br />　私って、昔は、ほんとによく歩いていたよなー。大体、練馬から鎌倉まで歩く話なんて、普通、考えないと思う。<br />　ま、これ、一つには単純に“歩くのが好き”だからなのですが。（高校は、駅からバス停五つの処にあったのですが、私、毎日ここ、歩いてた。これは、“歩くのが好き”なんじゃなくて、バス代を浮かす為だったんですけれど。バスにのらずに毎日歩くと、月に、ハードカバーの本が三冊くらい、買えたんだもん。大学は、実家から私鉄で三つ分、離れた場所にあったのですが、ここもよく歩いた。大体片道一時間ちょっとで……これ、歩いたのは、主に仕事の為ですね。高校時代から作家やってた私、“歩くと何故か文章が浮かぶ”ので、仕事につまると、ひたすら大学まで歩いていったっけ。また、大学卒業した後、今の旦那になった人の家が、うちから徒歩五十五分くらいの処にあって、ここも、よく、歩いたなー。あ、これは、当時の練馬の電車事情のせいです。この頃はまだ、練馬区全体で、電車って、ほとんど走っていない感じで……南北方向に、練馬を横切ってくれる電車が、なかったの。だから、私の実家と、旦那のアパート、歩くと五十五分、電車にのると五十分っていう、非常にすっとんきょうな位置関係になったのでした。わざわざ、方角的にはまったく無関係な、池袋を一回、経由しなきゃいけなかったのね。）<br />　一つは単純に“歩くのが好き”だからって書きましたが……もう一つ、よく歩いていたのは、私が、壊滅的な方向音痴だったからです。そんでもって、練馬の道路っていうのが、もう、無茶苦茶、判りにくい。世田谷と並んで、タクシーの運転手さん泣かせなんだそうです。壊滅的な方向音痴が、非常に判りにくいって太鼓判がついている区で生まれ育つとどうなるか。はい、日常的に、迷子になるんです。五つや六つの時だけじゃない、中学生になっても、高校生になっても、大学生になっても、主婦になっても……ひたすら、迷子になり続けています、私。そんで、迷子になると、とにかく歩かなきゃいけないんだよっ！　とまっていると、いつまでもそこにいるだけなので、道に迷ったが最後、判る処にでくわすまで、歩いて歩いて歩いて歩いて……。迷子の人間にとって、健脚は必要最低条件です。二時間や三時間、ぶっ通し歩けるだけの足がないと、迷子になりがちな人間は、生きてゆけません。<br />　また、旦那も、よく歩く人で。だから、デートって……歩いてばっかりいたような気がします。（今もだ。）</p>
<p>　</p>
<div align="center">☆</div>
<p>　</p>
<p>　このお話を書いた、ちょっと前だったか、ちょっと後だったか、いささか記憶が判然としないのですが。私、目黒の、とある人の家に伺ったことがありました。ところが、私には、目黒の土地勘がまったくなくって、教えてもらった道筋も、駅からバスに乗って、おりた後、そこから十分くらい歩くっていう……迷子になりがちな人間にとって、とても、自力で辿り着けるとは思えないものだったのでした。（自慢じゃないけれど、私が理解できるのは、『角（かど）二つ』です。三つ以上角曲がるなら、それは、私が、行ける場所じゃないっ！）<br />　そんでまあ、私は、当時つきあっていた人に――つまり、今の旦那に――、この地図を、丸投げして。<br />「あたし、絶対一人じゃここにいけない。ごめん、道案内プリーズ」<br />　そんで、その日は、昼間旦那とデートして、夕方、問題の家まで案内してもらって……バス停を下りた処で、ふいに、旦那が。<br />「うおっ、しまった、財布が空（から）だ！　悪い、素子、その人の家まで案内したら、ちょっとお金貸してくれない？　俺、帰れない」<br />「ん、判った。千円でいい？」<br />「うん、その人の家が見つかった時でいいから。バス代もないわな」<br />　そんで、旦那に、その家まで道案内してもらい、道中ちょっと迷子になりかけ、約束の時間に遅れかけ……やっと、問題のマンションがみつかった瞬間。<br />「ありがとう、ここだあっ！　やった、なんとか時間前だっ」<br />　私は走ってマンションの入り口をくぐり……この時、すっかり、忘れていたんですよね、私も、旦那も。旦那のお財布の中身が、空だってことを。<br />　当時は、携帯も何もありませんでしたから。<br />　バス停まで戻った旦那、「もーとーこー、おーまーえーはー」ってうなりながら、しょうがない、目黒から池袋まで、歩いて帰ったんだ……そうです。<br />　ああ、確かに。ほんっと、よく歩いていたよな、あの頃の私達。</p>
<p>　</p>
<div align="center">☆</div>
<p>　</p>
<p>　ゲラ、読み返しながら、同時に、「時間がたったなー」とも、思いました。<br />　目黒にお住まいだった方は、何年か前に、お亡くなりになりました。<br />　それに私、時事風俗や流行語をまったく使わない筈なので、ゲラになった時、その手のことを直す必要はない筈だったのですが……でも、直さなきゃいけない処が、結構、あって。<br />　例えば、“国鉄”。ないもんなあ、今は。<br />　例えば、“レコード”。今、そんなもん買うのは、趣味の人だけ。<br />“自動販売機で千円札が使えない”って描写には、ちょっとくらっときてしまいまして、その後、『あ、でも、これは解決できる。大きな駅の近くに来たら、千円札両替機使えばいいんだわ』って文章には、くらくらくら。（あ、直しましたので、その文章は、この本にはないです。）これ、今読むと、自分でも意味が判らない。一瞬悩んで、次の瞬間、思い出しました。そうだよ、あの頃は、自動販売機で使えるのはコインだけで、でも、切符は、場所によっては高いものもあり、だから、駅には、“千円札”を百円玉にする、両替機がある処があったんだよー。<br />　ああ。<br />　時間が、たって、しまったのですね。</p>
