桜庭一樹読書日記

2014.03.05

まだ桜庭一樹読書日記 【第13回】[2014年3月]

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皆勤
【ジオラマ】東京創元社応接室にて。なぜかずっと宮内悠介くん作だと思いこんで見ていた。だれもそんなこと言ってなかった……。(桜庭撮影)

3月1日

「三年ぶりに舞台へ出て生き甲斐のある芸の仕事に、私はもう一度惚れ込んだ。次郎さんの傍らに並んで、三味線を弾いている気持は、堅気の奥様で暮らしている女には判らない。難しい言葉で云う芸の魅力。この五日の聞に忘れていた芸人の血が、私の体中をめぐり出してしまったんだよ、一層あのまま忘れていたら、生涯松崎の妻で終ったかも知れないけれど、今となってはもう駄目のような気がする。本当に駄目のような気がする」

「お目出度うござい」
「お目出度うござい」

――『鶴八鶴次郎』

「ええはなしや。ええはなしというのは、だいたい、どこか怖いもんや」

――『昭和の犬』

「生島さん。うちを連れて逃げて。」 「えっ。」  アヤちゃんは下唇を噛んで、私を見ていた。 「どこへ。」 「この世の外へ。」 私は息を呑んだ。私は『触れた。』のだ。


――『赤目四十八瀧心中未遂』


 ばたばたしていた。 『GOSICK RED』に大きく重版がかかって、ホッと一息。つぎのプロットを練ったり、〈オール読物〉に掲載された中編「bamboo」の続きを書いたり、映画『赤×ピンク』の取材を受けたりしているうちに、 2月も末になって、映画『赤×ピンク』の初日舞台挨拶があり、登壇してなんとかしゃべり、 3月になって……。
 1日に丸の内の丸ビルで「150回記念 直木賞芥川賞フェスティパル」というイベントがあって、出かけた。いろんな作家さんによる出し物があって、わたしは北村薫さんと宮部みゆきさんと3人でピプリオバトルをするのだ。過去の直木賞受賞作から一冊ずつ、ということで、北村さんは第1回受賞の川口松太郎『鶴八鶴次郎』、わたしは芥川直木交代劇があった年の車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』、宮部さんは最新受賞作の姫野カオルコさん『昭和の犬』を紹介することになってる。
 会場の入り口で北村さんとお会いする。今回初めて読んだ川口松太郎が、明治大正の江戸っ子を書いた人情物なのだけど、品がよくて華のある筆でものすっごくよかったのでそのお話をすると、なんと川口探検隊の川口浩のお父さんだとわかる。えっ……。
 控室で宮部さんと初対面。直前に「うわー、急に緊張してきた……」と言うと(←そんなこと言っても……)雑談でほぐしてくださった。すごく優しい……。
 時間がきて壇上に上がると、司会者の人が急に、

司会者「ご紹介します!まずは真ん中にお座りの方。今日はあえて“先生”とお呼びしたいと思います。……北村“さん”! !」

 と言ったのでズッコケる。あっ、緊張してるのわたしだけじゃないかも……。
 各自持ち時聞は五分。朝、家でリハーサルしたら五分半かかったのでいやな予感がして、「……こうこうこういうわけで、この人は時間内に話し終われるのかというスリルもお楽しみください」と言って始める。みんなきっと不安だったはずだ……。
 無事に終わって、控室でつぎのイベントの登壇者、北方謙三さんとお会いする。あれ、青いマフラーかっこいい。おおきな声で「へんなやつ!」と誰かに声をかけてらっしゃるので、おいおい誰だよと後ろを向いたら、なぜか誰もいなかった。わたし……?「おまえきっと酒癖悪いだろ~」「はい。……えっ? いえ」「でも空手やってるんだよな? こわいからおまえとは飲まないぞ」「えーっ」「桜庭さんインタピューがあるのでこちらにきてください~」「あっはい……えっと」なんだか釈然としない……。
 ご飯食べて、帰り際に映画『私の男』のサンプルDVDを受け取って、帰宅。休もうと思ったら、知人三人が映画『赤×ピンク』を見た後で角川シネマ新宿の地下の「北海道」で飲んでるというので、混ざることに。
 行くと、公開二週目の今日は女性の観客が増えていたと聞く。わたしは初日の先週夜に観に行ったんだけど、そのときは男性ばかりだったので、口コミで増えたのかなとうれしい。
 三人のうちの二人は夕方のビブリオバトルも観ててくれたらしいので、残り一人に向けて、「赤目とは“ダークファンタジー”である」説を説明しようとして、はりきって話しだす。時間制限もないし。あのね、東京に住むごく普通の男が、尼崎という異界に流れ着いて、そこから生還するまでの「生きて帰りし物語」「貴種流離譚」なんだよね、と言い始めて……

