Science Fiction

2013.02.05

会津信吾・藤元直樹/『怪樹の腕 〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選』「はじめに」全文[2013年2月]

今宵、あなたの見る夢が、
人生最高の悪夢でありますように。
(2013年2月刊『怪樹の腕』はじめに[全文])

会津信吾 藤元直樹 shingo AIZU, naoki FUJIMOTO


 H・P・ラヴクラフト、クラーク・アシュトン・スミスら孤高の天才に作品発表の場を提供し、オーガスト・ダーレス、ロバート・E・ハワード、ロバート・ブロック、エドモンド・ハミルトン、レイ・ブラッドベリなど二十世紀を代表する怪奇幻想文学の巨匠たちを世に送り出したアメリカの伝説的な怪奇小説専門誌〈ウィアード・テールズ〉──同誌の存在が日本のホラー小説ファンに意識されるのは、クトゥルー神話やヒロイック・ファンタジー系作品の紹介が本格化する一九七〇年代以後のことといっていいだろう。だが名前こそ知られていなかったものの、戦前の日本人たちは、〈新青年〉や〈少年少女譚海〉といった大衆読物雑誌の誌面を通じて〈ウィアード・テールズ〉の作品に親しんでいた。本書はそうした〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳のアンソロジーである。
 あえて当時の訳にこだわった理由はふたつある。ひとつはわが国において、アメリカのパルプマガジン文化がいつ、どこで、どのようなかたちでもたらされ、そして受容されて行ったか、その足跡をたどるための歴史資料として。もうひとつは、純粋に「読んで面白い」から。前者はともかく、後者には説明が必要だろう。戦前の〈ウィアード・テールズ〉邦訳は、現在までに三十七編が確認されているが、その約半数にあたる十八編が舞台を日本に置き換えたり、主要登場人物の性別を入れ替えるなど、原作に何らかのアレンジを加えた「翻案」作品なのである。その目的は創作に見せかけるためだったり、恐怖感を高めるための読者サービスだったりとさまざまだが、結果として只でさえB級テイスト濃厚な原作が、翻案というフィルターを経由することによって、さらに奇怪さ、イカガワシさがアップすることになった。こうした原作からの逸脱を「著作権意識がユルかった時代ならではの創意」として積極的に評価し、楽しもうというのが本書の狙いのひとつである。
 作品選択にあたっては、原作ひとつに対してかならず邦訳一編を収録した(ただし伊藤松雄「まぼろしの城」「電話のベル」は近代デジタルライブラリーでオンライン閲覧可能なため割愛した)。ひとつの原作に複数の邦訳がある場合は、原則としてより逸脱の程度が激しい方、すなわちゲテモノ度が高い方を優先的に採用するよう心がけた。文章は現代かなづかいにあらため、明らかな誤字・脱字は訂正し、必要に応じてルビ・割り注をほどこした。各作品のあとには解題を、巻末には特別読み物として〈ウィアード・テールズ〉受容史に関する論考をおさめた。解題・論考には説明の必要上、作品の結末に触れた部分(いわゆるネタバレ)が含まれる場合がある。よってこれらは作品の後でお読みになることをおすすめする。不幸にして解題・論考を先に読んでしまった──という方は、先祖が辻斬りをした報いとでも思って諦めていただきたい。

  それでは今宵、あなたの見る夢が、人生最高の悪夢でありますように。
会津信吾
藤元直樹

(2013年2月)

翻訳SFの専門出版社|東京創元社
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