<p>　</p>
<div align="center">☆</div>
<p>　</p>
<p>　あと、もう一つ。<br />　私が、唇を噛んでしまったのが……江古田、という地名でした。<br />　これ、原本――というか、私の頭の中では、『えこだ』って読んでいるのですが、校閲から『えごた』ってルビがあがってきまして……ううう、まいった。<br />　何故って。純粋に地名的にいえば、『江古田』は、『えごた』って読むのが、正しいんです。中野区に江古田っていう町がありまして、これは『えごた』町。でも、それじゃ（江古田を『えごた』って読んでしまえば）、このお話、練馬から鎌倉へゆくんじゃなくて、中野から鎌倉へゆくお話になってしまうではないかっ！<br />　それで何がまずいって訳（わけ）じゃないんですが、でも、それは、私の心の中で、なんか、違うの。練馬偏愛主義者の私、あくまで出発点が、練馬じゃないと、嫌なの。<br />　それに。<br />　このお話を書いた当時には、前にも書いたように、練馬区には、ほとんど電車が走っていなかったのです。<br />　ですので、この場合の『江古田』は、中野区江古田町のことじゃなくて、練馬区小竹町、羽沢、旭丘、豊玉をカバーしている、西武池袋線『えこだ』駅周辺のこと。（実際、この駅は、多分中野区江古田から駅名をとったんだろうけれど、何故か練馬区内にあるし、町名は『えごた』の癖に、駅名は『えこだ』なんだよね。）<br />　はい、この駅は、かなり長いこと、練馬における数少ない駅という地位を占めていまして、だから、練馬区民にとって、『江古田』っていうのは、あくまで、『えこだ』だったのですね。<br />　中野区民からの文句は、重々承知しております。正しいのは、中野区民です。でも、練馬区民にとって、小竹町・羽沢・旭丘・豊玉あたりは、駅名の、『江古田』って地域なの。だから、これは、『えこだ』って読むの！　って、……ちょっと前までは、つっぱれたのですけれど。<br />　地下鉄の、都営大江戸線ができまして……ここには、『新江古田』っていう駅があって……この駅名は、『しんえごた』って読むんですう。<br />　……頼む、頼むよ、統一しろよ、駅名。『えこだ』って駅があって、その側に駅ができたら、『しんえこだ』にしろよ。確かに町名的には『えごた』が正しいんだけれど、『えこだ』があるのに、『しんえごた』はないだろ？『新江古田』のせいで、『江古田』は『えごた』って読むのが正しいって気分が充満し（って、それが正しいんだけれどね）、「これは駅名だから、この辺は『えこだ』なの！」って練馬区民の主張は、どんどんその根拠をなくしています。<br />　でも。<br />　とりあえず、このお話に限っては、これ、『えこだ』です。<br />　何が何でも出発点を練馬にしたいので、これは『えこだ』です。</p>
<p>　</p>
<div align="center">☆</div>
<p>　</p>
<p>　それでは。<br />　最後に感謝の言葉を書いて、このあとがき、終わりにしたいと思います。</p>
<p>　この本を、読んでくださった、あなたに。<br />　読んでくださって、本当にどうもありがとうございました。<br />　文章を書くというお仕事をしている以上、読んでくださる“あなた”がいることが、本当に、本当に、はげみになります。作中、“真理”の章ででてきた小坂さんが言っているように、“読んでくれる人”がいるから、私は、お話を書くことができます。<br />　そんでもって。<br />　このお話……気にいっていただけると、嬉しいのですが。<br />　そして、もし。気にいっていただけたとして。<br />　もしもご縁がありましたなら、いつの日か、また、お目にかかりましょう――。<br />
<div align="right">二〇〇八年四月</div>
<div align="right">（2008年5月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>新井素子</b>（あらい・もとこ）</font><br />1960年東京生まれ。立教大学文学部卒。77年、高校２年生のときに第１回奇想天外ＳＦ新人賞に投じた「あたしの中の……」が、選考委員だった星新一の賞賛を受けて佳作入選しデビュー。大学在学中に発表した<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3787">「グリーン・レクイエム」</a>「ネプチューン」は、第12回、第13回星雲賞を受賞。99年には『チグリスとユーフラテス』で第20回日本ＳＦ大賞を受賞した。<br /><br /><!-- グーグルアドセンス・本の話題用フッタ -->
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    <title>夢枕獏『遙かなる巨神』まえがき［2008年3月］</title>
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    <published>2008-03-05T05:39:57Z</published>
    <updated>2009-08-22T21:23:06Z</updated>