わたし「主人公は異界で三人の住人と会います」
知人A「指、四本立ってるよ?」
全員  「……(じっと見る)」

 ほんとだ。真顔で指を四本立てていた。嘘みたい……。
 気を取り直して。
 少年、魔女、囚われの姫と出逢う。少年が 「紙ヒコーキ折って」と頼み事にくる。つい引き受けてしまう。魔女に「電話ボックスから五万円取ってきて」と頼まれる。また引き受けてしまう……。少年の父の彫師が銃を入れた箱を預かってくれと言いにくる。またまた引き受けてしまう……。引き受けるごとに、異界と関わりが深くなってしまう。住人たちからの三つの願いを聞くと、真打の姫がやってくる。主人公は姫と肉体関係を持ってしまう。「闇の中で世界が破滅するような」恐怖と生きている実感を得る。まるで「冥界の食べ物を食べたら帰れない」かのように主人公は尼崎の土地の霊に捕まってしまったのだ。
 ここで助けの手(東京の友人、魔女)がくる。
 姫からは駆け落ちを頼む手紙がくる。
 主人公は一人で街を出ようとする。でも物語のセオリー(古事記でもギリシャ神話でも聖書でも)として、一人で異界から逃れ出ることはできないはずだ。むりにそうしようとしたら途中でデッドエンドになるだろう。結局、主人公は姫を捨てられずに待ち合わせ場所にもどるのだ。そして二人はとの日確かに、この世の外へ、異界のさらに外へ(そこが赤目四十八滝。霊場だ)彷徨う。この世ならぬ旅ゆきの美しさ、悲しさ、惨めさ、死の匂いの濃厚さ。
 そして最後に……?
 心中未遂というからには、どちらかは助かる、もしくは両方助かる。
 姫が身代わりの犠牲になってくれなくては、主人公は東京へ、現世へ帰れないだろう……。
 男と女とはそういうものだからだ。
 互いに人身御供の役を追いあいながらどうしようもなく絡みあって生きている。
 さて姫の選択は?
 それは読んでのお楽しみ……。
 という話である。五分で……。
 〆の鮭チャーハンがきて、取り分けようとした女性が、

知人A「五等分するよー」
わたし「えっ四人だよね」
全員 「……」

 なんだか“一人多い”夜である。君、誰だよっ。まあいいけど。
 帰宅して、犬を散歩させて、明日また雪って天気予報だけど、と思いながら夜空を見上げた。
 帰宅すると編集さんから「会場にきていた中国人留学生から『桜庭さんの本を読んで日本語をうつくしいと思い、日本にきました。人生を変える感動があったことを伝えてほしい』と言付かった」と流暢な日本語でメールが来ていた。
 お風呂に入って、しあさってにこんどは映画『私の男』のマスコミ試写会で壇上に立つのでサンプルDVDでもう一回観なきゃと思って、でも出たばかりのメイ・シンクレア『胸の火は消えず』も気になるので聞いて……あっやっぱり出だしからすげーいい、くっくっ……ガクッ。電池が切れて寝た。
(2014年3月)

桜庭一樹(さくらば・かずき)
1999年「夜空に、満天の星」(『AD2015隔離都市 ロンリネス・ガーディアン』と改題して刊行)で第1回ファミ通えんため大賞に佳作入選。以降、ゲームなどのノベライズと並行してオリジナル小説を発表。2003年開始の〈GOSICK〉シリーズで多くの読者を獲得し、さらに04年に発表した『推定少女』『砂糖菓子の弾丸は撃ちぬけない』が高く評価される。05年に刊行した『少女には向かない職業』は、初の一般向け作品として注目を集めた。“初期の代表作”とされる『赤朽葉家の伝説』で、07年、第60回日本推理作家協会賞を受賞。08年、『私の男』で第138回直木賞を受賞。著作は他に『荒野』『製鉄天使』『ばらばら死体の夜』『傷痕』、エッセイ集『少年になり、本を買うのだ 桜庭一樹読書日記』『書店はタイムマシーン 桜庭一樹読書日記』『お好みの本、入荷しました 桜庭一樹読書日記』『本に埋もれて暮らしたい 桜庭一樹読書日記』『本のおかわりもう一冊 桜庭一樹読書日記』など多数。



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