Science Fiction

2007.11.05

新井素子『グリーン・レクイエム/緑幻想』あとがき[2007年11月]

今年で私、一応、作家生活30年目ってことになるのですが、この30年で、私、ものすごおく精神的にタフになったような気がします。
著者の初期代表作を、その後書かれた続編と併せ初の一巻本で贈る。
07年11月刊『グリーン・レクイエム/緑幻想』あとがき[全文]

新井素子 motoko ARAI

 あとがきであります。

 「グリーン・レクイエム」は1980年に、「緑幻想」は1990年に、出版されたお話です。(うわあ、どっちも、すっごく判りやすい年だ。)



 「グリーン・レクイエム」にも「緑幻想」にも、かなり特徴的な思い出があるのですが、それ、過去のあとがきに書いちゃったしな……あ、でも。後日談もあるので、それ、まとめてちょっと書かせてもらいます。

 「グリーン・レクイエム」は、“初稿がなくなった”お話なんですね。その頃は、私、大体大学の喫茶室か何かで原稿書いてて(つまり、常時原稿を持ち歩いていた訳)、「できあがった!」っていうんで、公衆電話から編集部に電話して、まんま、電話ボックスに、原稿それ自体を忘れてしまい、気がついてとりにいった時には、なくなっていたという、凄まじい思い出があるんです。

 この時のショックは、ちょっと凄かったのですが、まあ、第2稿(つまり、本作品です)が、初稿よりできがよかったので、いーかーって思っています。

 「緑幻想」は、「多分これ、取材しても何も使わないだろうなあ」って思いながらも、一応、屋久島まで取材に行ったんですよね。まあ、でも、多分間違いなく本文中には屋久島の描写なんて出てこないだろうから(実際出てこなかったし)、個人でお宿を手配して、その場合、宿帳に“作家”なんて書くの嫌で、“主婦”って書いたんですね。で、まあ、一週間くらい、観光するでもなく、ハイキングするでもなく、毎日ぶらぶら、屋久島を散歩だけして。(えーと、私の“取材”って、その地方の気分が判れば、それでいいんです。何となく、雰囲気だけを判りたい。だから、取材中の私のやることは、ただ、散歩だけ。)

 ……これは……考えるだに……怪しいです。“主婦”が、1週間、何もせず、ひたすら山や森を散歩し続ける! 途中から、もうひしひしと、「自殺志願者だと思われている?」って雰囲気を感じたのですが……今更、「作家です。取材です」なんて、言えたもんじゃない。(いや、何で“自殺志願者”だと思われたって感じたかというと……世間話で、自殺者の遺体の捜索がどんなに大変か、発見された遺体がどんなに酷いありさまになっているか、特に海で死んだ場合なんか、どれ程悲惨かって話を、もの凄くされた。)

 自分で言うのも何ですが、人騒がせな話です。けど……やっぱ今でも、仕事でどっかに行った時、職業欄がある宿帳には、絶対に私、“主婦”って書きますから……だって、ねえ、他にどうしろっていうのよ。私、実際主婦だもん、嘘ついてないもん。

 それに、同業の女性作家の方に聞いた話では、別に職業が“主婦”じゃなくても、結構、“女性の一人旅”って、それだけで警戒されるみたいで……そんなもん、今更性別を変える訳にはいかないんだ、どうしろっていうんだ。(あ、でも、これ20年近く前の話ですから、最近はそんなことないのかも知れませんが。)



 「グリーン・レクイエム」で、さすがに私もこりました。もう二度と、原稿をもって歩いたりしないっ! 二度と絶対、原稿をなくしたりするもんかっ!

 ……まあ……このおかげかどうか知りませんが、この後、“原稿それ自体”をなくすという事態は、なくなりました。

 でも、そのかわり。

 のちに私は、主にワープロやパソコンでお話を書くようになったので、原稿用紙がなくなる代わりに、ディスクの中の原稿がふっとんじゃう、なんて事態が……結構起こるようになりました。あと……ワープロが壊れる、とかね。(いや、うちのワーちゃんの名誉の為に書いておくと、これは、正しくは、“私がワープロを壊す”、ですね。さすがにワープロは、キーボードに一升瓶がたおれかかったり、カップ一杯のコーヒーをぶちまけられると元気ではいられません。あ、こう書いているってことは、ワープロ壊した責任は私、自覚していますが……原稿がふっとぶのは、理由、謎。これは多分私のせいではない。)

 いや、困るんですよ、これ。

 全部ふっとんじゃうと、とても困るし、中がふっとぶともっと困る。

 全部で450枚の原稿の、最初の百枚と最後の50枚は残っている、でも、途中の300枚が、ふっとんじゃった。これはもう……中をどうやってつなげたらいいのか判らないから、本当に困りました。(と、書いているっていうことは、実際にあったんですねえ、こういう事態。)