    <summary>二〇代の夢枕獏が、ここにいる。 圧倒的な筆力で描かれた最初期幻想SF傑作集（08年3月刊『遙かなる巨神』創元ＳＦ文庫版まえがき［全文］） 夢枕 獏　baku YUMEMAKURA  　   　ぼくの最...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
    </author>
    
        <category term="860 Science Fiction" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    
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        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>二〇代の夢枕獏が、ここにいる。 </b><br /></font>圧倒的な筆力で描かれた最初期幻想SF傑作集<br />（08年3月刊『遙かなる巨神』創元ＳＦ文庫版まえがき［全文］） <br /><br /><font color="navy"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">夢枕 獏</font></b>　baku YUMEMAKURA</font> 
<hr color="black" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3827"><img height="196" alt="遙かなる巨神" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03827.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　ぼくの最初期の短編集である。<br />　この中に収められている話の多くは、二〇代に書かれたものだ。<br />　商業誌デビュー作となった<b>「遙かなる巨神」</b>（発表時は<b>「巨人伝」</b>であった）、<b>「カエルの死」</b>もこの中に入っている。<br />　デビューが二十六、七歳。<br />　今年（二〇〇八年）ぼくは五十七歳になった。<br />　今は、デビューまでよりも、デビューしてからの方が、長く生きてしまっている。<br />　なんとも不思議なことだ。<br />　たぶん、デビュー直後には、<b>『魔獣狩り』</b>を書き出していたと思う。その<b>『魔獣狩り』</b>は、今も書き続けられていて、おそろしいことにまだ、完結していない。<br />　二〇代の夢枕獏が、ここにいる。二〇代の頃は、まさか、自分が、こうやって五十七歳になって、このような本の“まえがき”を書くことになるとは考えてもいなかった。<br />　この本の中で“タイポグラフィクション”とページタイトルが入っているものがあるが、これは、もともとは“タイポグラフィック・ストーリー”と呼ばれていたものだ。<br />　タイポグラフィクションは、後になってぼくが命名したものである。<br />　活字で遊ぶこういった手法は、以前からあって、長い作品の一部としてやられてはいたものの、ここまで確信犯として作品化したのは、たぶんぼくが最初だと思う。<br />　このやり方は、ＣＭなどで何度もパクられており、中にはほとんどぼくの作品そのものといっていいようなものさえあったが、くやしいというよりは、パクられて嬉しいという気分の方が大きかったような気がする。<br />　いやいや、なつかしい。<br /><br />
<div align="right">二〇〇八年二月二十二日　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　<br />九十九乱蔵「黄石公の犬」を脱稿した夜、小田原にて――<br />夢枕　獏</div>
<div align="right">（2008年3月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">■ <b>夢枕獏</b>（ゆめまくら・ばく）</font><br />1951年神奈川県小田原市生まれ。東海大学文学部卒。1977年、〈奇想天外〉誌に「カエルの死」が掲載されデビュー。1989年の『上弦の月を喰べる獅子』で第10回日本ＳＦ大賞、第21回星雲賞を、1997年の『神々の山嶺』で第11回柴田錬三郎賞を受賞。他の作品に〈キマイラ・吼〉〈サイコダイバー〉〈陰陽師〉等のシリーズ、『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』など。<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3827">『遙かなる巨神』</a>は、最初期の幻想SF作品の精華を集成した傑作集である。<br /><br />

