Science Fiction

2013.03.05

会津信吾/〈ノット・アット・ナイト〉の世界(1)[2013年3月]

つまり戦前の〈ウィアード・テールズ〉移入はもっぱら
〈ノット・アット・ナイト〉シリーズを介して行われた、
といっても過言ではないわけだ。

会津信吾 shingo AIZU


 先月末『怪樹の腕』(藤元直樹氏との共編)という本を出させていただいた。サブタイトルにもあるように、アメリカの怪奇小説専門誌〈ウィアード・テールズ〉掲載作品の戦前邦訳だけを集めたアンソロジーだ。ホラーパルプが、いつ、誰によってもたらされ、どのようなかたちで受容されたか──を明らかにすることは「近代日本におけるSF・ホラー移入史」をライフワークとする編者たちにとって重要な研究テーマのひとつであり、過去数年間、資料の収集とリサーチを心がけてきた。その成果が『怪樹の腕』というわけである。

 プライベートな話になるが、この本は、自分にとって、二つの点で個人的にきわめて感慨深いものになった。ひとつは三十年来のファンである「まるひろ」画伯にカバーアートを描いていただけたこと。〈スターログ〉誌で画伯の絵に一目惚れしてからというもの、「画伯の絵にふさわしい本」をつくることは自分の夢だった。もうひとつは荒俣宏先生に推薦文を頂戴できたこと。自分が〈ウィアード・テールズ〉に興味を持つきっかけとなったのが『慄然の書』(昭和五〇年・継書房)のあとがき──荒俣先生の「恐怖狩りのロマンス」だったのである。三十八年前のあの日、西武百貨店の書籍売り場(当時は最上階まるごと書店だった)に寄らず、『慄然の書』と出会わなかったら──自分は〈ウィアード・テールズ〉邦訳史などというものに首を突っ込むことはなかっただろう。その意味でお二人は(少なくとも自分的には)『怪樹の腕』の生みの親に等しい存在なのである。できあがった本を手にしてまず第一に感じたことは、三十数年遅れで宿題を提出したような、そんな懐かしくもくすぐったい気分だった。さて、お二人は自分に及第点をくださるだろうか。

〈ウィアード・テールズ〉の戦前邦訳は、現在判明するかぎり三十三編ある。──と序文に書いたところ、再校終了間際でさらに四編見つかってしまった。それも戦時中に出版された本の中から。これにはビックリした。いくら原作者名を伏せ、創作のように見せかけてあるとはいえ、アメリカの、しかもホラー小説が、日米開戦後に日本国内で刊行されているのだから。こうなると「戦時中の日本は戦意高揚一辺倒」ウンヌンもだいぶアヤシくなってくる。実際、戦時中であるにもかかわらず日本国内で横文字タイトルのアメリカ映画(しかも人間がワニに噛み殺されるシーンを含むモンド映画!)が上映されていたり、『ベン・ハー』の原作小説(作者はアメリカの元陸軍大将)が刊行されるなどしているので、一般に信じられているほどストイックにアメリカ文化を排除しようとしていたわけではなかったらしい。話を〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳に戻す。新発見の四編のうち、二編は戦前未訳と思われていた作品だったので、ぜひ収録したいと思い、その旨担当のミスター・ハマーこと小浜さんに相談したところ、「発売が一ヶ月延びるダロガ!」と怒られたので、泣く泣く諦めた。──というのはウソで、ホントは収録単行本が国会図書館の近代デジタルライブラリーにアップされているので、あえて収録せず、序文と藤元氏の「怪奇な話」で軽く触れるだけにとどめた次第である。近デジのリンクはこちら

 ちなみに序文の「まぼろしの城」は「まぼろしの薬」の誤りです。指摘してくださった読者の方、ありがとうございました。自分でも何でこんなミスをしてしまったのかよく分からないのだが、おそらく「まぼろし」という言葉から高垣眸の『まぼろし城』を連想し、無意識のうちに「まぼろしの城」と打ってしまったのではないかと思う。あと「黒いカーテン」の解説で薄風之介のルビが「すすきめかぜのすけ」となっているが、正しくは「すすきかぜのすけ」です。すみません。