 今年で私、一応、作家生活30年目ってことになるのですが、この30年で、私、ものすごおく精神的にタフになったような気がします。

 うん。作家が、原稿をなくすことに慣れてしまうと、これはもう、殆ど他に怖いものないぞ。(一回、短いエッセイでしたけれど、人に原稿なくされたこともあったんですが、割と平気でした……って、なくされるのはやはり困るんですが。)

 その上、たとえ原稿がふっとばなくても、書き直すのが趣味になっちゃった。

 まあ……これはこれで、困ったもんだって気もします。

(あ、あと一応、念の為。3回か4回、原稿がふっとび、ワープロを壊した結果、只今の私は、一章書いたらハードコピーをとるようにしてるし、キーボードには防水の為のキーボードカバーをつけてます。)



 あ、そういう意味では、「緑幻想」って、ターニングポイントのお話です。

 「緑幻想」までは私、鉛筆書きとワープロ打ちが、半々くらいだったんです。(最初、調子が出てくるまでは、ずっと鉛筆で原稿書いてて、百枚を越したあたりで、それ、ワープロで打って、そこから先はワープロで書くってスタイルをとっていました。)そんで、「緑幻想」からは、最初から最後まで、ワープロで原稿を書くようになったんです。いや、よく覚えてはいないんだけれど、間違いなくそうな筈。

 よく覚えていないのに何だってそんなこと断言できるかっていうと、このお話、箕面夏海って登場人物がでてくるから。鉛筆で最初に原稿を書いていた時代は、間違いなく、こんな画数の多い名前を、主要登場人物につけたりしませんでした。(箕面夏海……いや、そんなに画数は多くないけれど、それまでの私の登場人物って、三沢だの、拓だの、水沢だの、ひたすら画数が少ないことを目指してましたから。明日香は、全部あわせると画数が多いけれど、どっちかっていうと、名前より“あたし”って表記の方が多いし。これ書いていてふっと思い出したのですが、初期の私の作中人物の名字における“沢”って漢字の含有率、異様に高い気がします。この字、やたら書きやすいんだもん。ああ、そういう意味では、“箕”も“面”も、すっごく形がとりにくい字だよー。)



 あ、そういえば。

 「緑幻想」、2回、取材行ってるんだ。最初の、自殺志願者だと思われたのが、書き出す前で、ラストを書く前にもう1回。

 ただ、その時は、前回の反省もこめ、旦那と二人で行きました。今度は、“会社員”の夫と二人で行っているんだ、“主婦”でOK。

 とはいっても、2回目も私、ただあたりを散歩するだけ、つきあってくれている旦那もあきちゃったらしく、ずっと釣りをしてて……旅先で魚を釣ってしまうと、これは困るぞ。

 結局、旅館に持ち込んで、お刺身と塩焼きにしてもらったのですが、今度は晩御飯の品数が多すぎて往生しました……。

 (それに。普通、湯治でもないのに旅館に一週間も滞在する客ってあんまりいないらしくて、旅館の晩御飯、私だけ、他のお客さんと違ってた……。お宿の人も、御飯のローテーション、私の為にだけ考えるの、大変だったでしょうねえ。やっぱり、はた迷惑だったかな……。)



 と、まあ、こんなよもやま話を書いてきたのは、自作解説みたいなことをするのが好きじゃないからなんですけれど……最後に、ひとつだけ。

 「緑幻想」を書いた時には、まだあんまり問題になっていなかった地球の環境問題、昨今、凄いことになってますよね。

 勿論、私も人類の一人で、環境が壊れると人類もとっても困る訳ですから、ぜひとも地球環境には、人類に適した状態であって欲しいと思うのですが、それとは別に。

 ラスト、世界樹が想ったことを……ずっと、想っています。



 それでは最後に。

 この本を読んでくださったあなたに。

 読んでくださって、どうもありがとうございました。

 少しでも気にいっていただけると、本当に嬉しいです。

 そして、もし、気にいっていただけたとして。

 もしも御縁がありましたなら、いつの日か、また、お目にかかりましょう――。

(2007年11月)

新井素子(あらい・もとこ)
1960年東京生まれ。立教大学文学部卒。77年、高校2年生のときに第1回奇想天外SF新人賞に投じた「あたしの中の……」が、選考委員だった星新一の賞賛を受けて佳作入選しデビュー。大学在学中に発表した「グリーン・レクイエム」「ネプチューン」は、第12回、第13回星雲賞を受賞。99年には『チグリスとユーフラテス』で第20回日本SF大賞を受賞した。なお、中編「グリーン・レクイエム」と、続編である長編『緑幻想』が1冊の書籍に編まれるのは創元SF文庫版『グリーン・レクイエム/緑幻想』が初めてである。

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