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    <title>眉村卓『司政官　全短編』あとがき［2008年1月］</title>
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    <id>tag:www.webmysteries.jp,2008://6.51</id>

    <published>2008-01-07T05:38:00Z</published>
    <updated>2009-11-20T22:30:04Z</updated>

    <summary>架空世界や異世界をちゃんと描こうとすれば、当然避けて通れない全体像説明が、司政官ものの場合、いやでも重くのしかかってくる。  かつて『司政官』『長い暁』の２短編集に収録されていた全７作を年代順に編纂し...</summary>
    <author>
        <name>東京創元社</name>
        
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        <![CDATA[<font style="FONT-SIZE: 1.25em"><b>架空世界や異世界をちゃんと描こうとすれば、当然避けて通れない全体像説明が、司政官ものの場合、いやでも重くのしかかってくる。 </b><br /></font>

かつて『司政官』『長い暁』の２短編集に収録されていた全７作を年代順に編纂し、初の１巻本とした決定版。<br /></font>
08年1月刊『司政官　全短編』あとがき［全文］ <br /><br /><font color="brown"><b><font style="FONT-SIZE: 1.25em">眉村卓</font></b>　taku MAYUMURA</font> 
<hr color="gray" size="1">

<p>　</p>
<div style="FLOAT: right; WIDTH: 150px"><a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3808"><img height="196" alt="司政官　全短編" hspace="12" src="http://www.tsogen.co.jp/images/cover_image_l/03808.jpg" width="140" vspace="10" border="1" /> 
<div style="TEXT-ALIGN: center"><img height="18" alt="書籍の詳細を見る" src="http://www.tsogen.co.jp/img/shosekishosai.jpg" width="100" border="0" /></div></a></div>
<p>　《司政官》シリーズの短編が一冊にまとめられることになって、ありがたいと思う。</p>
<p>　後に《司政官》シリーズと呼ばれることになるその第一作<b>「炎と花びら」</b>を書きはじめたとき、私には、シリーズにしようなどという気はなかった。当時私は、深夜放送のパーソナリティなどということもやっており、大分疲れていた。疲れながらも書きつづけ、しかし本当に書きたいこととは少しずれているのではないか――との感じもあったのだ。で……自由に書けそうな司政官という設定で、うまくいけば<b>〈ＳＦマガジン〉</b>に載せてくれるのではないかと思いながら想を練り、取り掛かったのである。<br />
　今となれば、<b>「炎と花びら」</b>について、私としてはどうも情念先行の気味があったように思える。そうしたい心境だったのであろう。この傾向はその後も少しずつ減衰しながらつづくが、やがて結局は「連邦と植民者と先住者の中での司政官」の立場を直視することの比重が勝っていったようだ。<br />　これは、司政官自身の気持ちもさることながら、状況把握と対処を欠いた司政官は司政官として存在し得ない、という特質から、司政官の意識を書くとなれば、そうしなければならなかった――ということであるまいか。<br />
　そして、架空世界や異世界をちゃんと描こうとすれば、当然避けて通れない全体像説明が、司政官ものの場合、いやでも重くのしかかってくる。それがわかっているから初めのうちは無意識に最小限にとどめようとしたが……それではやはり表現不充分になりがちなのだ。<br />