 さて、三十七編ある〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳のうち、初出誌から訳したと断定できるのは一編だけ(それが何であるかは『怪樹の腕』を読んでのお楽しみ!)で、あとは〈ノット・アット・ナイト〉シリーズとよばれるイギリスのホラー・アンソロジーがテキストとして用いられたと考えられるフシがある。つまり戦前の〈ウィアード・テールズ〉移入はもっぱら〈ノット・アット・ナイト〉シリーズを介して行われた、といっても過言ではないわけだ。ことほどさように(このフレーズ、前から一度使ってみたかった)大きな役割を果たした同シリーズであるが、『怪樹の腕』ではページ数の関係その他の理由で詳しく紹介することができなかった。そこで〈Webミステリーズ!〉の誌面(というのは変か?)をお借りして、あらためて〈ノット・アット・ナイト〉シリーズについて説明させていただきたいと思う。

 ふたつの世界大戦にはさまれた十数年間──いわゆる戦間期のイギリスは、怪奇小説アンソロジーの黄金時代だった。ばっと思い浮かぶだけでもシンシア・アスキスのThe Ghost Book (1927)、ドロシー・S・セイヤーズのGreat Short Stories of Detection, Mystery and Horrorシリーズ (1929~1934)、チャールズ・バーキンのCreepsシリーズ (1932~1936)、マージョリー・ボーエンのGreat Tales of Horror (1933)、デニス・ホイートリのA Century of Horror (1935)、ジョン・ゴーズウォースのCrimes, Creeps and Thrills (1936) など、怪奇小説の目利きたちによる名アンソロジーが陸続とこの時期に刊行されている。これらの先駆けとなったのが〈ノット・アット・ナイト〉シリーズなのである。同シリーズのユニークな点は、大きくわけてふたつある。ひとつは〈ノット・アット・ナイト〉がホラー小説に特化した世界初のアンソロジー・シリーズだということ。単発のホラーアンソロジーや、一部にホラーを含むミステリのアンソロジー・シリーズといったものはそれ以前にも存在したが、純粋にホラー小説だけで構成されたシリーズ形式のアンソロジー企画は、この〈ノット・アット・ナイト〉が初めてなのだ。

 ふたつめは〈ウィアード・テールズ〉から多くの作品をセレクトしていること。〈ノット・アット・ナイト〉シリーズ以前のホラーアンソロジーは、もっぱらポーやビアス、ウィルキー・コリンズといった〝大家〟の作品中心に編まれており、チープで扇情的なパルプフィクションをハードカバーの単行本で出すなどという発想は、アンソロジスト側にも、出版社側にもなかった。実際、当時のアメリカにはパルプマガジンのアンソロジーというものは存在していない。パルプマガジンは読み捨てが基本であり、わざわざ単行本化する必要はないからである。アメリカ初の〈ウィアード・テールズ〉アンソロジーは、ポピュラー・フィクション・パブリシング社(〈ウィアード・テールズ〉発行元)が一九二七年に出版したThe Moon Terrorであった。〈ノット・アット・ナイト〉シリーズは、パルブマガジンが〝輸入品〟であるイギリスだからこそ生まれ得たアイデアなのである。結果としてこの〈ノット・アット・ナイト〉シリーズは、ラヴクラフトやダーレス、ロング、ハワード、ホワイトヘッドらの作品を収録した初めてのハードカバー単行本になったことも興味深い。

 〈ノット・アット・ナイト〉シリーズの内容や発刊の背景などについては次号で。

(2013年3月5日)


■会津信吾(あいづ・しんご)
1959年東京生まれ。駒沢大学経済学部卒。少年小説、犯罪、映画など明治から昭和初期にかけての日本の大衆文化、社会風俗の研究・評論を中心に活躍。『海野十三全集』(三一書房、1988~1993年)の編集に携わる。著書に『昭和空想科学館』(里艸、1998年)、『日本科学小説年表』(里艸、1999年)など。


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