　その大分前から私は、自分が書くものを整理し刈り込もうとする結果、読む人に真意が伝わらずときには誤解される、という経験をしてきた（それがどんな事柄についてなのかとか、具体的にどの作品なのかとかいうことは言うまい）。これは十代から二十代の初めにかけて俳句に熱中し、その後も断続的に作句している（にもかかわらず一向にうまくならないのだが）せいではないかと指摘してくれる人もいた。だからもう小説においてはそんな整理・刈り込みは放棄して、ずるずるずるずるとぬたくってもいいではないか、少なくとも長編ではそれが自分のためではないか――と考えたりしていた。<br />
　それが、しだいに長編においての自分のスタイルになってきて、「司政官を押し包もうとしているもの」を、もはや遠慮せず次から次へと書くようになったに違いない。<b>「限界のヤヌス」</b>あたりからは、そのことがはっきりしている感じだし、この本には収録されていないが、<b>『消滅の光輪』</b>以後は、ずるずるに入ってしまっていると思う。<br />
　ただ、このことによって、二つの現象が出てきた。一つは、いくら書いても書いても全部は書ききれないという気分のせいか、原住者の設定が、奇妙な宇宙生物よりは描いてもわかってもらいやすい人間型へと変わっていったこと。もう一つは、どうせあれもこれも描くのであれば、こっちのほうも描かなければ主人公がかすんでしまう、と、司政官自身の心理や計算も、これでもかこれでもかと書くことになった。これもこの本には収録されていないけれども、<b>『引き潮のとき』</b>では好きなようにやった感じがある。このやり方が「ひとり突っ込み」と呼ばれているとは、少し後になるまで私は知らなかった。<br />
　だがまあ、こうした行き方が、限りない膨張につながるのは事実である。<b>『引き潮のとき』</b>連載中に私は、「長けりゃいいってもんじゃないよ」との苦言を、複数の人から頂いた。しかし白状すると私は、<b>『引き潮のとき』</b>については、もっと長く書きたかったのだ。</p>
<p>　ところで、これは話が少しそれるが、司政官制度崩壊ののちは、いったいどういうことになるのだ、と、問われることがある。ま、星区とかブロックとかで、多くの勢力が分立し、相争うようになったら、というわけであろうが、それをいちいち書いていては、それこそ手に負えないであろう。そしてそうなれば科学技術や文明・文化がどうなってゆくか、どうにでも考えられる。そもそもが司政官制度そのものが架空の設定なのだし……。私の<b>『不定期エスパー』</b>という作品が、そうした地球連邦解体のずっと後の設定、と見る人がいても、それもそうかも、と、答えるしかないのである。</p>
<p>　さらに私事になるのをお許し頂きたい。<br />
　妻が亡くなって、五年余になる。発病・入院から勘定すると、十年余だ。<br />
　今の私が、これまで書いてきたような司政官ものが書けるかと言われたら、少なくとも同じ形のものは無理と返事をしなければなるまい。<br />
　妻の病気の間、一日に一本短い話を書きながら、私は世間と隔絶された感覚の中にあった。世の流れに関心がなく毎日を生きていたと言っていい。妻が亡くなって気がついたのは、自分が過去からやって来て現代にいる――いわば未来滞在者になっていた、ということである。要するに、老人になったのだ。そして今の私には、新しく、書きたいものが生まれてきた。<br />
　もしも私が司政官を書くとしたら……きっと、違う角度からのそれであろう。それは仕方のないことなのだ。ひょっとすると、老人小説として書くのだろうか？　いや、そんなことは不可能だ。それとも……。<br /><br />　二〇〇七年十二月<br /><br />

<div align="right">（2008年1月）</div>
<hr color="gray" size="1">
<font color="navy">
■ <b>眉村卓</b>（まゆむら・たく）</font><br />
1934年大阪市生まれ。大阪大学経済学部卒。61年に「下級アイデアマン」が第１回空想科学小説コンテストに佳作入選しデビュー。79年に『消滅の光輪』で第７回泉鏡花文学賞、第10回星雲賞を、87年に『夕焼けの回転木馬』で第７回日本文芸大賞を、96年に『引き潮のとき』で第27回星雲賞を受賞。ジュヴナイル作品の代表作『なぞの転校生』『ねらわれた学園』は何度も映像化された。創元ＳＦ文庫版<a href="http://www.tsogen.co.jp/np/detail.do?goods_id=3808">『司政官　全短編』</a>は、《司政官》シリーズの全短編を初めて一巻本として集成したもの。</font>
<br /><br />

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